第12話:突きつけられた現実と身勝手な執着
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「ぐぁぁぁぁぁっ! 痛い! 身体が焼けるように熱いんだ! 早くなんとかしろ!!」
王都中央診療所の病室に、勇者クラウスの醜い叫び声が響き渡っていた。
『漆黒の毒竜』との戦闘で全滅寸前に追い込まれた『新星の光』は、クラウスが持っていた超高額の緊急転移スクロールを使い、間一髪でダンジョンから脱出していた。
だが、毒竜の猛毒と酸によって全身の皮膚はただれ、高級な甲冑や法衣はズタズタに溶け、全員が瀕死の重傷を負っていた。
「く、クラウス様……静かにしてください……! 医術院の先生方が今、解毒の薬湯を用意してくださっていますから……!」
隣のベッドで、全身に包帯を巻きつけた魔法使いの女が、震える声で訴える。
新しく雇った薬術士のミレーヌは、毒竜の恐怖と自分たちの無力さに耐えかね、すでに荷物をまとめて夜逃げしていた。
「解毒薬だと!? 市販の薬などいくら飲んでも効かないのは分かっているだろうが! ああくそっ、全身の激痛が収まらない……! なぜだ! なぜ以前は、どんな毒を浴びてもポーション一本で一瞬で治ったんだ!?」
クラウスはベッドの柵を激しく叩いた。
かつて彼らは、どんな凶悪な魔物の毒を受けようとも、怪我を負おうとも、次の日には何事もなかったかのように全快して戦場に立っていた。
だからこそ、自分たちは「選ばれし無敵のSランクパーティ」だと過信していたのだ。
だが――その「無敵」を作り出していた裏の仕組みを失った今、彼らはただの傷ついた弱者に過ぎなかった。
バンッ!!
その時、病室の扉が激しい音を立てて開いた。
入ってきたのは、凄まじい怒相を浮かべた王都冒険者ギルドのギルドマスター・バゼルと、ルナリア王国医術院の院長だった。
「ギ、ギルドマスター……? 一体何の用だ。俺たちは今、怪我の治療で忙しいんだが――」
「黙れ、愚か者どもがっ!!」
バゼルの地鳴りのような一喝が、部屋の空気を凍りつかせた。
バゼルは手にした何枚もの書類を、クラウスの顔面に向かって叩きつけた。
「がはっ!? な、何をするんだ!」
「お前たちの無能さと愚かさには、開いた口が塞がらん! 本日をもって、冒険者ギルド本部はパーティ『新星の光』のSランク資格を永久剥奪! ならびにBランクへの二段階降格処分を決定した!」
「な……なんだとぉぉぉっ!?」
クラウスは跳ね起きようとしたが、全身の激痛で「ぐはっ」と倒れ込んだ。
「ふ、ふざけるな! 俺は選ばれし勇者だぞ!? たまたまダンジョンで手違いがあっただけで、降格だと!? そんな理不尽が認められるか!」
「理不尽だと……? 笑わせるなクラウス!」
バゼルは蔑むような冷酷な目でクラウスを見下ろした。
「お前たちがダンジョンで無ざまに這い回っていた頃、王宮とギルド本部より重大な調査結果が発表された。……お前たちが一ヶ月前、『戦闘力のない無能な雑用係』だと笑って追放した調合師……アルス殿のことだ」
「……っ!?」
アルスの名が出た瞬間、クラウスと魔法使いの女の身体がピクりと強張った。
「現在、最果ての地に突如として現れ、王女殿下の不治の病を治し、国家規模の聖地を作り上げた至高の聖者……一級聖導師アルス様。……そのお方こそが、お前たちがゴミのように捨て去った、あのアルス殿ご本人であると確定した!!」
「――な、何だと……!?」
クラウスの頭の中に、雷が落ちたかのような衝撃が走った。
オークションハウスで競り落とした五百枚の『神薬』。
その小瓶の底に刻まれていた、あの調合鉢と双葉の小さなレリーフ。
アルスが昔から「自分のポーション」だと分かるように手作業で刻んでいた、あのマーク――。
(あ、あの神薬を作ったのは……本当に……アルスだったのか……!?)
