侵入計画
夜のうちに一度、ハーディーたちのもとに帰って、翌朝、カナリヤンズのキャンプ地に行って合流した。俺たちのパーティーに悪魔がいるのを見て、ハンセンは分かりやすく眉をひそめ、マリアンヌは「ちょっと待って! 悪魔がいるじゃないの!」と怒り始めた。エリックは確かに悪魔ではあるが俺たちの仲間で、危害を加えないということを説明しても、なかなか納得してもらえなかった。イアソンが「まあ、いいじゃないか。こんなこともあるだろう」と言わなければ、合同作戦はいきなり決裂していた。
「イアソン、『こんなこともあるだろう』じゃないわよ! 悪魔なのよ、悪魔! ハンセンを殺しかけたやつらの仲間なのよ!」
マリアンヌの怒りは収まりそうもない。エリックは実に気まずそうに金色の目をパチクリとさせて、俺を見た。
「だけど、こいつはパンゲアに立ち入ったことがあるんだぜ。それに比べて俺たちはどうだ? 誰もパンゲアの上のことを知らないだろう?」
イアソンはニコニコと笑っているだけなので、俺が説得せざるを得ない。マリアンヌは「確かにそうだけど、だからと言って悪魔に協力を仰ぐ必要はないでしょ!」と眉を吊り上げた。俺の背後でライラが「何、この女。ヒステリックね」と小さな声で毒づいた。
「エリック」
不意にイアソンがエリックに話しかけた。エリックはびっくりして目を丸くして「はい、なんでしょう」と妙に丁寧に返事をした。
「パンゲアには何度も行ったことがあるのかな?」
イアソンは穏やかな笑みをたたえたまま、子供に話しかけるように優しく言った。
「え? ええ、そりゃあ、何度も行ったことがありますよ。わたしゃ、悪魔界ではそこそこ身分の高い悪魔なもんで、はい」
マリアンヌのように罵倒してくる相手の方が、実は話しやすいのかもしれない。エリックは落ち着きなく膝をモゾモゾさせながら、イアソンの問いに答えた。
「じゃあ、万物の源までへの安全なアクセス方法を、僕らに教えてくれるかな?」
タブーワードが出てきて、エリックはブルブルッと身震いした。だけど、ここは耐えどきだと思ったのか、ギュッと目をつぶると、深くうなずいた。
「安全にたどり着けるかどうかは皆さんで考えてもらうとして、まずはパンゲアがどんな場所なのかを説明しましょう」
エリックがよそ行きの言葉遣いで話しているのが、妙にこそばゆい。
「まず、パンゲアは魔族にとってのリゾート地なのです。リゾートって、わかりますかね? 休暇を楽しみに行く場所なんですが」
リゾート。よくわからないが、スティーブンさんの別荘みたいなものなのだろうか。エリックの話には『世界の歩き方』に掲載されていることもあったが、初耳のこともたくさん含まれていた。
パンゲアはもとは小高い丘だった。その上に万物の源を封印するための城を作り、魔力を吐く方を城の尖塔に、魔力を吸う方を城の地下に安置した。そして、吐く力と吸う力に土の精霊ベヒーモスと風の精霊シェイドの魔力を乗せて、大地から浮き上がらせた。結果、吐く方は宙に浮く大地の上に、吸う方はその下にあるダンジョンの奥底にあるという状況が生まれた。
万物の源が目覚めて暴れ出さないように、城の周囲で毎日のように祭りを開くことにした。魔族が集まって歌い、踊った。次第に定住する者が現れ、ダンスホールやプール、豪華な宿泊施設、カジノまで登場して、今や一大リゾート地なのだそうだ。
「ちょっと待って!」
ライラが口を挟んだ。エリックはびっくりして話を中断する。
「アレが静かに眠るように歌って踊ったっていうけど、そんなことしたら逆に眠れなくなっちゃうんじゃないの?」
確かにそうだ。俺もそう思った。
「それは人間の感覚だろ。俺たちは周りでにぎやかにしていた方が、アレが安心すると思っているんだよ。だって、シーンと静かな方が不安になるだろう? ならない?」
エリックは平然と説明する。ライラは何か反論しようとして口を開きかけたが「あっ、そうか」と口をつぐんだ。だが、すぐに「え? でも、地下の方はなぜほったらかしなの?」と聞いた。
「だって、〝底なし〟は一度潜ると、戻ってくるのが大変だから。誰もそんなところに集まって、祭りなんてやりたくないだろ?」
