第3話:王都の違和感と、毒沼の奇跡の果実
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王都――Sランク冒険者パーティ『新星の光』の本拠地。
「おい、ミレーヌ! ポーションの効きが遅いぞ! どうなっている!?」
王都近郊のBランクダンジョン『グラニテの迷宮』。
その第四十層で、リーダーの勇者クラウスの怒声が響き渡った。
クラウスの腕には、大型モンスター『グラニテ・ゴーレム』の岩石の拳をかすめた傷が残っていた。
擦り傷程度の浅い傷だ。だが、新しく雇ったBランクの薬術士ミレーヌがふりかけた高級ポーションは、傷口をジワジワと濡らすだけで、一向に塞がる気配がない。
「ひ、ひえっ!? す、すみませんクラウス様! ですが、これは王都で一番大きな薬問屋から仕入れた、一本銀貨三枚もする特選回復薬です! 通常なら十分な効き目のはずで――」
「言い訳はいらん! 痛みが引かないと言っているんだ!」
クラウスは苛立ちを露わにして、ポーションの空き瓶をダンジョンの床に投げつけた。
かつてなら違っていた。
雑用係として後ろに控えていたアルスが差し出すポーションは、傷口に触れた瞬間に冷涼な心地よさを生み出し、数秒で皮膚を元の状態に戻していたのだ。痛む暇すら与えない、恐ろしいほどの即効性があった。
「チッ……あいつ、以前は『市販のポーションにちょっとしたおまじないをかけておきました』とか言っていたが……」
クラウスは苦々しい顔で自分の腕を見つめる。
アルスが作っていたポーションは、実は市販品とは似ても非なる『超高純度神薬』だったのだ。だが、魔法も使えない雑草拾いだと思い込んでいたクラウスには、その価値が理解できていなかった。
(まあいい。たかが擦り傷だ。ミレーヌは攻撃魔法も使える。戦闘のスピードは以前より格段に上がっているはずだ)
そう自分に言い聞かせ、クラウスは剣を構え直した。
彼らはまだ気づいていなかった。アルスのポーションによって『疲労回復』や『状態異常の微細な無効化』が常時行われていたからこそ、彼らは連戦に耐えられていたという事実に。
本物の地獄が彼らを襲うのは、もう少し先の話である。
一方その頃――。
「うーん、やっぱりこの土、凄まじいな……」
最果ての地『死の毒沼』あらため『アルス工房の庭』。
俺はログハウスの前に作った小さな家庭菜園の前にしゃがみ込み、感嘆の声を漏らしていた。
昨日の夕方、毒沼をろ過して作った『極上腐葉土』に、王都から持ってきた普通の「トマト」と「パプリカ」の種を蒔いたのだ。
通常なら発芽までに数日はかかり、収穫までは数ヶ月を要するはずだった。
ところが――。
「一晩で大木のようになって、真っ赤な実が鈴なりになっている……」
目の前にあるのは、大人の背丈を超えるほどに生い茂った果樹のような野菜の木だった。
そこに実っているトマトは、赤ちゃんの頭ほども大きい。皮はツヤツヤと宝石のように輝き、濃厚で甘い香りが周囲に漂っている。
『バウッ!』
足元で、シルバが尻尾をちぎれんばかりに振っている。
巨大な銀色の狼――神獣シルバーフェンリルが、まるで果物をおねだりする飼い犬のように、目を輝かせてトマトを見つめていた。
「お前も食うか? ほら、もぎたてだぞ」
熟した巨大トマトを一個もぎ取り、手で半分に割ってやる。
ジュワッと溢れ出す果汁。それを見たシルバは、ハグハグと美味そうに噛み締めた。
『クゥゥン……!(美味い! 美味すぎる主よ! 全身に満ちるこの精霊魔力はなんだ!?)』
「おお、気に入ったか。どれ、俺も一口……」
ガブリと噛み付いた瞬間、口いっぱいに広がる芳醇な甘みと爽やかな酸味。
ただ美味いだけではない。果汁が喉を通った瞬間、全身の血液が素早く巡り、疲れやコリが一瞬で消え去っていくのを感じた。
「これは……トマトの形をした『万能活力剤』だな」
毒沼の強い魔素を無害化して取り込んだ土壌だ。
そこに育つ作物は、もはやただの野菜ではなく、食べるだけで病気を予防し魔力を大幅に回復させる『霊薬の果実』に変貌していた。
「よし、野菜だけじゃなく、薬草の種も植えてみよう」
俺は調合リュックの底から、王都の薬草園で分けてもらった一般的な『上級ヒール草』の種を取り出した。
本来なら栽培が非常に難しく、気候や魔素の管理を怠るとすぐに枯れてしまう繊細なハーブだ。
それを、ふかふかの土にパラパラと蒔き、純水(ろ過した湧き水)をたっぷりと注ぐ。
すると――。
シュオオオオオ……!
湧き水が染み込んだ瞬間、地面から淡い緑色の光が立ち上った。
芽が出たと思ったら、見る見るうちに茎が伸び、葉が茂り、純白の可憐な花を咲かせる。
「おいおい、十秒で開花したぞ……」
咲き誇ったヒール草から漂う魔力濃度は、王都の宮廷薬師が喉から手が出るほど欲しがる『千年草』と同等以上だった。
「これなら、ポーションの作り置きも一瞬で終わるな」
俺は収穫したヒール草と純水、そして周囲の毒素から精製した極小の魔石を調合鍋に投入した。
「固有スキル――《万物錬成・極》」
鍋の中が眩いゴールドの光に包まれる。
通常なら数時間かけて煮詰め、ろ過し、成分を抽出する工程が、わずか数秒で完了した。
光が収まったあと、鍋の底に残っていたのは、エメラルドのように美しく澄み切った緑色の液体――。
【神聖超回復薬】
・あらゆる傷、病気、欠損、呪いを即座に完全治癒。
・全魔力・体力を完全回復。
・永続的に物理防御力を微増。
「……うん、ちょっと濃く作りすぎたかもしれないな」
市販の最上位ポーション(エリクサー)すら過去のものにする超性能の薬が、鍋いっぱいに完成してしまった。
「まあ、売りに行くわけじゃないし、自分で使う分には問題ないか」
俺は完成した神薬を小瓶に詰め、棚に並べていった。
その時だった。
『……グルル……』
シルバが耳をぴんと立て、森の方角へ視線を向けた。
「どうした、シルバ?」
『バウッ(人が近づいてくるぞ、主よ)』
シルバの警戒を宥めながら、俺は森の境界線へと目をやった。
毒沼の生い茂る木々の合間から、ガサガサと物音が響く。
現れたのは、巨大な木製の荷車を引き去った、ボロボロの服を着た中年男性だった。
「ひ、ひぃ……毒気で目が……足が動かへん……助けてくれぇ……」
男は全身を泥と汗で濡らし、今にも倒れそうになりながら、必死の思いで毒沼の境界線を越えてきたようだった。
「行商人……か?」
俺は慌てて男の元へ駆け寄った。
最果ての地『死の毒沼』に、まさか最初の「お客様」が訪れることになるとは、この時の俺はまだ思いも寄っていなかった。
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