第二話 公園にて…
「この辺りで話そうか」
結局公園までお姫様だっこで来た。
最初に抱いた淡い期待は完膚なきまでに打ち砕かれた。
休日に人目を偲んで公園まで移動出来る程、この街は田舎ではない。考えたら誰でも分かるような事を望む方が問題であるのは言うまでもない。
男は道中の羞恥プレイの事を記憶から消そうと努めているが、首にしがみついて周囲から顔が見えない様にしていたこの女の所業だけは心に深く刻んで忘れる事はしないと心に誓う。
余談ではあるが、公園内も当然ながらだっこしての移動だったので、今も周りの視線を感じる。これは、暫く我慢すればそのうち拡散するだろうから男はどうやら気にしない事にしたらしい。
ベンチが見えたので抱えてきた女をそこに座らせて、男は自動販売機に飲み物を買いにいく。
選んだのはブラックコーヒーと紅茶…レモンティーだ。
女は紅茶好きが多いだろうという勝手な男の先入観が影響した形である。
「とりあえず飲み物を買ってきた。話をする前に少し喉を潤そう。どっちがいい?好きな方を選んでくれて構わない」
一応、形だけの質問をする。どうせ女は紅茶を選ぶだろうからな…と男は考えているのだが、女はそんな事を知る由もない。
「それでは、コーヒーの方をいただけますか⁉︎」
女が顔をあげて、涼やかな声を発する。
落ち着いて女の顔を見るのはこのタイミングが初めてとなる。
整った顔、伸びた綺麗な黒髪は腰ぐらいまでの長さがある。
前髪は眉の所で真横に切りそろえられており、日本人形の様な印象がある。
古風な雰囲気といった印象ながらも、顔立ちのおかげだろうか?
地味という感じではなく、寧ろ洗練された輝きを放つ。
髪と同じ真っ黒で温和な瞳に凝視されると、思わず目を逸らしてしまいそうになる。
目の前の女の容姿に集中し過ぎてしまったせいで、先程の質問の返事をすっかり聞き逃してしまっていた。
「すまない、少し別の事を考えていた。どっちがいいって言った⁉︎」
素直に謝罪すると、もう一度尋ねる。
すると…
「こちらこそ、タイミングが悪かった様で申し訳ございません。もし宜しければコーヒーの方をお願いします」
って…おいおい。そこは普通紅茶を選ぶところだろ。紅茶、微妙に甘いから俺は苦手なんだよ。
聞いた手前今さら自分が飲みたいとは言うわけにはいかず、黙って女にコーヒーを渡す事になる。
とりあえず、一気に半分ぐらいを飲み、女が落ち着くのを待って、頃合いを見て話しかける。
「まずは自己紹介からだな。俺の名前は神谷颯。さっきの見て分かったと思うが一応担い手だ」
担い手…この世界には、稀に武器を具現化する事が出来る者が存在する。これらの者は、基本的に国家に管理されているのだが、太陽と月と呼ばれる組織に属する連中だけは、この仕組みの外枠にいる。この二つの組織の異なる点は、使用する武器が銃か刀かという事。元々は国家直轄の一つの組織であったのだが、時代の流れと共に分裂し、次第に二つの組織は犯罪行為に手を出し始めた。
もちろん国家と敵対関係になった。
国家からの圧力により、どちらも年々規模を縮小させているのだが、最近活動が過激化している。今日のショッピングモール襲撃事件も只事ではない。
何かが起きているという事は考えられるが、ここ最近の過激化の理由は今の段階では謎に包まれている。
「神谷さんですか。私は新山美稀と申します。先程は助けていただき、ありがとうございました」
美稀は謝辞と共に頭を下げる。言葉遣いと立ち居振る舞いからして、育ちは良さそうである。
「で…ショッピングモールで何があった⁉︎なんであんたが狙われていたんだ⁉︎」
綺麗な顔を歪め膝の上の手を握り締め、美稀は恐る恐る言葉を発していく。
「恐らく…狙いはお祖父様だと思います。葉山宗次郎と言えばご理解していただけますでしょうか⁉︎」
葉山宗次郎…葉山財閥の会長で国家所属の担い手が所属する組織の筆頭支援者だ。この事は担い手の中でも一部の人間にしか知らされていない筈のトップシークレットだ。
太陽の人間が何故知っていたのであろうか。
それとも違う目的があり偶然だったのだろうか?
