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第六話 私からの宣戦布告‼︎

先程の情けないやり取りから暫くして、新山氏と美稀が室内に戻ってくる。

2人ともすまし顏をしている様子からして、外でのやり取りをこちらが気づいていないと認識しているのだろう。

残念ながら、全てを把握している。新山氏…今のあなたは、この場にいる誰よりも情けない…


そんな風なとても失礼な事を考えている颯。だが、真顔なだけ颯はマシなのである。

姐さんと遥華にいたっては、今にも笑い出してしまいそうな様子。

颯が一番大人な対応をしている…というより、もはや颯しか大人な対応が出来ないほどなのである。


理由がどうであれ、クライアントを笑い飛ばそうとするなんてどんな了見だよ…

目の前に座る親子も残念過ぎる為同情する気にはなれないが、颯はそんな仲間の様子に嘆息する。


「伊集院さん、娘と話し合ったのだが、今回は神谷さんをボディーガードという事で依頼したいのだが構わないでしょうか?」


新山氏が条件を提示してくる。姐さんは了承するかと思いきや…


「こちらも一つだけ確認しておきたい事がございます。神谷は力を使用後1時間以内にキスをしないとペナルティを負います。もしもペナルティを負った場合、一定期間の間は力を使用出来なくなります。それを回避する為、基本的にここにいる遥華と組ませているのです。神谷単独をご希望みたいですが、対策は検討していただけるのですか?私も神谷を危険に晒したい訳ではありませんので…」


あらあら新山氏…目を丸くしてるよ。俺のペナルティの件は、知る訳ないよな。美稀が話した様子はなかったし。

丸聞こえだったのだから、颯が話した素振りがなかったと思うのであれば、そうなのだろう。


「そうですか…ペナルティ…それは不味いですね。ここはやはり、遥華さんにお願…」


「その点は問題ありません」


新山氏が言い終える前に、美稀が言葉を発する。被せるの好きだな…父親の面目丸潰れだな。

颯は新山氏に少しだけ同情する。


「美稀様、お考えがあるのですか?」


姐さんが、そんな2人を気にした様子なく尋ねる。


「キスに関しては、問題ありません。なぜなら私が責任持って応じますから。実は先程、神谷様に私の大切にしていたファーストキスを奪われてしまいました。これに関しては思い描いておりました素敵なものでは残念ながらありませんでした。本当に悲しくて、もう生きていく自信がない…私の世界は暗転してしまったのです。でも、それは次に起こる奇跡の前触れでしかありませんでした。セカンドキスという名の奇跡です。なんと神谷様が私を抱き寄せて、情熱的なキスをしてきたのです。いきなりで驚きましたが、殿方にあんなに求められたのは初めてで私も本音を申し上げると満更ではありませんでした。神谷様は私の事を好きなのですが、照れ屋さんみたいで…その素敵なキスをただの罪滅ぼしのキスとか嘘をつくのです。さっきはそれを鵜呑みにして、気落ちしましたが…よくよく考えると、あれはきっと私に遠慮しているからこその発言なのでしょう。何故なら神谷様は私の事をキスしたいほど可愛いと言ってくれました。きっとご自分と私が釣り合わないとか思っているのでしょう。神谷様も容姿は整っていると思いますが、そんな彼に劣等感を抱かせてしまったのです。私の罪深いほどの可愛いさがこの悲劇を起こさせてしまったのです。でも心配なさらないで下さいませ神谷様。美稀の心は既に貴方様のものですから。2人だけでゆっくり話す時間もありませんでしたので、これからの事を今すぐ皆様にご報告は出来ませんが、神谷様とゆっくり歩んでいくつもりです。そんな私達ですからキスなんて問題ありません、だってその先も…ゴホン…。そういう事で神谷様と一瞬たりとも離れる気もありません。だって一蓮托生ですから…そうですよね神谷様⁉︎」


美稀のマシンガントークとその内容に、全員が唖然となる。

いや正確には俺と新山氏だけは顔色が真っ青という要素がプラスされる。

それよりも、俺の気持ちをどうして勝手に…話してる⁉︎

起きた事に関しては事実だが、付随する俺の精神部分はほとんどが捏造だ。


あっ…新山氏が鬼の様な形相をしている。そうだよな…最愛の娘の爆弾発言(嘘比率9割)に怒りが込み上げているのだろう。先程までの温和な表情を知っているだけに…その恐ろしさが一層引き立つ。

