第5話:毒泉のろ過と『至高の万能温泉』
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ヴォルフさんが旅立ったあと、俺は拠点となるログハウスの裏手に移動していた。
そこには、かつてこの地域一帯に猛毒を撒き散らしていた元凶――『大毒泉』が存在している。
「うわぁ、ここはやっぱりすごい毒気だな……」
直径二十メートルほどの大きな池のような泉から、ドロッとした紫色の液体がこんこんと湧き出ている。
水面からは目に見えるほどの毒気(硫化ガスと高濃度魔素の混ざったもの)が立ち上り、周囲の岩肌は酸で溶けてドロドロになっていた。
普通の人間の感覚なら、近づくことすら不可能な死のエリアだ。
だが、今の俺にはこれが『最高の素材』にしか見えない。
「毒の濃度が高いってことは、それだけ含まれている成分と魔力の密度が濃いってことだ。これをろ過して、適度な効能だけを残せば……」
俺は腕まくりをして、毒泉の縁に立った。
「固有スキル――《万物錬成・極》、発動!」
両手を毒泉へかざすと、俺の身体から眩い黄金の光線が放たれ、紫色の毒泉全体を包み込んだ。
『対象:【致死性高濃度毒泉】を感知』
『成分解析――強酸、重金属毒、腐敗菌、過剰魔素を検出』
『不要有害物質の分解、鉱物成分の抽出、魔力の調和処理を開始します』
シュオオオオオオオッ……!
毒泉から凄まじい勢いで白い湯気が立ち上った。
不気味な紫色だった液体が、ジュワジュワと音を立てながら、透き通った乳白色の美しいお湯へと変化していく。
さらに、毒素として分離された有害物質は、分解・圧縮されて手のひらサイズの小さな『高純度魔石』へと姿を変えた。これは後でログハウスの魔導炉の燃料として使えそうだ。
「よし、有害物質の除去完了! 次は効能の付与と……温泉の枠組み作りだな」
俺は周囲の岩肌に視線を向けた。
酸で溶けかかっていた岩石を《万物錬成・極》で再構築し、ツルツルとした手触りの良い白色の滑石へと変成させる。
それを泉の周囲に綺麗に敷き詰め、立派な岩風呂風の縁を作り上げた。
泉の底からは、心地よい泡とともに、ほんのりと硫黄とハーブの香りが混ざった温かい湯が湧き出している。
温度はちょうど四十一度前後の適温だ。
「よし……完成! 『アルス特製・至高の万能露天風呂』だ!」
さっそく服を脱ぎ、湯船に足を浸してみる。
「……ふぁあぁぁぁ……っ、気持ちいい……!!」
思わず声が漏れた。
温かいお湯が全身を包み込み、王都からの移動や開拓作業で溜まっていた筋肉のコリが一瞬で解けていく。
ただ気持ちいいだけではない。
この温泉には、ろ過する際に付加した『疲労回復』『皮膚の完全再生』『魔力循環の活性化』『永続的な状態異常耐性付与』という効能がたっぷり含まれているのだ。
『バウッ……?』
服を脱いだ俺を見て心配そうに近づいてきたシルバが、おずおずと湯船の縁から覗き込んできた。
「シルバも入るか? 気持ちいいぞ」
『クゥン……』
シルバは少し躊躇したが、俺が湯を手でかけてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
そして、思い切ってドボンと湯船に入ってくる。
「うおっ、ぬるくなるなよ?」
『……フチャー……(至福だ……)』
巨大な銀狼が、湯船の中で気持ちよさそうに丸くなり、うっとりと目を閉じている。
温泉の効果で、シルバの銀色の毛並みがさらに艶やかになり、神々しいまでの輝きを放ち始めていた。
「はぁ……極楽極楽。追放されて本当に良かったな」
青空を見上げながら、俺は湯船でゆったりと体を伸ばした。
温泉を堪能したあと、俺はヴォルフさんから買い取った新しい種を蒔くことにした。
「小麦の種に、キャベツ、ナス、それに……ほう、これは希少な『月光草』の種か」
ヴォルフさんの荷車に残っていた種を、昨日開墾した『極上腐葉土』の畑にパラパラと蒔いていく。
仕上げに、ろ過した温泉の湯(冷ましたもの)を栄養分としてたっぷり注ぎ込んだ。
すると――。
ズズズズズ……!
