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第一話:巨大な食卓の静寂

 ヴァン・クロムウェル公爵家の朝食は、一種の儀式だった。

 二十人は座れるであろう長大な黒檀のテーブル。その両端に、父と私が向かい合って座る。銀食器が触れ合う微かな音と、振り子時計の刻む音だけが、広大な食堂に響いていた。

 正面に座る男、エドワード・ヴァン・クロムウェル公爵は、この国の「正解」を体現したような男だ。一分の隙もない軍服のような家に、厳格に整えられた白髪。彼が頷けば法が動き、彼が眉をひそめれば隣国の経済が凍り付く。まさに帝国のアイコンである。

「アルフレッド。昨夜の夜会で、エレナ令嬢に無作法な口を利いたそうだな」

 父は視線を皿に落としたまま、事務的なトーンで切り出した。叱責ではない。単なる事実の確認だ。

「無作法、ですか。私はただ、彼女に事実を提示しただけですよ、父上。彼女が纏うドレスがいかに重い鎖であるかをね」

 私は、前世の娼婦時代に叩き込まれた『客を苛立たせないための優雅な微笑』を浮かべながら答えた。今の私にとって、この微笑は「傲慢な貴公子」の完璧な仮面だ。

 父は、私の皮肉を羽虫を払うように受け流した。

「戯れ言を。貴族の女は花であり、男はそれを守る庭師だ。それがこの世界の理であり、我が家の伝統だ。余計な思想は、領地の税収を増やす役には立たん」

 伝統。理。

 この男にとって、世界は「しきたり」という名の巨大な歯車で回っている。女が教育を奪われ、装飾品として消費される現状も、彼にとっては雨が降るのと同じ、至極当然の気象現象に過ぎないのだ。

「しきたり、ですか。……父上、あのような美しい人形を娶って、私が飽きないとお思いで?」

「飽きる、飽きないの問題ではない。クロムウェル家は、王家の背中を支える柱だ。柱に求められるのは強度であって、個人の情愛ではない。見合いの儀は予定通り進める。来月には正式な婚約発表を行う」

 父の言葉には、議論の余地など欠片も存在しなかった。

 彼が体現するこの「強固な秩序」こそが、かつての私を路地裏に追い詰め、商品として使い潰した正体だ。

 

 私は、銀のナイフで肉を断ち切りながら、心の中で暗い愉悦を覚えた。

 父上。あなたが慈しみ、守ろうとしているこの「完璧な後継者」の中身が、かつてあなたがたのような男に踏みにじられた娼婦の魂だと知ったら、一体どんな顔をするだろう。

「承知いたしました。……『完璧な庭師』を演じてみせましょう。それが、クロムウェルの名に相応しい振る舞いというものですから」

 私は席を立ち、優雅に一礼した。

 この巨大な食卓も、この家門の栄光も、すべては私がこの世界を「ハック」するための舞台装置に過ぎない。

 食堂を出る私の背中に、父の厳格な視線が突き刺さる。

 彼には見えていないはずだ。私の背後に、見えないナイフを隠し持った、一人の殺し屋の影が笑っているのを。

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