第8話:神薬と温泉の奇跡と、王女の誓い
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「あの……本当に、王女様なんですか?」
アルスは未だに信じられないという顔で、目の前で静かに微笑む少女――エレノアを見つめていた。
「はい、アルス様。ルナリア王国の第一王女、エレノア・ルナリアです。正真正銘、偽りではございません」
エレノアは可憐に微笑むと、隣で感涙にむせび泣く無骨な騎士を振り返った。
「ハインツ、見苦しいですよ。いつまで泣いているのですか」
「うっ……ううっ……! ですがエレノア様、あの医術院が匙を投げた黒魔晶病が……跡形もなく消え去ったのですよ……! これが泣かずにいられましょうか……!」
ハインツは鼻をすすりながら、何度も何度もアルスに向かって深く頭を下げた。
「調合師様……いや、アルス様! あなた様は我がルナリア王国の恩人です! 我ら王室は、このご恩を生涯忘れません!」
「あはは……まあ、お役に立てたなら何よりです。とにかく、お二人とも長旅でお疲れでしょう。病気は治りましたが、体力をつけるためにも、何か召し上がっていってください」
アルスはそう言うと、ログハウスのキッチンから温かいスープの入った深皿と、焼き立てのパンを運んできた。
香ばしい小麦の香りと、フレッシュなトマトとハーブの濃厚な芳香が、部屋いっぱいに広がる。
「まあ……とても良い香り……」
エレノアの喉が、思わず『コクリ』と鳴った。
病床について以来、まともな食事が喉を通らなかった彼女だが、このスープの香りを嗅いだ瞬間、猛烈な空腹感が込み上げてきたのだ。
「熱いので気をつけてくださいね」
「感謝していただきます」
エレノアは銀の匙ですくい、そっとスープを口に含んだ。
その瞬間――。
「――っ!?」
エレノアの琥珀色の瞳が、驚愕で大きく見開かれた。
舌の上に広がるのは、王宮の専属料理長すら再現できないであろう、濃厚で深い旨味と甘み。
そして何より――スープが喉を通った瞬間、温かな『至高の精霊魔力』が全身の血の巡りに乗って四肢へと行き渡り、体の内側から生命力が溢れ出してくるような感覚を覚えたのだ。
「な、なんという美味しさ……! それに、この感覚は……まるで全身の魔力回路が新しく生まれ変わっていくような……!?」
「本当ですか!? どれ、私めも……ぐはっ、美味い美味すぎる!!」
ハインツも匙を止めることができず、夢中でスープを飲み干し、パンをかじりついた。
「美味い……美味いぞ! 全身の細胞が喜んでいるようだ! 長旅で疲弊していた体力が、瞬く間に充填されていく……!」
「ふふ、完食ありがとうございます」
お代わりを渡しながら、アルスは嬉しそうに目元を緩めた。
「うちの畑で採れた野菜は、毒沼の魔素を分解した極上の土で育っていますからね。栄養も魔力もたっぷり詰まっているんです」
「ただの野菜でここまでの魔力と回復効果……! これ、宮廷の魔導師たちが喉から手が出るほど欲しがる最高級の『霊草』以上ではありませんか……!」
ハインツは震える手で空になった皿を見つめた。
病気を治した奇跡の神薬。そして食べるだけで全身の魔力を底上げする至高の料理。
この青年の持つ力は、一国の国家予算をもってしても到底買い叩くことなどできない域に達している。
「ハインツさん、よければ食事のあとは奥の温泉に入っていってください。長年の騎士としての古傷や過労も、あの湯に浸かれば全部綺麗さっぱり治りますから」
「お、温泉……? 傷が治る温泉とな!?」
「ええ。ガルドさんの足も、あの温泉で一気に細胞を活性化させたんですよ」
ガルドがガハハと大笑いしながら誇らしげに胸を張る。
「そうだぞ、ハインツ殿! あの湯は神々の恵みだ! 迷わず入ってくるが良い!」
「むむ……では、お言葉に甘えさせていただく!」
数十分後。
「ふあぁぁぁぁぁっ……!!」
ログハウス裏の露天風呂から、ハインツの地響きのような咆哮が響き渡った。
