第五話 交渉という名の旗の下に
美稀に案内されて、応接室へと向かう。
中に入ると、既に中年の男性が部屋の中央のソファーに座っていた。見た目は40過ぎの穏やかな紳士然といった感じの男性である。
その男性の隣に美稀、テーブルを挟んでもう一つのソファーに姐さんを中心に男性側に俺、美稀側に遥華の配置でそれぞれ腰を降ろす。
「初めまして。美稀の父の新山聡です。娘を無事送り届けていただきありがとうございます。早速ですが、皆さんは義父が襲われた事はご存知ですね?」
重々しく新山氏がこちらに語りかける。
「初めまして。自己紹介は…そうですか…ご存知でしたか。それでは割愛させていただき用件に入りますね。こちらの神谷が現場に居合わせたもので、彼から話は聞いてますが、動機とかはまだ分かっておりません」
「そうでしたか、私の方でも分からないのですよその辺りは。お気づきかもしれませんが、私は葉山の家と直接関係はありませんので」
新山氏は苦笑しながらそう話す。
こういう場では、俺や遥華は基本的に口を開かない様にあらかじめ決めている。
「妻はショックのあまり、今は部屋に居ます。皆様にご挨拶をしない非礼を私の方からお詫び致します」
そう言うと、新山氏は頭を下げる。実の父を失った美稀の母が気落ちしているのは仕方ない事だろう。
新山氏は見た目通り物腰の低い男性なんだな…と颯はそんなどうでも良い事を考えていた。
「葉山の家の者から…ここは、濁しても仕方ないですね。妻の兄から先程連絡がありまして、暫くは警戒をしておく様に言われましてね」
「そうでしたか…犯人グループのターゲットの範囲が特定出来ないので、警戒はしておくべきだと私も思います」
姐さんが新山氏の言葉に賛同の意を示す。
「そこで、N特の凪野さんにどうしたものかと相談したのですよ」
N特…【正式名称:担い手特別対策課】
太陽 月に対抗する国家組織。
俺達とも密接に関わりがあるし、凪野さんとは姐さんが特にお世話になっている人物だ。若いのに、既にそれなりの権限を持つ、所謂エリートと言われる存在の人である。
「そうでしたか、凪野さんは何と仰ってましたか?」
姐さんが尋ねると新山氏は…
「私と妻にはボディーガードを配属して下さると仰ってました。ですが、凪野さんの所の娘と同じ年頃の人材は出払っているとの事でした。この子は年上だと萎縮してしまう内気な子なもんで。それを伝えると、伊集院さんを紹介してくださった訳です」
伊集院…ちなみに姐さんの事だ。姐さん、伊集院って呼ばれるのを何故だか毛嫌いしている。何だか久しぶりに聞いた気がする。
「お嬢様のボディーガードですか…お聞きしたいのですが、どの様な形での警護をお望みでしょうか?」
「生活全般、24時間体制でお願いしたいのです。海乃月に通わせていますので手続きさえすれば、学園はボディーガード同伴でも問題ありませんので…」
海乃月…通称クラゲ。ふざけた名前なのだが、金持ちのお嬢様方の通う名門女学院である。そういえば…女性ボディーガードの同伴を許可しているという話を聞いた事がある…気がする。関係ない事なので、記憶の片隅に追いやられている程度の情報しか俺は持ち合わせていないが恐らくそんな感じだったはずだ。
「そうなると…住み込みでしょうか⁉︎」
姐さん…は…うん、これは了承する気だな。話に食いついてるのが一目で分かる。
「そうですね、住み込みでお願いしたいと考えております。依頼料の相場はあらかじめ凪野さんに伺っておりますので、これからご相談してみないとではありますが、そちらのご希望の額はお支払い出来るかと思います。包み隠さず言うと何としても引き受けていただきたいのです。お恥ずかしいのですが、他に当てもないので」
新山氏は少しばつが悪そうに話した。事情はだいたい把握出来た、話の流れからして今回は俺には関係なさそうだな。
颯は興味をなくしたのか、話に耳を傾けず周囲の観察に趣をおく。
遥華の方を横目で見ると…ぶっ…凄い微妙な顔してる。
気持ちは分かるが…仕事だ。諦める事も大事だぞ遥華よ。
他人の不運を嘲笑うのは、俺の性格に問題があるという訳ではなく、遥華の普段の行動に問題があると思っておいて欲しい。
遥華の不運について考えを巡らせていると、姐さんが遥華に語りかける。
「遥華…話は聞いていたわよね。今のところ他に優先すべき仕事はないわ。引き受けるけど問題ないわね⁉︎」
一応、遥華の意思を確認している風を見せているが、これは命令だ…
『はい』か『イエス』で答えろって暗に仄めかしているくせに、姐さん世間体気にするタイプだから、いつもわざと確認する素振りをみせる。
脅迫しているのを他人に悟られない様に取り繕っている姿を見て、思わず苦笑が洩れる。
