002
昼休み。
5月に入り、ゴールデンウィーク前となると教室の話題も浮ついてくる……のだが、友達のいない俺は相も変わらずスマホで動画を見ていた。
変わらぬ日々。幸せじゃないか。いろんなイベントで心がざわつかない。他人に気を使って疲れない。何をしてても別のことを考えてしまう。そんなことがないだけで、幸せだ。満足だ。だから俺は友達はいらないのだ。決して、言い訳ではないのだ。
そんな俺の周囲――教室がざわついていることに気が付いたのは、ノイズキャンセリング機能のついたイヤホンを外したときだった。
このイヤホン、すっごい高いのだが、高いだけあって性能がものすごくよい。
教室を個室に変えてしまうくらいのキャンセリング機能。
それゆえに俺は気が付かなかった。
うつむきがちに見ていたスマホの画面に影が落ちて、すこし暗くなったときに顔をあげた――銀色のカーテンがあった。
いや、違う。
それは美少女ギャルの銀色のロングヘアだった。
それはいつぞやのギャルの灰瀬さんだった。
「ひいっ」
俺は驚きのあまり、驚くほどスムーズにイヤホンを取り外した。人間ってやっぱり五感の生き物だよな。とっさに驚くと、足りない要素を得ようとする。
だから俺はイヤホンをとって、周囲のざわつきを理解し、目の前のギャルに向かって聞かざるを得なかった。
「な、なに……!? なんでいるの……!?」
圧倒的に足りないのは五感ではなく、情報だった。
なんで昼休みに俺の元にギャルがいるのか。それも間違いなく有名人に違いない美少女。じつは先日チラシをもらってからわかったことがいくつかある。彼女は天然の銀髪で、有名人――というより有名なモデルだか芸能人だかの従妹らしく、だからこそレベル違いの美少女というわけらしい。
他にも色々とあるんだが、そんなことより、今は目の前の状況だ。
灰瀬さんは、にこりと笑うと、いつぞやのチラシを突き出してきた。
俺は座っているから、灰瀬さんから見下ろされている感じ。足がずいぶんと長いらしく、スカートのみじかさが際立っている。視線が低いので、めちゃくちゃ気まずいが、気にしたらもっと気まずくなるので、俺は知らないふりをした。
ごまかすように、チラシを見た。
変わらず、でかでかと書いてある。
『ゲーム部員募集!』
で、ニンジン。
しかし、昨日と違って、ニンジンの色が七色だった。
よくわからず……いや、日本語はわかるけども、レインボーニンジンの意味がわからず、俺はチラシと太ももを……じゃなくて、灰瀬さんを交互に見た。情緒が不安定になる……。
灰瀬さんは、おっ、という顔をした。
「レインボーニンジンのちらしはレアなんだよ?」
「不要な要素すぎる……」
チラシにレア度があるって初めて聞いたよ。
でも、いらない。
もう持ってるし。
俺はチラシを受け取らずに、視線を下げる――と、太ももがあるんだよなあ!?
面倒なので、顔を上げるしかない。
なんだこれ、完璧な罠じゃねえか……。チラシをみるしかない……。
変わらぬ文言。
変わらぬ態度。
美少女がいまだに部員を探している――なにかおかしくないか?