「な、なんだこの湯は……!? 湯に触れた瞬間から、若い頃に受けた数々の剣傷の跡が消えていく……! 固くなっていた関節が解け、全身に全盛期以上の力が満ち溢れてくるぞぉぉぉっ!!」
温泉から上がってきたハインツは、まるで一回り身体が大きくなったかのように筋骨隆々とし、肌には若々しいツヤが戻っていた。
「す、すごい……ハインツ、まるで十年前の騎士団長に就任したばかりの頃のような力強さです……」
エレノアが目を丸くする。
「ははっ! エレノア様、私は今、ドラゴンすら素手で引き裂ける気がいたします! 全盛期どころか、過去最高のコンディションです!」
ハインツは自らの拳を固く握りしめ、感涙を流した。
病から救われた姫君。そして全盛期を超えて覚醒した最強の騎士。
二人は示し合わせたかのように、アルスの前で正座し、深く深く頭を下げた。
「アルス様」
エレノアが真剣な面持ちで顔を上げた。
「あなた様の残してくださった奇跡に、私どもは言葉もございません。そこで、ルナリア王室として……そして私個人の意志として、提案がございます」
「はい? 提案ですか?」
「この最果ての地『死の毒沼』――いいえ、アルス様のおわすこの『聖地』を、我がルナリア王国の全権力をもって【国家直轄の永世中立聖域】として認定させていただきたいのです」
「こ、国家直轄……? 永世中立?」
聞き慣れない大層な単語に、アルスは首をかしげる。
「はい。あなた様の生み出す神薬や温泉、そして作物は、世界中の野心家や悪しき者が狙いに来るでしょう。そのような雑輩にアルス様の手を煩わせるわけにはまいりません。我がルナリア王国近衛騎士団から選りすぐりの精鋭を派遣し、この聖地の警護にあたらせます。もちろん、税は永久に全額免除。アルス様のお仕事やスローライフには一切の口出しをさせません」
「ええっ!? 騎士団が警護に入るんですか!?」
アルスは慌てて手を振った。
「いやいや! 俺はただの追放された調合師ですし、ここで静かに畑仕事と薬作りができればそれで満足なんです! そんな大事にしなくても――」
「いいえ、アルス様」
エレノアはそっとアルスの手を取り、自分の胸元へと引き寄せた。
王女の柔らかな体温と、純粋な敬愛の念が込められた強い視線がアルスに注がれる。
「あなた様はご自身の成していることの偉大さをお気づきではありません。あなた様は、絶望の淵にいた私に光を与えてくださった……私にとっての『聖者様』なのです。私が、私を守ってくださったあなた様を、世界一安全な場所でお守りしたいのです……だめ、でしょうか?」
「うっ……」
上目遣いで潤んだ瞳で見つめられ、アルスは言葉に詰まった。
こんな可憐な姫君にそこまで真剣に頼み込まれては、断れるはずもない。
「……はぁ。分かりました。でも、本当に大げさな警戒とかはしないでくださいね? 俺、気まずいので……」
「はいっ! 承諾していただき、ありがとうございます、アルス様!」
エレノアはパッと花が咲いたような眩しい笑顔を見せた。
その頬はほんのりと赤く染まり、胸の高鳴りを隠しきれていなかった。
一方、ハインツは不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。
「よし! では直ちに王都へ戻り、国王陛下へ報告! 最強の第一陣警護騎士団を編成してここへ戻ってまいります!」
「ハインツ殿、俺も門番として力になろう! 一緒にこの聖地を守り抜くぞ!」
「おお、ガルド殿! 頼もしい限りだ!」
ガルドとハインツががっしりと固い握手を交わす。
神獣シルバは『バウッ』と満足そうに短く吠えると、アルスの足元に頭をすりすりと擦り付けた。
(なんだか……どんどん話が大きくなっていってる気がするなぁ……)
頭を抱えるアルス。
だが、本人の困惑とは裏腹に、ルナリア王国の総力を挙げた『聖地防衛計画』は、ここから爆発的な勢いで動き出すことになるのだった。
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