腑に落ちないが話を続ける。
「葉山宗次郎氏が何故あのショッピングモールに⁉︎」
「あそこはお祖父様の会社が運営しております。買い物を楽しむ家族連れを見て回るのがお好きだった様で、たまのお休みに今日みたいに私を連れて行って下さる事があったのです」
そう話す美稀の瞳には涙が溢れている。先程の出来事を現実に起きた事として理解し始めたのであろう。
「それで葉山宗次郎氏は…」
「はい、先程の銃を持った女性に殺されてしまいました。私の目の前で…お付きの方も一緒に…私はほんの少しだけ離れた所に居たのですが、怖くなって急いで逃げ出しました。そして逃げきれなくなった所を神谷さんに助けていただいたのです」
「なるほど。あんたの言う通り、狙われたのは葉山宗次郎氏で間違いないのかもしれないな。人に電話したい、少し静かにしていてもらえるか⁉︎終わったら送っていく」
一言断りを入れて、電話をかける。数コール鳴らしただけで、電話が繋がる。
「報告の連絡が遅い‼︎手を抜いてんじゃないよ‼︎」
10回かけると半分以上はこの応対だ。この人も相変わらず芸がないな…とは口が裂けても言えないので言葉を飲み込む。
ショッピングモールで起きた出来事と美稀から聞いた話を伝え、美稀を自宅に送る旨を報告し電話を切る。
それともう一人電話しておかないといけない。
不機嫌になるだろうな…気が乗らないが逃げるわけにもいかないと腹を括る。
何を要求されるか分からないが、約束を守れないからには、相手の希望は甘んじて受け入れるべきなのであろう。
「もしもし⁉︎」
電話をかけるとこちらも数コールで繋がる。
「俺だけど…悪い。急遽仕事が入った。要件はある程度片付けたんだが、約束の時間には間に合いそうにないし、終わりがどのくらいになるか見当がつかない。だから、今日は…」
最後まで言いきる事は叶わず、電話口から言葉が被せられる。
「分かった。埋め合わせでやって欲しい事考えとくね。先に言っておくけど拒否権ないからね」
予想通りの返答に思わず苦笑を禁じ得ない。
「了解、決まったら電話くれ。それじゃまたな」
そう締めくくって電話を切る。ひと段落したので、改めて美稀に向き直り話しかける。
「待たせたな。さて、自宅まで送るが約束を先に守ってもらう」
「えっ…⁉︎」
何を言われてるのか理解出来ていないのだろう。美稀は呆気に取られている。
大丈夫だろうか?面倒は避けたいのでちゃんと覚えていると良いのだが…と颯は嘆息する。
「助けるなら礼をしてもらうがいいか聞いたよな⁉︎覚えてるか⁉︎」
「はい…覚えております。ですが、お金とかは両親と相談しないといけないので今すぐはお答え出来ません。助けていただいたのに申し訳ございません」
お礼=金 って考え方が何とも金持ちらしい思考である。
颯は苦笑しながら、手を左右に振って否定の意思を示し、言葉を繋げる。
「金は要らないよ。直ぐに済むからとりあえず目を閉じろ」
そう伝えると、渋々ながらも美稀は目を閉じる。
聞き分けの良いのは美徳だな…
結構時間も迫ってきている…急ぐか。
そんな事を考えつつ、颯は行動を開始する。
目を閉じている美稀の肩を掴みゆっくりと引き寄せ、近づいてきた艶やかな唇にそっと口付ける。
唇の柔らかい感触をしっかり堪能して、静かに離れる。
美稀は…目を見開いて唖然としていた。何が起こったのか理解が追いついてないのか、焦点が合ってない様にも見える。
直ぐに瞳に光が戻ったのだが、ふいに涙が一筋流れた。
「ファーストキス…大切にしてたのに」
声を出すと同時に、涙がとめどなく溢れ、声を殺して静かに泣きじゃくる美稀を前に、何と声をかければ良いか分からず、颯は暫く呆然するしかなかった…




