001
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高校一年になった俺は、ガキの頃にくらべたら、ずいぶんと成長したように思う。が、それでも苦手なものがいくつかある。
まず、ニンジン。
嫌いな理由が必要か?
とにかくアイツは、色こそ素晴らしいと思うが、味がいやだ。あと煮たときの触感がいやだ。納豆はなぜか食べられるようになったのだが、ニンジンだけはだめだ。普通は逆でしょ、と妹にバカにされているが、ダメなものはダメ。
つぎに、自分の名前。
姓は近藤、名は……遥。
小学生のころに『女みたいな名前』と茶化されてから、自己紹介をするときに緊張するようになった。トラウマってやつだ。今でもフルネームで呼ばれると体が強張ってしまう。
いとこの姉は「とっても素敵な名前だとおもうけどぉ~」などと褒めてくれるが、苦手なものは苦手なのだ。
そして、ギャルだ。
理由なんてわからない。とにかく『なんか自分とは違う目的をもって生きている生命体』って感じがきつい。緊張する。近くに寄りたくない。
やつらは肌を焼いて黒くなったり、突然変異のように白くなったりと、わかりやすいスタイルを貫いてきたらしいが、令和のギャルというのは多種多様に自分を貫くスタイルらしい――いや、今はそんなことは、どうでもいいのだ。
他にも苦手なものはあるが、今はこの3つをあげさせてもらう。
それはなぜか? 理由を説明しよう。
目の前の異様な光景が答えだ。
「あの、これ。チラシ……なんだけど、もらってくれない?」
いらない。でも言えない。緊張してるので口はまわらない。なぜ緊張してるかって? さっき答えは言った。
つまり……目のまえにギャルが居るってことだ。苦手なものの一つ。緊張の原因。
高校生活一か月目。
母校と呼ぶにはまだまだ日が浅く、クラスメイトの顔と名前がようやく一致し始めた時期の、放課後。
モンスター高校と呼ばれるくらいに生徒数の多い校内で、数多の生徒がいるというのに、ピンポイントでA4サイズのチラシが眼前に突き付けられていた。
これがFPSゲームならばヘッドショットで一撃死……、などと思い出したくもないような比喩が頭をよぎっていたが、それ以上にイヤなものが目に映っていた。
人参だ。
それはニンジンだった。
チラシにニンジンが書いてあるのである。
八百屋か?
ギャルの八百屋っているのか?
状況を把握するためにも、今一度、目の前のギャルを観察した。
紙を持っている。それを俺につきつけている。
同級生の女子、らしい。一年の青いリボンをつけてるから。
白い肌、長くまっすぐな髪、その色はなんと銀色だった。
不思議なことに、まつ毛も眉毛も同じ色に見えるのだが、まさか地毛なのだろうか。いやそういえば、そんな生徒がいるとかいないとか、クラスメイトが話をしていた気もする。
ピンクの唇はてかっていて、短いスカートは中が見えそうだ。そのくせどこか真面目そうな表情でこちらを見る、このアンバランスな自由さ。これぞギャルだ。でも、なんだか少し、落ち着ているようにも見える。俺の中のギャルってのはもっとぐいぐいくる。
「これ、見て」
訂正。ぐいぐいきた。ぐいっと突き付けられているチラシに、圧を感じる。ほんわかとした絵が描いてあるというのに、ぐいぐいくる感じが、俺の歩調を狂わせる。
しかもその絵は、ニンジンなのだ。
文字も書いてあるが、ニンジンが目立っている。
見たくない。
心の壁をつくろう……。
「ひとつ聞いていい?」
「あ、はい」
壁が壊された音がした。
「キミ、近藤くん、だよね?」
「え? ああ、たぶん……」
近藤なんて、結構いるけどな。
それにしても、なんで名前を知っているんだ?
まさかピンポイントで俺に近づいてきたのか?
