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オリジン

 見えない刃だって?と頭の中で反芻した瞬間、またギャン!と金属音がして、何かが俺の方に飛んでくるのが見えた。陽炎だ。陽炎みたいにゆらゆらと揺れる空気が、こっちにすごい勢いで飛んでくる。反射的に身を伏せる。俺の頭上を通り越して床に接触するや、髪をなびかせるほどの風圧を残して四方に散った。


 アンは両手を組むと、パッと前に広げて防御魔法を展開する。また、ギャイン!と衝突する音。見えた。見えたぞ。陽炎みたいな空気の刃をアンが弾き返して、床にはいつくばっているマリアンヌの頭上の壁にぶつかった。


 「ほう。防御する力はあるようだな。しかし、反撃する手立てはないようだ」


 玉座から降りてきながら、シェイドがつぶやいた。先ほどから無表情だが、アンからは目を離さない。


 「それはどうかしら。試してみたら?」


 アンは薄く笑った。シェイドは玉座を降りたところで立ち止まる。先ほど見えたものがシェイドの武器であるならば、飛び道具だ。空気を圧縮して飛ばしているのだ。見たことがある。以前、パーティーを組んでいた魔術師が使っていた。ただ、やつが使っていたものは、通常サイズの矢程度の攻撃力しかなかった。さっき、俺の方に飛んできた陽炎は、大きな斧くらいのサイズだった。アンが弾き返してあの大きさなのだから、シェイドの手先から出た瞬間は、もっと巨大に違いない。


 ハーディーは巨体からは想像できないほど身軽に動くが、アンになると途端に機動力が落ちる。背後にハーディーの頭部や上半身が抜け殻のようにぶら下がっているので、機敏に動けない。移動するときも、ゆっくりといえば聞こえはいいが、もたもたと老人が歩くように動く。どうするつもりだ。動けないということは、シェイドの魔法と真っ向勝負するしかない。この強烈な斬撃を耐え切れるのか? しかも、相手は豊富な魔力を備えた魔族四天王だぞ? 立って短剣を抜く。助太刀に行こうと踏み出したところで、アンがチラッとこっちを見た。


 「クリス、そこにいてください」


 またシェイドに視線を戻しつつ、そう言った。


 「いや、だが。しかし……」


 確かに俺がそばに行ったところで、何もできないかもしれない。シェイドの魔法の前に身を晒し、無駄死にするかもしれない。アンの足を引っ張ってしまうかもしれない。だけど、アンを一人きりでシェイドの前に立たせるよりは、ずっとマシだ。だって、俺はアンの家臣なんだから。もう一度、踏み出そうとした時、アンは手を差し出して俺を制した。


 「クリス、そこでライラさんを守っていてください。それが今のあなたの役目です」


 有無を言わせない言葉の強さがあった。言い終わらないうちに、シェイドが腕を振る。今度は一発ではない。ギャギャギャギャン!と何発もアンに空気の斧が降り注ぐ。これだけ連発すると、さすがに魔力のない俺にも見える。アンの目の前の空気が振動して、ビリビリと震える。防御魔法で弾き飛ばした斧が、あっちこっちに飛び散る。ライラを背にしていた俺のところにも飛んできた。なんとなく〝見える〟ので、頭を下げて避ける。だが、パチッ!と音がして、目の横に当たった感触があった。痛いと思ったその瞬間、まなじりから冷たい血が流れ落ちた。


 うわっ、ヤバい。少しずれていたら、目が潰れていた。いや、それどころか頭がスッパリと真っ二つだったかもしれない。ドッと冷や汗をかきながらさらに身を屈める。シェイドは両手を前に出して、空気の斧を連発した。アンは必死に受け止める。アンの背後にはマリアンヌとハンセンがいる。避けるわけにはいかない。


 そういえば、ニュウニュウはどこだ?


 「ふん、なかなかしぶとい。だが、人間ごときが、いつまでもつかな?」


 シェイドはもう1歩、アンに近寄った。その時だ。


 「万物の源、いただきぃ!」


 玉座の上から声が響いた。いつの間にかニュウニュウがインディの隣、玉座の肘掛けの上に立っている。インディはニュウニュウを見て「あわわわ」と口元を震わせて、恐れおののいていた。シェイドが振り返る。一瞬、隙ができた。その胸の中心を、音もなく青い光線が貫いた。アンだ。指先が真っ直ぐ、シェイドの胸を指していた。


 おお、やったぞ! なんだかよくわからないけど、大逆転だ!


 シェイドは穴が開いた自分の胸元を見て、指先で触れた。ドス黒い血がついている。精霊でも血を流すんだな。シェイドは指先についた血をじっと見つめた。


 「油断大敵ですわ。でも、魔力が消失しないところを見ると、あなた、この程度では死なないようですわね」


 アンがシェイドを指差したまま、警戒を怠らない。ニュウニュウは肘掛けに座り込むと、インディの頭を抱えて「よしよし、そんなに怖がらへんで大丈夫や。悪いようにはせえへんから」と黒い髪を撫でた。


 「どうだ、シェイド。人間も進歩したもんだろう。預けてみる気にならないか? お前もそろそろお守りには飽きてきた頃だろう」


 どこに隠れていたのか、アンの背後からコンティニュアスが現れた。遠くに吹っ飛ばされたはずだが、いつの間に戻ってきたんだ?


