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天窓に張りつく顔

「換気装置が猛烈に稼働していてさ、湯気も無くて肌寒く感じる入浴施設があるじゃない?」

 机の向こうで腕を組み、狩谷警部補は私に訊いてきた。

「マンションに隣接して建つやつですか」

「そうそう。そこの天窓なんだけどさ」


 張りつく顔が最初に目撃されたのは、男湯の天窓だった。

 一日の仕事を終え、湯船に浸かった大工の棟梁が湯の気持ち良さに声を漏らしながら見上げると、見慣れない何かが窓の縁から覗いている。

「ん?」ありゃなんだ?目を凝らして見ると、首から上の顔が張りついて、こちらを凝視していた。

「おい!」大事を上げて指で指すと、声に驚いた周囲の何人かが指先の天窓を見上げて、各々驚きの声を上げ騒ぎだし、何人かは脱衣場から受付へと駆けていく。

 浴場内の騒動に満足したのか、気づいたのか。知らせを聞いた店員が浴室に駆け込んでくる前に、顔はスッと引いて、二度と現れる事はなかった。

 

「そこはさ、屋根に上がる通路も梯子もないわけでね。実害も無いし、顔が印刷されたチラシでも飛んできて、貼りついたんじゃないか?ってことで、その場を収めたそうなんだけど」


 数日後の夜。今度は女の子側の天窓に張りつく顔が目撃された。今回も店員が駆けてくる前に、謎の顔は引っ込んだ。

 目撃した女性達の「チラシではなく、立体的な人間の顔だ」との訴えを受けて、施設側が通報し至近の交番から巡査長と巡査が駆けつけて、周辺を調べたが不審な人物や形跡は発見できず、「パトロールの頻度を上げますから」と巡査長は言い置いて戻しかなかった。

 約束通りパトロールの頻度は上がり、施設側も安心し始めた頃、またもや女湯の天窓に顔が現れた。

 今回は駆けつけた店員が顔を確認したそうで、「ベタリと左頬をガラスに貼りつけて、いやらしい目で浴場内を見下ろしていました」との証言を得られた。

 天窓の設けられた屋根に上がるには、長い梯子を持ってくるか工事用車両を用いる必要があるが、その様な目撃情報は得られず、人間が上がる事は不可能な状況なのに、顔は天窓に出現したのだった。


「施設の表と側面は無理でも裏はどうだ、と思うでしょ。裏には立ち飲み屋があって、多くの人が集っていたんだ」

 狩谷警部補は、右頬をポリポリと掻いた。


 『二度あることは三度ある』と言うが、顔は三度どころか四度、女湯だけに現れ天窓から見下ろしてきた。


 三度目の出現後、署の鑑識係が出動し天窓を調べると、顔の目撃された場所だけガラスを拭いた形跡があり、「人間で間違いないだろう」と断定されたにも関わらず、誰が言い出したのか「入浴施設の建つ土地は、昔は墓地だった」とか「土地の神に不義理な行為を行なって、呪われているんだ」等の不穏な噂話が街に広がり始めた。

 

「でさ。変な噂を立てられたり、いつ顔が現れるか分からないとか、単に気持ち悪いとかの理由で、来客数が減少した施設側の要望も有って、張り込む事にしたのさ」

   

 顔が出現するのは晴れた夜に限られていたので、該当する日に二人一組が入浴施設を全体的に目にできる場所に、営業終了時間まで張り込む事となった。


「あれは何回目だったかな。ふとマンションを見上げたら、ある部屋のベランダから何かが垂れてきたんだよね」


 狩谷警部補は相棒の田町巡査部長を呼ぶと、二人でベランダのある部屋の階数と位置を確認した。

 確認している間にロープと身体を何かで繋いだ人物が、懸垂降下する消防隊員よろしく入浴施設の屋根へと降りていく。

 狩谷が署に応援要請の連絡を入れる間に田町巡査部長は温泉施設へと駆け出していく。狩谷は連絡を入れ終えると、マンションへと駆け出した。


「管理人が住み込んでいるマンションで助かったよ」

 狩谷警部補は一つ頷いた。

「同行してもらって、管理人に部屋の鍵を開けてもらってベランダに突進してね。ロープだと思ったものは登山で使用するザイルだったよ」

 ベランダの手摺りに縛ったザイルにカラビナで身体を繋いで屋根に下りると、そのまま天窓に行き覗いていたんだ」

 ベランダから見下ろすと、夜の暗さに紛れて天窓にへばりつく男の姿が、微かに見えたそうだ。


「欲望を満たすためとはいえ、そんな事までするか?と驚いたよ」

 狩谷警部補は嘆息した。

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