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ざぁこ、ざぁこ

 幻を見せて俺を惑わせるならば、クレアが出てくるとばかり思っていた。だって、俺はクレアが死んだことにすごく負い目を感じているからだ。自分がガキだったせいもあるけど、妹が死んだ時、俺は何もできなかった。ただ指を咥えて、弱って瘦せ細っていくのを見ていることしかできなかった。


 もし、ここでクレアが出てきて「お兄ちゃんのせいで私は死んだんだ。だから、お兄ちゃんも死んで」と言われたら、俺は割と素直に死んでいたかもしれない。エリックからラルフが幻術を使うと聞いた時、クレアが出てくることを想像してみた。幻影を振り払う自信がなかった。


 それだけに、テイラーが出てきたのは意外だった。テイラーはテーブルの影から現れた直後こそ歩いていたが、すぐに駆け足になるとそばまでやってきて、俺にギュッと抱きついた。


 「クリス、会いたかった!」


 ニコッとかわいらしく笑って、俺を見上げてくる。これが幻なのか? 温かい。テイラーの肌の温もりを感じる。腕や肩が細くて骨張っているところも、まさしくテイラーだ。頭では「これは幻だ」とわかっているのに、懐かしい肌の感触に、抱き締めざるを得なかった。


 「テ、テイラー……」


 言葉が出ない。何を話せばいい。よく考えたら、テイラーときちんと話をするなんて、炎の神殿に行く前以来だ。2人で集落を偵察に行った時以来ではないか。テイラーは俺の胸に顔を埋めて、愛おしげにほほをこすりつけた。頭を撫でてやる。ああ、テイラーの髪だ。ボリュームのある、モシャモシャの髪。俺が何度も手入れしてやった赤毛。懐かしくて涙が出そうだった。


 長いこと抱き合っていた。先に体を離したのは、テイラーだった。まだ俺の腰に手を回したまま顔を見上げて、聞いてきた。


 「なあ、クリス。どうしてクリスはテイラーを置いて行ったんだ? テイラーは一緒に行きたかったぞ」


 悲しげな顔をして、痛いところを突いてくる。そりゃそうだろう。こいつはラルフが作り出した幻影なのだ。俺のメンタルの弱いところを揺さぶって、何かさせるつもりなのだ。


 「ああ、ごめん。だって、テイラーはアフリートになっちゃったから……。まだエドワードが必要としていたし、アフリートもエドワードと一緒に行きたがったから……」


 これはテイラーではないとわかっているのに、なぜか本人を前にしたかのように言い訳をしてしまう。俺の言葉を聞いて、テイラーはムッとした顔をした。


 「テイラーはテイラー、アフリートはアフリートだ。クリスはテイラーが大事じゃないのか? 大切な仲間なんだろう?」


 「そりゃそうだよ」


 「じゃあ、なぜテイラーからアフリートを追い出してくれなかったんだ?」


 それができれば世話はない。テイラーの代わりになる体を持ってこいと言われて、すぐにアフリートが気に入る人間を手配できるほど、俺には人脈も権力もない。


 「それはその……。なかなかテイラーほどの優秀な魔術師を探すのは難しくて……」


 一体なぜ、幻と真剣に話しているのだろう。これは幻だ。それがわかっている以上、幻のテイラーなど放っておいて、ここから脱出する方法を考えないといけないのに。テイラーは俺から離れると2、3歩、後退りした。手を背中側で組んで、ウフフッと小悪魔のような笑みを浮かべる。


 「クリスは、テイラーのことが好きなんだろう?」


 そう言いながら、また近づいてきた。腰をかがめて、俺を見上げる。なんだ? 今更、どういう意図でそんなことを聞くんだ?


