第十二話 その薬、飲めば一生ですか?
「その薬、飲めば一生ですか?」
高血圧症、糖尿病と診断されて、薬を処方しようとすると、ほとんどの患者さんがこう聞く。
薬を飲めばそのままずっと飲み続けなければならないのか、と聞いているのだろう。その答えはYES、一生飲み続けなければならないことが多い。
40代、通信会社の営業マンの山田さん(仮名)。職場の健診で高血圧と高血糖を指摘されて、犬上内科クリニックに訪れた。聞けば、3年前から異常を指摘されるも、ほったらかしていたそうだ。
「うーん、糖尿病ですね、しかも血糖値もかなり高い。食事と運動…生活習慣について看護師から指導させてもらいます。それとお薬も出しますね」
犬上先生がいうと
「その薬、飲めば一生ですか?」
山田さんは、やっぱりそれを言った。
「薬を飲んで良くなれば、それは薬の効果であって、薬を止めればまた悪化するので、ほとんどの人は一生飲むことになります」
犬上先生はステレオタイプにこう答える。
「いや〜、薬は飲みたくありません、運動や食事でどうにかなりませんか?」
山田さんはそう言った。意外にもこう言う患者さんはたくさんいる。
「そうですね、まずは指導内容を理解してもらって、まずは標準体重まで減量すること。徹底した食事管理をすることです。そして改善したならしたでその努力は一生続けなければなりません、よく考えて決めて下さい、お大事に」
犬上先生はそう言って診察を終わった。
「先生、山田さん大丈夫でしょうか?」
私は診察の合間に犬上先生に聞いた。
「大丈夫かはわからないよ。ほったらかしては、いけない病気だからね。でも治療は一生続くからこそ、本人が納得のいく治療法を選べばいい」
薬を飲む、飲まないという事と、高血圧症、糖尿病などの生活習慣病という病気であるかないかは別なのだ。生活習慣病と診断された時点で病気であり、薬を飲まなくても、この病気であることには変わりない。だとすれば、薬を飲んででも病態をより良い状態にした方がいい、というのが、医療側の思いなのだが、「薬を飲む=病気」という考え方が患者さんとの大きな解離を生んでいる。加えて、薬を飲みたくない、という患者さんのほとんどが、たくさんのサプリメントを飲んでいるのも不思議でならない。『薬を飲む=病気』だが、サプリメントは健康食品であって自分は病気ではないと感じるようであるらしい。私達はそこに矛盾を感じるのだが、当の本人はそれなりの理屈があるのだろう。
ある日、山田さんがまた来院した。風邪をひいたようでつらそうな様子だった。
「今日はどうされましたか?」
犬上先生がそう聞くと
「昨夜から38℃の熱と、咳と喉の痛みがあって…」
「風邪ですね。薬を出すので飲んで休んで下さい、お大事に」
聴診した後、犬上先生がそう言うと、
「仕事休めないんで、早く治るよう注射か点滴をお願いします」
山田さんは躊躇なく、犬上先生にそう言うと、
「風邪に特効薬はありません。ましてすぐ効く注射や点滴などそんな薬はないです」
先生は冷たく返した。山田さんは不満げな顔で帰っていった。
山田さんは一生飲む薬は飲みたくないが、今具合が悪いのをどうにかする為なら、飲み薬でも注射でもなんでも求めるタイプなのだ。私は彼のそこに矛盾を感じるのだが、どうだろう。
風邪の病態は確かにつらいものだが、医学的には大した事はない。逆に糖尿病や高血圧症などの生活習慣病は症状がなくても放っておくと、どんどんその人間の寿命を縮めることになるということを私たちは知っている。しかし山田さんをはじめ多くの患者さんが無症状で忍び寄る生活習慣病の恐ろしさを知らないのだ。
「糖尿病と診断された時点で、インスリンを分泌する膵臓のβ細胞の数は正常な人と比べて半分以下にまで減っているんだ。つまり少ないβ細胞でインスリンを賄う必要があるから、膵臓に負担がかかり、β細胞数の減少に拍車がかかるという悪循環を医者(僕)は知っているんだ。」
そう、犬上先生は真剣な顔で私に口上を述べた。
「医者っぽい事言いますね」
「医者っぽいって、いちおう医者だよ、僕は。えっ、知らなかったの?」
そう言って、少し照れくさそうに笑った。