観念したのであろう、遥華が複雑な表情のまま、口を開こうとしたその時、思わぬ方向から言葉が発せられる。
「あの……」
ずっと黙って話を聞いていた美稀が、何を思ったのか話に割り込んできた。
「どうかしたのかい美稀⁉︎」
新山氏が美稀に続きを促す。
「お父様、ボディーガードをお願いするのはそちらの遥華様でないと駄目なのでしょうか…?遥華様に不満があるとかではないのですが…出来れば神谷様にお願いしたいのですが」
娘の申し出に驚いたのだろう。新山氏の様子を伺うと、呆気にとられている。
もちろん俺も平静を装いつつも内心では動揺しているのだが、即座に身の危険を察知し迎撃体制を整える。
「お言葉ですが…海乃月は女性ボディーガードを許可しているのではないでしょうか?私では、学園に立ち入る事は出来ません。美稀様の折角のお言葉ですが、ここは遥華の方が適任かと思われます」
俺は新山氏に話しかけている風を装い、姐さんに助言という名の抵抗を示す。
美稀の奴、だいたい何を考えてるんだよ…ここまで頭足りないとか、勘弁してほしい。
颯は嘆息する。
「私も神谷に賛同します。学園に立ち入れないのは見過ごせませんし、何より神谷は単独での任務には向いておりません。美稀様、遥華の実力は私も認めておりますので、ご納得していただけませんでしょうか?」
俺の作戦が功を奏したのか、姐さんも追撃の手を緩めない。
ナイスだ、姐さん。たまには役に立つ‼︎と大声で叫びたくなる。
あとが怖いので…あくまで『なる』だけで本当に叫んだりはしないが。
「そうですか。美稀⁉︎お力を貸していただくのですから、無理を言うのは失礼だ。納得出来るな…?」
何だか新山氏の説得に熱が入っているのは気の所為だろうか。
「お父様!お言葉ですが、海乃月にボディーガードの性別の規定はないはずです。知らないとは言わせません。それと伊集院様にお尋ねしたい事があります。神谷様が単独任務に向かない理由は力を使用した後のアレが原因ですか?」
美稀の語気が…荒い。何故そんなにムキになるのだろうか。姐さんも驚いた表情を浮かべている。
「海乃月の件は私も初耳で分かりませんが、神谷の件に関しては美稀様の仰る通りです。新山様、海乃月は問題ないのですか?」
姐さんは新山氏に話を振る。あ、逃げたな…目が泳いでる。本当にこの人は分かり易い性格してるな。
「そうですね…前例はないですが恐らく問題ないかと思います。ただ、その事を美稀が知っていた事に驚きました。1部の人間にしか知られていないはずなんです。私からも質問があるのですが、神谷君でしたか?君の問題点について説明してもらえるかな??」
新山氏の疑問はもっともだな。隠し立てするのは得策ではないので、説明しようと口を開こうとすると…美稀が言葉を先に発する。
「お父様…少し2人でお話したい事があります。席を離れていただけますでしょうか?その間、皆様はこちらで少しだけお待ち下さいませ」
美稀の目が怖い…有無を言わせないという意思が伝わってくる。蛇に睨まれたカエルとか、そんな生易しい表現では言い表せない程に場に満ち溢れる空恐ろしい光景。
流石の颯も知らず拳を握り締め固唾を飲む。
そんな娘の態度に新山氏も怯んでいる様だ。
2人同時に立ち上がる様子を固唾を飲んで見守る俺以下3名。
応接室の扉がゆっくりと閉ま………らない。
微妙に隙間があるのだが、美稀は気づいていない様だ。
「パパ、いい加減にして‼︎なんで神谷さんじゃ駄目なの⁉︎私が神谷さんがいいって言ってるのに…パパがそんな態度を取るなら、私にも考えがあります。パパとはもう喋りません、2度と話しかけてこないで‼︎パパなんて大っ嫌い‼︎」
えっと…会話が筒抜けなんだが。これ隙間があるからとかそういう話じゃないよな。多少は関係あるだろうが、声がデカすぎる。
しかも…パパ大っ嫌いとか、その年で言うか普通。
流石に呆れる颯。
姐さんと遥華は…笑いを一生懸命堪えてるけど…涙目になってる。
「パパが悪かったよ。美稀、お前の要望は伊集院さんにきちんと伝えるから怒らないでくれ。美稀に嫌われたらパパ生きていけなくなる」
新山氏…弱っ⁉︎父親の威厳ないし。娘に甘いとか…全くもって情けない。
俺はこんな風になりたくないな…とか余計な事を考えていると遥華が突然話しかけてくる。
「颯…次の仕事が決まって良かったね!人気者の颯に嫉妬するわ私♪」
遥華のデリカシーの全く感じられない言葉に現実をまざまざとみせつけられる。
そうだ俺…やっぱり今日は厄日だ。嫌な予感はやっぱり当たるんだな…
……と、少しずつ意識が遠のいていくのを他人事の様に感じている颯であった。




