第11話:崩れ去る『新星の光』
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王都の中心街に位置する、一際豪華な大石造りの建物――『王都第一オークションハウス』。
この夜、会場はかつてないほどの熱気と異様な緊張感に包まれていた。
集まっているのは、王国の有力貴族、大富豪、そして名だたる大パーティのリーダーたちだ。
誰もが血走り、爛々と輝く目で金色の壇上を見つめている。
「皆様! 大変長らくお待たせいたしました!」
壇上に立ったオークショニア(競り人)が、手袋をはめた手で、ベルベットの布が被せられた小さな台を指し示した。
「本日、最後の出品物でございます! 最果ての『聖地』より、御用商人ヴォルフ組合経由で極秘裏に入手いたしました……伝説の『神聖超回復薬』でございます!!」
ジャッ、と布が払われる。
現れたのは、親指ほどの大きさしかない小さなガラス小瓶だった。
だが、その小瓶から漏れ出すエメラルドグリーンの光は、広い会場全体を幻想的に照らし出すほど強く、神秘的だった。
「おおい見ろ……あの透明感……! 精霊の吐息がそのまま固まったような光だ!」
「本物だ……本物の『聖地の神薬』だぞ……!」
会場からどよめきが湧き起こる。
「効能は説明するまでもございません! あらゆる不治の病を一瞬で完治させ、死滅した組織を再生し、全身の魔力を底上げする至高の一滴! 出品数は……この一本のみでございます!」
オークショニアが槌(木槌)を振り上げた。
「それでは、開始価格は金貨五十枚からスタートいたします!」
「金貨八十枚!」
「金貨百枚だ!」
「二百枚!!」
価格は一瞬で跳ね上がった。貴族たちが狂ったように札を掲げ、怒号のような入札が飛び交う。
その客席の最前列で、勇者クラウスは歯を食いしばり、拳を固く握りしめていた。
(くそっ……! なぜこんなに跳ね上がる!? だが……だが、俺たちにはこの薬が絶対に不可欠なんだ!)
クラウスの隣に座る魔法使いの女も、ガタガタと震えながらクラウスの袖を引っ張る。
「クラウス様……! 買ってください、お願いです! 私、もう全身の痛みに耐えられない……! あの薬さえあれば、昔みたいに完璧な体に戻れるはずです!」
クラウスたちの身体は、すでに限界を迎えていた。
アルスを追い出してから一ヶ月。市販の高級ポーションでは取り除けない微細な魔毒と疲労の蓄積により、筋肉は常に激痛に苛まれ、集中力は散漫になり、満足に魔法すら唱えられない体質になっていたのだ。
このままでは、Sランクパーティの称号すら剥奪されかねない。
「……金貨五百枚だぁぁぁっ!!」
クラウスは椅子から立ち上がり、血吐くような声で叫んだ。
金貨五百枚――それは、一般的な地方都市の小さな城が丸ごとひとつ買えてしまうほどの天文学的な金額だった。
パーティ『新星の光』がこれまでの冒険で蓄えてきた財産の、ほぼ全てに相当する大金だ。
会場が静まり返る。これ以上の額を提示できる者は、流石に誰もいなかった。
「……金貨五百枚! 他に入札はございませんか!?」
カンッ! カンッ! カンッ!
「落札! 勇者クラウス様が『神聖超回復薬』を競り落とされました!」
「はぁ……はぁ……やった……! 手に入れたぞ……!」
クラウスは安堵のあまり膝から崩れ落ちた。全財産を失ったが、これで昔の無敵の肉体が戻ってくるなら安いものだ。
オークションハウスの裏手にある特別個室。
クラウスはうやうやしく差し出された小瓶を奪うようにひったくると、震える手で木栓を抜いた。
瞬間、甘く高貴な香りが部屋いっぱいに満ちる。
「これだ……この香り……! 早く飲ませろ!」
クラウスは一滴もこぼさぬよう、小瓶の液体を一口で喉に流し込んだ。
ジュワアアァァァッ……!
