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賞金稼ぎの襲撃

 翌朝、俺たちは馬車でパンゲアに向けて出発した。結構、危ない旅に出るというのに、ヴァネッサは笑顔で「あなた、気をつけて行ってらっしゃい」と手を振っていた。人間ならば青ざめて、場合によっては涙ぐんで送り出すところだろう。そうでないあたり、これが危険と混沌を好む悪魔ゆえなのかもしれないなと思ったりした。


 「信じられない。悪魔族ではそこそこ身分の高い俺が、人間の賞金首と一緒に旅をしているなんて」


 エリックが御者台で頭を抱えてうめいている。


 「今更、ごちゃごちゃ言うなよ。お前が自分から『行きます』って言ったんだろ」


 相変わらずエリックの愚痴っぽいところに笑ってしまう。


 「いや、違うんだよ。お前、気づいたか? ヴァネッサは魅惑の魔法の使い手なんだ。まんまと乗せられたよ」


 エリックは顔を上げた。そうだったのか。悪魔だから、何がしかの魔法を使うんだろうなと思っていたが、見た目の通りだな。昨夜、エリックがなんとなくトロンとした状態で承諾したのは、ヴァネッサの魔法で絡め取られていたからなんだ。


 「ああ、そうなんだ。なんとなくそうじゃないかと思っていたけど」


 「本当は行きたくないのに……」


 理解できない。魔法で惑わせてまで、自分の夫を危険な旅に放り込む目的が。人間ならば、心配して引き止めるところだ。


 「危ない旅なのに止めないどころか、むしろ尻を叩くんだな。悪魔の嫁さんは」


 単純な疑問を口にすると、エリックは手で顔を覆って「はぁ」と小さなため息をついた。


 「だから、それが悪魔なんだよ。危ないことが好き、めちゃくちゃが好き、困っていることが好き。人間とは違うんだ」


 その割には今、俺たちに引っ張り出されてとても落胆しているように見えるが。


 「じゃあ、エリックは今、楽しいの?」


 悪魔的にはそうなるのではないか。と思っていたら、エリックは目を丸くしてプリプリと怒り始めた。


 「楽しいわけないだろう! 常識で考えてみろ! 賞金首にさらわれて、恐ろしい悪魔がいるところに命懸けで行くんだぞ!? そんなの、悪魔だって楽しくないわい!」


 なんだよ、さっき危ないことが好きだって言ったじゃないか。悪魔の常識って本当に意味がわからないな。それとも、これが悪魔の好きな混沌ってやつなのか。


 いつ何時、賞金稼ぎに狙われるかわからないので、御者台に乗る人間(エリックは悪魔だけど)には、必ず防御の魔法をかけることにした。至近距離から攻撃されれば防ぎきれないが、物理攻撃、魔法攻撃を問わずに通常の飛び道具であれば致命傷にはならない程度に守ってくれる。そして、いつも御者台に行くのは俺だ。なぜなら敵の出現を誰よりも先に察知できるからだ。そして、仮に死んでもパーティーにとって、最もダメージが少ないから。


 考えてみてほしい。ハーディーは白兵戦、ニュウニュウは魔法戦における最大の戦力だ。この2人を真っ先に失うわけにはいかない。ライラは回復魔法や防御魔法の使い手なので、これも最後まで生き残ってもらわないと困る。コンティニュアスは敵に奪われるわけにはいかないので、これも矢面には立たせられない。エリックはパンゲアで案内人を務めてもらうので、これまた死なせるわけにはいかない。


 となると、馬車の旅で最前線に立つのは俺しかいない。それに気がついた時、暗澹たる気持ちになった。俺が最も先に死ぬべきメンバーなの? リーダーなのに? だが、仕方がない。盗賊は非戦闘時にはパーティーの先頭に立ち、危険の接近をいち早く察知するのが仕事なのだ。真っ先に死ぬリスクを背負う役目なのだ。それは、スティーブンさんにも何度も冒険の心得として言われた。


