第7話:忍び寄る病魔と、おしのびの姫君
ご覧頂きありがとうございます!
楽しんで頂けましたら幸いです!
大国ルナリア王国――その王城の一室は、重苦しい静寂と絶望に包まれていた。
「……王立医術院のあらゆる知恵を集めても、姫様の病を治す手立てはないと……?」
天蓋付きの豪華なベッドの脇で、一人の騎士が拳を固く握りしめていた。
王国騎士団長、ハインツ。無骨な顔を歪め、横たわる少女を見つめている。
ベッドに伏せっていたのは、ルナリア王国の第一王女、エレノア・ルナリア。
可憐な金髪と美しい容姿を持つ彼女だったが、その肌は痛々しいまでに白く透き通り、首筋には不気味な黒い結晶の紋様が浮き出ていた。
『黒魔晶病』。
体内の魔力が変質して結晶化し、内臓を侵していく原因不明の奇病だ。
発症すれば一年以内に命を落とし、治す術は存在しないとされている。
「ハインツ……よいのです。余命幾ばくもない身……死を受け入れる覚悟はできております……」
弱々しい声で囁くエレノア。
その瞳には、すでに自分の命を諦めたような哀しみが宿っていた。
「……いいえ! 諦めてはなりませぬ、エレノア様!」
ハインツは意を決して、胸元から一枚の羊皮紙を取り出した。
それは、交易都市ルバートから届いた密偵の極秘報告書だった。
「先日、最果ての地『死の毒沼』にて、死滅した神経を一瞬で再生させ、いかなる病も完治させる『奇跡の神薬』を作る調合師が現れたとの報が入りました。元Aランク冒険者のガルドも、不治とされた足を完治させ、その調合師に仕えていると……!」
「死の毒沼……? あのような禁忌の地に……?」
「はい。王都の医者どもが役立たずならば、私めがその調合師を連れて参ります! いえ、お忍びでエレノア様をお連れし、直接診ていただきましょう!」
「ですが……もし噂が嘘であれば、私は毒沼の毒気で命を落とすやもしれません……」
「どのような責めも受けます! ですが、ここで手をこまねいて死を待つよりは……!」
ハインツの決死の目を見たエレノアは、そっと目を閉じ、小さく頷いた。
「……分かりました。ハインツ、あなたの言葉に賭けてみましょう」
こうして、病に倒れた姫君と、彼女を守る王国最強の騎士による、命がけの極秘旅行が始まったのだった。
数日後。
最果ての地『死の毒沼』の境界線。
馬車から降りたエレノアは、ハインツの肩に支えられながら、力なく足を進めていた。
病状は悪化の一途を辿り、今や自力で立つことすらままならない。首筋の黒い結晶は胸元まで広がり、呼吸をするたびに鋭い激痛が走っていた。
「ハインツ……ここが……『死の毒沼』ですか……?」
「は、はい……そのはずなのですが……」
ハインツの表情が困惑に染まる。
目の前に広がっていたのは、報告にあったような致死性の毒気でも、どろどろとした泥沼でもなかった。
見渡す限りの青々とした美しい芝生。
ハーブの香りが混ざった爽やかな風。
そして、遠くには黄金色に輝く広大な畑と、立派なログハウスが見える。
「馬鹿な……毒気が微塵もない……!? 噂以上ではないか……!」
ハインツが驚愕していると、ログハウスの方からズシン、ズシンと力強い足音が近づいてきた。
「止まれ、何者だ!」
現れたのは、身の丈を超える大盾を背負った男だった。
その脚取りは力強く、身にまとう圧はまごうことなき猛者のそれだ。
「貴様……元Aランク冒険者の『鉄壁のガルド』か!?」
ハインツが叫ぶ。ガルドの名は騎士団の間でも有名だった。
「ほう、俺の顔を知っているか。いかにも俺はガルドだ。……ふむ、そちらのお嬢さん、ひどい顔色だな。アルス様に会いに来たのか?」
「アルス様……? ああ、そうだ! 噂の調合師殿に会わせてほしい! このお方は……いや、このお嬢様は重い病に侵されているのだ! 頼む、助けてくれ!」
ハインツが頭を下げようとした、その時だった。
『グルゥ……』
ガルドの背後の茂みから、凄まじい神気とともに巨大な銀色の影が現れた。
体長四メートルを超える伝説のSSランク魔獣だ。
「ひっ……! SSランク魔獣……!?」
ハインツは咄嗟に腰の剣に手をかけた。
だが、シルバは襲いかかってくる気配を見せず、ただ静かにエレノアを見つめている。
「落ち着け、ハインツと言ったな。シルバはアルス様のペットだ。危害を加えない限り、襲ってきたりはせん」
「ぺ、ペットだと……!? SSランクの神獣を……!?」
ハインツが戦慄していると、ログハウスの扉が開いた。
「ガルドさーん、誰か来たのー?」
軽やかな声とともに現れたのは、作業着姿の素朴な青年――アルスだった。