「おおっ、やっぱり早いな!」
芽が出たと思ったら、見る間に茎が伸び、一瞬にして黄金色の立派な小麦が畑一面に実った。
キャベツも大人の頭より大きく育ち、葉の一枚一枚が宝石のエメラルドのように瑞々しく輝いている。
「よし、これで主食のパンも自分で作れるぞ。今夜は焼きたてのパンと新鮮な野菜スープだな」
一人と一匹の豊かなスローライフは、着々と完成へと向かっていた。
その頃――『死の毒沼』から数十キロ離れた交易都市『ルバート』。
冒険者ギルドの交易支部で、大きな騒動が巻き起こっていた。
「おいヴォルフ! 冗談も休み休み言え! これが一本で金貨百枚だと!?」
ギルドの鑑定士が、ヴォルフの差し出した小瓶を前に、大声を張り上げていた。
周りにいた冒険者や商人たちが、何事かと集まってくる。
「冗談なんかやない! 観念して、その鑑定眼でしっかり見てみぃ!」
ヴォルフが胸を張って言い返す。
半信半疑の鑑定士は、持っていた単眼鏡型の魔道具を覗き込み、小瓶の中のエメラルドグリーンの液体を鑑定した。
次の瞬間――。
「――ひっ!?」
鑑定士の顔から一瞬で血の気が引き、持っていた魔道具をポロリと床に落とした。
「な、なんや鑑定士さん、顔色悪いぞ?」
「ば、馬鹿な……! 鑑定不可……いや、測定限界突破だと……!? 含有魔力濃度、過去に記録された宮廷エリクサーの五十倍以上……効能:完全欠損治癒、全病即時完治、永続的スペック向上……!?」
「なにぃ!?」
集まっていた冒険者たちがどよめいた。
「おい鑑定士! それマジか!? 欠損治癒って、切り落とされた腕も生えてくるってことか!?」
「ああ……それだけじゃない! これを飲めば、どんな不治の病も一瞬で治るぞ……! 一体どこでこんな神薬を手に入れたんだ、ヴォルフ!!」
鑑定士がヴォルフの胸ぐらを掴む勢いで詰め寄る。
ヴォルフはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、胸を張って答えた。
「どこって……あの『死の毒沼』におわす、至高の調合師・アルス様から買い取ったんや!」
「『死の毒沼』ぁ!?」
場にいた全員の叫び声が、ギルド中に響き渡った。
「嘘だろ!? あそこは人が入れば即死する禁忌の地だぞ!」
「ふふん、甘いな! 今やあそこは毒気なんか微塵もない、美しい湧き水と神々の作物が実る『奇跡の聖地』になってるんや! ボクはこの目で見て、アルス様に命を救われたんやからな!」
ヴォルフはさらに、麻袋から特大の『元気が出るトマト』を取り出してみせた。
「見てみぃ、このトマト! 食べるだけで疲れが吹き飛んで、魔力が回復する至高の野菜や!」
その場にいたベテラン冒険者の一人が、半信半疑でトマトを買い取り、一口かじった。
「がぶり……う、うまああぁぁぁっ!? なんだこの美味さは!? それに……おい、古傷の腰の痛みが完全に消えたぞ!?」
「マジかよ! 俺にも買わせろ!」
「私にも! 金ならある!」
瞬く間に、ヴォルフの周りには人だかりができ、持ち帰ったトマトと神薬は破格の値段で完売してしまった。
そして――この日の騒動をきっかけに、噂は風のように広まっていった。
『死の毒沼に、あらゆる病を治す伝説の調合師が住んでいる』
『そこは病や傷を癒やす奇跡の聖地となっている』
噂は冒険者たちだけでなく、病に伏せる要人や、傷ついた騎士たちの耳にも届き始めていた。
最果ての地を目指して、人々が動き出そうとしていたのだった。
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