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ドーナツのような

 俺たちはオリジンに急かされて城を出た。シェイドは再び襲ってくるわけでもなく、俺たちが退却する様子をジッと見ている。なんの感情もこもっていない視線が逆に怖い。


 城を出て、カジノを通過する。ラルフはまだ同じ場所で固まったままだった。「このまま放っておいていいのかな?」。木っ端微塵に破壊しておいた方がいいのでと思ったが、オリジンに「いいから、今は早くここを離れよう」と背中を押されて、ホテルも通過してプールサイドまでほとんど走るようにしてやってきた。すでに日が暮れかけていた。遠く西の山に、太陽が沈みかけている。強烈な夕日が暗闇に慣れた目に痛い。


 ホテルを通り抜けた時から気づいていたが、あれだけいた魔族が全くいなかった。俺たちがカジノで大立ち回りを演じたので逃げ出してしまったのか、それともホテルの客室にこもって息を潜めているのか。とにかく目に入るところには、悪魔もオークもゴブリンも一匹たりともいなかった。


 「ああ、外だ!」


 オリジンは満面の笑みを浮かべると、両手を突き上げてグーッと伸びをした。目を閉じて胸いっぱいに息を吸い込み、「はぁ〜」と声を出しながら吐き出す。


 「いやあ、外だよ、外! 久しぶりだなあ。やっと出られたよ!」


 オリジンはコンティニュアスを彷彿させる人懐っこい笑みを浮かべると、俺の肩をポンポンと叩いた。


 「あの……。今更だけど、ありがとうな」


 俺はライラを背負ったまま、助けてもらった礼を言った。そうだ。あの時、コンティニュアスがシェイドを説得してくれなければ、俺たちは全滅していただろう。


 「何、お安いものだ。むしろ僕の方こそ、連れ出してくれてありがとう」


 オリジンは俺の方に体を向けて、改めてニッコリと笑った。コンティニュアスが若くなって、もう少しかわいらしくなった感じの少年だ。見た目は俺より少し若い。


 「もう何年もあそこに閉じ込められていて、飽き飽きしていたんだ。シェイドたちは下の世界に行くことを許してくれなくてね」


 オリジンの言葉に、俺は違和感を覚えた。あれ? なんだろう。ついさっきまで「こうだろう」と思っていたことと、違うぞ? ああ、そうだ。思い出した。


 「万物の源は、他の魔族を従わせられるんじゃないの? さっきシェイドを説得できたのは、万物の源だからなんだよね?」


 そう。万物の源は、あらゆる魔族の上位にある存在なのだ。だから、アフリートはコンティニュアスに逆らえなかった。ならば、インディペンデンスもそうではないのか? 「閉じ込められていた」とは、どういうことなのだろう。


 「ああ、確かにさっきはシェイドを支配下に置いた。だけど、あれはコンティニュアスだったからだ。魔族を従わせる力は彼にしかない。インディペンデンスは、ただ吐き出すだけなのさ」


 オリジンは極めてわかりやすく説明してくれた。このあたりは、何やら意味ありげに言葉を濁しがちなコンティニュアスと違う。


 「それや、それ。あんた、ホンマに魔力をバンバン吐き出せるんか?」


 ニュウニュウが近寄ってきて、尋ねた。


 「できるとも。ほら」


 オリジンはニュウニュウに顔を寄せると、唇をすぼめて「ふーっ」と息を吹きかけた。ニュウニュウの前髪がフワッと浮き上がる。


 「おお!」


 ニュウニュウは目を丸くした。


 「ホンマや! え、もっとやってみて?」


 ニュウニュウが顔を寄せるので、オリジンは苦笑いしながら「ふう、ふう」と息を吹きかける。ニュウニュウはニンマリと笑うと、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。


 「おお、すごい! ホンマに魔力がどんどん出せるんや!」


 魔力を感じない俺にはわからないが、オリジンの息とともに魔力が出てきているらしい。


 「どんどん出せるという表現は、ちょっと違うかな。吸い込んだものを出しているだけなんだ。今も少し離れたところの魔力を吸い込んでいる」


 オリジンは優しく微笑みかけた。


 「どういうこと?」


 ニュウニュウは小首を傾げて尋ねた。


 「僕は、無限に魔力を生み出せるわけではないんだ。ただ、どこかから吸い込んだ魔力を、1点に集めて吐き出すことができるだけなんだ。今はこのパーティーの外側に丸く吸い込むための……なんて言ったらいいのかな。リングみたいなものを作っている。ドーナツみたいなものといえば、わかりやすいかな?」


 オリジンは俺たちの周囲に、ぐるっと指で大きく円を描いた。


 「魔力は、実は何もしなくても少しずつ魔族や君たち人間からも、漏れ出している。今も君やあそこの魔法使いさんから、微量ながらも魔力がこぼれている。それを吸い込んで一点に集中させて、吐き出しているのさ」