「アルス様、お客様です。かなり重度の病をお持ちのようで」
「えっ、本当ですか?」
アルスは急いでこちらへ駆け寄ってくると、ハインツに抱えられたエレノアの顔を覗き込んだ。
エレノアは薄れゆく意識の中で、青年の顔を見上げた。
威圧感など微塵もない、温かく優しい瞳。
だが、アルスが彼女の肌に浮かぶ黒い結晶に触れた瞬間――その瞳の奥に、鋭い光が宿った。
「これは……『黒魔晶病』か。魔素の変質による急性結晶化疾患だな」
「な……っ! 一目で見抜いたというのか!?」
ハインツが息を呑む。
王立医術院の最高峰の医師たちが何日もかけて検査し、ようやく判明した難病だ。それを、この青年は触れただけで言い当てたのだ。
「痛かったでしょう。もう大丈夫ですよ、すぐ楽にしてあげますからね」
アルスは優しく微笑むと、腰のポーチから一升瓶ほどの大きさのガラス容器を取り出した。
中には、エメラルドグリーンの光を放つ透明な液体が入っている。
「ガルドさん、温泉のお湯を洗面器一杯分持ってきてください。ハインツさん、彼女をそこのベンチに寝かせてあげて」
「は、はいっ!」
言われるがままに、エレノアを木製のベンチに横たえるハインツ。
ガルドが持って来た湯気に立つ温泉水に、アルスはエメラルドグリーンの液体を数滴垂らした。
シュワアアッ!
洗面器から、甘く心地よい香りと、目に見えるほどの眩い緑色の光が立ち上る。
「固有スキル――《万物錬成・極》、広域適用」
アルスが洗面器の水に手をかざすと、光はさらに強まり、エレノアの全身を優しく包み込んだ。
「さあ、このお薬を含ませたタオルを、お顔と首元に当てますね」
濡れタオルが、エレノアの首筋の黒い結晶に触れた。
次の瞬間――奇跡が起きた。
ジュワアアァァァッ……!
「あ……あっ……!?」
エレノアの口から、驚愕の声が漏れた。
タオルが触れた場所から、氷が溶けるように黒い結晶が消え去っていく。
それだけではない。内臓を灼くようだった激痛が嘘のように引き、全身の細胞が沸き立つような、圧倒的な生命力が体内に流れ込んできたのだ。
「け、結晶が……消えていく……!? エレノア様の……エレノア様の病が……!!」
ハインツが膝をつき、目を見開いて叫んだ。
わずか一分。
エレノアの首筋や胸元を覆っていた不気味な黒い結晶は跡形もなく消え去り、透き通るような白い肌には健康的な赤みが戻っていた。
「ふぅ……息が……呼吸が、すごく楽です……!」
エレノアは信じられない思いで、自分の両手を見つめた。
怠かった体には力が満ち溢れ、病にかかる前よりも遥かに体が軽くなっている。
彼女はベンチから起き上がり、自分の足でしっかりと大地に立った。
「立った……! エレノア様が立った……!!」
ハインツはボロボロと涙を流し、大地に頭を擦り付けた。
「ありがとうございます……! ありがとうございます、調合師様……! このハインツ、生涯あなた様へのご恩を忘れませぬ……!!」
「あはは、感謝されるのは嬉しいですけど、そんなに頭を下げないでください。病気が治って良かったですね、お嬢さん」
アルスは心底嬉しそうに、エレノアに向かって微笑んだ。
エレノアはその笑顔を見つめながら、胸が大きく高鳴るのを感じていた。
(このお方は……王立医術院が束になっても治せなかった私の病を、ものの数分で……! まるで……神話に出てくる聖者様のよう……)
エレノアは静かにドレスの裾を持ち上げ、アルスに向かって完璧な淑女の礼を捧げた。
「助けていただき、心より感謝申し上げます、アルス様。私は……ルナリア王国第一王女、エレノア・ルナリアと申します」
「……え?」
アルスは一瞬、フリーズした。
「い、第一王女……!? え、姫様!?」
「はい。この御礼、決して一時の言葉だけでは終わらせません。我がルナリア王国は全霊をもって、あなた様とこの『聖地』を護護することを誓います!」
「えええぇぇぇっ!? 護衛!? いや、俺はただのしがない調合師で――」
「いいえ! あなた様は世界を救う『聖者』様です!」
エレノアの瞳には、強い尊敬と……そして、隠しきれない熱い感情が宿っていた。
王女の来訪と即時完治。
この出来事により、アルスの住む『死の毒沼』は、一国の国家規模で保護される『国家級の聖地』へと変貌を遂げていくことになるのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
皆様に楽しんで頂けるよう今後も頑張ります!
評価や感想など是非いただけますと活動の励みになりますのでよろしくお願いいたします!
次回もお楽しみに!