「がはっ……!? あ、あああぁぁぁぁっ!?」
絶叫するクラウス。
全身の血液が熱いマグマに変わったかのような凄まじい衝撃が駆け巡る。
そして次の瞬間――一瞬にして筋肉の激痛が消え去った。
濁っていた視界は水晶のようにクリアになり、衰えていた魔力が溢れ出すように体内に充満していく。
「あ……あは……あははははっ! 治った! 治ったぞぉぉぉっ!!」
クラウスは自分の両手を何度も握り締め、跳ね回りながら大爆笑した。
「すごい……! 筋肉のコリも、重苦しかった頭痛も全部消えた! 全盛期以上の力が湧いてくる! これぞ神薬……! これぞ奇跡のポーションだ!!」
あまりの効能に歓喜するクラウス。
だが、彼が歓喜のあまり空になった小瓶を愛おしそうに見つめた、その時だった。
「……ん?」
小瓶の底のガラス表面に、かすかな小さな不規則な模様(刻印)が刻まれているのが目に入った。
それは、薬草をすりつぶす『調合鉢』と『双葉』をモチーフにした、極小のレリーフ――。
(……あれ? このマーク……どこかで……?)
クラウスの脳裏に、デジャヴのような既視感が走る。
どこかで見たことがある。いや、昔から毎日、当たり前のように見ていた気がするマークだ。
昔、パーティーの荷物持ちだった男が、手作りのポーション瓶の底に「間違えて自分の物だと分かるように」と、手作業でこっそり刻んでいた、あの不格好な印――。
(……いや、馬鹿馬鹿しい!)
クラウスは即座に頭を振って首を横に振った。
(あんな無能な雑草拾い(アルス)が、こんな国宝級の神薬を作れるわけがないだろう! たまたま似たようなマークがついているだけだ!)
自分に言い聞かせるように吐き捨てると、クラウスは腰の聖剣をガチャリと鳴らした。
「おいミレーヌ! 体調は完璧だ! 全財産は失ったが、俺たちにはこの力が戻った! 明日直ちに、王都最難関の深層ダンジョン『無間なる絶望の壺』に突入するぞ!」
「は、はいっ! クラウス様!」
クラウスは全盛期以上の調子を取り戻したと確信し、高らかに笑い声をあげた。
彼らは知らなかった。
神薬の一時的な効果で体調が戻ったのはクラウス一人だけであり、他のメンバーの体内には相変わらず毒と疲労が溜まったままであることを。
そして、神薬はもう二度と手に入らない『一回きりの奇跡』だったということを――。
翌日。
王都近郊・最難関ダンジョン『無間なる絶望の壺』最深部(八十層)。
「グオオオオオオン!!」
目の前に立ちはだかるのは、漆黒の鱗に覆われた巨体――Sランクの凄惨なる魔獣『漆黒の毒竜』。
「ハハハッ! 死ねぇっ!」
全盛期以上の力を取り戻したクラウスは、聖剣を振るい、毒竜の首筋へ斬りかかった。
ドスッと深々と刃が刺さり、漆黒の毒血が噴き出す。
「やった! クラウス様がダメージを与えたぞ!」
喜ぶ仲間たち。だが、次の瞬間――。
ブシャアアアッ!
毒竜が撒き散らした高濃度の毒液と毒気が、広間全体を包み込んだ。
「ぐわぁぁぁっ!? 毒だ! 毒を浴びたぞ! ミレーヌ、ポーションだ! ポーションを出せ!!」
激痛に叫ぶクラウス。
しかし、後ろで後衛の魔法使いやミレーヌから返ってきたのは、悲鳴だった。
「ひええぇぇぇっ! 毒が……毒が強すぎて、市販の解毒ポーションじゃまったく効かないのぉぉぉっ!!」
「ミレーヌの魔法も届かない! 体が……体が痺れて動かない……!」
市販の高級ポーションを何本頭から浴びても、毒竜の猛毒はビクともしなかった。
かつてアルスが作っていたポーションなら、一滴塗るだけで毒を中和し、皮膚を即座に再生させていた。だが、今の彼らにはそんな魔法のような薬は存在しない。
「馬鹿な……! なぜ効かない!? なぜあの時みたいに一瞬で治らないんだぁぁぁっ!?」
毒に侵され、視界が紫に染まり、膝をつくクラウス。
仲間たちも次々と毒に倒れ、悲鳴をあげて転がり回る。
「ガハッ……! クラウス様……助け……」
「嫌だ……死にたくない……! アルス……アルスはどこ……!?」
極限の絶望の中で、魔法使いの女が思わず叫んだ名前。
それは、自分たちが「無能」だと笑って捨て去った、あの調合師の名前だった。
「グオオオオオッ!!」
毒竜の巨大な前脚が、動けなくなったクラウスたちへ向かって容赦なく振り下ろされる――。
全滅寸前。
Sランクパーティ『新星の光』は、自分たちの犯した決定的な過ちの代償を、あまりにも残酷な形で支払わされることになったのだった。
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