因縁
その夜はエリックの屋敷に泊めてもらった。気を許したような顔をしていたライラだったが、部屋を割り振る段になって「絶対に一人で寝るのは嫌」と言い出し、ニュウニュウと相部屋になった。冗談で「じゃあ、俺と一緒に寝る?」と聞いたら結構、本気のビンタが飛んできた。
ぶたれたほっぺたがヒリヒリする。
女子2人が相部屋になった流れで、野郎3人も相部屋になった。だが、部屋にはベッドが2つしかない。「床で寝るのは誰だ?」とコンティニュアスがあくびをしながら誰とはなしに聞いているうちに、執事が分厚いマットレスと布団を運び込んでくれた。俺とコンティニュアスがベッド、ハーディーが床だ。俺は体の大きなハーディーに「ベッドを使ってくれ」と言ったのだが、ハーディーは『いや、とんでもない。パーティーのリーダーを床に寝させるわけにはいかないのでござる』と言って譲らなかった。
カーテンの隙間から差し込んでくる月明かりが、まぶしいくらいだった。起き上がって閉め直す。室内が真っ暗になって、なぜか不安になってまたカーテンを薄く開けた。コンティニュアスの寝息が聞こえる。いつもスヤスヤと眠りやがって。道具はいいよな。悩みがなさそうで。
目を閉じると、まぶたの裏になぜかテイラーの姿が浮かんだ。不安な顔をして、こちらを見ている。なぜ今頃、テイラーのことを思い出すのだろう。パンゲアに行くのが不安なのか。引き返したいと思っているのか。
『眠れないのでござるか?』
さっきから寝息が聞こえないと思っていたら、やはりハーディーは起きていた。衣擦れの音が聞こえて、暗闇の中でキラリと仮面が月明かりを反射した。
「うん……。そうだ。眠れない」
起き上がって、腰掛けた。前回、泊まらせてもらったものと同じく、ものすごくクッションの効いたフカフカのベッドだ。毎晩、こんな寝床で寝ていたら、すぐに腑抜けになってしまう。ハーディーがゴソゴソと起き出してくる音がした。マットレスの上で体を起こしている。
『不安なのでござるか?』
図星なことを聞いてくる。まあ、強がっても仕方がない。俺とハーディーの間柄だ。
「うん。不安だ。パンゲアに行くのが、不安だよ」
嘘偽らざる胸の内を口にすると、今まで押さえ込んできた恐怖がドッと背中を駆け上がってきた。ゾクゾクッと背筋が震えて、思わず自分の体を抱き締める。ハーディーが立ち上がった。カーテンから差し込む月明かりの間を抜けて、俺のそばまで近づいてくる。
『隣に座っても、大丈夫でござろうか?』
ベッドが壊れないか、心配しているのだ。深刻な話をしようとしている時に、そんなことを気にしていたのか。思わず笑ってしまう。
「もし壊したら、俺が一緒にエリックに謝るよ」
ハーディーはソロッと俺の隣に腰掛けた。ベッドがギシッと軋む。だが、壊れる気配はない。それを確認して、ハーディーはしっかりと腰を降ろした。
『クリス殿、拙者がロリアンドーロの軍人だったという話は以前、した記憶があるのでござるが、覚えておられるか?』
こちらを向いて、聞いてくる。
「覚えているさ。アンの家臣だったんだろ」
覚えているも何も、それを聞いて俺とテイラーはアンの家臣になって、ロリアンドーロ復興に手を貸そうと決めたのだ。まだ何もできてはいないけど。ハーディーはすぐには返事をせず、カーテンの隙間から漏れる月明かりを見て、少し考えてから口を開いた。
『ロリアンドーロを攻め落としたのは、おそらく例のラルフという悪魔でござる』
「……!」
『幻術を使う、それも強力な幻術という点で、我らが故郷を攻め滅ぼした悪魔と同じなのでござる。あれだけの魔法を使う魔族は、そうそういないのでござる』
ハーディーはそこまで言うと、また窓の方を向いた。立ち上がると窓辺に行って、カーテンをもう少し開ける。部屋の中が、また明るくなった。青白い光に照らされて、ハーディーも同じ色に染まっている。
言葉がなかった。不思議な巡り合わせだ。
『ロリアンドーロが陥落する戦いは2カ月ほど続いたのでござるが、最後の2週間は拙者も何が現実で何が幻覚だったのか分からなくなるほど、次から次へと幻覚攻めだったのでござる。気がつけば味方同士で殺し合っていたり、自ら死を選んだ者もいたり……』
ハーディーは窓の外を眺めて、言葉に詰まった。辛いことをいろいろと思い出したのだろう。
『こちらも必死になって反撃したのでござるが、何しろ幻術に対抗できる魔術師や戦士が少なくて……。あの時、もっと大勢の魔術師がいれば、勝ったかどうかはともかく、少なくとも幻術は押し返せていたのではないかと思うのでござる』
「ハーディー……」
幻術はその名の通り、幻覚を見せる魔法だ。視覚だけではなく、熱くもないのに熱いと思わせたり、負傷したわけでもないのに痛いと感じさせたりすることもできる。魔法の規模が大きくなれば、広範囲の相手のあらゆる知覚を狂わせる。ロリアンドーロで起きたことは、容易に想像できた。互いを敵だと思い込まされたのだろう。ハーディーも気がつけば、味方を殺していたのかもしれない。何を聞いても気まずくなりそうで、言葉がなかった。
俺が黙っていると、ハーディーはまたこちらにやってきて、ソッと横に座った。
