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第三話 公園にて… その2

美稀が泣き止むまで、1時間程が経過した。

お嬢様というのは理解していたが、流石にキスの経験がないとか、思い描けるはずがない。

泣き止んではいるものの、俯いた顏の表情は暗く、どんよりした空気が美稀を覆っている。


「悪かった。話…してもいいか⁉︎」


「は…はい…」


小さな声で辛うじて返事をする美稀、しかしながら先程までの涼やかな雰囲気はすっかり鳴りを潜めている。


「最初に聞くが、担い手の事はどこまで知ってる⁉︎」


「武器を…具現化出来る力がある事しか…知りま…せん」


いきなり立ち直れというのは酷というものではあるが、会話のキャッチボールが出来るほどの気力は今の美稀からは窺うことが出来ない。


颯は美稀の事は気にせず、自分が伝えたい事を勝手に喋る事にする。


「担い手の中には、具現化した武器を使用した後、制限時間内に決められた行為を実行しないと、一定の間力を使用出来なくなるんだ。武器を具現化するだけなら必要ないんだが、まだ何があるか分からない。力が使えなくなる状況は避けなければならない」


ちらりと美稀の様子を横目で確認すると、話はしっかり聞いている様だ。先程まで下を向いていた顏が颯を捉えている。

泣き腫らした顏で…。

颯は顏を隣の美稀に向けるでもなく正面を向いたままそのまま話を続ける事にする。


「俺の場合は、武器を消した瞬間から1時間以内にキスをするって条件なんだ。

普通に考えて、この条件…力を使う度にいつでも誰かとキスするって難しいだろ⁉︎だから、いつもは2人で活動してるんだ。昔は単独で動いていたんだが、ペナルティで危ない事になる機会が多かったり、大事な時に依頼を受けれなかったりと…問題ばかりでさ。

今回は、ちょっと状況が特別だったからな。単独で行動した…って訳。急ぎの依頼とか久しぶりだったから不思議に思ったが、美稀の話を聞いて急ぎの理由は何となく理解出来た」


「そうなんですね…理由は分かりましたが…やはり納得は…出来ません」


事情をきちんと話したのだが、美稀に納得してもらえなかった颯は少し苛立っている。

そもそも礼はするっていいながらも、しっかり不満を抱いているとか…気持ちは理解出来なくもないが、些か我儘が過ぎると颯は感じていた。


たかがキス…金銭を催促するより遥かに良心的だろう…颯はそういう考えであるのだが美稀にとっては金銭を催促された方がマシという考えである。

両者の考え方は真逆である、この溝は埋まりそうにない。


「おまえさ。助ける時に、礼はするって事は了承したよな。あの時の状況からして、細かく話してる暇もなかったよな⁉︎こっちだって…謝罪はしたんだ。ファーストキスって言うのに多少は罪悪感を感じているんだ。いい加減機嫌を直してほしいんだが」


颯は呆れ顔で少しだけ語気を荒げる。謝罪したという割には、誠意は感じられない。

颯にとってのファーストキスはペナルティ回避の為のものだったが自分はその事が特には気にならなかったのだ。

自分を基準で考えているのだから、美稀がどれほどショックを受けてるか正しく理解出来ていないのだ。


「だって…だって、ファーストキスだよ⁉︎簡単に、仕方なかったよね‼︎事故と思えばいいよね♪とか…簡単に言えないよ‼︎」


先程までのお嬢様然とした言葉遣いが急に馴れ馴れしくなる美稀。

颯の横柄な態度に美稀の中で何かが切れてしまったのだろう。

美稀は顔を颯の眼前まで近づける、颯が少しでも動けば今にもキス出来そうな距離。

その事に直ぐに気づいたのか、美稀は慌てて顔を離す。


そんな美稀の顔は真っ赤だ。自分の行動が軽卒であった事に自覚があるのだろう。

見かねた颯が何でもなかった様に口を開く。


「まー、なんだ。そんな訳で俺が悪かった。俺が言うのもなんだが、犬に噛まれたと思ってノーカウントにしたらいいんじゃないか。俺は誰にも言わない。お前は忘れる。ほら…これで解決したな。送っていくから、家どこか教えろ…な⁉︎」


いい加減この状況にウンザリした颯がそう提案する。


さっさと送って家に帰って寝る事にしよう。力を行使した時間は短いが、それでも明日一杯は恐らく身体に力が入らないだろう。


颯は憂鬱になりそうな気持ちを切り替える為、首を振って明日の事を思考から外す。

考えた所で、何かが変わる訳ではないのだ。


とりあえず歩き出そうとベンチから立ち上がったのだが…


「ふ、ふざけないでよっ‼︎あなたさっきから何なのよ⁉︎そりゃ、礼はするって言ったよ。でもキスをするなんて私は言ってない。だいたいそっちの都合じゃない。しかも、さっきから聞いてれば、私の大切なファーストキスは仕方なくですか…必要だかなんだか知らないけど、そんな義務みたいな言い方しないでよ‼︎本当なら結婚まで大事に取っておくはずだったんだよ。優しい旦那様との結婚式の夜に私の初めてを全部捧げる予定だったの。そりゃ相手はまだ見つかってないけど。挙句になかった事にですって⁉︎そんなの納得出来るわけないでしょ‼︎私のファーストキス…返してよ‼︎」


美稀は不機嫌さを隠す事なく、声を荒げ颯に迫る。


あーもう…こいつ面倒だな。颯の中でこの場で解散というあってはならない考えまで浮かんできている。

しかも、まだ治まらないらしく美稀は言葉を紡ぎ続ける。


「ちゃんと聞いてるの⁉︎大体さ…わた…んっ…」


子犬の様にキャンキャン吠える美稀を右手で引っ張り上げる。先ずは腰に左手を回し、後頭部に右手を添えて、抱きしめる形で美稀の唇を奪う。

お互いの唇に柔らかな感触が伝わる。

とっさの出来事に目を見開いた美稀であったが、それも少しばかりの時間。颯の首に手を回し美稀からも抱きつく様にして目を閉じる。

今度はしっかりキスを堪能している。美稀のこの態度には流石に颯もたじろぐ。


「悪かった。ファーストキスはやり直せないから…せめてセカンドキスは義務とか必要とかじゃなく、俺がしたいからした。代わりにはならないだろうし、恨んでくれて構わないから…」


とりあえず事前に考えた理由を伝えて、本心の美稀が煩いから黙らせたくて口を塞いだとは言わない颯。

美稀は…顔を真っ赤にしてまた俯いた。今度は…どうやら泣かないみたいだが、両手の人差し指の先端を繋げて回している。要するに、モジモジしているのだ。


この時の何気ない一言がこれからの颯に大きな転機を与えるとは、今の彼には気づくはずもない。

隣で大口を開けて欠伸をしている様子からも窺い知れる。


「またいきなり…だったし…でも素敵なキスだった。私の運命の人…居たよ…見つけたやっと…」


小声でそう呟く美稀。そんな美稀の言葉を隣にいる颯は気づいていない。


それから暫く、チラッチラッとこちらを盗み見してくる美稀の態度を無視する事が出来ず、改めてベンチに座り美稀の気がすむまで放置する事になった。

颯も時折美稀を見る。目が合う度に慌てて顔を背ける美稀の態度に不穏な空気を感じる颯。

しかしながら、もう手遅れだ。そんな事は今の美稀の態度を見れば颯でなくとも簡単に理解できる。

美稀の颯を見つめる瞳は恋する乙女のそれで、とんでもなく潤んでいるのだった。

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