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第十話 見えない女の戦い

 「犬上慶いぬがみけい)先生は海」

採血場でそう言った患者さんの言葉が不思議で、(ん?ジュディオングの『魅せられて』か?)

「どういう意味ですか?」

「いや、あなたここで勤めているのに、犬上先生の事わからないの?先生はね、『海』みたいな人よ。心が広くて深いのよ。」

50代のご婦人が、私を犬上の妻だとは知らずに、マウントを取るかのように話した。しかし、自分の夫ではあるが私もそれには同感である。


 開業して1年あっという間に過ぎ、犬上先生のクリニックはいつも混んでいる。


 さて、開業医の嫁にはいくつか種類がある。

 1つ目は開業医の嫁も医師である。2つ目は開業医の嫁がコメディカル(医師以外の医療従事者)である。3つ目はそれ以外である。更にはその中でも、同じクリニックで働いているか、そうでないかなど色々なパターンがあるのだ。

 私が勝手にそれに順位をつけるとすれば、1位は嫁も医師ではあるが医業は夫に任せ専業主婦として家庭を支えている。これが開業医の嫁の最高峰だと言える。医師であるのにそれを見せず、夫の後ろでサポートに回る…素晴らしい。2位は夫と一緒に同じクリニックの2診で仕事をする女医。医師である時点で私の手の届かない存在であり、夫婦二人三脚で開業したクリニックを営んでいる…素晴らしい。その次が夫と一緒に同じクリニックで働くコメディカル。夫と二人三脚ではありながら、サブとして夫を支えている…これが私だ。2位と私の間に女医だが夫のクリニックとは別の医療機関で働いている、というパターンがありそうだが、私の中ではこのパターンは私の下、すなわち4位なのだ。何故かといえば、勝手な私の偏見だが、夫が開業しても別の病院で勤務医として働いているのは、夫の開業とは別に、確実な収入をキープしているのだと考える。つまり万が一、夫の開業が失敗しても生活費を確保するという保険をかけているのだ。決して悪い事ではないが、私から言わせれば、夫婦二人三脚から既に外れているのだ。


 「この(ひと)、若林内科の奥さんでしょ?」

テレビのコマーシャル、上半身裸の女性の背中が映っている。この女性は『メディカルエステ ボルテ』の代表、若林美保子。若林内科の院長夫人だ。私が思うに、新しいタイプの開業医夫人である。年齢は私よりも少し上だが、圧倒的に美人で、世にいう『美魔女』である。

 彼女は「美保子」という名から「ミポリン」という愛称で呼ばれている。その美貌から、ローカルではあるが地元のテレビのトーク番組で流行りの化粧品やファッションについて紹介したり、セレブ感を前面に出し、ハイブランド愛好家であることを公言しては数十万円のバッグや数百万円のジュエリーなど自慢していた。私はどこかその美保子という女を「いけすかない」と、嫉妬めいた思いが沸いたと同時に、地方のイチ開業医がどうしてそんなにセレブになれるのかと、不思議な思いで見ていた。犬上家の財布ではこの先何年経っても、このミポリンのようなセレブな生活はできないのだ。

 さて話を戻すと、ここで私が思う開業医の嫁の最下位は、医師でもコメディカルでもない、いわば何でもない嫁である。このミポリンという『美魔女』はそれに当たるのだが、それに加えて旦那の稼いだ金を使い尽くす、まさに『魔女』なのではないかと、いけすかない、いけすかない。いけすかない。

 会ったこともない女にここまでの嫌悪感を感じるのは私の嫉妬…いや、「女のプライド」なのだ。

 犬上先生は、そんな私のくだらない思いを知ってはいるが、そういう私を面白く見ていたようだった。

「女は女に勝ちたがる、ってこういうことなんだねぇ。つばめちゃんを見てると楽しいね。僕はこれまで、あまり女の人の感情を気づかないで生きてきたから」

「先生、あまり面白がらないでくださいよ。嫌悪感でギリギリと握った拳が緩んでしまいますよ」

「ははは、つばめちゃん楽しいよ。僕は。」

犬上先生が男だからなのか、私のこんな感情が幼稚だからなのか、彼には共感できない、私の「女のプライド」なのである。


ある日、ポストに1枚のハガキが入っていた。

「あ、村木先生はもう10年かぁ」

犬上先生はそう言ってそのハガキを私に見せた。

開業10周年パーティーのお知らせ

と書かれたハガキだった。犬上先生の先輩医師が開業して10周年を迎えるにあたり、盛大なパーティーを開くというのだ。

「村木先生らしいよ、奥さんも派手好きだからさ。つばめちゃんきっと面白いと思うから行ってみようよ」

そう言って、そのパーティーに参加した。会場は市内一の高級ホテル、街のクリニックの10周年パーティーにしては実に豪華である。負けず嫌いの私はこの日のためにダイエットまでしてスタイルを整え、前日にデパートで買ったばかりの一張羅を着て参加、いや、参戦した。

「みなさん、こんばんは!」

カン高い声が、ステージ上から聞こえてきた。

「本日は、我が村木クリニック開業10周年記念パーティーにお越し頂きありがとうございます、本日司会進行を務めさせていただきます、村木数子でございます」

 この村木数子は犬上先生の先輩である村木先生の嫁、自称フリーアナウンサーで結婚式の司会などアルバイトでやっているそうだ。医師でもコメディカルでもない、なんでもない嫁。でも出たがりで派手好きで有名な開業医の嫁だ。

「あぁ、いけすかねー」

思わず呟いた。

「くっくっく、つばめちゃんは絶対そう言うと思ってたよ、面白いね」

「先生、また私のイライラを見て笑わないでくださいよ」

「つばめちゃん、君は僕の思ったとおりの人だよ、いい意味で」

「いい意味でって、どう言う意味ですか。」

犬上先生は笑ってその答えをはぐらかした。



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