2. 魔法少女ってひどすぎない?
魂が抜けたような状態で宿に戻り、真っ先にしたことは布団にもぐり込んで目を閉じることだった。予定されていた昼寝の時間中、誰にも気づかれずに出かけて戻ってこられたのは幸いだったが、この目で目撃した現実の衝撃を和らげる方法は、睡眠以外に思い浮かばなかったからだ。
おかげで後から入ってきた専属侍女に、寝すぎではないかと心配されたけれど、とにかくよく眠れた。だが午後のおやつタイムを無事に終えた後も、強く焼き付いた光景が消えなかったため、その時になってようやく現実を受け入れた。
「魔法少女ってひどすぎない?! なんで魔法もない世界観で、私じゃない別の人があんな目立つチート能力を持ってるのよ!」
ティーカップをテーブルに叩きつけるように置いて怒ってみても、何も変わらない。昨日私が見たものは現実だし、もしかしてと思って頭の中で魔法を想像し力を込めてみても、私には何の能力も現れない。世界観が合っていないにもほどがある。
「ああ、これじゃわざわざこの小説の中に生まれ変わった意味がないじゃない」
フリアナの不思議な力によって、レナードはその場を離れず最後まで彼女のそばに留まった。当然ながらルミナは両親と共に帰ってしまい、二人の主人公は出会えなかった。私の記憶している展開では、後に食材運びの使いを口実に公爵家へ入り込み、こっそり会うようにはなったけれど。
(運よく再会できたとしても、あの変な魔法のせいで何の感情も芽生えなかったらどうなるの? 完全に最初から別の物語になっちゃうじゃない。)
まったく別の物語が展開するのも、並行世界だと言えばそれらしくはあるけれど、私が見たかったのは小説の中のそのままの展開だ。それでもまだ修正はできるはず。初対面が少し遅れただけで、似た形に戻せる状況ではある。
(だったらフリアナに直接会うしかないわね。)
王宮に戻ってから頭を悩ませてみたものの、やはり自分で何かするよりも、本人を呼んで話をしてみるのが一番いい方法だという結論に至った。あの不思議な力についても気になるし、フリアナが持っていた本はおそらく『恋を知らない公爵様、あなたの運命はこの私です!』だったように見えた。
私のように小説の世界へ生まれ変わった人間なら、きっと生まれた国や死んだ時代も近いのではないだろうか。そこまで古い小説ではなかったし。それにしても、もしあの魔法少女らしさ全開の衣装や力が願いだったのだとしたら、かなりのオタクなのではないかと疑ってしまう。
しかし権力を持つお姫様だというのに、なぜか思い通りに事が運ばなかった。生まれ変わってからこんなことは一度もなかったのに。
「メロフォン令嬢は体調が悪くて領地に引きこもっているそうだ。以前、婚約者に会いに行っただけでも大変だったらしいぞ」
「体調が悪い?」
「友達が必要なら他の令嬢を呼んでやろう」
「いいえ! 必ずフリアナ・メロフォン伯爵令嬢を呼んでください!」
どう見ても真っ赤な嘘の言い訳。もし小説の本を持っているなら、お姫様からの呼び出しが本来の流れではないと気づいたのではないだろうか。脇役の日常の細かい出来事までは書かれていないから、まだ知らないだけかもしれないけれど。
しかしフリアナは体調不良を理由に絶対に王都へ来ないどころか、また何か得体の知れない力まで使っていた。
「メロフォン令嬢はまだ体調が悪いのですか?」
「メロフォン? ……ああ! そうだな。まだ良くないらしい」
「もう三か月も経ったじゃないですか!」
普段なら少し駄々をこねるだけで望みはすぐ叶ったのに。愛らしい末っ子姫のお願いが一度断られただけで終わらず、そのお願い自体を忘れてしまう始末だった。何度言っても同じ言い訳をされ、しまいにはフリアナ・メロフォンという存在そのものを思い出せなくなるなんて、どう考えてもおかしいではないか。
しかもさらに怪しいのは彼女の両親である伯爵夫妻だ。メロフォン令嬢はまだ社交界デビューしていないため王宮の舞踏会には出席しない。だが伯爵夫妻は当然出席するので、その機会に近づくことはできたのだが。
「お嬢様が私と同じくらいの年齢だと聞きました。ぜひ仲良くなりたいのですが」
「娘ですか? ええと……ああ! そういえばフリアナは姫様と一歳違いでしたな」
知らない人が聞けば、娘にまったく関心のない冷たい親だと誤解しただろう。しかし周囲の人々は皆、伯爵が娘の存在を忘れていることを見ても何の疑問も抱かなかった。私だけが異常だと気づいたのは、同じく本の外の世界の出身だからだろうか。
(王宮へ呼び出せないなら、この前みたいに私が直接動くしかないのかな?)