エリックは当然のことを聞くなとばかりの顔をした。向こうでコンティニュアスが「差別だな。明らかに差別だ」と憮然とした顔をしている。エリックはそれを無視して続けた。
「パンゲアには、飛べないやつはフライングリザードという、名前の通り空を飛ぶトカゲで行き来する。5人くらい乗れる大きな乗り物だ。で、発着場で降りると庭園があって、それを抜けると巨大なプールだ」
エリックは木の枝を手にすると、地面に地図を書き始めた。プールはパンゲアをほぼ半周するほどの広さで、深いところや浅いところがある。流れているコースや、波打つスペースもあるらしい。プールサイドにはリラックスチェアが並べられていて、ホテルの宿泊客はチャージで飲み物が買えるのだそうだ。プールの話がやけに長いので「エリック、プールはもういいから、その先の話をしろ」とせっついた。
「プールの向こう側はホテルだ。1年を通じてそこそこ客がいる。俺は会員なので、専用の部屋を持っているんだ」
「わかった。会員の話はもういい」
ホテルの向こうに、例のカジノがある。オーナーは、確実に厄介な敵になりそうなラルフだ。できれば会いたくない。会わずに通過して、万物の源までたどり着きたい。しかし、城の裏側は森になっていて足場が悪く、希少な魔物を飼育している管理地域でもあり、エリックによれば「裏側からのアクセスは、あまり現実的ではない」という。
「で、カジノを抜ければ城だ。3階建てで、尖塔の部屋にアレが安置されている」
「なるほど。よくわかった」
イアソンはエリックの話が終わるなり、ニコッと笑ってうなずいた。そして「では、城の裏側から飛んで突入しよう」と言った。いや、それは俺たちが何度も考えて、難しいという結論に達した方法なんだけどな。
「城の裏側ではドラゴンの希少種や絶滅危惧種を飼育していて、逆に警備が手厚いんですよ。魔族には、そういうのを密猟して、売りさばこうという不届き者がいますんで」
「そうか」
エリックが意見すると、イアソンはものすごく簡単にうなずいた。
「では、やはり側面から行くしかないな」
「この前、それで痛い目にあったでしょ」
マリアンヌが即座にイアソンに突っ込んだ。前回、パンゲアにアタックした時には、マリアンヌの飛行魔法で城の横から入ろうとして、警備兵と鉢合わせしたのだそうだ。
「うーん。では、正面から行こう!」
イアソンがうなったのは一瞬だった。ポンと膝を打つと、微笑んで立ち上がる。マリアンヌが「話、ちゃんと聞いてた?」と袖を引っ張った。
「正面から行けばプールがあって、ホテルがあって、カジノがあるのよ? 魔族とどれだけ会うと思っているの? 一番、行ってはいけないルートだと思うけど」
マリアンヌの言う通りだ。ミラキュラスのパンゲア攻略計画がなかなかまとまらなかったのも、このようにパンゲアがどこから攻めるのも難しいためだ。裏手は足場が悪く、警備が手厚い。側面も警備が固い。正面から行けば多数の魔族。ちなみに空中からいきなり城に突入するのも難しい。フライングリザードに乗った警備がいるからだ。どこから侵入するのも難しい。
「何を言っているんだ。話を聞く限り、やはり正面が一番、可能性がありそうじゃないか」
イアソンはニコッと笑った。マリアンヌを筆頭に俺も含めて「何を言っているんだ?」という顔をする。イアソンは俺たちを見回すと、人差し指を立てた。
「いいかい。魔族がたくさんいるということは、魔族のふりをして紛れ込んでしまえば、あまり気づかれずに簡単に奥へと進めるんじゃないのかい? どう、エリック?」
……? はぁ?
「え? まあ、そりゃあ、魔族のふりをすれば、そんなこともできなくないとは思うけど……。魔族のふりを、できるんなら……」
名指しされたエリックは、モゴモゴと歯切れの悪い返事をした。そうだろう。簡単に魔族のふりをすればと言ったけど、どうやってやるんだよ。エリックとニュウニュウはもともと魔族で、ハーディーも見た目は魔族に見えなくもないが、それ以外のメンバーは普通の人間なんだぞ? 角でもつけるのか?
