第十三話 京都での女たち
「つばめちゃん、4月京都に行かない?慶太も連れてさ」
休日の朝、突然犬上先生が言った。ちなみに慶太は5歳になる息子だ。
「家族旅行ですか?」
「学会で発表なんだ。一緒に行こうよ」
「行きたいっ。行きましょう」
「その代わり、学会発表のお手伝いして欲しいんだ、いいかな」
「ハイハイ、わかりました」
こうやって私は、京都への同行をエサに学会の手伝いを安請け合いしてしまった。
「んで?私は何をすれば良いんですか?」
「このデータをまとめたいから、まずは全部のデータをエクセルに入力して欲しいんだよ」
「ぜ、全部ですか?」
「そう、全部だよ。頑張れ、お昼ケンタッキーご馳走するからね」
目の前にある1000人以上の患者さんのデータをひたすらパソコンに入力するという、退屈で根気のいる、私の1番嫌いな仕事だ。
「それにしても、開業して3年過ぎてこの病気だけでもこんなにたくさんの患者さんを診てるんだな〜僕は」
と犬上先生はひとり感慨深そうに言った
「あー、そうですね」
私は正直それどころではなく、パソコンに向かいながら薄っぺらくカラ返事をした。
「ちなみに、先生は何をしてるんですか、手が進んでないように見えますが?」
「僕?僕はね、発表のストーリーを考えているんだよ」
「考えている、だけ?」
「だけ、って…学会発表はね、ストーリーが1番大事なんだよ、同じような研究結果を発表するにしてもストーリー付けが上手くないと評価されないんだよ。だから今1番重要な部分に頭を悩ませてるんだよ」
(それって、自分でパソコン入力しながらでも、出来るんじゃないのかい?)
と、思ったが夫婦二人三脚をモットーとしている私は、まあよし、とした。
「いちおう、入力終わりましたよ」
「あ、ありがとう。じゃ、コレとコレの平均出してさ、統計検定かけて」
「了解で〜す、って、先生簡単に言いますけどぉ」
ノリツッコミを入れながらもキレ気味にそう言った。
「つばめちゃんならできるよ、大丈夫だから、ね」
悪びれる様子もなく、そう言われると、結局乗せられてやってしまう、私はお人好しか、バカか。
なんだかんだで犬上先生に乗せられ続け、発表のスライドまでパワーポイントで作らされたが、おかげで発表する犬上先生本人よりも、内容を熟知した。もはや私の研究と言っても過言ではない。しかし、犬上先生のストーリー付けがやっぱり1番大事だと感じた。悔しいがそう認めるしかない。
学会発表には口演発表とポスター発表がある。まずは、演題募集に応募して、学会側が内容を精査して口演かポスターを振り分ける。口演とは演台に上がりスライドをつかって講演をする形式で、ポスター発表は所定の時刻に自分のポスターの前で待機して口頭説明をする形式だ。どちらが優れていると言うわけではないが、多くの発表者は口演発表を希望する。
後日、学会側から発表日時と発表形式の通知がきた。
「つばめちゃん、学会初日、オーラル(口演)だよ。飛行機とホテル手配しておいてね」
学会の準備から半年、ようやく学会初日を迎えた。犬上先生はこの日のために新調したスーツを着て、いつになく緊張気味だった。今回の学会は学会発足100周年を迎えるにあたり天皇陛下がご出席されるという。
「今日は天皇陛下がいらっしゃってますし、いつもより京都は賑やかですねん、桜もいい時期やから」
タクシーの運転手さんもそう言っていた。
「ところでさ、天皇陛下ってどこのホテルに泊まるのかな?僕らと同じホテルかもね、つばめちゃん」
(ん?この人、本当に知らないのかな。バカか)
「先生、天皇陛下には、京都御所がありますやん」
そう、茶化して言うと
「えっ、御所って歴史的建造物ってだけかと思ってた、そうなの?住めるの?すごいね、つばめちゃん」
そう、興奮して言った。本当に初耳だったようだ。この人のこういうところが面白い
学会場には託児所もある。子連れの先生方が結構利用しており、完全予約制だが、連日満員なようだ。京都のような観光地での学会では、私達のような家族同行はよくある光景なのだ。
「つばめちゃん、慶太とここで待ってて。先に受付してくるから」
会場の広いロビーで息子と遊んでいると、着物をきた女がベンチに座った。どうやら私たちと同じ、学会出席の医者を待っているようだが、家族ではないことは直感で分かった。
(ふーん、京都に不倫旅行…、張り切って着物を着てきたのかい)
広い会場でも、若干浮いて見える「着物の女」。当の本人は本気なのだ。なぜかその「着物の女」に興味がわいて、注目していた。まもなく、その相手の男(たぶん医者)が来て
「お待たせ、さあ、どこに行こうか、清水寺にいこうか、でも着物だと歩くの大変かな」
「大丈夫です。清水寺見たいです」
どうやら、この医者は、学会出席の受付だけして、あとは「着物の女」と観光する気なのだ。
(学会出席名目で不倫旅行とは、不届きな奴め、清水の舞台から落ちてしまえ)
と、勝手に人間ウォッチングをして、不倫カップルと決めつけては、勝手に怒ってる…という。
「慶太、つばめちゃん、お待たせ」
犬上先生が戻ってきた。
「あのさ、今ね…」
今さっきみた、「着物の女」の物語を聞かせた
「ハハハ、学会にはよくある光景だよ、朝なのにどう見てもホステスさんみたいな女を連れてきてたり。「学会ついでに」っていうのがケチ臭いよね、自分のお金で旅行すればいいのに」
「そういう問題ではない。経費だろうが、自腹だろうが、ダメは駄目です」
「その通り」
観光地での学会は様々な人間模様が見える場所でもあるのだ
「ご清聴、ありがとうございました」
犬上先生の発表が終わった。
「お疲れさま、初めて発表している姿を見たよ」
と、素直に犬上先生が素敵に見えた。
「お話しのところすみません、わたくしこういう者です」
大きなカメラを持った男が犬上先生に話しかけてきた。
「先生の今回の発表、是非うちで載せたいのですが‥」
そう言いながら、『日講メディカル』という雑誌の編集者の名刺を手渡した。日講メディカルといえば、医療雑誌では超有名な雑誌だ
その男は犬上先生と数分立ち話をして
「それでは」
と、立ち去った。
学会場近くのホテルはたくさんの人でごった返している。学会参加者は首から参加証をぶら下げ、コングレスバッグを持っているので、誰が医者なのかすぐわかるのだ。
「さて、チェックインして中華でも食べようか、このホテルの中華は星を取ってるんだってさ」
そう言って犬上先生がチェックインをしている隣のカウンターでは、スーツ姿に首から参加証&コングレスバッグの中年の医者がチェックインをしていた。その数歩後ろには、どう見ても奥さんには見えない若い女が立っていた。
コイツもか。
勝手に腹立たしく、睨みつけてやった。
「つばめちゃん、なんか顔怖いよ、どうした?」
「いいえ、なんかな〜。けしからんね」
「気を取り直して、美味しい中華食べに行こう」