普通なら娘を王宮へ送ってくれてもよさそうなものだが、両親にまで存在を消しているのなら他に方法がない。王族の私がわざわざ人に会いに行くのは少し格好がつかないけれど、待っているだけではもどかしくてたまらない。
これ以上時間が経って内容を修正できなくなったら、待っているだけだった過去を後悔することになるだろう。メロフォン領を訪れる理由なんて、視察でも観光でも適当に作ればいい。そうして意地を張って何とか友達になりたいと無理を通し、ようやく伯爵家に到着したのはよかったのだが。
(まさか家中の全員から存在感が消されているなんて)
顔も見たことがなく、血のつながった親戚でもない少女にここまで執着するのは不自然なはずなのに、誰も私の異様なしつこさに疑問を抱かない時点でおかしかった。それも全部、存在感が消されていたからだったなんて。
伯爵家の屋敷に到着し、私を迎えたのは伯爵夫妻とその子どもたちだったが、その中にフリアナはいなかった。フリアナよりずっと幼い双子の兄妹が歓迎してくれて、仲良くお茶会までしたのはよかったが、長女についての言及があまりにもなかった。
「フリアナ様のお部屋はどこですか?」
「お姉様の部屋なら、私の部屋のすぐ隣ですよ」
すぐ隣の部屋なのに! 王族を出迎えないどころか無視だなんて! しかしどう見てもわざと透明人間扱いしているのではなく、存在を感じ取れない自然な現象に近い。
(すぐ隣にいるなら、当然会いに行かなきゃ!)
実に行儀の悪い振る舞いだったが、私はそのまま席を立ち、フリアナ様も一緒にお茶を楽しみましょうと騒ぎながら足を進めた。遠く離れた離れや倉庫に閉じ込められているわけでもなく、次女の隣の部屋は大きさも同じくらいに見えた。
そして部屋の主の許可もなく勢いよく扉を開けた瞬間。この世界にはまったく似つかわしくない、見慣れた違和感だらけの光景が目に飛び込んできた。どこかで何度も聞いた軽快なレトロ音楽とともに、赤い服を着た配管工がカメを投げる場面が映っていた。
「ス……スーパーマ◯オ……」
壁一面を埋め尽くす鮮明な画面。そしてここにあるはずのない洗練されたゲーム機を手に持ち、ベッドにうつ伏せになっているお嬢様。片手でベッドの上のお菓子をつまみながら私を振り返った少女は、どう見ても小説の中の貴族令嬢とは程遠かった。
「あなた何者?」
「やっぱりこれずるいじゃん! 魔法少女の能力もそうだけど、私だってゲーム機欲しい! スーパーマ◯オには興味ないけど、私もゲームしたい!」
全く同じ異世界・次元移動、書籍憑依の設定なのに、差別がひどすぎない? 王女様と貴族令嬢という違いがあるにしても、あっちのほうがずっと良さそうに見えるんですけど? 優しい微笑みを浮かべた女神様の姿が、初めて恨めしく感じられて咆哮すると、フリアナはゲーム機を置き、ベッドから起き上がって私のほうへ近づいてきた。
王族としての体面も忘れ、床にうつ伏せになって恨み言をぶちまけると、つれなく私の前までやって来た声が、面倒くさそうに言い放った。
「うるさい。ゲームを知ってるってことは、あんたも外から来た人間みたいだけど。それより誰?」
「エシリだよ! エシリ王女! 数か月前から会いたいって何度も呼び出してたじゃない!」
「ああ、あの面倒な王女様。なんだか妙に会いたいって連絡が来続けるから何事かと思ったら」
楽な寝間着姿、お菓子の付いた手をぱんぱんと払う仕草、面倒くさくてたまらないという表情と言葉遣いが完璧にニートだ。
「あのクソ女神。変な世界に放り込まれたのも腹立つのに。次に会ったら絶対に殺してやる」
どう見ても魔法少女でも貴族令嬢でもない物騒な様子になっている。悪役令嬢なら悪役令嬢らしいけど、ヒロインじゃなくて女神様を狙うの?
実はマリオよりソニックのほうが好きだ。




