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風のシェイド

 「ちょっと待ってくれ!」


 俺は声を上げた。リアムはドアから目を離さないまま、ピタッと止まる。


 「どうした。何かあったのか? 閉めるか? 開けるか?」


 俺に背を向けたまま、静かに聞いてくる。


 「一度、閉めてください」


 リアムはスーッと音もなく、ドアを閉めた。


 「一体、どうしたのよ」


 マリアンヌがイラッとした表情で聞いてくる。俺はそっとライラを背中から降ろすと、壁にもたれかけさせた。そして、おもむろに仲間たちを見回した。


 「パンツを履かせてくれ」


 ドアを開ける段になって、ハッと気がついたのだ。この向こうには風の精霊シェイドがいて、万物の源の片割れがいる。要するに、魔族界の大物がいるわけだ。いかに緊急事態を引きずったままここまで来たとはいえ、フルチンで対面するわけにはいかない。


 「え? 今更……?」


 マリアンヌは怪訝な顔をした。それを無視して、ライラの首に巻いていた水着を解いて履く。もう出血は止まっていたが、シャツを脱いで包帯代わりに巻き直した。


 「どうせやったら、フルチンのままで行けばよかったのに。魔族の四天王とフルチンで対面した人間なんて、おらへんやろ。それこそクリス、伝説になってたで」


 ニュウニュウが呆れた顔をしている。と、ドアが音もなくスーッと開いた。リアムが素早く後退する。真っ先に目に飛び込んできたのは、真っ白な長髪だった。老人の白髪ではない。若者のように張りとツヤがありながら、真っ白なのだ。


 肌の色も抜けるように白かった。一瞬、女性かと思ったが、よく見ると若い男だ。鼻筋の通った北国人風のイケメンだった。黒いベルベットに銀色の刺繍をあしらった、見るからに高そうなジャケットを着ている。下は黒いスラックスだが、光沢があって、こちらも高価な生地で作られているように見えた。


 「入るのか、入らないのか、どっちだ?」


 男は俺たちを冷たい目つきで見回すと、見た目からは想像もできない低い声で話しかけてきた。エリックが一歩、進み出て「こんにちは、シェイドさん。入ります」と言った。


 これが風の精霊シェイドか。思わず唾を飲み込んだ。だって、見た目は人間なのに、明らかに人間ではない気配が漂っているのだ。例えるなら、見たことないけど、幽霊みたいな。そう、幽霊ってこんな感じなのだろう。目に見えているのに、存在感がないというか、不思議な感覚だった。


 シェイドはドアを大きく開けると、俺たちを招き入れた。入っていいのか一瞬、躊躇するが、エリックが振り向いてうなずくので、腹を決めてついていくことにした。ライラを背負い直して歩みを進めると、アンやカナリヤンズたちもついてきた。


 入ってすぐ階段があり、一段、高いところが床になっている。階段を上がると、そこは大広間だった。円柱状の広間で、周囲には背の高い窓があって、光が燦々と差し込んできている。床は石畳ではなく、ツルツルの大理石だ。俺たちが入ってきたところとは反対側に、これまた背の高い玉座があった。人間の大人の背丈の3倍くらいはありそうだ。その上で、小柄な人物がこちらに尻を向けてうずくまっていた。


 「インディ、お客が来たぞ」


 シェイドが声をかける。インディと呼ばれた人物は、どうやら俺たちのことを怖がって、玉座の上で丸くなっているらしい。近づくと、ブルブルと震えているのがわかった。


 「インディ、久しぶりだな」


 コンティニュアスは玉座の前に立つと、胸を張って呼びかけた。インディはまだ尻を向けたまま、震えている。小さな声で「ヒィ〜、ついに来ちゃったよ〜。もうおしまいだぁ〜」とつぶやいているのが聞こえた。


 「これが、あんたと対になっている、万物の源なんか?」


 ニュウニュウが聞いた。コンティニュアスはニコッと笑って「ああ、そうだ」と答えた。


 拍子抜けした。コンティニュアスの片割れだというから、また何か死にそうな目に遭うのではないかと用心していた。吐き出す方だと聞いていたから、ものすごい突風が吹いてくるとか、そんなものを想像していた。だけど、何も起きない。インディことインディペンデンスは背中や尻を見る限り、若い人間の形をしている。コンティニュアスのように筋骨たくましいタイプではなく、細い。


 「ほら、もうここまで来られてしまったら、どうしようもないだろう。覚悟を決めろ」


 シェイドが玉座を登っていって、インディペンデンスの背中に手を置いた。インディは「そんなこと、そんなこと言ったって〜」と泣き出しそうな声を上げて、玉座の上でこちらに向き直った。


 若い女だった。黒い長髪が美しい。白いシェイドとは対照的だ。褐色の肌に黒い大きな瞳。人間ならば10代後半くらいに見える。胸元だけを覆う青いドレスに、下半身は同じ色のゆったりと長いパレオを着けていた。


 「インディ、復活の時が来たぞ!」


 コンディニュアスは両手を広げて、うれしそうに声を上げた。俺の後ろでマリアンヌが「え? この人が万物の源なの?」とエリックに聞いている。エリックは「ええ、まあ、自分も初めて見るんですけど、たぶんそうです」と無責任な返事をした。


