ミラキュラスが帰ってきたぞ
シャインやニュウニュウが手配してくれる王家の馬車は豪華な座席があり、座って移動するには素晴らしく快適だ。しかし、いざ冒険に行くとなるとちょっと事情が変わってくる。冒険には幌馬車がいい。座席がないからたくさん荷物が詰めるし、寝る時のレイアウトも自由度が高い。
「はぁ〜。ダメージ、でっか」
幌馬車の御者台でライラがため息をついている。ヘトヘトになるまでニーナと遊び、出発する前には別れるのが辛くてボロボロ泣いた。ニーナも「あーあ!あーあ!」とぐずって、ライラから離れなかった。それを見ていると、ライラをニーナのそばに置いていってもいいかなとチラリと考えた。実際に「残る?」と聞いた。しかし、ライラは泣きながら首を横に振って「行く」と断言した。
笑って泣いて「あーあ!」としゃべるようになったニーナと会って、別れるのが随分と辛かったようだ。出発してからため息ばかりついている。
「ああ、もうなんでもいいから、ぶっ殺したい。ぶっ殺してスイッチ入れたい」
うつろな目をして、物騒なことを口走り始めた。
出発前にライラをニーナに会わせたことの主な目的は、〝必ず生きて帰る〟という決意を強くするためだ。だけど、俺はもう一つ、効果を見込んでいた。それは〝魔族に対する抵抗を和らげる〟という効果だ。ニーナは人間ではない。半分、獣人だ。本来、魔族から人間を守るために存在する修道女=ライラには、魔族に対する根強い嫌悪感がある。炎の神殿への道中で、情け容赦なく獣人を鞭打った姿にそれが現れている。
にもかかわらず、ライラはニーナのことをとてもかわいがっている。それは、苦しんでいる人がいれば助けるという修道女のアイデンティティに基づくものだ。身を挺して保護したい対象の半分が、自分が最も憎んで遠ざけるべき魔族なのだ。その二律背反が、ライラを苦しめている。でも、それでいい。魔族でも手を組めるやつがいるということを、受け入れてほしかった。
「ライラ」
「何さ」
御者台の上で膝を抱えて顔を埋めていたライラは、ジトッとした目で俺をにらんだ。おっぱいが窮屈そうだ。そんな格好、しなければいいのに。
「実はもう一人、仲間を連れて行く」
「あっ、そ」
ものすごくそっけない言葉が返ってくる。覚悟を決めて、続きを口にした。
「実は、人間じゃない」
えー!と叫んで、何かガミガミと言い出すのではないかと思っていたが、ライラは返事もせずに、興味のなさそうな顔をして遠くを見ている。陽が傾き始めて、空気が冷えてきた。そろそろ野営地を探さなければならない。だが、ここは橋に近すぎる。間違いなく魔族が出没する地点で、野営に適さない。一気に橋を渡り切り、向こう岸まで行くほうが得策に思えた。
「もー、好きにして……」
ライラは投げやりにつぶやいた。
首都を出発して、クーメンを経由してパンゲアに向かっていた。前回、テイラーとハーディーと3人でモッセ川を渡ったコースではなく、馬車で行けるルートだ。クーメンを経由したのはニュウニュウがシャインに会う用事があったためだった。自分が首都を離れるから、シャインに首都に戻ってくれと伝えた。
「えっ、パンゲアに行くの? 超うらやましい!」
クーメンの公民館で会ったシャインは、目を輝かせた。この街の攻防戦の後始末が退屈ならしく、「私が代わりに行く!」と駄々をこね出したが、今回のメンバー構成でシャインはいらない。いや、いてくれてもいいんだけど、シャインまで連れて行ってしまうと、首都で王女のそばにいる側近がいなくなってしまう。
実はマリシャ王女の側近は4人いて、エドワード、シャイン、ニュウニュウ以外にカインという男性がいる。名前は聞いたことがある。現在の女王様が、先の王様との間に産んだ子供だ。先の王様はルーカスといって、ザ・レジェンズの剣士だった。数々の功績を上げて英雄となり、女王と結婚した。だけど、若くして病気で亡くなった。