というか、アレを信じるとか…どんだけ娘を信用してるんだ⁉︎俺を睨む前に少しは疑えよ…颯は溜息すら出てこないほど憔悴してしまった。


「そうですよね⁉︎神谷様⁉︎」


空気を読まず、改めて返事を求めてくる美稀に何から伝えれば良いか頭の整理が追いつかない。

2人の時にきちんと話をしなかったツケなのだろう。あれだけ言えば勘違いされる事はないだろうと油断した自分の迂闊さを呪う。


神様…俺前世に問題ありましたか…⁉︎


そんな泣き事が頭を過る。

うまくやり過ごす策は…………光は…………見えない‼︎どう頑張っても良い方向に転ぶ気がしない颯。


そんな彼は心を空にして言葉を紡ぐ。


「そうですね」


ここぞって時のメンタルの弱さには定評があります神谷さん家の颯君。

どうせ依頼が終わるまで我慢してうやむやにしてしまえば良いだろう…そんな打算的な考えの颯。


脅された時って下手に否定しないほうが良いんだ…って自分に言い訳する事も忘れないぐらいだから実は余裕があるのかもしれない。


「神谷君…君とは少し腹を割って話す必要がありそうだな」


新山氏からのプレッシャーは、なかなかのものだ。身体は小刻みに震え、獲物を見つけたライオンの様な獰猛さを醸しだす。

この態度を娘に出来たなら、こんな残念には育たなかったであろう美稀が少しだけ不憫である。


「いずれにせよ、神谷も準備がありますので追って連絡して下さい。そちらもゆっくり話す時間があった方が良いでしょうから」


見かねた姐さんが場を収める為に切り出す。


「全てこちらで用意致します。伊集院様はご心配なさらず。お父様は今から伊集院様とお話を纏めて下さい」


バッサリ切り捨てる美稀。

いやいや、いくら男でも手ぶらって…最低限必要なものはあるって思考はないのだろうか、きっとないのだろう。

今の美稀に何を言っても無駄だ。おとなしくしておこう。


「神谷様と遥華様は暫く私の部屋にどうぞ。私達の事は気にせず、お父様達はお話しを続けて下さいませ」


美稀に促されて退室する。2階の美稀の部屋に通される。

飾り気は少ないが所々に可愛らしい小物が配置され女の子らしい雰囲気が漂う。

颯の部屋の2倍ぐらいの広さがある。流石に天蓋付きのベッドとかではないのだが、それでも1人で寝るにはやたら大きい。


絨毯の上に小さなテーブルが置かれており、座る様に勧められる。


「やっと落ち着いたね。颯、私と一緒に生活出来るからって、いきなりなんでも許してもらえるとか思わないでよ?嫌って訳じゃないけど、ゆっくりだからね。まだ会ったばかりだし…」


顔を赤く染め、左右の人差し指を合わせてモジモジする美稀。

自分の言葉に照れてるのだろう。

しかも…さり気なく名前を馴れ馴れしく呼んでる。

もう勝手にしてくれ…颯は項垂れながらも口を開く。


「俺に拒否権はなさそうだから、ボディーガードの話は決まるだろうな。だが、最初に言っておく。依頼は受けるが、あんたと仲良くなる気はない。俺があんたを好きでもないってのは本心だから。馴れ馴れしくしないでくれ」


「なんでよ⁉︎キスしたかったって言ったじゃない。本当は私の事好きなんでしょ⁉︎遠慮なんてしないで」


直ぐに美稀から反論の声があがる。


「キスしたかったって言うのは、嘘なんだよ。あの時は本当にキャンキャン吠えているあんたを黙らせたかっただけ。何度も言うが、あんたの事好きじゃない」


自分で言うのもだが、酷いな。こんな風に言われて、立ち直れないとかなんないよな…


「そんな…」


颯の本気をようやく理解したのだろうか。

瞳から涙が零れ、呆然とする美稀。


遥華は状況を静かに窺っている。むやみに動くのは得策ではないのは誰の目にも明らかだ。


気まずい空気が流れる。

静寂が暫く続いたが、遥華が空気を打ち破る。


「えっと…美稀さんだっけ。颯って昔から乙女心とかそういうの分からないんだ。他にも色々と空気読めない奴でね。嫌な思いさせてごめんなさいね。今ならまだ間に合うから…私がボディーガード引き受けるよ」


