美味しいところ
アン、よくやってくれた。アイコンタクトだけで俺がやろうとしたことを理解して、瞬時に対応してくれた。ありがとう。エリックもだ。俺がラルフを倒すために正面で注意を引きつけておいてほしかったのだけど、その役割を十分に果たしてくれたどころか、一太刀浴びせてさらに動きを止めてくれた。ありがとう。2人とも本当に助かったよ。
まずはそれを伝えなければならないところなのだろうが、俺はラルフが動きを止めたことを確認すると、踵を返してライラの元へと駆け戻った。「アン!」。大声で呼ぶ。よく考えたら、アンは魔術師なのだ。回復魔法が使えるのではないか? 水着をはがして傷口をチェックする。先ほどよりも少し出血は治まってきたように見える。
「なんでしょう?」
アンが背後まで近寄ってきた。
「治療の魔法って使える? とりあえず首の傷を治したいんだけど」
アンからライラがよく見えるように、移動した。アンは身を屈めてライラをのぞき込み「複雑なことはできませんが、とりあえず傷を塞ぐことならできます」と言った。俺の隣でエリックが「それよりもクリス、とりあえずパンツを履いたらどうだ?」と言っているが、そんなことよりも先に、まずはライラのけがをなんとかしないと。
「それで十分だ。頼む」
アンは軽くうなずいて、ライラの首元に手をかざした。手のひらがフワッと青白く光って、ライラの傷口を照らす。見る見るうちに出血していた牙の跡が塞がった。処置しながらアンが「クリス、パンツを履いた方がいいと思いますよ」というが、それはライラが小康状態になってからでいい。
「おお、オッケーだ。ありがとう」
ホッとした。もしかしたらここでライラを失ってしまうかもと思うと、胸が張り裂けそうだった。安心したらドッと疲れが出てきて、その場で四つん這いになってしまった。
「大丈夫ですか?」「大丈夫か?」
アンとエリックが同時に聞いてくる。今頃になって息が切れてきた。動悸が激しくなって、ブワッと額に汗が浮かぶ。うん、大丈夫。そう言いたいのだが、体が動かない。背中にそよそよと気持ちのいい風が吹いてきた。顔を上げると、俺の背中にアンが手を当てている。先ほどまでの冷たい表情ではない。心配そうな顔をしているが、いつも通りの優しそうなアンだ。
「普通の人間では耐えられない速度で動いたので、体が悲鳴を上げたのでしょう。回復魔法をかけますから、休んでいてください。あと、パンツも履いた方がいいと思います」
「うん、わかった……。エリック、みんなを起こしてきてくれないか」
エリックがイアソン以外のメンバーを見に行ってくれた。コンティニュアスはテーブルの下に隠れていた。幻術の影響は受けなかったらしい。「道具の俺が幻を見るわけがないだろう」と、なぜかドヤ顔をしている。
「なんや、ええ夢見てたのに」
なぜかムッとしていたのはニュウニュウだ。幻術で意識を失って、腹一杯、肉を食う夢を見ていたらしい。俺のように悪夢を見るばかりではないのか。それともニュウニュウが魔族だからなのか。いずれにせよ、ダメージがなくてよかった。
カナリヤンズの3人はいずれも悪夢を見させられていたようで、ニュウニュウとは別の意味でムッとした顔をして集まってきた。そしてイアソンの死体を発見し、イアソンの剣を手にしていたエリックを見て、説明を聞く前にマリアンヌは分かりやすく動揺した。
「イアソン!」
死体にすがりついて号泣すると、やおら立ち上がって「この悪魔! 許さない!」と両手から火の玉を出そうとする。手のひらからボワッとオレンジ色の炎が立ち上る。それをリアムが必死に止めた。
「待て、待て、マリアン! まだ何がどうなったのか、さっぱりわかんねえだろうが」
「説明なんていらないでしょ! あの悪魔がイアソンを殺したのよ!」
指差されたエリックは、驚いて目を丸くしてイアソンの剣をポイッと雑に投げ捨てた。それがマリアンヌの怒りに拍車をかけた。
「キィー! 許さない! 私の愛しいイアソンを!」
「だから、やめろってば、マリアン!」