 「復活の時じゃないよ〜。私たちがまた一緒になったら、また世界がめちゃくちゃになっちゃうよ〜」


 インディペンデンス……。こっちも長い名前だな。シェイドに倣ってインディと略してしまおう。インディは玉座の上で足をバタバタさせて、駄々をこねた。


 「ならねえよ。ならねえために、今回はきちんと持ち主を選んだ。この前みたいに、俺たちを使ってめちゃくちゃしそうにない立派な方だ。ほら、こちらの方だぞ。どうだ?」


 コンティニュアスはアンのそばに行って、インディに紹介した。インディは玉座の上で身を乗り出してアンをしばらく見つめていたが「何、それ。バケモノ?」とつぶやいた。アンはそれを聞いて、フフッと鼻で笑う。コンティニュアスは顔を赤くして気色ばんだ。


 「こら、なんてことを言うんだ! こちらはロリアンドーロという魔法国のお姫様なんだぞ! 口を慎め!」


 「だって、バナナの皮をむいたら、なかからこんにちは〜みたいな格好しているんだもん。そんなの全然、普通じゃないじゃん」


 インディは口を尖らせて言い返す。歯に衣着せぬって、こういうことを言うのかな。確かにその通りなんだけど普通、初対面の人にそんなこと言わないよな……。俺が呆れている隣で、コンティニュアスが「このっ、てめえ!」と腕まくりしている。それを、アンがそっと止めた。


 「よしなさい、コニー。あの方の仰っていることは、全く間違っていません」


 「だけどよぉ」


 「およしなさい。私が話します」


 アンはコンティニュアスの肩に手を置くと、静々と玉座の前に進み出た。インディとシェイドを見上げて、ニコッと笑う。


 「突然、押しかけて申し訳ありません。私は今は亡きロリアンドーロという国の王女、アン・フランチェスカ・ロリアンドーロと申します」


 膝を軽く折って、一礼した。シェイドは軽く頭を下げたが、インディはポカンと見つめている。


 「わが祖国を復興するために、あなたの協力を仰ぎに来ました。万物の源、インディペンデンス」


 名前を呼ばれて、インディはビクッとする。玉座の背もたれにピタッと張り付いて、アンを不審なものを見る目で見つめた。


 「お前たちは、彼らが何者か、わかっているのか?」


 シェイドは俺たちを見回して尋ねた。


 「魔力を循環させる道具だと。コンティニュアスが吸い込む側、インディペンデンスが吐き出す側。個体も液体も気体も、魔力でさえも循環させることができる」


 アンが答えた。シェイドはうなずく。


 「祖国を復興させると言ったが、どのようにして使う?」


 シェイドは一歩、アンに近づいた。少し警戒する。返答次第では攻撃してくるかもしれない。見た感じ、シェイドは丸腰だ。しかし、風の精霊なのだ。おそらく魔法で攻撃してくるだろう。俺はチラッとニュウニュウに目配せした。ニュウニュウは〝わかった〟と言いたげにパチッとウインクを返してきた。


 「魔力の流れを制御して、魔族を追い払います」


 アンの答えは漠然としていた。シェイドは腕を組んで口元を押さえると、しばらく考え込んだ。アンがどうやって魔族を追い払おうとしているのか、想像したのかもしれない。沈黙に耐えられなくなって何か言おうとしたその時、シェイドが口を開いた。


 「われわれは魔族だぞ? われわれを追い払おうという人間どもに、素直に渡すと思っているのか?」


 初めて感情が表情に出た。眉根を少し寄せて、不愉快な顔をしている。機嫌を損ねてしまったか。さっき、エリックが「シェイドは気分屋だ」と言っていた。こうなると一戦交えるのを覚悟しないといけないかもしれない。


 「おうおうおう、シェイド君よ、ちょっと待ってくれよ」


 コンティニュアスが割って入ってきた。


 「誰が俺たちを魔族のものと決めたんだ? 俺たちは道具だぞ? 魔族だろうが人間だろうが、誰が使おうと関係ないだろう?」


 アンの前に立ち塞がって、シェイドに話しかけた。


 「万物の源は代々、魔王の持ち物だ。そして、魔王は魔族の王だ。つまり、万物の源は魔族のものだ」


 シェイドはスッと手を上げる。ヤバい。これは攻撃してくるぞ。俺はパッと後ろにいる仲間たちを見た。当然、全員すでに臨戦体制に入っている。エリックは早くも逃げ出そうとしていた。


 「おう、ちょっと待った! 魔王が人間でも構わないだろうがよ! 今までたまたま魔族が俺たちを持って魔王になったというだけで、人間が俺たちを持って魔王になったらダメだなんてルールはないはずだ!」


 コンティニュアスは両腕を振り回しながら熱弁した。だけど、シェイドに聞き入れるつもりはなさそうだ。さっきからずっと表情が変わらないもの。


 「そうだ。そんなルールはない。だから、人間に奪われないように、俺がそばについているんだ」


 「シェイド!」


 コンティニュアスの言葉が終わるか終わらないかのうちに、広間をヒュッと風が吹き抜けた。空気が動いて、シェイドに集まる。とっさに「避けろ!」と叫んで、ライラを背負ったまま横っ飛びに飛んでいた。


 シュッゴッ!


 聞いたことがないような強烈な風切り音が耳元でした。床を転がって、ライラの上に覆いかぶさる。顔を上げると、コンティニュアスが吹き飛ばされたところだった。


 「アン!」


 ジャリィン!


 大剣で正面から打ち合ったような金属音が、広間の高い天井にこだまする。何かが壁にゴン!とぶつかって、パラパラと小石が落ちてきた。


 「リアム!」


 マリアンヌの悲鳴の方を見ると、リアムが胸から血を吹き出して仰向けに倒れるところだった。何だかわからないが、攻撃されたのだ。


 「みなさん、伏せていてください! 見えない刃が飛んできます!」


 アンの凜とした声が響いた。

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