ざまぁ
エリックがいるので警戒しているのか、男は森から出たところで立ち止まった。顔はこちらに向けたまま微動だにさせないで、チラチラと視線を動かして、抜け目なく観察している。
「リーダーは誰だい?」
男は薄ら笑いを浮かべて聞いてきた。
「俺だ」
警戒を解かずに答える。あちらも警戒したままなのだ。こちらが意味もなく隙を見せるわけにはいかない。
「へえ、お兄さんみたいな若い盗賊が、悪魔を引き連れているのかい。いや、そんなこたぁ、どうでもいいや。申し遅れたな。俺はリアムって言うんだ。見ての通り盗賊だ」
雰囲気が少し緩んだ。相変わらず立ち位置は変えないが、表情が柔らかくなる。とりあえず、エリックがいきなり危害を加えるようなやつではないと理解してくれたようだ。
「クリストファーだ。みんなはクリスと呼ぶので、そう呼んでくれ」
友好的に接しても大丈夫な気がする。微笑んで一歩踏み出すと、リアムも近づいてきた。
「用心深いんだな。まあ、お互い様か」
ニヤッと笑いながら手を出してきたので、握り返した。互いに手のひらをまさぐる。見た目以上に分厚い。指の付け根に年季の入ったマメがある。短剣を振り込んでいる証拠だ。
「こんな夜更けにどうしたんです?」
明らかに年上に見えるので、敬語を使うことにした。俺と同じ盗賊だ。もしかしたら先輩かもしれない。リアムは手を離すと、腰に手を当てた。ん? ちょっと待てよ。リアム? 聞き覚えのある名前だ。
「ちょっと助けてほしくてな。兄ちゃんのパーティーに、状態異常を治せる魔術師はいねえか? 具体的には石化だ。仲間が石にされちまってよぉ」
気を許したのか、口調が急にくだけた。「お兄さん」が「兄ちゃん」になっている。なるほど、仲間が石化したんだな。それで治せる人を探しているわけだ。確かライラが使えるんじゃなかったかな。石化は文字通り、石にされた状態だ。悪魔がよく石化の魔法を使う。石化すると動けなくなり、防御力は上がるものの、破壊されると死んでしまう。特殊な魔道具や回復魔法でしか治すことができないので、厄介だ。
「ちょっと待って。聞いてみる」
俺はリアムをその場に残すと、馬車へと向かった。荷台でニュウニュウと一緒に眠っていたライラを起こして、石化の解除ができるかどうか聞いた。ライラは目をしょぼしょぼさせながら「できるけど、それが何?」と迷惑そうな顔をした。助けを求めている人が来ていることを伝えると、ゴソゴソと起き出して出かける準備を始めた。ありがたい。
「できる仲間がいる。行こう」
俺は先にリアムに伝えに行った。そこでようやく気がついた。イエローカナリヤンズの盗賊が、確かリアムという名前だ。彼が負傷したので、俺がヘルプとして採用され、リーダーのイアソンが死ぬ(のちに蘇生)という事故が起きたのだ。
「助かるよ。悪ぃな、こんな夜中に」
リアムはホッとした表情をした。
「やられたのがウチの修道士でなぁ。治すやつがやられちまったら、誰が治すって言うんだよ。全くよぉ」
なるほど。本来、石化したメンバーが出れば主に回復魔法を駆使する修道士が治すのだが、その修道士がやられてしまったので助けを求めにきたわけだ。それは困るだろう。何しろ修道士は盗賊と並んで縁の下の力持ちだ。いなくてもなんとかなるけれど、いないといざというときに困る。回復や防御を担当するメンバーなので、特に戦闘をする可能性が高いクエストでは、欠かせない。
「いつもはすげぇ頼りになるやつなんだけど、仲間を助けようとして悪魔にガツーンとやられちまってな」
俺はハンセンを思い浮かべていた。そりゃあ、ハンセンなら頼りになるだろう。後方支援はもちろん、前衛で戦うこともできる。体が大きくて、荷物もたくさん持ってくれる。
「あの、リアムさん。もしかして、リアムさんってイエローカナリヤンズのリアムさんですか?」
俺が聞くと、リアムは少し眉を上げて、驚いた顔をした。
「なんで知っているんだ? もしかして、俺のファン?」
悪戯っぽい笑みを浮かべる。やはりそうか。となると、石になったのはハンセンだ。イアソンにマリアンヌもいるのだろう。俺は急にタイタンの顔を思い出した。「パンゲアには別のやつを用意した」と言っていたが、もしかして……。嫌な予感がした。
「イエローカナリヤンズは有名なパーティーですから……。それで、またなんでこんなところに?」
俺が聞くと、リアムは決まりの悪そうな顔をして、ボリボリと後ろ頭をかいた。ようやくライラが馬車の荷台から出てくる。頭からマントをかぶって、まるで魔術師のようだ。
「いやあ、依頼を受けて、パンゲアに行ったんだよ。それで返り討ちに遭ってな」