リアムが抱き止めなければ、マリアンヌは自分に火をつけてエリックに特攻したかもしれない。マリアンヌがしっちゃかめっちゃかに投げ飛ばす火の玉を、アンが一つずつ丁寧に消していく。
「待て、マリ。イアソンはまだ助かるかもしれないぞ」
ハンセンの声に、マリアンヌは弾かれたようにイアソンのそばに駆け戻った。
「本当? でも、もうめちゃくちゃ冷たいわ」
またボロボロと涙をこぼし始める。
「いや、不思議なことだが、魂が抜けていない。まだ魂が体の中にある。このまま蘇生させれば、生き返るかもしれない」
「本当に?! じゃあ、すぐ教会に行きましょう!」
ハンセンはリアムに手伝ってもらって、イアソンを背負った。落とさないようにロープでしっかり自分にくくりつけている。
俺はライラの状態をチェックした。息はしているが、意識がない。おそらくたくさん出血したせいだろう。その証拠に顔色が悪い。どうしよう。カナリヤンズはたぶん、ここで脱落だ。俺たちもそうした方がいいのだろうか。でも、万物の源は、目の前にあるんだぞ。
「クリス、行きましょう。それからいい加減、パンツを履いて頂戴」
俺の迷いを見透かしたかのように、アンが声をかけてきた。そうだな。目的のお宝がすぐ近くにあるんだ。それを拝まずに引き返すなんて、あり得ない。だけど、どうしよう。ライラをここに置いていくわけにはいかない。ハーディーがいれば背負ってもらえるのだが、今はアンだ。アンは細くて、とてもライラをおぶっていけそうにない。エリックに任せるわけにもいかない。俺がやるしかないな。
「エリック、手伝ってくれ」
俺はライラを背負った。ぐっ、重い。そもそも俺よりもライラの方が背が高いのだ。意識を失ってのしっと全体重がかかってくるものだから、重たくて仕方がない。いつもは鑑賞してウハウハさせてもらっている巨乳や肉付きのいい太ももも、こんな時は邪魔でしかない。だが、仕方がない。俺が愛した女だぞ? 俺が連れて帰らなくて、どうするんだ。
イアソンを背負ったハンセンとマリアンヌとリアム、ライラと背負った俺とエリックとアンとニュウニュウとコンティニュアスは、石化したラルフを挟んで向かい合った。
「まさかその状態で、まだ行くの? てゆうかあんた、なんでフルチンなの?」
マリアンヌが眉を吊り上げて聞いてきた。
「もちろん行くさ。だって、もう少しで万物の源が手に入るんだもの。フルチンは成り行きだ。気にしないでくれ」
俺の隣でエリックが耳を塞いでいる。マリアンヌはハンセン、リアムと顔を見合わせた。
「マリアンヌたちは、もういいよ。イアソンがやられちゃったし、ここで引き返しても構わないよ。あとはやっとくから」
ライラを背負い直しながら言った。本心だった。出し抜こうとか、そんな気持ちは全くなかった。親切で言ったつもりだった。
「待って。万物の源を手に入れたこと、全部、自分たちの手柄にするつもりでしょう」
マリアンヌは俺をビシッと指差した。
「えっ、どういうこと?」
一瞬、意味がわからなかった。
「ここまで来られたのは、私たちがいたおかげなのよ。それなのに最後の最後で美味しいところだけ、持っていくつもりなんでしょう!」
明らかに責める口調だ。隣でリアムが「まあ、それは、仕方ないんじゃね? 俺たち、ここで引き返すんだから」と呆れている。
「いや、まあ、確かに最後の最後で美味しいところを持っていくけど、ここまで来られたのはマリアンヌたちがいてくれたおかげだと思っているよ。本当にありがとう」
俺はライラを背負ったまま、頭を下げた。隣でニュウニュウが「こいつら、何を言うとるんや?」と呆れた顔をしている。
「そうはさせないわ!」
マリアンヌはドン!と一歩踏み出した。
「私たちも行きましょう、ハンセン、リアム!」
「えっ、マジかよ!」
リアムが驚いた顔をする。
おいおい、ちょっと待ってくれ。ただでさえ俺がライラを背負っていて、盗賊として役に立ちそうもないのに、さらにイアソンを背負ったハンセンが加わるのか? 実質、4人も役に立たない人間がいることになるんだぞ。このまま何事もなく万物の源まで行けるとは限らないし、途中で戦闘になったらどうするんだ?
