5. 突然人気絶頂期? (1)
メロフォン伯爵領を訪れてから一週間が経過した。驚くほど何の変化もない平和な日々を過ごしている。そもそも小説でレナードとルミナが出会う幼少期はほんの少ししか描かれておらず、本格的な物語はルミナが19歳になってから始まるのだから。
二人がこっそり会う些細な場面も、二、三行ほどの文章で終わっていた。つまり、この先七年間はまた小説の内容とは関係のない日常が流れていくということだ。
「平和なのはいいけど。よりによってあんなものを見ちゃったせいで、ものすごく退屈な気分」
もともとゲーム好きというわけでもなかったはずなのに、久しぶりに見たせいかやりたい衝動が押し寄せてきてつらい。何でもいいから手を動かしたほうがよさそうで、久々に溜まっていた宿題を片付けているものの、別に面白くもないし、ほとんど知っている内容なので退屈さは倍増する。
その中でも、小説でも知らなかった国の歴史や外国との関係くらいは新鮮で興味深い。だらだらと手を動かした結果、積み上がっていた宿題をすべて終わらせて専属侍女に褒められた。良いことをした時だけ料理長が用意してくれる特製三段ケーキがご褒美として出てきたが、それでもやっぱり退屈なものは退屈だ。
「姫様。最近どうしてそんなに元気がないんですか?」
「ただ、なんというか。この世のすべてが退屈っていうか。暇が積もり積もって化石になりそうっていうか」
お姫様の異常事態は上にも報告が上がっていた。どうやらメロフォン領に行ってからこうなったのは確実だと判断した大人たちは、私には友達が必要なのではないかという結論を出した。しかし王族の友人を軽々しく選ぶことは難しいし、学校に行くとしても入学できるのは来年になってからだ。
「そういえば、来月は入学式のはずだけど。プリアナはどうするつもりなんだろう?」
干渉するなとは言われたけれど、やはり気になる。相変わらず言い訳を作って家に引きこもっているかもしれないし、あるいは場所を変えて学校の寮に引きこもっているかもしれない。できれば会いたくないと言われたとはいえ、私が来年学校に入れば何だかんだで会う機会も増えるだろうし、それまで我慢してみようか?
そろそろ新しい刺激が必要だとは思うものの、本当に望むものは手に入らないと分かっているからやる気が出ないのかもしれない。ケーキを食べながら悩む私の反応を見て、上でどんな計画が進められているのかも知らず、私は気楽に退屈な日々をそのまま放っておいた。
そして数週間後、何人かのお兄様やお姉様たちが学校へ戻るや否や、私のもとにも次々と新鮮な来客が押しかけてきた。
「前から友達が欲しいと言っていたでしょう? だからあなたの好みに合う子を選べるように、一人ずつ呼ぶことにしたのよ」
穏やかに微笑みながら説明した途端に立ち去るお母様の態度や、連れてこられた子が女の子ではなく男の子だったことから、これがミニお見合いなのだとすぐに察した。主人公だけでなく私にもこんなことが起こる時期だったなんて。まあ、適齢期ではあるけれど。
(本編ではエシリーの日常なんて一切描かれなかったから、考えもしなかったな)
外伝に登場したエシリーには、結婚適齢期でありながら婚約者どころか付き合っている男性もいない、という台詞があった。だから同い年でありながら公爵との身分差を越えた恋を成就させたルミナを羨ましがる場面が、エシリーのキャラクター性だった。
ルミナが経験した苦難も知らず、ただロマンチックな展開に憧れるだけの温室育ちのお姫様。他人の気持ちを考える必要のない、生まれながらの王族というキャラクターだった。だから私もわざとエシリーを選んだのだし。
「カンダル侯爵家の長男、ジュードと申します。お目にかかれて光栄です、姫様」
まさかこの男が現れるとは。会ったことはないが、誰なのかは知っている。悪役令嬢プリアナにぞっこん惚れ込み、彼女の駒として徹底的に利用された人物だからだ。残念ながら彼は婚約者のいる女性に恋をし、熱烈な求愛を続けたが、その恋が実ることはついになかった。
プリアナは婚約者レナードの行動を非難し、彼を下劣な男だと評していた。だから気に入らなくても、婚約を解消しないまま他の男と親しくしたことはない。口づけも抱擁も一度もなく、最後までプリアナだけを愛し続けたのだから、魔法がなくても大した魅了の力を持っていたと言えるだろう。
まあ、読者として評価するなら、物語を都合よく進めるための説得力に欠ける便利設定に見えるけれど。外見だけを見て無計画に恋に落ち、抜け出せなくなるなんて、世の数多の恋愛作品がそうではあるけれど。
「まるで優雅な藤の花を見ているようで、しばし見惚れてしまいました。きっとさらに成長なされば、万人を魅了するほどの美しさを誇ることでしょう」
「ありがとうございます」
こういうところだ。少し大げさに容姿を褒めるのは、現実味が薄いというか。これまで傍でおべっかを使う人がいなかったわけではないが、気に入られようと花だの妖精だの天使だのと喩えを並べ、退屈になるほど長い賛辞を語り続けるのは、実際に経験すると何とも言えない。
(プリアナへの賛美で一ページ丸ごと埋まったこともあったっけ。まだ入学式前だから、プリアナとは会っていないのかな?)
貴族キャラクターたちの学園生活は適度に省略され、レナードやプリアナへの言及で短く流される程度だった。平民のルミナがその過程に関われないのだから仕方ない。私の知る限り、ジュードは学校でプリアナの取り巻きとなり、自分に持ち込まれる縁談まで全て断っていたせいで、最後にはかなり年の離れた弟に後継者の座を譲ることになる。
「どうか、これからあなたのおそばにいられる栄誉を私にお与えいただけませんか?」
「あっ……はい。仲良くしましょう」
未来を知る立場からすれば、どうせ別の女性に夢中になるのだと分かっているので、心からの言葉には思えない。もしかして身分の高い女性には皆こうやっておべっかを使うのだろうか? しかし、そうだったのはジュードだけではなかった。
母上が私のために用意してくれた友人兼婚約者候補たち全員が、多少の違いはあれど似たような反応を見せたのだから。まあ、お姫様と結婚するのが得だからと飛びついているだけなのかもしれないけれど。
「一目惚れしました」
信じられないほどストレートに告白してくる者もいれば、すぐに領地へ招待したり、ほかの男が近づくのを妨げたりする男もいた。私がお姫様でなかったなら、本当にそれほど魅力あふれる人間だったのだと大いに勘違いしていただろう。
(お世辞だと分かっていても、嫌な気はしないわね。)
前世では大学時代も社会人になってからも彼氏はいたが、みんな煮え切らない態度だったので、結局恋愛の終わり方はあまり良くなかった。もしかすると私の好みは、情熱的に愛情表現をしてくれるタイプなのだろうか? 隠したり遠回しに言ったりするより、まっすぐ伝えてくれるほうが心に響いて嬉しいとは思うし。
けれど、数え切れないほどの告白を聞いても、そんなふうに言われたことはなかったので、胸が少しくすぐったくて恥ずかしかっただけで、その気持ちが本心だとは思えず、少し切なかった。こんな経験をしていながら、エシリーの未来に婚約者も恋人も一人もいなかったということは、ここで出会った全員を振ったということなのだから。




