第七話 ドキドキ初夜と初同行‼︎
話し合いが終わったと新山氏が部屋まで伝えに来てくれたので、皆で下に降りる。
やはりと言うべきなんだろう…美稀の要望が無事に通っていた。
ボディーガード颯の誕生の瞬間である。
「定期的に連絡する様に」
そう言い残し、遥華を連れて姐さんは引き上げていく。
もう少し名残惜しく思ってくれてもいいだろうに…かの有名な売られていく牛の気持ちもきっと今の自分と同じなんだろう…そんな事が頭を過る颯の表情は…暗い。
「パパお疲れ様♪颯の事は私に任せてね‼︎」
満面の笑みの美稀。自分の希望が通ったお姫様が父という名の臣下に労いの言葉をかける。
「美稀、少し神谷君と2人で話したいのだが…」
笑顔が一瞬で凍りつき、父を睨む娘、怯える父…
相変わらず次々と変わる表情…他人事として、このやり取りを見れたらさぞ楽しいだろうが、今や颯も当事者の為、静観の姿勢は維持しておかなければならない。
「何?聞こえなかったからもう一度言って」
「神谷君には1階の客間を使ってもらう事にするから、よければ案内してあげて欲しい」
聞き直されて、先程と同じ内容をもう1度…あれ……言ってない。
新山氏、危険を察知したのだろう。危機回避能力はなかなかのものである。
「嫌よ‼︎」
あれ?意外な返事をする美稀。新山氏も理解出来ておらず、疑問の目を向けている。
父親の視線が自分に向いているのを確認した美稀は何故か俺を見てくる。
どうしたものかと、新山氏も釣られて俺を見る。
数瞬の間…俺に注目が集まるが、特に何が起こるわけでもない。
だが、颯は傍にいる美稀がモゾモゾ動いているのを見逃さなかった。
そして、美稀が静かに口を開く。その声は弱々しい。
「だって……いつ襲われるか分からないでしょ⁉︎自宅が絶対に安全なんてパパは言えるの⁉︎私は一度襲われたのよ。本当は今だって不安なんだから……だから、颯には私の部屋で寝起きしてもらう事にしたの。さっき2人で話し合っての事だから…」
瞳に涙を溜めて………っておい⁉︎今何を隠した?絶対隠しましたよね?
絶対に見間違えとかじゃない‼︎
嘘泣きではないかと疑惑の目を美稀に向けるが、俺と目を合わせようとしない。隠した物を調べるまでもなく、この時点でクロである事は証明された。
だいたい話し合った覚えなど…ない。言ってる事がメチャクチャだ。
流石に納得出来ないのであろう。新山氏も反論する。
「不安なのは分かるが、年頃の娘が異性と同じ部屋で生活するとか、そんな事は許さ…」
美稀の凍りつく様な睨みが父の言葉を最後まで言わせない。
さっきまで泣き顔だったのに、変わるの一瞬だからな…この才能、ある意味凄いのかもしれない。
この展開…もう慣れたな、あまりの馬鹿馬鹿しさに他人事の様に眺めてしまう颯。
その後、美稀の作った夕食を3人で食べて、慌ただしい1日が終わろうとして………そんな簡単に終わるはずがなかった。
事件は、風呂上がりに起きた。美稀の部屋へ戻ると…息が止まる程の衝撃が颯に走る。
先に風呂を済ませたはずの美稀の格好が様変わりしていたのだ。
普通のパジャマを着ていたはずが、何故か今は…黒のベビードール姿。しかも、あろうことか無駄にシースルー仕立て。
当然ながら胸の頂きの小さなポッチが透けている。
申し訳程度に膨らんだ胸…好きな人には堪らないのだろう。
しかも顔を真っ赤に染め上げている、恥ずかしいならそんな格好しなければいいのに。
顔立ちが悪くないだけに…目のやり場に困る颯である。
そんな颯の視線を感じたのであろう。変になった空気を誤魔化す様に美稀は口を開く。
「寝る時はリラックスしたいから。今日は疲れたから早めに寝るわ。颯、隣に来て」
最初のパジャマ姿でもリラックス出来ると思うのだが…しかもベッドで一緒に寝るらしい。拒否権はもちろんあるはずがないのだろうから、言う通りにベッドに向かう。
ベッドに入ると美稀が抱きついてくる。美稀の胸の先端の少し固い感触を肌に感じつつ、同じ様に固くなった自分の下半身のアレを美稀に気づかれない様にさりげなく手でガードする。
そんな状態が暫く続いていると、ふいに隣から寝息が聞こえてくる。