「たぶん、ってなに? キミがコンドウハルカくんなんだよね?」
「っ、……そうだけど……」
フルネームで呼んできた。緊張が走る。
視界の中に、ニンジンのチラシがひらりと翻る。げんなりとした。
なんで『この内容』のチラシにニンジンを書く必要があるのか――じっと見ていると、意外と賢そうなギャルは恥ずかしそうに言った。
「馬、好きだから……ニンジン書いてみた」
「ああ、そうなの……」
馬が好きなギャルって新しい。
競馬でもしてるんだろうか。
ギャンブルは成人してからだぞ。
「それで、これ。チラシもらってくれたら嬉しいんだけど」
「もらうのは、いいけど……」
素直にチラシを受け取った。
本当は……本当は、ニンジンよりも見るべきではない文字が書いてあったから、見ないふりをして話を終わらせたかった。で、家に帰って、ハマっているRPGゲームの続きをしようと思った。毒は毒で制すものだから。
それなのに、俺は今、『名前とニンジンとギャル』という苦手なものを三つも突き付けられて、足止めをくらっている。
これが俺の高校生活である。
まあいい。
チラシを受け取れば終わるイベントなんだから、受け取ったのだ。
簡単な話――ではなかった。
しかし、ギャルは立ち去らない。
黙って立っている。
「……」
「……?」
チラシを配るのが目的なら、もう達成したはずだろう。
それにしても、周囲の人間の視線が痛くなってきた。
ギャルは、結構かわいい。いや、かなり可愛い。すごく可愛い。銀色の髪、白い肌、清楚な白いワンピースでも着られたらアイドルみたいだ。それくらい素晴らしい造形だった。
そんなギャルは、自分だけが世界に存在しているかのような傲慢さで、俺にだけ聞こえるような声で話し続けた。
自分の名前を告げる前に、目的だけを。
「わたし、ゲーム部を作るんだ」
「そうみたい、だな」
よりにもよってゲーム部か……。
手元のチラシにはこう書いてある。
『ゲーム部員募集! みんなで学生大会を目指そう(ニンジン)』。
やっぱりニンジンいらん。
なんの因果なんだろう。捨てたものを拾わされるというか。いやなことを思い出させられるというか。いや、違うか。
俺にわざわざ話しかけているということは、俺のゲーム好きをどこから知ったってことか? たしかにクラスで一人でスマホゲームをしてりゃ、そう思われてもしかたがないか。
「近藤くんって、部活決まってるの?」
「いや、入る気もないけど……」
「家帰ってゲームするの?」
「まあ……するけど」
「なら、学校でゲームするのでもよくない?」
合っているようで、決定的にずれたことを言うギャルである。
家でだらだらしながらやるゲームと、部活のゲームが同じわけもなく。
それでもゲーム好きからしたら、学校でやるゲームはまた一味違った興奮があるのかもしれない。
少しだけ、俺の気持ちが揺らいだ。
それはダメなのに――ごまかすように、俺は言った。最大限の愛想だった。
「えっと、キミは……つまり、そのー、ちなみに名前は……?」
「あ、名前か、ごめんごめん。わたし、灰瀬夏鈴っていうの。よろしくね」
ハイセ。
どこかで聞いたことのある名前である。やはり学校内のアイドル的生徒なのかもしれない。残念ながら友達が少ない俺では、一か月では知り得ない情報だ。
なぜギャルがゲーム部をつくるのか? なんてことを知ることはないだろう。知りたくもない。学校にきてまでみんなとゲームがしたいなんて、ある意味ではうらやましいくらいだ。
望んだってもう手に入らない。
うらやましいくらい純粋な気持ち――きっと彼女もそうなのだろう。
一人で頷いているギャル――いや、灰瀬さんに向かって、俺は言う。
「灰瀬さんは、ゲーム好きなんだ?」
憧れさえ感じる俺の言葉に、灰瀬さんはニコリと笑う。
それから大きく首を振った――真横に二回。
「ぜんぜん、好きじゃないよ。むしろ嫌いかも」
「……、……」
な、なるほど。
これは予想外だ。
普通はここで「うん! そうなの!」みたいな感じになるのがセオリーじゃないのか。
部活って普通、好きなものに属すんじゃないだろうか。
仮に両親などから強要されるパターンだとしても、ゲーム部はないだろう。
じゃあ、なぜ?
いや、その理由は知らない方がいい。そんな直観。
俺の中での答えはでてるわけだし……。
潔いほどの言葉を受けて、俺もしっかりと答えることができた。
訂正。
ちょっと噛みました。
「ぶ、部活は間に合ってるんで……では……」
「え、あ、ちょっと、近藤くん、もうちょっと話を――」
アイドル生徒なのだとしたら、周囲からはうらやましがられるシチュエーションなんだろうが、この状況は俺には不要だ。
引き留めようとする言葉を背に、俺は足早に学校を去った。
とんでもない一日の最後だった。
いや、ちがうか。
後から考えてみればこれは、とんでもない高校生活の始めの一歩だったのだ。
この日から、俺の周囲はふたたび騒がしくなった。
ゲームで。
フレンドで。
俺の青春は形成されようとしていた。
*
これはゲームを理由にした俺と。
ゲームを理由にしたくない彼女の。
似ているようで、似ておらず、でもやっぱり同じ道を歩くことになった、未熟な高校生二名の物語である――。
さて。
話は数日後に進む。
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