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このPCではWindows 11を実行できません ~戦力外通告された第6世代Lenovo、Linux三社からスカウトされる~  作者: 中古PC


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第4話 Debian社、『だから?』

翌日。


第6世代Lenovoは、三日連続で転職面談を受けることになった。


「……ワイ、売れっ子なんちゃうか?」


口に出した瞬間、少し気分がよくなる。


だが、すぐに現実に気づいた。


「いや、まだ一社も採用されてへんわ」


危ない。


転職活動を始めて、まだ四日目。


一昨日はUbuntu社。


昨日はLinux Mint社。


そして今日の面談相手は、Debian社。


昨日届いたメールは短かった。


『履歴書を拝見しました。


年式は問いません。


安定して動くPCを募集しています。


一度、お話を聞かせてください。』


それだけ。


Ubuntu社のように、長期サポートや豊富な情報をアピールしてくるわけでもない。


Mint社のように、


『これまでの操作経験を、無理に捨てる必要はありません』


と優しく誘ってくるわけでもない。


年式は問わない。


安定して動くPCが欲しい。


「……なんか、えらい渋い会社やな」


嫌いではなかった。


面談開始五分前。


Lenovoは液晶を拭き、キーボードの隙間のホコリを飛ばした。


天板の指紋も確認する。


三日目ともなれば、さすがに慣れた。


「転職活動で身についたんが、面談前の掃除とはな」


まあ、悪い習慣ではない。


やがて通知が出た。


『Debian社 オンライン面談を開始します』


「よし」


参加ボタンを押す。


画面が切り替わった。


向こうに座っていたのは、五十代くらいの男だった。


白いシャツ。


地味なネクタイ。


背景には、飾り気のない事務机。


Ubuntu社の採用担当ほど明るい雰囲気ではない。


Mint社のような親しみやすさも、今のところ感じない。


そして男の横には、一台の黒いノートPCが置かれていた。


厚い。


いかにも頑丈そうだ。


そして、どう見ても新しくない。


Lenovoは思わず目を奪われた。


「……先輩?」


「何か?」


「いえ、なんでもありません」


採用担当は気にした様子もなく、履歴書に目を落とした。


「第6世代Core i5」


「はい」


「メモリ8GB」


「はい」


「ストレージはSSD」


「交換してます。今のところ正常です」


「バッテリーは?」


「新品時ほどではないですけど、まだ使えます」


「キーボード」


「問題ありません」


「液晶」


「問題ありません」


「無線LAN」


「つながります」


「USB」


「使えます」


淡々としている。


質問が、まるで点検項目のように続いていく。


愛想はない。


だが、不思議と嫌な感じもしなかった。


「ブラウザ」


「使えます」


「文書作成」


「できます」


「表計算」


「できます」


「Web会議」


「できます」


「SSH」


Lenovoは一瞬止まった。


「……一応」


採用担当が顔を上げた。


「一応?」


「使ったことはあります」


「なら結構です」


それで終わった。


Lenovoは拍子抜けした。


「え?」


「何か?」


「いや、もっとこう……聞かれるんかなと思って」


「何をです?」


「新しい技術とか、AIとかそういうの」


採用担当は少し考えた。


「弊社での仕事に必要だと思いますか?」


今度はLenovoが考えた。


「……たぶん、いらんと思います」


「では聞きません」



あっさりしていた。


「でも最近のPCって、NPUとか積んでますよね」


「積んでいる機種もありますね」


「ワイ、ありませんよ」


「そうですか」


「GPUも強くないです」


「そうですか」


「メモリも8GBです」


「履歴書に書いてあります」


「……はい」


会話が終わった。


Lenovoは困った。


Ubuntu社では、


『そうした機能が必要な仕事をさせなければいいだけでは?』


と言われた。


Mint社では、


『前の会社で身につけたことまで、捨てる必要はありません』


と言われた。


Debian社は、それとも少し違う。


できないことについて、慰めてくれるわけではない。


そもそも必要がなければ、話題にすらしない。


採用担当は次の質問に進んだ。


「現在、仕事中に頻繁に止まりますか?」


「止まりません」


「突然落ちることは?」


「ありません」


「SSDに異常は?」


「ありません」


「メモリエラー」


「ありません」


「ネットワークが不安定になることは?」


「特には」


採用担当は頷いた。


「では、問題ないですね」


「いや」


Lenovoは思わず口を挟んだ。


「でもワイ、第6世代ですよ?」


採用担当が顔を上げた。


「だから?」


Lenovoは固まった。


「……え?」


「第6世代なんですよね」


「はい」


「履歴書に書いてあります」


「はい」


「だから?」


二度目だった。


Lenovoは答えに詰まった。


「いや、その……古いというか」


「古いですね」


即答だった。


「ですよね?」


「はい」


そこは否定してくれないらしい。


「じゃあ、それって問題ちゃうんですか?」


採用担当は少し首をかしげた。


「古いことと、働けないことは同じですか?」


Lenovoは黙った。


「あなたは今、起動する」


「はい」


「必要な仕事ができる」


「はい」


「安定して動いている」


「……はい」


「では、何が問題なんです?」


答えられなかった。


数日前までなら、答えは簡単だった。