美稀があまりに不憫に思えたのだろう…俺には絶対にみせない優しさを…遥華が繰り出す。

凄い…こんな慈愛に溢れた遥華さん…見たことない。

これは、美稀…落ちるんじゃないか。俺が美稀の立場ならこの優しさに縋るだろう。


「颯の事、よく分かっているんですね?」


小刻みに震える声でぽつりと呟く美稀。


「腐れ縁だから…」


素っ気なく返す遥華。


「言わせてもらいますが、遥華さんに謝ってもらう必要ありません。これは私と颯の問題です。あと、聞きたいことがあります。颯の事好きなんですか?2人は付き合ってたりするんですか?」


何故か語気を荒くして遥華に突っかかる美稀。

彼女の感情がコロコロ変わる速度についていけなくなりそうになる。


「癇に障ったのなら謝るわ。質問に関してだけど、颯の事は好きよ。今はラブではなくライクの方だけどね。だから付き合ってもないわよ」


「今は…?じゃあ、昔はどうだったんですか?付き合い長いんですよね?もしくはこれからラブになる可能性あるんですか?」


「言い方が悪かったわね。昔からずっとライクよ。もちろん付き合ってないわ。ただ、これからについては知らない。何があるかなんて分からないし、仮に私がラブと思う事があったとしても、颯の気持ちもあるから…恋は一方通行では出来ないでしょ?一応念押ししておくけど、ラブになる要素は今時点ではないわ。これで良かったかしら⁉︎」


「分かりました。それでは遥華さん…この依頼の期間はどうしてもの時以外は颯に手は出さないで下さいね。颯とキスしてるんでしょ?パートナーですもんね。嫌だけど命に関わる問題でしょうからそこは言及しません。とは言っても依頼の間は私が颯とキスしますから遥華さんの出番なんてないんですけど。暫くでいいので、必要以上に接触しないで下さい。約束していただけますか⁉︎」


美稀の言ってることが理解出来ない。俺…言ったよなちゃんと。

どうしたらそういう事を平然と言えるんだ?美稀は何を考えてる?


「別にいいわよ。なら颯をボディーガードにするのを止める気はないのね?」


確認すべく質問する遥華。その言葉を聞いて首肯する美稀。


「約束してくれてありがとう。もちろん最初の計画の通り颯にボディーガードを受けていただきます。颯、私がクライアントよ。出来ない事を言うつもりはないけど、逆らわないでね。最初の命令よ…近くに来なさい」


どうやら俺を雇うのを変えるつもりはないらしい…やれやれ…じゃじゃ馬姫様の機嫌をいきなり損なうのは得策じゃないので黙って従う。


無防備に美稀に近づく俺。

新山美稀という人物を甘くみていた…この時の俺がそんな事に気づけるはずなかった。


美稀に引き寄せられると同時に唇から突然感じられる柔らかな感触。

両手で頬を挟まれ身動きが取れないでいる颯。

美稀からする初めてのキス、ゆっくりと唇の感触が消えていく。

突然の出来事に理解が追いつかない颯。


美稀は遥華に見せつける為だけに、この場でキスをしたのだ。

絶対に触れるな…遥華に対する敵意丸出しのキスだ。


遥華は颯に特別な感情は抱いてないと聞いたはずなのに…

美稀には予感があったのかもしれない。未来のライバルになるかもしれないという予感が…


ポーカーフェイスを崩さない遥華だが、はたしてその心が動揺しているのかどうかは分からない。

そんな遥華を尻目に美稀は颯に語りかける。


「決めたよ‼︎颯に私の事好きになってもらうから…覚悟しなさい‼︎」


涼やかな声で宣言する美稀の笑顔を…颯は不覚にも綺麗だと思ってしまうのであった。

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