 オリジンはマリアンヌを指差した。聞き耳を立てていたマリアンヌは、ギョッとした顔をする。


 「そうなんや。えっ、じゃあ、今までパンゲアが宙に浮いていたのって……」


 ニュウニュウは自分の立っている足元を見つめた。


 「そう。地中にいたコンティニュアスがこのあたり一帯から広く魔力を吸い込んで、ここにいたインディペンデンスが吐き出して、浮力を発生させていたのさ。もちろん、シェイドとベヒーモスの力添えもあったけど」


 オリジンは遠くの森を指差す。


 「ちょっと待って。コニーが魔力を吸い込んでいた範囲って、どれくらいなんや?」


 ニュウニュウは顔を上げた。さっきまでの楽しげな表情から一変して、真剣な顔だ。オリジンはそれを不思議そうに見つめて、腕を組んだ。そして、ぐるっとその場で一周して、またニュウニュウに向き直った。


 「えっと、今、見えている範囲全部くらいかな?」


 「ええっ、そんな広いところから?!」


 ニュウニュウは驚いて声を上げた。


 「だって、それくらい広範囲から魔力を集めないと、こんな大きなもの、浮かばせられないもの」


 オリジンは当たり前のことを聞かないでくれとばかりに、不思議そうな顔をする。


 「いやいや、ちょっと待ってえな。ということは、このあたりに住んでいる魔族はもちろん、もしかしてウチらも、いつもコンティニュアスに魔力を吸われていたということなんか?」


 ニュウニュウは両手を広げて、オリジンに迫った。


 「吸うってほど吸ってないよ。君たちにとってみれば、そよ風を受けた程度の影響しかなかったはずだ。だけど、それでもこれだけ広い範囲から魔力を集めれば、相当な量になる。それに、上からインディペンデンスが常時、大量の魔力を吹き出していたからね。コンティニュアスが主に吸い込んでいたのは、インディペンデンスが吐き出した分だよ」


 なるほど。それでコンティニュアスは自分のことを「循環を司る」と言っていたのか。コンティニュアスがいなくなるとパンゲアが落ちるというのも、よくわかったぞ。浮力を発生させていたのは、コンティニュアスとインディペンデンスだったわけだ。


 「えっ、ちょっと待ってくれ。コンティニュアスは、どれくらい広い範囲の魔力を吸い込めるんや? その、さっき言っていたドーナツは、どれくらい大きくできる?」


 腕を組み、口元に手を当てて考え込んでいたニュウニュウが、一層真剣な顔をして聞いた。両手で輪っかを作って、熱心に尋ねている。魔法使いなので、魔力が湧き出す方に興味があると思っていたが、意外なことに、むしろ吸い込む話をし始めた。


 「わかんないけど、少なくとも今、ここから見えている範囲くらいは吸い込めるよ」


 オリジンは平然と答える。


 「少なくともってことは、もっと広い範囲も可能ということなんやな?」


 「そうだね。余力はあったから」


 ニュウニュウの目がキラリを光った。


 「吸い込む範囲が広くなると、吸い込む力が弱くなるんか? いや、質問がわかりにくいな。もっと単刀直入に聞くわ。めちゃくちゃ吸い込む範囲が広くなったとして、その範囲の魔力をガンガン吸い込むことはできるんか? それこそ、範囲内の魔法使いが、みんな魔法を使えなくなるくらいに」


 そんなことを聞かれるとは思ってもいなかったのだろう。ニュウニュウの質問に、オリジンは少し眉を上げて、驚いた顔をした。


 「そんなことして、何か意味があるの?」


 ニュウニュウは腰に手を当てて、少し怒った顔をした。


 「意味がある、ないとちゃうねん。できるんか、できへんのかが知りたいんや」


 オリジンは腕を組んで城の方を向いて、しばらく考えていた。太陽がどんどん地平線に近づいていく。ライラを背負った腕が、どっしりと重たくなってきた。こんなに長い話になるなら、どこかで下ろせばよかった。ライラの太ももと俺の腕が接している部分は、俺の汗でびっしょりだった。


 「やったことないけど、できるよ。たぶん」


 ニュウニュウに向き直ると、オリジンはなぜか冷たい眼差しをした。


 「おお、そうか、そうか! できるんか! ふーん……」


 ニュウニュウはいかにも楽しそうにニッコリと笑うと、腕組みをしてその場をぐるぐると歩き始めた。そういえば、俺たちと初めて会った時も、こうやってぐるぐる歩き回っていたな。考えごとをする時の癖らしい。


 「クリスさん、そろそろ私、限界のようです……」


 背後からアンが声をかけてきた。振り向くと、目をしょぼしょぼさせている。ハーディーの体内に戻る時間が来たのだろう。


 「わかった。だけど、困ったな。今、ハーディーに戻られたら、しばらくここから動けないぞ」


 そうだ。イアソンとリアムが死んでいて、一刻も早く教会に連れて行きたいのだ。ゆっくりとここで休んでいる暇はない。


 と、その時、聞き慣れたキーンという甲高い音が聞こえた。これは、あれだ。暗くなって、藍色になりかけた北東の空を見る。何やらキラキラ光っている。星ではない。あの人のローブについている、何かの装飾だろう。タイタンだ。俺たちが万物の源を手に入れたので早速、やってきたのだ。

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