食い逃げ
荷物をほったらかしにしてレストランへ向かおうとするイアソンを呼び止めると「おお、そうだった。荷物を忘れていたね」と照れくさそうに笑って、取りに戻った。
なんなんだ、これは。
前回、カナリヤンズのヘルプに入った時も、プランはものすごくざっくりとしていた。ダンジョンに潜る、目当ての植物を採集する。それだけ。いや、あの時はあれでよかった。それ以外に考えることがあまりなかったからだ。だが、今回は違う。限られていたとはいえ、情報があった。その情報に基づいて行動すべきなのに、イアソンはさっきから逸脱してばかりだ。
「ねえ、イアソン」
俺は意気揚々とホテルのエントランスをくぐったイアソンに、声をかけた。周辺にも水着姿のままの魔族がたくさんいるので、このホテルは水着OKなのだろう。イアソンは目をキラキラさせながら振り向くと「ん? 何?」と返事をした。
「イアソンはいつも、こんなふうに……その、言葉は悪いけど、行き当たりばったりで冒険しているの?」
理解できなかった。俺にとって冒険とは、まず生きて帰ってくることが第一目的だ。そのためには、リスクはできるだけ排除しなければいけない。「楽しそう」という理由で予定を変更するなんて、意味がわからなかった。
「え? そうだよ」
イアソンは少し不思議そうな顔をした。そして、俺が何か言う前に、言葉をつづけた。
「だって、行き当たりばったりじゃないと、楽しくないだろう? 次の一瞬に状況がどう変化するのか、それをドキドキしながら待ち構えるのが、楽しいんじゃないか。ドキドキハラハラしないと、冒険じゃないよ」
振り返って、アハハと楽しそうに笑う。
「えっ、でも、それではリスクが大きすぎない? 情報を集めて、予測を立てて、何パターンもシミュレーションしてからでないと、誰かが負傷したり、最悪、この前みたいに死ぬ可能性もあるわけで……」
「クリス」
イアソンは俺の話に割り込んできた。少し寂しそうな顔をして、こちらを見ている。
「クリス、想像通りなんて、何が面白いんだ?」
そう言うと、また前を向いてスタスタと歩き始めた。
なんだよ。ちょっとムッとする。確かに俺の冒険は、次にどうなるかということを想像して、リスクを可能な限り排除して臨んでいる。だけど、長く冒険をするためには、このスタイルの方がいいはずだ。イアソンのやり方は確かにエキサイティングかもしれないけど、それでは誰かが死ぬ。そんなこと、リーダーとして、許されない。
許されない。許されないはずだ。
だけど、自信満々で歩いているイアソンの後ろ姿を見ていると、そんな自分の信念が揺らぎそうになった。面白いか面白くないかと問われると、確かに俺の冒険は面白くないかもしれない。そんなつまらない冒険を本にしたところで、読む人は喜んでくれるだろうか。それこそ、ドキドキハラハラが連続するイアソンの冒険の方が、読者は面白いだろう。きっと。
なんだか、何が正しいのか、よくわからなくなってきた。
ホテルの内装は、見たことがないほど豪華だった。俺が今まで見た最も豪華な建物は王都の城だけど、それの比ではない。宮殿というのは、こんな建物のことを言うのだろう。真っ白に磨き上げられた床に、ちり一つ落ちていない真っ赤な絨毯。金縁の窓枠がはまった背の高い窓から、燦々と日差しが注ぎ込んでいる。どこからか優雅な弦楽器の音楽が流れてくる。宿泊者と思しき魔族が行き来する中、イアソンは「こんにちは!」「いい天気ですね!」と気軽に声をかけながら、ズンズンと歩いて行った。
「知らなかったけど、イアソンって魔族に全然、抵抗がない人だったんですね……」
俺は呆れつつもリアムに聞いた。
「ああ、そうだよ。呆れちまうだろ?」
慣れたものなのか、リアムは笑っている。隣でマリアンヌが「大胆すぎんのよ、あの馬鹿」と目を細めてつぶやいた。
しばらくホテルの広い廊下を歩いていると、カジノの入り口を見つけた。金ピカの門扉だ。開いていたのでのぞいて見ると、ポーカーの台やスロットがあり、まだ日が高いというのに多くの魔族で盛り上がっていた。エリックの鼻息が荒くなったので、肘で小突いて「今はギャンブルはやらないからな」と釘を刺す。
「よし、大体、場所はわかった! では、レストランに行こう!」
イアソンは俺たちの方に振り返ると、そう言って拳を握った。ニュウニュウは「待ってました!」と喜んでいるが、ライラは「はぁ?」と顔を歪めている。
間違って人間を食べさせられてはたまらないので、エリックに聞いて普通の料理を出しているレストランに入った。ホテルの3階にあって、庭園やプールが一望できる。水着でも入れたものの、さすがに入り口で荷物は預けることになってしまった。見晴らしのいい窓際の一角に陣取ると、イアソンは高価なコース料理を人数分、注文した。「ワインももらおう」と酒までオーダーしている。