脳裏の中で、すべての出来事がガチリと噛み合っていく。
なぜ、アルスがいた頃はどんな激痛も疲労も一瞬で消え去ったのか。
なぜ、どんな凶悪な毒を受けてもピンピンしていられたのか。
なぜ、アルスを追い出してから急速に自分たちの身体が蝕まれていったのか。
すべては――彼らが「無能」だと見下していたアルスが、日常的に『神薬』を自分たちに与え続けていたからだったのだ。
「う……嘘……嘘でしょ……!?」
魔法使いの女が、顔を蒼白にしてガタガタと震え出した。
「私たちが捨てたのは……ただの雑用係じゃなくて……世界最高の聖者様だったの……!? だから……だから私の魔法も、身体のキレも……全部アルスの薬のおかげだったの……!?」
「その通りだ!」
医術院長が吐き捨てるように言った。
「お前たちが受けていた恵みは、国家の全財産を投げ打っても手に入らない至高の奇跡だったのだ! それを『無能』だと嘲笑い、身ぐるみ剥がして追放しただと……!? 国王陛下もこの報告を聞き、呆れ果てておられたぞ!」
「くっ……あ……あああ……」
クラウスは絶望と屈辱で歯を食いしばり、顔を歪めた。
自分たちの威光も、Sランクの栄誉も、すべてはアルスという一人の青年が裏から支えていた「お砂遊び」に過ぎなかったのだ。
だが――。
折れ曲がったクラウスの歪んだプライドは、この絶望的な現実すらも奇妙な形へとねじ曲げてしまった。
「……く……くはっ……」
「……クラウス?」
「……ハハハッ! あはははははははっ!!」
突然、クラウスが大声をあげて笑い出した。その目は狂気と醜い欲望に爛々と輝いていた。
「そうか……そういうことだったのか! なーんだ、アルスの奴め、相変わらず手間の分からん奴だな!!」
「な……何を言っているんだクラウス!?」
バゼルが眉をひそめる。
「解かったぞ! あいつは俺たちに追放されたのがショックで、当てつけのために最果ての地で目立とうとしたんだ! だから王女様を治したり、聖地なんて大層なものを作ったりしたんだろ!」
クラウスはニヤニヤと浅ましい笑みを浮かべ、ベッドの上で胸を張った。
「あいつは元々、俺たち『新星の光』の専属調合師だ! つまり、あいつが作った『聖地』も『神薬』も、元を正せばすべて俺たち『新星の光』の所有物ということじゃないか!」
「……は?」
バゼルと医術院長は、耳を疑った。目の前の男が正気なのかどうか本気で疑うような目で見つめる。
「いいか! アルスは本当は寂しいんだよ! 俺たちに認められたくてたまらないんだ! だから俺が直々に『聖地』へ出向いてやってな、『追放を取り消してやるから、また俺たちの荷物持ちに戻っていいぞ』と言ってやれば――あいつは泣いて喜んで、以前みたいに俺たちに神薬を作り続けるに決まっている!」
「クラウス……お前、本気でそんなことを……!?」
「ああ! 決まりだ! おい、行くぞ! 今すぐ『聖都アルス』へ向かうんだ!」
クラウスは痛む身体を押して強引にベッドから起き上がると、怪我だらけの仲間を引きずり出すように病室を飛び出していった。
残されたバゼルは、深々と溜息をつき、哀れみの視線をその背中に向けた。
「……哀れな愚者め。今の『聖都アルス』がどんな場所か、あの方の周りに誰がいるのか……何も分かっておらんのだな」
その頃――『聖都アルス』の中央農園。
「ふう、やっぱりもぎたての果物で作るパフェは最高ですね!」
陽光が心地よく降り注ぐログハウスのテラス席で、アルスは満足そうに微笑んでいた。
目の前のテーブルには、冷えたガラス容器に盛られた特製マンゴーパフェ。
南国の超マンゴーの果肉、採れたてハーブのジュレ、そして温泉水で育てた特製サトウキビの天然シロップが美しく層をなしている。
「本当に……! アルス様の作られる甘味は、王宮の専属菓子職人たちが逆立ちしても作れないほど至高の味わいです……!」
私服姿で遊びに来ていたエレノア姫が、頬を少し赤く染めながら、うっとりとパフェを味わっていた。
『バウッ♪』
傍らでは、神獣シルバが自分用の特大パフェ皿に顔を突っ込み、口の周りをクリームだらけにしながら幸せそうに尾を振っている。
「アルス様! 周辺の警備、本日も異常なしであります!」
「アルスさん! 新しい果物の苗と、各国からの感謝の寄付金(金貨千枚)をお届けに来ましたよ!」
門番のガルドと商人のヴォルフが、笑顔でテラスへとやってくる。
「みんなもお疲れ様です! パフェ、作ってあるから食べていってくださいね」
「「おおおっ! 感謝いたします、アルス様!!」」
和気あいあいと笑い声が絶えない、あたたかく平和な時間。
かつて雑用係として蔑まれていた青年は、今やかけがえのない仲間たちと、誰もが羨む最高の幸福の中にいた。
身勝手な欲望を抱いて接近してくる元パーティの愚者たちが、この完璧な平和を打ち破れるはずもないことを――アルスも仲間たちも、まだ知る由もなかった。
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