 「いいか、クリス。盗賊はパーティーにおいて、最も勇敢でなければならない。先頭に立つやつがビビッていたら、パーティーは前に進めないからな」


 頭ではわかっていたし、これまでもそうしてきたつもりだった。だが、今回はキツイ。いつ何時、どこからともなく狙撃されるかもしれないのだ。手綱を握りながら終始、気を張り詰めっぱなしだった。隣に誰かが出てきて一緒に警戒はしてくれるものの、常に「俺の方が探知能力はある。もし賞金稼ぎに狙われているのであれば、俺が先に気づいてやらないといけない」という重圧で、気が休まる暇がなかった。


 「クリス、ちょっと休んだら?」


 珍しくライラが気を遣ってくれた。だが、その言葉に甘えるわけにはいかない。俺の代わりに誰かが御者台に出て、賞金稼ぎの接近を探知できなかったら? それでパーティーの誰かが負傷したら? 負傷くらいなら、まだいい。エリックによれば、俺たちは「殺しても構わない賞金首」らしい。殺される。


 「大丈夫。夜に休ませてもらっているし」


 夜間の警戒ローテーションから外してもらっていた。ライラがエリックと組むのを嫌がって、ローテを作るのが大変だった。コンティニュアスは平気で居眠りをするので、役に立たない。ライラはハーディーかニュウニュウとしか組ませられない。俺が夜の警戒ローテに入れば、ものすごく楽に回すことができるのに。そんな思いがあって、なおさら昼の警戒は他の連中に任せられなかった。


 そんな生活を3日も続けていると、ヘトヘトになった。考えてみればこんなにたくさんのメンバーを引き連れて、大きな責任を背負って先頭に立つのは初めてだ。パンゲアまでもつのか、自信がなくなってきた。


 ああ、冒険って大変だな……。


 うだつの上がらない時には、あんなに一流の冒険者になりたくて仕方がなかったのに、いざ軌道に乗り始めると、プレッシャーに押し潰されそうになる。よく〝底なし〟とか炎の神殿とかに行ったなぁ。自分に自分で感心する。思い返せば、あまりにも何も考えていなかった。


 パンゲアに侵入して、万物の源を回収して戻ってくるまでの作戦が、なかなかきっちりとできあがらないこともストレスになっていた。毎晩、シミュレーションを繰り返すのだが、次から次へと考えなければいけないことが出てきて、終わりそうになかった。


 「ああ、もう! そんなにあれもこれも考えていたら、何にもできへんやろ! 何かあったら、その時や! その時に対処すればええんや!」


 ニュウニュウは俺の綿密な作戦立案が気に入らないようで、毎晩のようにキレた。


 「いや、だからそうなった場合に、どう対処するかということを今、考えているんじゃないか。きちんと誰が何をするか決めておかないと、いざという時に困るでしょ」


 「それはそうやけど、クリスの〝いざという時〟はホンマに起きるんか? 考えすぎて頭いっぱいになって、逆に混乱してめちゃくちゃになってしまいそうや!」


 大体、そう吐き捨ててふて寝してしまう。寝る前に「クリスはもうちょっと、ウチらを信頼してくれてもええんとちゃうか? いざという時になんとかできるくらいの力は、あると思っているんやけどな」と言う。確かにそうだ。若いとはいえ、ニュウニュウはドラゴンなのだ。俺のパーティーには不釣あいなくらい強力な戦力と言っていい。でも、パンゲアに行って、ドラゴンがたくさんいたらどうする? エリックに聞けば「ドラゴン? 普通にいるぜ」と言う。ニュウニュウがそっちの対処で手一杯になれば、俺たちだけでラルフと戦わなければいけない。


 炎の神殿でやったように、コンティニュアスに魔力だけを吸い取ってもらって、肉弾戦に持ち込むということも考えた。こちらにはハーディーがいる。だが、エリックが言うには「戦っているのを見たことがないからわからないけど、デカい兵士はいっぱいいるぞ」ということらしい。それならば、ダメだ。


 ニュウニュウという火力とハーディーという戦力を最大限に生かしつつ、ラルフの幻術に引っかからずに万物の源を回収し、帰還する。普通ならば、寝静まったところに侵入して、こっそりと持ち帰るのがベストだ。しかし、パンゲアでは朝も夜もなくパーティーが開かれているらしい。