つまり、今の王様は女王様にとっては2人目の旦那様なのだ。つまりカインは、マリシャ王女の異父兄ということになる。イース王国は女系なので、カインに王位継承権はない。そこで、カインはマリシャ王女の側近となった。父に似て剣の名手で、ものすごく強いらしい。シャインと一緒に何度も北限を調査した冒険者でもある。今も北限の調査に出ていて、全く帰ってこないのだとか。筋金入りの冒険マニアなのかな?と思ったら、そうでもなかった。
「カインはどうしようもない方向音痴でね。私がいないと、いつも道に迷ってしまうんだ。今回も、もしかしたら迷子になっているのかもしれない」
シャインはそう言って、笑った。
そんなことを思い出していると、橋が見えてきた。例によって獣人がいる。また狼族だ。炎の神殿に行った時と、状況が全く一緒だった。あの時はここで止められて、ライラを餌として置いていけと言われたのだ。キレたライラが大暴れして、ハーディーもドン引きするほど活躍した。
「おい、コラ! 止まれ!」
普通に、こうなるよな。3匹の狼族が槍を手にして立ちはだかった。その後ろにさらに3匹いる。今回はテイラーとエドワードがいないが、前回もハーディーとライラで一蹴したのだ。今回も追い払えるだろう。
「人間、ただで通すと思ってんのか? おおん?」
狼族たちは目をギラつかせながら、馬車に近づいてきた。ニュウニュウが荷台から顔を出して「うほっ」と楽しそうな声を上げた。そういえば、この魔法使いの本気をまだ見たことがなかったな。炎の魔法を使うらしいが、どんなもんだろうか。俺たちはアフリートという炎の魔力の化身みたいなのを見てきたので、そんじょそこらの魔法では驚かない。ちょっとニュウニュウの力を見せてもらおうかな。そんなことを考えていたら、隣に座っていたライラがガタン!と音を立てて立ち上がった。狼族たちはピクッと反応するが、ニヤニヤ笑いは止めようとしない。ライラはぐるっと周囲を見回すと、大声を上げた。
「おうおうおう、やろうっていうのかい! 私たちを誰だと思ってやがるんだい!」
啖呵を切ると、腰から鞭を引き出して、両手で引っ張った。ビシッ!といい音が鳴る。
「何言ってやがんだ、このメスは?」
近づいてきていた2匹の狼族は、顔を見合わせてグヒャヒャと笑った。「馬鹿なのか? 人間風情が、俺たちに敵うと思っているのか?」と相変わらずニヤニヤ笑っている。
俺は後方にいた狼族が、ギョッとしたのを見逃さなかった。
「お前が真っ先にディナーになりてえようだな! おい、メス! 降りろ! 大人しくしねえと突き殺すぞ!」
狼族は槍を構えてライラに狙いを定めた。その時、後方にいた狼族が「おい、やめろ! そいつらはミラキュラスだ!」と叫んだ。だが、もう遅い。叫び声が終わらないうちに、ライラはヒラリと御者台から飛び降りた。飛び降りざまに鞭を振るって、槍を突きつけていた狼族を打つ。これほどあっさりと降りてくるとは思っていなかったのだろう。不意をつかれた狼族はモロに顔面で一撃を受けた。
ビシイッ!
「ぎゃあ!」
ペッパーとチョコが驚いて、ブルルッといなないて足踏みをする。「どう、どう!」。パニックを起こして走り出さないように、手綱を引いた。
「降りてやったぞ、コラァ! かかってこい!」
ライラは鞭を振り回して、手近なところにいた2匹を滅多撃ちにした。狼族の方が体格は圧倒的に大きく、槍を持っていたので攻撃距離も長いはずなのだが、完全にペースをつかまれてなすすべもない。鞭の攻撃は痛い。特にライラの鞭は武器として作られたもので鉄の芯が入っていて、当たりどころが悪ければ、骨まで砕く。
ビシイッ! ビシイッ!