やっぱり! 声が出そうになった。タイタンがいつまでも行かない俺とハーディーに代わってパンゲアに派遣したのは、イエローカナリヤンズだったのだ。「やつらにできるとは思わないが」と言っていた意味も、ようやく腑に落ちた。確かにイエローカナリヤンズは辺境では名の知れたパーティーではあるが、首都にいるレベルと比べると、まだまだ成長途上のチームにすぎない。
「お待たせしました。早く行こう」
ライラは眠気を振り払うように、目をパチパチさせて近寄ってきた。俺はハーディーに留守を頼んで、リアムとライラを連れて出発した。道中でリアムの離脱中に俺がヘルプで入って、ヘマをして追い出された話をすると、リアムは「そりゃ、すまなかったな」とバツが悪そうに笑った。そして、急に真顔になって「だけど、今は盗賊にも関わらず、悪魔を連れたパーティーのリーダーをやっているじゃねえか。大したもんだ」と感心した。
俺たちの野営地から小高い丘を越えて少し下ったところに、カナリヤンズはキャンプを設営していた。焚き火の周りに見慣れた顔がある。イアソンとマリアンヌだ。
「こ、こんばんは」
「あれ? クリスじゃないか!」
イアソンは満面の笑みで立ち上がった。その足元にデカくて長い棒状のものが転がっている。石にされたハンセンだ。
「こんばんは、イアソン。こんなところで会うなんて、奇遇だね……」
気まずい。俺を追放したパーティーの連中とこんなところで会うなんて。しかも、追放された俺が助ける立場なのだ。どんな顔をすればいいのか、わからなかった。
「いやあ、本当に奇遇、奇遇! ほら、マリアン! 見なよ、クリスだ! クリス!」
イアソンは俺をハグすると、焚き火のそばで毛布にくるまっているマリアンヌを呼んだ。
「言われなくても見えてるわよ」
マリアンヌはジロッと俺をにらむ。背後からライラが「誰? 知り合い?」と聞いてきた。「ハーディーと会う前に、ここのヘルプをしていたんだよ」と簡単に説明する。
「いやぁ、クリス。こんなところで君に会えて、本当によかったよ。この通り、ハンセンがやられてしまってね。大きくて重たいので、これ以上、担いで運ぶことができなくてさ。ダメ元でリアムに助けを探しに行ってもらったら、まさか君に会えるなんて……」
イアソンが説明している隣で早速、ライラが石化解除の魔法を唱え始めた。リュックから小さな本を取り出すと「えーっと……。土に棲まいし古代の精霊?……よ……?」と口籠もりながら、ページをめくり始める。
「何? 本当に解除できんの?」
それをそばで見ていたマリアンヌが、口を尖らせた。ライラは「実際に使うのはこれが初めてなんだから、覚えてないの! 黙ってて!」と顔を赤くして憤慨した。
「ところで、クリスはどうしてこんなところに?」
イアソンは改めて不思議そうな顔をした。俺はタイタンの指示で、万物の源を取りに行く最中だと説明した。
「ああ、なるほど。僕たち以外にも動いている人がいると言っていたのは、そのことだったのか」
イアソンはポンと膝を打つ。そして俺の肩に手を回すと「ということは、僕たちの目的は同じということだ。なら話は早い。助力がほしいと思っていたところなんだ。クリス、一緒に行こう!」と言い出した。
「ああ、まあ、構わないよ」
あまり迷わずに返事をした。正直、イアソンに会えてホッとしていた。俺はここ数日の出来事で、リーダーとしての自信を失いかけていた。ミラキュラスはカナリヤンズの傘下に入ればいい。イアソンが指示して、それについていけばいい。彼は優秀なリーダーだ。俺みたいに間違えない。
「ありがとう、クリス! よーし、これで僕たちはミラキュラ・カナリヤンズだ!」
俺の背中をバンバンと叩いて、アハハと楽しそうに笑う。俺は愛想笑いを浮かべながら「よろしくね」と手を差し出した。イアソンはそれをガッチリと握り返した。
「やっぱりクリスは僕が見込んだ盗賊だ。優秀だよ。追放して本当に悪かった。『ざまぁ』って嘲ってもらっても構わないよ」
イアソンはニコニコ笑いながら、本気とも冗談ともつかないことを言った。確かに状況は〝ざまぁ〟だけど、とてもそんなこと言えない。だって、俺のミスでイアソンを死なせてしまったことがあるんだから。
「アハハ……。そ、そんなこと言わない……よ」
返答に困るとは、このことだ。視線を感じてチラッと見ると、マリアンヌが怖い顔をしてにらんでいた。その向こうではハンセンの肌の色が、徐々に温かみを取り戻している。
小一時間後、ハンセンの石化は無事に解けて、自発的に呼吸をし始めた。ライラ、よくやったぞ。ありがとう。