 「ああ、うん。テイラーのことは好きだよ。大切な仲間だ」


 うなずきながら返事をすると、テイラーはほほを膨らませて、不満な表情をした。


 「違う、違う! そういう意味じゃない! 女としてテイラーのことが好きなんだろって聞いてるの!」


 指先で俺の胸をツンツンと突いた。おかしい。先ほどから違和感がある。テイラーはこんなあざとい仕草をする子ではない。恥ずかしがり屋だから、こんなことは思っていても絶対に聞かない。


 そりゃそうだ。幻なんだから。


 頭の中がごちゃごちゃになってきた。これはテイラーだから、真摯に対応しないといけない。だが、これは幻だ。ならば、適当にあしらってもいいはずだ。いや、それはできない。なぜならこれはテイラーだから。必死になって頭の中を整理していると、テイラーは背筋を伸ばして胸を張った。小さな胸が仕立てのいいローブを突き上げる。


 「好きなんだろう? クリスは15歳かそこらのテイラーが好きなんだ! いつもいやらしい目で見ているの、知っているんだぞ!」


 口を尖らせて、一気にまくし立て始めた。


 「確かにテイラーは、おっぱいはそれほどないかもしれないけど、腰つきは十分に女らしいからな! それをいつもいやらしい目つきで見ているの、知っているんだぞ! 一生懸命、我慢しているけど、本当はあのお尻を撫で回して、あわよくば舌を這わせたいと思っているんだろう!」


 グイと近寄ると、目をむいて声を上げた。


 「この、変態!」


 いや、違う。これは幻だ。本当のテイラーが言っているのではない。ラルフの作り出した幻なんだ。だから、これはテイラーではない。俺を揺さぶるために、こんなことを仕掛けてきているんだ。だが、それにしても、どうして俺がテイラーに対して思っていることを、そんなに的確に知っているんだ?


 心がグラグラと揺さぶられているのを感じる。やっぱり俺は変態なのか? 7歳、いや、正確にはよくわからないけど、もしかしたら8歳も離れている少女に劣情を抱いているなんて、変態じゃないのか? パーティーのリーダーになって、偉そうな顔をして一丁前のことをみんなの前でしゃべっているけど、本当は少女好きの変態なのだ。


 「へーんたい、へーんたい。14歳に欲情する22歳なんて、間違いなく変態だろ! 大人の女に相手にされないからって、ライラに相手にされないからって、子供を性欲の対象として見ているなんて、間違いなく変態だよ! このざぁこ!」


 テイラーは眉を吊り上げて、どんどん畳み掛けてくる。ショックで立っていることができずに、その場でガックリと膝をついた。そうだ、俺は変態だったんだ。テイラーみたいな小さな女の子に欲情する、変態。そんなやつにリーダーが務まるわけないじゃないか。ライラに相手にされないのも、俺が変態なせいだ。


 「いつまでも死んだ妹に執着しているロリコンのシスコンめ! 夢に出てくる妹をおかずにシコってんの、知ってるんだぞ! キモッ! 最低! あの世でクレアもキモすぎて鳥肌立ててるわ! とっとと死んで、クレアに謝罪してこい! この雑魚野郎!」


 いや、さすがにそんなことはしていない。していないけど……なんだか、したことがあるような気がしてきた。もうダメだ。俺は変態なんだ。テイラーの言う通り、生きている価値もない。クレアに謝罪するために、早く死ななければいけない。


 ふと、腰に刺している短剣が目に入った。おお、こんなところにいいものがあるじゃないか。これで喉をひと突きだ。そうすればクレアのところに行ける。俺は体を起こすと、鞘から短剣を引き抜いた。自分に向けて構えると、切っ先を喉元に当てる。


 「そうだ、クリス。そのまま床に突っ伏しちゃえ。そうすればストンとナイフが喉に刺さって、楽に死ねちゃうよ」


 テイラーが背後に近寄ってきて、俺の肩に手をかける。俺はのろのろと振り返って、テイラーを見た。目を細めて、ニッコリと笑っている。肌が微妙に発光しているのは、気のせいだろうか。