 「魔族のふりをして、こっそりと忍び込むのはどうだ?」


 この意見は通った。ニュウニュウはそもそも魔族で、ハーディーも魔族に見えなくもない。俺とライラをなんとかすれば、魔族の一団ですと称して侵入できる。問題はそこからだ。カジノと城は隣接しており、カジノを通らずに城に侵入するのは難しいらしい。ラルフの腹の中を通るようなもので、いかに気づかれずに城にたどり着けるか。いざ戦闘なった時には、誰がどう動くか。そこで考えるオプションが多すぎて、なかなか話がまとまらない。


 エリックの屋敷を出て3日目の夕方に、初めて賞金稼ぎから攻撃を受けた。ハッと気がついた時には矢が飛んできていて、とっさに頭を下げて避けた。隣にいたニュウニュウは微動だにしていない。


 「ニュウニュウ、敵だぞ!」


 「わかってる!」


 二の矢、三の矢が降ってくる。ニュウニュウはサッと手を上げると「燃えちゃえ!」と空中で迎撃した。矢は馬車に届く前に燃え尽きる。道路脇の藪がザザッと動き始めた。弓兵以外に白兵戦の要員もいるのだろう。「敵だ!」。荷台に向かって声を上げた。


 「かかれ!」


 木々の間から飛び出してきたのは5、6人の悪魔だった。剣、剣、近接戦なのに弓を持っているやつがいる。それに気づいた瞬間、そいつは至近距離からペッパーに向かって矢を放った。


 「ブヒヒィン!」


 肩のあたりに矢を受けたペッパーは、驚きと痛みで暴れ始めた。ヤバい、そう来たか。「どうどう、どうどう!」。手綱を引いてコントロールしようとするが、ペッパーは興奮して走り出した。つられてチョコも走り出す。


 「あ! ちょっと!」


 背後でライラの声がする。チラッと振り返るとハーディーとライラが、すでに馬車から降りていた。


 「ペッパー、落ち着け!」


 手綱を引いても止まる気配がない。悪魔たちの前にハーディーとライラを残して、馬車はガラガラと音を立てて走り出した。ヤバい、ヤバい。分断された。あっちは多勢に無勢だ。馬車を止めないと。いや、それとも馬車を捨てて、飛び降りて助けに行くか? 頭が真っ白になる。マズい。こんなピンチ、経験ないぞ!


 「クリス、馬車を止めろ! 2人はウチに任せとき!」


 肩を叩かれて、我に返った。見ると、ニュウニュウが不敵に微笑んでいる。ニヤッと笑うと、御者台からポンと飛び降りた。入れ替わりにエリックが荷台から出てくる。


 「あいつら、馬を攻撃するとは! 悪魔の風上にも置けねえ!」


 俺と一緒に手綱を引っ張る。パッぺーは目を血走らせて、口から泡を吹いてパニックに陥っている。チョコはおろおろして一緒に走っている。この2頭はペッパーの方がお姉さんでリーダーなのだ。チョコにペッパーを止める力はない。暴走気味に走っているので、何度も道路脇に接触する。右側は山なので多少、踏み外しても問題ないだろうが、左側が緩やかな崖で、その下はモッセ川の石ころだらけの河原だ。あっち側に落ちれば、人も馬も馬車もただでは済まない。


 「ペッパー、どうどう! どうどう!」


 早く言うことを聞いてくれ! ペッパーとチョコも、長いこと俺たちと一緒に旅をしてきた仲間なのだ。見捨てるわけにはいかなかった。


 ガラッ、ガララッ。


 何度も馬車が左の路肩に接触して、その度に崖を大小の石が転がり落ちていく。ああ、もうダメだ。馬車を破棄するしかないのか? そう思った時、エリックが御者台からポンとペッパーの背中に飛び乗った。


 「危ないぞ、エリック!」


 俺の声を無視して、エリックはペッパーにまたがると、手を伸ばして矢を引き抜いた。


 「ブヒィッ!」


 「ペッパー、もう大丈夫だ!」


 エリックは右手で手綱を引きながら、左手でペッパーの首筋をポンポンと叩いた。

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