『クリス殿、姫は幻覚封じの魔法が使えるのでござる。幻覚封じというか、幻覚に囚われた人を解放する魔法でござるな』
えっ、そうなのか。ラルフに対抗できるんじゃないのか? でも、対抗できるのであれば、ロリアンドーロは滅びなかったはずだ。
「ああ、そうなのか……。でも、ロリアンドーロが陥落した時には、相手の幻術に対抗しきれなかったんだろ」
申し訳なさを感じつつも、指摘しておかざるを得なかった。変に明るい見通しを立ててパンゲアに乗り込んで、いざダメだったとなれば、大ピンチに陥るからだ。
『最後は、もう手遅れだったのでござる。どんどん戦力を削られて……。だけど、今回はいざとなれば、姫を頼りにするのがいいと思うのでござる』
確かに最後にすがるのはそこになるかもしれないが、なんとも頼りない。俺はもっと勝算のあるプランを立てたかった。勝てる喧嘩しかしない。それが俺のポリシーだ。だが、今回は勝てる気がしない。ベッドに横になってみる。何も思いつかない。瞼の裏には、またテイラーが出てきた。火傷の顔のままのテイラーだ。歪んだ顔で笑みを浮かべて、俺を見つめている。「ざまぁ」と言い出しそうな顔だ。
『今頃、テイラー殿はどうしているのでござろうな……』
俺の頭の中をのぞき込んだようなタイミングで、ハーディーがつぶやいた。
「さあ……。ヴァジリの本陣で、ぐっすりと眠っているんじゃないか」
口ではそう言ってみたものの、俺がいつも想像するテイラーは、そんな優雅な生活をしていなかった。エドワードを含む知らない大人に囲まれて、兵器として扱われているテイラー。腹一杯食べさせてもらってはいるだろうが、そばには冗談を言い合ったり、甘えさせてくれる仲間はいない。
『一人ぼっちで、寂しい思いをしているのではないかと思うのでござる』
俺が思っていることと全く同じことを、ハーディーは口にした。
「なぜさ」
わかっている。俺もそう思っている。
『クリス殿、今、テイラー殿の周囲にいるのは、エドワード殿を含めて、テイラー殿を兵器として扱っている人ばかりなのでござる。そんな人々がテイラー殿のことを心底、心配して、面倒を見るでござろうか。拙者は、そんなことはまずないと考えるのでござる』
そうだろう。そうだろうな。ハーディー、俺もそう思うよ。俺が黙っていると、ハーディーは続けた。
『アフリート殿がテイラー殿に入った時、拙者は少しだけ期待したのでござる。テイラー殿が、成長するきっかけになるのではないかと。だけど、それは間違いだったのでござる。今のテイラー殿は、どこまで行ってもアフリート殿の操り人形なのでござる。あれではテイラー殿の人生ではないのでござる』
ハーディーは俺を見た。月明かりで仮面がキラキラと輝いている。詳しく年齢を聞いたことがないのだが、こうやって話していると、思った以上に年上なのではないかと思う。そう、それこそ40歳とか50歳くらいの。俺は体を起こして、座った。
「ああ、それは俺もそう思った。実は俺もアフリートがテイラーに寄生した時、ちょっと期待したんだよ。これが、テイラーにとっていい方向に転がるんじゃないかって」
自分の指先を見る。細かい作業をたくさんやってきた割には、自分で言うのもなんだけど、きれいな指だ。火傷で赤むけてボロボロだったテイラーの指に比べれば、ずっと苦労は少ないように見えた。
「だけど、俺も間違いだったと思う。やはり、テイラーはテイラーだ」
ハーディーがすうっと息を吸い込む音が聞こえた。何か話すつもりなのかな?と思ったが、何も言わないので、話を続けた。
「だから、ヴァジリの件が一段落したらエドワードと相談して、アフリートはテイラーの体から出て行ってもらおうと思う」
そうだ。ずっと前からそうしなければいけないと気がついていたんだ。クーメンでアフリートが魔族も人間も無差別に焼き殺しているところを見て、これはテイラーがすることではないと思ったのだ。テイラーはこんな女の子じゃない。もっともっといろいろなところへ行って、いろいろなものを見て、聞いて、世界には楽しいことがたくさんあるんだと知ってほしかった。どんなに大きな力を手に入れても、それができなければ、生きている意味がない。少なくとも、冒険者である俺はそう思う。
ハーディーはポンと俺の肩に手を置いた。
『拙者も、そうしなければいけないと思っていたのでござる。さすが、クリス殿はリーダーなのでござる』
ポン、ポンと続けざまに肩を叩く。ハーディーがにっこりと微笑んでいる。急に腹の底から力が湧いてくるのを感じた。そうだ、まだ到着もしていないのに、不安がっている場合じゃない。俺たちはパンゲアで万物の源をゲットして、あわよくばラルフとやらを倒して、生きて帰ってこないといけない。テイラーにもう一度、会うために。
「ハーディー。パンゲアから、是が非でも生きて帰ってこなきゃな」
俺もハーディーの肩を叩きたかったが、デカすぎて手が届かない。なので、太い腕をポンと叩いた。
『もちのロンなのでござる』
ハーディーは俺と肩を組むと、そっと抱き寄せた。普段、こんなことをされたら恥ずかしくて逃げ出してしまっていただろうが、俺は2人きりという気安さで、分厚い胸にもたれかかった。温かい。そして、思っていたより柔らかかった。
頼りにしているぞ、ハーディー。