 と、テイラーの背後に大きな影が現れた。


 「クリス、おやめなさい」


 影は随分と高いところから、俺に語りかけてきた。ん? 誰だろう。どこかで聞き覚えのある声だ。だけど、モヤがかかっていて姿が見えない。テイラーは大きな影を見ると、目を見開いて驚いた顔をした。モヤの間から、白い手が伸びてくる。それは俺の手から短剣を奪うと、少し離れたところへ投げ捨てた。ガランと意外に大きな音がして、ハッとする。同時にモヤが晴れて、その向こうからアンが現れた。


 「お……。アン……」


 「クリス。しっかりしてください。相手は幻ですよ。真に受けてどうするのですか?」


 いつも通りハーディーの胸がガバッと開いて、なかからアンが生えてきている。アンは少し困った顔をしつつ、俺に微笑みかけた。


 「真に受けるも何も、これはクリスの心の中にある後ろめたい部分だ。テイラーみたいなガキのことが好きだなんて、気持ち悪いやつだな。変態であることに違いないぞ」


 テイラーはジト目で俺をにらむ。アンはポンとテイラーの肩に手を置いた。


 「幻のテイラーさん。本物はそんなこと、絶対に思っていませんよ」


 幻のテイラーは「あ!」と小さな叫び声を上げたかと思うと、スーッと霧散するように消えた。


 「さあ、クリス。早く現実に戻ってきて、みんなを助けてください」


 アンは身を屈めて、俺の顔をのぞき込む。だけど、俺はまだテイラーに言われたことが耳にこびりついて、離れなかった。変態。15歳そこらの少女に恋をしている、変態。そんなやつが、みんなを助けるだって?


 「助ける? 俺が?」


 できるわけないという言葉だけは、アンの手前、かろうじて飲み込んだ。アンは呆れたような顔をすると、背筋を伸ばした。


 「何を気にしているんですか? 年の離れた異性を好きになることが、そんなに変ですか?」


 いつも小さな声でささやくように話すのに、急に声が大きくなった。


 「私とァギャハッティはいくつ離れていると思っているのですか? しかもァギャハッティは妻子持ちなのですよ? 20歳以上、年の離れた男性と不倫の恋をしていた私は、変態ですか? いいえ、違います!」


 白くて細い指をピシッと伸ばして、鼻先を指差してくる。え? 何? なんの話をしているんだ? 恋? アンとハーディーが? 姫とその家臣なんだろ? それって道ならぬ恋じゃないの?


 「人様からどう思われようと、純愛なのです!」


 アンは胸元に手を当てて、言い切った。


 ……。


 なんだかよくわからないが、久々に登場したアンの迫力に気圧されて言葉が出ない。自分のことを変態だと思っていたが、とてもつまらないことのように思えてきた。そうだ。俺が変態かどうかは、人が決めることではない。俺が決めることなのだ。今はそんなことで心を煩わせるより、やるべきことがある。


 「ア、アン。わかったよ。俺、早く現実に戻ってラルフを倒さないと」


 そうだ。アンが助けに来てくれたということは今頃、みんな幻のなかなのだ。俺は間一髪でアンに助けられたが、他の連中は無事だろうか。すぐに現実に帰らないと。


 「わかればいいんです」


 アンは薄く笑うと、パンパンと手を叩いた。ヒュッと冷たい風が吹いて、ジメッとしていた空気が急にひんやりとする。瞬きをした途端、風景が変わった。俺の前にアン。左のテーブルの下でエリックが頭を抱えてうずくまっている。ニュウニュウはその奥の通路でうつ伏せに倒れている。あっちで足だけ見えているのは、ハンセンか。あそこで倒れているのはマリアンヌとリアムだろう。イアソン、それにライラはどこだ。コンティニュアスも姿が見えない。


 振り返ると、ラルフがいた。ライラを抱き上げて、喉元に噛み付いている。牙を立てたところから、一筋の血が流れ落ちていた。


 「ライラ!」

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