「えっと……。でも、こっちも見ての通り手負いの状態だから、カナリヤンズを助けられないと思うよ。ここからはお互い自己責任になると思うけど、それでもいい?」
俺は恐る恐る提案した。マリアンヌは即座に「もちろんよ!」と鼻息荒く返事をした。仕方ない。そこまで言うのなら、一緒に行こう。リアムに先頭に立ってもらって、ニュウニュウ、エリック、俺(&ライラ)、アン、コンティニュアス、マリアンヌ、ハンセン(&イアソン)と続く。後ろから不意打ちを食らったら、ヤバい隊列だ。
カジノを通り抜け、ラルフが出てきたドアを開けてみる。分厚い絨毯を敷いた豪華な階段があり、それを登ると豪華な客間だった。エリックによれば、VIPルームらしい。他にもいくつか同じような部屋があり、その一つでエリックはラルフとカードで対決した。
「どうしよう、俺、ラルフさんをやっつけちまった。爵位が上がっちゃうかも」
エリックは目を丸くして、鼻の穴を膨らませながら、さっきから同じことばかり言っている。ピョンピョンと軽くスキップしているところを見ると、興奮しているのだろう。
「爵位が上がったら、どうなるのさ」
重たいライラを背負っていて、しゃべるのも面倒だった。だけど、エリックがあまりにも楽しそうなので、相手をしてやる。
「偉くなる。偉くなるんだ」
だから、どう偉くなるんだよ。
VIPルームが並ぶ廊下を抜けると、カジノらしからぬ分厚い木製のドアが現れた。城の外観と雰囲気が似ている。開けると天井がついた石造りの渡り廊下だった。蔦が垂れ下がっていて、年代を感じさせる。それほど距離はない。下を除くと堀になっていた。なるほど。これを渡ればもう城なんだな。リアムはトラップがないか用心しながら、先頭に立って進んでいく。先ほどから背中を見せてもらっているが、実に抜け目がない。さすがカナリヤンズの正盗賊といった感じだ。
渡り廊下の向こうにはドアがなく、そのまま城の回廊に入った。正面から絶え間なく風が吹いてきて、耳元で風切り音がする。股間がスースーして、みんなの忠告に従ってパンツを履けばよかったと今更、後悔する。とりあえず右方向に進んでいくと、まもなく大きなドアの前に出た。
「おお、この向こうに、えらいどデカい魔物がいるみたいやで」
ニュウニュウが、鉄枠で強化されたドアを見上げてつぶやいた。
「そうですね。強い魔力を感じます」
アンもうなずいている。
「この向こうにアレがあるの?」
コンティニュアスに聞いてみた。コンティニュアスはあごを撫でながら浮かない表情をしていたが、俺の言葉に「うん? ああ、そう。そうだぜ」とうなずいた。
「シェイドっていう半端なく強い魔族が一緒にいるから、気をつけろよ。やつは気分屋だ。虫の居所が悪いと全員、殺されるかもしれない」
コンティニュアスは指をくるくると回しながら説明した。シェイドって名前が聞いたことがある。確か、風の精霊だ。ベヒーモス、アフリートに続いて、3人目の魔族四天王とご対面か。さて、今回はどんなやつなんだろう。アフリートのように、話がわかるやつだったらいいんだけど。
「トラップはねえ。よし、開けるぞ」
リアムは丸い輪っか状のドアノブに手をかけた。グッと押し込むと、思った以上にスムーズにドアは奥へと開いた。