「大丈夫なの? ビッツ、持ってるの?」
恐る恐る聞いた。金は持ってきたが、まさか魔族のリゾート地で食事をするとは思っておらず、ビッツに交換していなかった。そうとわかっていれば、どこかの村で換金したのに。
「大丈夫だろう。ビッツはないけど、ルームチャージにしとけば。さっきも適当にサインしたら、通ったから。最悪、僕らのお金で払おうよ。金貨ならば、価値はそれほど変わらないでしょ」
イアソンはニコニコ笑いながら言ってのけた。いや、ちょっと待ってくれ。ビッツ持ってないのか? 無銭飲食ではないか? 気が気でなくて、せっかくの料理の味はほとんどわからなかった。何やら冷たくて酸っぱい前菜、トマトのスープ、ホワイトソースの魚料理、何かのステーキ、最後はアイスクリームのデザートだったのだが、楽しんでいる余裕はなかった。
案の定、支払いの段になって行き詰まった。
「お客さま、このナンバーのお部屋は、うちのホテルにはないのですが……」
また適当にサインをしたら、オークのメスのメイドに見咎められてしまった。
「おお、間違えた。そうだ! 現金で払おう!」
イアソンは全く悪びれもせず、返してもらったリュックから人間界の金貨を取り出した。メイドはそれを見て「えっ、これ、ヒトのお金ではないですか?」と疑わしげな目をする。
「うん。たまたま拾ったんだ。使えないかな?」
イアソンはひどい詐欺師だ。愛想よく笑っている。隣でマリアンヌが頭を抱えている。メイドは一度、お金を回収すると「しばらくお待ちください」と言ってレストランの奥へと引っ込んで行った。
しばらくすると、黒いスーツをビシッと着込んだ、山羊の頭をした悪魔がやってきた。
「お客さま方、申し訳ありませんが、少々おうかがいしたいことがございます。お手数をおかけして申し訳ありませんが、私と一緒にご足労願えませんでしょうか?」
恭しく話しかけてきた。隣でエリックが俺の袖を引っ張っている。見ると、視線で「行くな」と言っていた。
「いいよ。行こう」
イアソンはあっさりと言った。つられてカナリヤンズはみんな動き出す。こうなると、俺たちも行くしかない。ハーディーに目配せした。場合によっては一戦、交えなければいけないかもしれない。山羊の悪魔の案内でレストランを出て、しばらく歩いたところにある別室に通された。青い絨毯が敷いてある、広間だ。宴会で使う部屋なのだろう。隅に丸いテーブル、ドアの手前には木製の豪華な刺繍が施してある椅子が数脚、置かれている。
山羊の悪魔は「しばらくお待ちください」と言って出て行った。
「おい、ヤベえよ。これは無銭飲食の輩を懲らしめる時のパターンだよ。飲み食いした分だけ働かされるぞ」
エリックが目をむいて訴えかけた。そして自分の懐をごそごそと探り始める。財布らしき小さな袋を出して中をのぞいて「チッ、足りるかな」と舌打ちした。
「クリス、なんかヤバくない? 黙ってあの人についてきたけど、マズいことになってるような気がするんだけど……」
ライラがイアソンをチラッと見ながら、俺の耳元でささやく。うん、そうだな。俺もそう思う。だけど、意見せずにここまでついてきてしまった以上、今更、イアソンを責めても仕方がない。
と、バタン!と音をさせてドアが開いて、狼の獣人が5人、入ってきた。胸に紋章が入った、おそろいの紺色のベストを着ている。腰には帯刀していた。先頭の獣人は鼻をヒクヒクさせると、イアソンに向かって野太い声で言った。
「おい、貴様! 人間だな!」
イアソンは両手を広げて、大袈裟に驚く。
「何言ってるんですか! 僕ら、悪魔ですよ。ほら、見てください。ちゃんと角もあるじゃないですか!」
イアソンはニコッと笑うと、自分の頭の両側の角をつまんで、フルフルと振った。その勢いで角がほどけて、髪に戻る。そう、イアソンの角は頭皮ではなく、髪を変形させて作ったものなのだ。作った当の本人マリアンヌは、呆れて両手で顔を覆っている。
「チッ、こいつら変身の魔法を使ってやがるぞ。捕らえろ!」
獣人たちは剣を抜くと、迫ってきた。
「ち、ちょっと待ってください! 俺は悪魔なんですよ! 関係ないッスよ!」
エリックがあわてて両手を振って、前に飛び出した。
「なんで悪魔が人間と一緒にいるんだ! こいつもきっと人間だ! ええい、殺しても構わん! 行け!」
リーダーらしき獣人が合図すると、一気に飛びかかってきた。くっ、こんなところで戦闘になるとは! 俺はリュックに差し込んでいた短剣を抜いて構えた。ハーディーは横っ飛びに椅子をつかむと、それを振り回して対抗する。
「逃げろ!」
イアソンはリュックを振り回して獣人の攻撃を避けると、開けっ放しの扉を目指して走り出した。俺たちもそれに続く。