目の前の女子は、結構有名な女子なのだ。
そして結構以上に可愛い女子なのだ。
考えてみてほしい。そんな女子から「一緒に部活動シませんか?」なんて言われて、断る男子高校生がいるんだろうか? いや、ここにいるかもしれないけれども、他にはいないような気がする。
何を確認したいのかって? 聞かなくたっていいのに。周囲の視線を集めなくてもいいのに。
ようするに――俺は気になってしまっていた。
ちらりとギャルを見上げながら言う。
「……部員、集まってないのか?」
「うん。ぜんぜん」
「なんでだ……? 集まりそうなもんだけどな……」
「? どういうことかな」
「人気……ありそうだから。灰瀬さんなら人が集まりそうだろ?」
「え? じゃあ入ってくれるってこと!?」
「そうじゃなくて……俺以外にも居ただろ、たぶん。ゲームが好きとか、部活やりたいとか、一緒に学生大会目指しましょうとか……誘えば、似たような奴なんてたくさん……どっかには……」
次第に俺の言葉は尻つぼみとなっていく。
言っていて、気が付いた。
なんか、それらすべてがチグハグで、嘘っぽくも聞こえるし、騙されているようにも思えるし、なんか面倒くさい気もする。
ゲームが好きだから部活? うーん……。
学生大会を目指そう? 目指すようなやつなら、この高校こないよな……。
みんなで楽しくゲームをしよう? 家でやるよ、家で。
同級生がだめなら、先輩。
でもやっぱり成功しないだろうな。同士がいるなら、そもそもゲーム部が存在しているはずだろ。
なるほど……。
つまり、この話って美少女をもってしても詰んでる。というより、美少女ゆえに、さらに詰んでる? 集まる要素があるようでない。帯に短したすきに長し? なんか違う気がするけど、どっちつかずなんだ。
美少女とゲームをするには部活すぎるし。
ただ楽しむだけには、目標が重すぎるし。
ギャルが腕を組んだ。ようやくチラシが視界から消えた。太ももは残っていた。
「わたしって自分で思っているよりも、信頼感がないのかな。なかなか話を聞いてもらえなくて」
「理由は別にありそうだけど」
「え? おしえて?」
「いや、ここで話すようなことじゃ……」
「え? 部室で教えてくれるってこと……?」
「ちがうけど――え? もう部室もあるのか?」
「あるんだけど、部員が集まらないと入っちゃいけないの」
色々とご事情がありそうだ。
俺は頭をひとかきしてから、話した。先へ進めないといつまでも居座られそうだ。なんなら廊下から観察してくるやつもでてきて、かなり居心地が悪いし。俺の席なのに。
「みんなこういう煮え切らない態度だったんじゃないか? 最初に話は聞いてくれるけど、話している最中に興味を失くすというか、逃げていくというか」
「え、なんでわかるの? すごいすごい」
「対応策はわからないけど、ゲームが好きだからって部活をやるってわけじゃないと思うぞ」
「うーん、そうなんだぁ……そうなんだ……ね」
なぜだろうか。
いままで気にせず笑っていた灰瀬さんだったが、何かをきっかけに一気に表情が曇ってしまった。
俺、なにかしちゃいました……?
焦りを知ってか知らずか、灰瀬さんは心情を吐露した。
「ちょっと落ち込んでるんだよね。だから、一番長く話を聞いてくれた近藤くんに理由を聞いてみようかなって思ってやってきたんだけど……そっかあ」
「いや、それは……ていうか、俺が一番長かったの……? あれで?」
思った以上に難航している。
「そうなの。だから助言してもらえないかな。どこがダメなんだろう。わたし、どうしてもゲーム部つくってみたいんだ――って思ったんだけど、なんか根本的に違ったのかなあ」
しょぼん、としているギャル一名。
心なしか手に持ったチラシもしおれているようにみえた。
さて。
不思議なことに話しているうちに緊張感が薄れてきた。
思ったよりも親しみのある美少女だからだろうか。
それとも、なんだか放っておけない感じのする人柄からだろうか。
助言をしようか、どうしようか、面倒なことに巻き込まれたら――なんて思って、悩み、視線を落としたところに、真っ白な太ももを認めて、「ひいっ」、と喉から声が漏れた。
灰瀬さんは、ニコリと笑う。
「ねえ、今度の休み、わたしとデートしてくれない?」
……うそだろ。
入学一か月。
人生で初めてデートに誘われた。
美少女ギャルに。
苦手なギャルに。
驚きすぎて答えが出せないまま、昼休み終了の合図が鳴り響いた。
「あ、じゃあまたあとでLIME交換とかしよーねー! あ! もちろん部活とかじゃなくてデートのためだから! へんな連絡しないからね!」
とんでもない大声で二人の仲をクラスメイトにばらされつつ、俺の昼休みは終わった。