 「お守りに……飽きた……?」


 シェイドは指先の血を触りながら、コンティニュアスの言葉を繰り返した。玉座のインディを見て、もう一度、コンティニュアスに視線を戻す。


 「そうだ。もう何年経った? 300年か? 400年か? とにかく長い間、お前は立派に万物の源を守るという役目を果たした。そろそろ自分の時間を取り戻してもいいんじゃないか? ベヒーモスも俺がいなくなったことで、自由になったぞ」


 コンティニュアスはいつもの人懐っこい笑みを浮かべながら、シェイドに近づいていく。


 「自分の時間? ベヒーモス?」


 シェイドはまた繰り返す。コンティニュアスの方を見ているが、視線はそのずっと先を見ているように、うつろだ。


 「お前だって、やりたいことがあったはずだ。ここにインディと閉じ込められていたみたいなもんじゃないか。なあ、お前のやりたいことを言ってみろ。あるだろう?」


 コンティニュアスはゆっくりとシェイドに歩み寄ると、両肩に手を置いた。


 「やりたいこと……。そうだな……」


 シェイドはコンティニュアスから視線を逸らして、窓の外を見る。ひと呼吸置いて「そうだな。素敵な庭を作りたい」と言った。


 「そうだろう、そうだろう! なら、シェイド。俺たちのことなど忘れて、庭づくりに邁進しろ。魔族一の庭師になれ。あとのことは、こいつらに任せておけばいい」


 コンティニュアスはポン、ポンとシェイドの肩を叩きながら、あごをしゃくって俺たちを指し示す。シェイドはうつむくと「いや、でも……」とつぶやいた。


 「シェイド、私からも言おう。今までありがとう。でも、もういいよ。もう自由になって」


 インディが、ニュウニュウを抱きかかえて玉座から降りてきた。先ほどまでのうろたえた表情から一転して、穏やかな顔をしていた。シェイドは顔を上げる。インディはニュウニュウを下ろすとシェイドのそばに行って、ほほに触れた。シェイドはコンティニュアスと同じくらい背が高い。インディが見上げる形になる。


 「新しい時代が来たんだ。シェイド」


 インディはシェイドにそっとキスをした。そして、コンティニュアスに向き直る。


 「覚悟を決めたようだな」


 コンティニュアスはニヤッと笑った。インディは苦笑いをして肩をすくめる。


 「決まったっていうか、あんたが来た以上、決めないと仕方ないでしょ?」


 「では、再スタートといこうか」


 コンティニュアスはインディに歩み寄ると、手を差し出した。


 「再スタートというか、再始動ね」


 インディはそれを握り返した。途端に2人が繋いだ手から、ぱあっと金色の光があふれ出す。同時にひゅうっと風が吹き、渦を巻き始めた。なんだ? またコンティニュアスに吸い込まれるのか? まぶしくて目を開けていられない。俺はとりあえずライラに覆いかぶさって、目を閉じた。


 風はどんどん強くなるかと思ったが、まもなく緩やかになった。


 「おっほぉ! この姿は久しぶりだな!」


 弾むような声が上がり、目を開ける。そこにはコンティニュアスの姿もインディの姿もなく、別の人物がいた。着ているものがコンティニュアスが羽織っていたバスローブなので、おそらくこいつは元コンティニュアスであり、元インディなのだろう。そう思ったのはこいつが若い男で、2人の面影を色濃く残していたからだ。凛々しい顔立ちはコンティニュアスで、褐色の肌や細いしなやかな体型はインディっぽい。だが、少年と言っていいほどコンティニュアスよりずっと若く見えるし、何より女性だったインディと違って男性だ。


 「やれやれ。また俺が駆り出されなくてもいいように、せいぜい大人しくしておいてくれよ」


 シェイドは呆れたように言った。先ほどアンに胸を貫かれたはずだが、倒れる気配どころか弱る気配すらない。


 「あなたが万物の源の完成形ということでよろしいのでしょうか?」


 アンが問いかけた。そいつはアンに向き直ると「そうだよ!」と胸を張った。その仕草がすごくコンティニュアスっぽい。アンはニコッと笑うと「なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」と聞いた。


 「オリジンだ。僕のことは、オリジンと呼んでくれ」


 コンティニュアスであり、インディペンデンスであったもの、オリジンはアンのそばに駆け寄ると、その前で片膝をついた。


 「誇り高き魔法国の王女、アン・フランチェスカ・ロリアンドーロ。どうぞこのオリジンめを、存分にお使いくださいませ」


 深々と頭を下げる。アンが手を差し出すと、受け取って手の甲にそっとキスをした。


 やった……。なんだかよくわからないけど、とにかくフルバージョンの万物の源を手に入れたぞ。


 ハンセンとマリアンヌがリアムの様子を見に行っている。出血がひどい。生きていないかもしれない。ニュウニュウはシェイドと何か話している。俺はライラのそばに膝をついた。さっき、吹き飛ばされて床に打ち付けられたけど、大丈夫だろうか。頭に触れてみるが、特に出血やたんこぶはなさそうだ。息もしている。ただ、意識がない。


 「クリス、万物の源を手に入れましたよ」


 離れたところから、アンが話しかけてきた。顔を上げて「うん、おめでとう」と返事をする。だけど、高揚感はあまりなかった。むしろ、これからどうしようという不安が先行した。イアソンが動けない。あの様子ではたぶんリアムも無理だ。ライラも動けない。広間の外に逃げていたエリックが戻ってきた。9人のメンバーのうち3人が死んだも同然の状態。


 これだけ被害を出して手に入れたものは、そんなに貴重なものなのだろうか。アンと話しているオリジンを見ていると、急に全身が重たく感じられてきた。

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