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プロローグ:首輪を愛でる者たち

 夜会は、色鮮やかな毒薬の調合に似ていた。

 豪奢なシャンデリアの下、宝石を散りばめた淑女たちが、香水の香りと共に「価値ある男」の視線を求めて優雅に、だが必死に回遊している。

 私は、手に持ったクリスタルグラスを軽く揺らし、琥珀色の液体越しにその光景を眺めていた。

 かつて西洋の路地裏で娼婦として男の股座を這い、殺し屋としてその喉笛を掻き切っていた頃、私にとってこの輝きは「奪うべきもの」でしかなかった。だが、今の私は、この檻の最上階に座っている。

「アルフレッド様、先日の軍備増強に関する閣下のご発言、実に見事でした。若き獅子の咆哮を聴く思いですな!」

 恰幅のいい伯爵が、脂ぎった顔で私を称賛する。周囲の男たちも同調するように、深く、重々しく頷く。

 私は、アルフレッドとしての低い、魅力的な声で短く答えた。

「……あれを咆哮と呼ぶのは、少しばかり情緒が過ぎる。私はただ、無駄な装飾を剥ぎ取っただけですよ。伯爵」

「ははは! 相変わらず手厳しい! だがそこが貴殿の魅力だ」

 男たちが笑う。彼らは私の言葉の裏にある、彼ら自身の特権への侮蔑など露ほども疑わない。私がどれだけ傲慢で、どれだけ冷淡であっても、この「公爵家の嫡男」という美貌の肉体を通せば、すべては『高貴な者の余裕』へと変換される。

 この世界において、男の声には最初から「信頼」という重しが載せられている。女が一生をかけて積み上げる説得力を、私はただ黙っているだけで所有しているのだ。

 ふと、壁際で完璧なエスコートを受けている一組の男女に目が止まった。令嬢は顔を赤らめ、男の腕に幸せそうに寄り添っている。

「エレナ、あのカップルを見てごらん」

 私は、いつの間にか隣に立っていた見合い相手、エレナに語りかけた。

「一見、男は完璧に女をエスコートしている。だが、君にはあれがペットに見えないか?」

 エレナが息を呑むのが、気配で分かった。周囲の男たちは「またアルフレッドの毒舌が始まった」と愉しげに目配せし合っているが、彼女だけは違った。

 彼女は、私の瞳の奥を覗こうとしていた。そこにあるのが、前世で泥を啜りながら覚えた、この世界の構造に対する、反吐が出るような憎悪であることを。

「……閣下、それは」

「飼い主は首輪を贈る際、必ず『君に似合う』と囁くものだ。エスコートという名の鎖を、君は一生、慈しんで生きるつもりかい?」

 皆が笑う中で、エレナの瞳にだけは、小さな、だが消えない「戦慄」の火が灯った。


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