第十一話 なんでも効く薬は何にも効かない
「こんな医者いるわけがないよ」
我が家では医療モノのドラマは見ない。
犬上先生は医療モノのドラマが大嫌いである。先生曰く、主人公の「神の手」を持つ若い医者は絶対にいるわけがない、というのだ。
「医者は研究や臨床経験を積んでその診断能力を上げ、その経験で技術も身につくもので、20代後半の天才外科医なんかいるわけがないんだよ」
「「手術以外は何にもいたしません」では、そもそも専門医のライセンスは取れない、学会発表や論文を書かないと専門医になれないんだから」
「それに、外科は脳外科、心臓外科、消化器外科、呼吸器外科と、それぞれの専門があるのに、この失敗しない女医は何が専門なんだ?なんでもできる医者はいないんだよ、ブラックジャックじゃあるまいし」
と、ことごとくドラマの主人公を否定する。好きで観ているこっちは、犬上先生の言葉でイッキにドラマがつまらなくなってしまうのだ。フィクションとして見ればいいものを、自分の分野だからなのか、寛容になれないらしい。
とある日。
「なんでも効く薬があればいいのにね」
犬上家の日常にある、くだらない会話のひとつである。
「そうだね、でもそれなら僕の仕事は無くなってしまうよ。それにね…つばめちゃん、」
「なんでも効く薬は何にも効かないんだよ」
「?、先生、どういう意味ですか」
「そのうちわかるよ」
そういって、もったいぶるかのようにニヤニヤしながらその先は話さなかった。
クリニック開業の際、標榜する科目に悩む。「悩む」っていうことに些か不思議を感じるが、誰が言ったか知らないが、標榜科目は多い方がいい、というのが開業のセオリーだ。医師が開業する場合、麻酔科以外は何科を標榜してもいいのだ。極端にいえば法律上は内科医が眼科を標榜してもいいということになる。
「内科、小児科、皮膚科…」と医師が1人しかいない街の医院がたくさん科目を標榜しているのに疑問を感じたことがあるが、これは標榜科目を多くして、なるべく幅広に多くの患者に来てもらうという策なのだ。でも犬上先生はこのセオリーをひどく嫌った。
「僕は、僕がやってきた科目、得意な科目だけでいい」
と言い張った。彼はそういう人だ。
「犬上内科クリニック、標榜は糖尿病・内分泌内科にします。これが私の科目です、逆にそれ以外の科目は診ません」
些か横柄なように聞こえるが、犬上先生の考えは、日本は全国どこの病院でも掛かる医療費は同じなんだから、その道のプロに診てもらえばいい、小児科の臨床経験もない医者に自分の子供の病気を任せられますか、って話ならしい。
多種多様な専門医が乱立している現状で、全ての科目を見れる医師は皆無と言ってもいい。なんでも診れる医師はもはや「私、失敗しないんで」の女医だけかもしれない。そうでなければ、何でも見れるという医師というのは何の専門医でもない「広く浅い」医師なのかもしれない。
「あぁ、39℃ぉ。先生ぇ、不覚にも風邪をひいてしまいました」
「つばめちゃん、風邪かどうかは僕(医者)が決めることだから。症状はどんな感じ?」
(めんどくさい人だ。)
「発熱と、頭痛、喉が痛いのと鼻がつまって、痰の絡んだ咳です、関節痛も」
「うーん、それは、風邪だね」
(だから、そうでしょうよ。)
「薬、出してあげるから、それ飲んで寝なさいね、今日は休みなさい」
そう言って、6種類の薬が処方された。
「えー、こんなに飲むの?薬でお腹いっぱいになっちゃいますよ」
「風邪には特効薬がないんだよ、症状を抑える対処療法しかないんだから」
「ルルだかララだか、とにかく1個で済むのないのぉ?」
「つばめちゃん、なんでも効くは何にも効かないんだよ。総合感冒薬って効き目の成分がちょっとずつ入ってるでしょ?逆に言えばちょっとずつしか入ってないの。1錠で効果的面って無理なんだよ。だからそれぞれの症状に対して各々の有効薬を飲んだ方がいい。お腹いっぱい薬を飲みなさい、おバカさん」
犬上先生は珍しく私にイライラした様子だった。
「じゃ、薬も医者も同じですかね、なんでも診る医者は何にも診れないってことですか?」
「どうかな。ただ、僕の専門について言えばそういう医者は、僕よりも診断やテクニックが落ちるってことかな」
「自信ありありですね、先生は」
「自信がない医者に診てもらいたいって思う患者はいないよ、自信が持てるよう日々勉強してるんだよ、それが専門医なの、死ぬまで勉強だよ、僕はね。」
そう言って、私の頭をポンポンとしてくれた。