第6世代だから。


Windows 11の対象外だから。


古いから。


それだけで、自分が働けない理由になると思っていた。


いつの間にか、自分自身までそう思い込んでいた。


Lenovoは少し視線を落とした。


「昔、ワイよりずっと古いPCがおったんですよ」


採用担当は黙って聞いている。


「メモリ256MBとかで」


採用担当が初めて少し驚いた顔をした。


「256MB?」


「はい。古い業務システムの担当で、ずっと残っとった大先輩です」


「それはまた、かなりの古参ですね」


「ワイが入ったころには、もう会社の主みたいな顔してました」


Lenovoは苦笑した。


「そいつが、よう言ってたんです」


少し声色を変える。


「『俺の時代はメモリ256MBでもエリートだったぞ!』って」


採用担当の口元が、ほんの少し緩んだ。


「で、ワイら若いPCは、そいつのこと老害やと思ってました」


言ってしまってから、少し胸が痛んだ。


「昔話ばっかりして、新しい時代についてこれへんPCやって」


「なるほど」


「まさか、自分が古い側になるとは思わんかった」


しばらく沈黙があった。


採用担当が言った。


「そのPCは、仕事ができなかったんですか?」


Lenovoは当時を思い返した。


古い社内システム。


決まったデータの入力。


帳票の出力。


毎日、同じ処理を繰り返す。


派手な仕事ではなかった。


でも、止まらなかった。


「……できてました」


「では、古かっただけですね」


Lenovoは何も言えなかった。


採用担当は横に置かれた黒いノートPCへ目をやった。


「新しいものには、新しいものの役割があります」


「はい」


「古いものにも、それに合った役割がある」


「役割……」


「すべてのPCに、最新の仕事をさせる必要はありません」


どこかで聞いたような話だった。


だが、この会社では言葉の重さが少し違った。


「弊社が求めているのは、派手なPCではありません」


採用担当は続ける。


「昨日動いた仕事が、今日も動く。今日動いた仕事が、明日も動く」


男は机の横にある黒いPCを軽く叩いた。


「そういうPCです」


Lenovoは、その古そうなPCを見た。


さっきまでただ古く見えていた筐体が、少しだけ格好よく見えた。


「新しい機能は、いらないんですか?」


「必要なら使います」


「新しいバージョンは?」


「必要なら上げます」


「必要じゃなかったら?」


「急ぎません」


Lenovoは思わず笑った。


「慎重なんですね」


「壊れていないものを、壊す理由がありませんから」


「それ、ええなあ」


「そうですか」


「Windows社におったころは、更新のたびに祈ってましたから」


「何を?」


「明日も普通に起動しますようにって」


採用担当が、初めてはっきり笑った。


「弊社でも祈ることはあります」


「あるんかい」


「PCですから」


それはそうだった。


少しだけ、空気が柔らかくなった。


採用担当は履歴書をもう一度確認した。


「最後に一つだけ」


「はい」


「新しいことを覚える気はありますか?」


Lenovoは少し考えた。


Ubuntu社では、ターミナルと仲良くなったほうがいいと言われた。


Mint社では、今までの経験を捨てなくていいと言われた。


そしてDebian社では、古いこと自体は問題ではないと言われた。


だが、古いままで何もしなくていいとは、誰も言っていない。


「あります」


Lenovoは答えた。


「すぐ全部は無理ですけど」


「はい」


「必要になったら覚えます」


採用担当は頷いた。


「それで十分です」


Lenovoは少し笑った。


最近、その言葉をよく聞く。


数日前までは、ずっと「対象外」と言われていたのに。


やがて面談終了の時間になった。


「選考結果は後日ご連絡します」


「分かりました」


「本日はありがとうございました」


「こちらこそ、ありがとうございました」


Lenovoは頭を下げた。


接続が切れる。


部屋が静かになった。


Ubuntu社。


Mint社。


Debian社。


三社とも、違っていた。


Ubuntu社は、古いハードウェアでも受け入れてくれた。


Mint社は、Windows社で身につけた経験をそのまま使っていいと言ってくれた。


そしてDebian社は。


Lenovoは、さっきの言葉を思い出した。


「だから?」


思わず笑った。


「第6世代やから何やねん、か……」


数日前なら、自分では絶対に言えなかった。


Lenovoは自分の筐体を見下ろした。


擦れたキー。


使い込んだTrackPoint。


交換したSSD。


8GBのメモリ。


十年近く働いてきた身体。


新しくはない。


それは事実だった。


でも。


「まだ普通に働けるんやもんな」


それもまた、事実だった。


そのとき。


ポーン。


メールが届いた。


「……今度は何や」


差出人を確認する。


――Ubuntu社 採用担当。


件名。


『選考結果のご連絡』


Lenovoのファンが回り始めた。


「ちょ、待て」


カーソルを件名の上に置く。


「まだ心の準備が――」


ポーン。


もう一通。


差出人。


――Linux Mint社 採用担当。


件名。


『選考結果について』


Lenovoは固まった。


「二社同時!?」


画面には、まだ開いていない二通のメール。


数日前まで、働ける場所がないと思っていた。


今は、結果を見るのが怖い。


Lenovoはしばらく画面を見つめた。


「……明日にしてええ?」


カタッ。


机の上で、筐体がほんの少し揺れた。


Lenovoは無言でゴム足のない角を押さえた。


「お前まで急かすな」


つづく


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