「できるとも。みんな、角を生やせばいいんだよ!」
イアソンは拳を握って、俺たちを見回した。最後にマリアンヌを見つめて「な、マリアン!」とうなずく。
「えっ、もしかして形態模写の魔法のことを言っているの?」
マリアンヌは少し引き気味になっている。
「そうだ! みんな、マリアンヌは形態模写の魔法を使うことができる。あまり凝ったことはできないが、角を生やすことくらいなら可能だ。それでみんな悪魔のふりをして、パンゲアに乗り込むんだ!」
イアソンは目を輝かせた。ハンセンとリアムは「おお、なるほどな……」とうなずいている。えっ、ちょっと待ってくれ。大丈夫なのか? 俺たち人間の匂いがするんじゃないのか? そんな、外見を変えただけで、簡単に侵入できるものなのか?
「ニュウニュウ、俺たち人間の匂いがするんだよね。魔族にはそれがわかるんじゃないの?」
マリアンヌを除くカナリヤンズが簡単に盛り上がりだしたので、俺はニュウニュウの隣に行って聞いてみた。
「確かに意識して嗅げば人間だとわかるけど、パッと見が悪魔だったら、スルーしてくれるんとちゃうかな? 知らんけど」
ニュウニュウはものすごく楽観的な見通しを口にして、ニコッと笑った。いや……。そりゃあ、あんたはドラゴンだから、いざとなれば火を吹いて逃げればいいけど、俺たちは人間なんだぞ?
形態模写の魔法は、あまり使い道がないのでしっかり習得している人が少ない。人間の外見を変える魔法だ。昔、エドワードが使っているのを見たことがある。自分を女子に変えて、悦に入っていた。早速、マリアンヌがリアムにかけると、リアムの薄くなった頭上にポン!と小さな角が生えた。
「おお。実際に触れるんだな」
リアムは頭を撫でて感心している。マリアンヌは「あんたの頭皮を、ちょっと変形させただけだから。時間が経ったら、元に戻るわ」とつまらなさそうに言った。
「ようし、これで決まりだ! みんな、角を生やしてパンゲアに乗り込もう!」
イアソンは両手を広げて、快活に笑った。これでいいのか? それで侵入できたとして、その後はどうする? ラルフ対策はどうすればいい? カジノを通る以上、絶対にそこは詰めておかないといけない。そう思ってはいたが、俺は意見することができなかった。
『クリス殿、これでいいのでござるか?』
背後からハーディーがささやきかけてくる。
「いいって、何が?」
『これまでわれわれが話し合ってきたことに比べれば、あまりにも杜撰なのでござる』
確かにそうだ。イアソンのプランは最初だけできていて、侵入した後の話が全くなかった。俺たちはエリックからホテルやカジノの位置関係まで聞き出して、どうやって尖塔までたどり着くかを何度もシミュレーションしていた。そして、それはまだ完成していない。
「いいよ。今のリーダーはイアソンだ。俺はイアソンについていくよ」
そうだ。俺があれこれ言ったところで、うまく行くはずがない。何しろ俺は、あまりにも経験不足なのだ。イアソンのように経験豊富で、思い切りの良さがあるリーダーの方がうまくやってくれるだろう。
『クリス殿……』
ハーディーはまだ何か言いたそうにしていたが、口をつぐんでしまった。
マリアンヌは、ニュウニュウとエリックとコンティニュアスとハーディー以外のメンバーに角を生やした。もちろん、俺もだ。魔法をかけられると頭の皮膚がなんだかむずむずして、気がつくと頭頂部に小さな角が生えていた。触ってみると、ちゃんと硬い。
悪魔に変装した俺たちは、フライングリザード乗り場に向かった。エリックが先頭にいたせいもあるが、チケット売り場の悪魔は俺たちをチラッを見ただけで、大して疑いもせずにチケットを手渡してきた。
「ふう、やべえぜ。ドキドキする」
エリックは俺たちにチケットを配ると、ズボンで手汗を拭いた。そうだろう。何しろ、人間と一緒に悪いことをしようとしているんだからな。
「よし、では、行こう!」
自分だけ、頭の両側に太い角を生やしたイアソンは、パンゲアに向かって拳を突き上げた。神秘の大地が、目前に見える。こんなに近かったっけ? 前回、見た時にはもっと上空にあるように見えたのだけど。