あどけない美稀の寝顔に心が少しだけ穏やかになる。
黙っていれば可愛いのに…そんな事を思いながら、いつの間にか眠りに落ちていく颯。
こうしてハプニング続きの長かった1日が、終わるのであった…
朝、颯が目を覚ますと既に美稀が制服に着替えていた。
話を聞くと…いつも学園には歩いて通学しているらしい。
新山氏が昨日のうちに学園に話を通してくれたらしく、家を出る時に学園長に提出する書類を渡された。
家を出て暫く経った頃…突然美稀に腕を組まれる。
あまり好き勝手されると今後に関わるので一応注意したのだが、案の定受け入れてもらえない。
咄嗟の時に動きが鈍るから、本当は強く言って拒否しなければいけないのだが、クライアントを過度に刺激するわけにもいかないので、不本意ながら従う。
「素敵な1日になりそうな予感がするわ」
笑顔の美稀。引き攣る俺…周りから見たら滑稽な光景だろうな…自覚はあるからどうかお願いです、そっとしておいて下さい。
学園までは徒歩10分程で到着した。学園長室で簡単に挨拶と書類の提出を済まし、事務室にて残りの手続きをする。
その後、美稀が授業を受ける教室の隣で待機する。廊下側の入り口とは別の中にある扉で隣の教室と繋がっている様だ。
室内に居るという事は、ここにいる連中はボディーガードなんだろう。服装も様々な女性ばかり…男は聞いていた通り俺1人。
警戒されているのだろう…こちらを見ながら小声で会話している者もいる。
少しでも目立たない様に、隅の席に座り目を閉じて静かに時間が経つのを待つ。無駄な努力とは言わないで欲しい、自覚はあるのだから…
チャイムが鳴り時刻を確認すると昼時になっていた。
隣と繋がる扉が勢い良く開け放たれると、姿を現したるは…我が主美稀だ。
「颯…お昼食べに行きますわよ‼︎」
小腹も空いてきたので、美稀に黙って従う。
移動中も…食堂でも視線を感じる。男のボディーガードが居るのが珍しいのだろう…暫くは視線は我慢するしかないだろう。
食堂を見渡すと、4人掛けと8人掛けのテーブルが大半を占めており、僅かながらではあるがそれらより大きなテーブルが隅に置かれているのが確認出来た。大人数での食事の場合の配慮なんだろう。
こういう場所では家のしがらみとかあるのかもしれない。
流石はお嬢様の通う学園といったところだ。聞いた事もない様な料理名がメニューに所狭しと並んでいる。
情けないが美稀にオーダーを任せ、運ばれた料理を口にする。味も申し分ない。
「颯、分かってるでしょうけど…他家のボディーガードの方と、面倒起こすんじゃないわよ‼︎」
小声で話しかけてくる。近くに人が居ないとはいえ視線はあるのだからおとなしくしていれば良いのに、態度を取り繕う気はないらしい。
家に居る時の口調で話しかけてくる。
「分かってるよ、おとなしくしてるから揉める様な事態にはならないはずだ」
求めていた返事ではなかったのだろう。美稀は不満そうな顔をしている。
「そうじゃないわよ。本当に理解力に乏しいわね…私に内緒で勝手に他家のボディーガードと仲良くなったら許さないって言ってるのがどうして分かんないのよ、まったく…」
聞こえない様に小声で言ってるつもりだろうが、丸聞こえだ。昨日もそうだったがわざとやってるのか?
そもそも普通分からないだろ…どんだけ独占欲強いんだよ…付き合ってるって仲でもないんだから俺の自由にしていいだろう?別にお近づきになりたいからって訳じゃなく、俺にも選ぶ権利はあるはずだって事が主張したいだけなんだ。
美稀に言ったら不機嫌になるだろうから黙っておくが…
起きてもない事を心配してヤキモチを焼く美稀が可愛いとか…断じて思ってない。本当は少しだけそう思って…ごほん。
余計な事が頭に浮かんできたので、思考を停止する。
「美稀に心配かけない様に最善を尽くすからさ、それで納得してくれ」
そう告げて、会話と食事を終わらせる。
美稀の教室の前の廊下で別れ、隣の待機教室にて授業の終わりを待つ。
その後は特に何が起こるでもなく帰宅した。
学園では穏やかに過ごせそうだな…
緊張の学園同行初日は、こうして無事終了の運びとなった。