「ぎゃあ!」「い、痛い!」
見ると、後方にいた3匹は早々に逃げ出している。手前にいた2匹も逃げようとするが、ライラの連撃から必死になって頭部をかばっていて、足が動かない。逃げようとして後ろを向けば、確実に背中を撃たれる。おそらく、今よりもっと痛い。それがわかっているから、動くに動けないのだ。
見る見るうちに狼族たちの腕の毛皮がちぎれ飛び、血が吹き出した。
「やめて、もうやめて」
「殺さないで……」
狼族たちは地面に這いつくばって、泣き出した。ライラは鞭打つのをやめた。こちらからは背中しか見えないので、表情がわからない。いつの間にか御者台に出てきていたニュウニュウが「おい、あの姉ちゃん、めちゃくちゃ強いやないか」とささやいた。
「おい、お前ら」
狼族は恐る恐る顔を上げる。ライラは鞭のグリップエンドで2匹をかわるがわる指し示すと「お前らどっちかが、ここに残りなさい。1匹だけ逃げていいわ」と言った。
「え……?」
「1匹だけ……?」
狼族は顔を見合わせると「俺だ」「俺が帰るんだ」とつかみ合いを始めた。ライラはそれを黙って見ている。つかみ合いは間もなく殴り合いになり、1匹がもう1匹を殴り倒して、我先にと駆け出した。
「あ! ちょっと待って! 置いていかないで!」
残された1匹は地面に這いつくばったまま、悲痛な声を上げる。ライラはくるっと振り向いた。なんの表情もない。あの喜怒哀楽の激しいライラが、こんな顔をするんだと驚くほど、冷徹な顔をしていた。
「ニュウニュウ、あいつ、殺せる?」
鞭で逃げていく狼族を差す。ニュウニュウは「え? 殺してええんか?」と言いながら御者台で立ち上がると、宙でくるりと指を回して「燃えちゃえ!」と小声で言った。その途端、逃げて行く狼族が燃えた。何もないところからいきなり火の手が上がって、あっという間に火だるまになる。「ギャーッ!」と、ここまで届くほどの断末魔の叫び声を上げて狼族は地面を転げ回ったが、しばらくして動かなくなった。
「鮮やかね」
ライラがつぶやいた。
「まあ、この距離やったら、こんなもんや」
ニュウニュウはニヤッと笑って、呆然と地面に伏せている狼族に指先を向けた。
「次はそいつをやってまうか?」
おい、ちょっと待ってくれ。あんた、魔族なんだろう? さっき燃やした相手も、これから燃やそうとしているそいつも、仲間じゃないのか? 俺はライラの指示で、あまりにもあっさりと獣人を焼き殺したニュウニュウの神経が理解できず、言葉を失った。
『いやあ、待つのでござる。もう十分なのでござる』
荷台から身を乗り出してきたハーディーが、ニュウニュウの肩に手を置いた。
「そうね。もう必要ないわ。おい、お前!」
ライラは、半口を開けて呆然としている狼族の横っ腹を蹴っ飛ばした。狼族は不意を突かれて「ウゲェ!」と苦悶の声を上げる。ライラはしゃがみ込むと長い耳を鷲づかみにして、引っ張り上げた。狼族は「あぁ……!」と苦痛に顔を歪める。その耳に口を寄せて、ドスの効いた声でささやいた。
「耳の穴かっぽじって、よく聞きなさい。仲間のところに戻って、『ミラキュラスが帰ってきた』って伝えるの。魔族を根絶するために、戻ってきたってなぁ!」
立ち上がると、もう一度、ブーツのつま先で横っ腹を蹴り上げた。「グヘェ!」と狼族は口から血の泡を吹いて顔を歪める。ライラは御者台に手をかけて、ピョンと身軽に飛び乗ってきた。
「ああ、スッキリした。さあ、行きましょ」
ケロッとした顔で言った。ニュウニュウが「おい、姉ちゃん。あんた、大したタマやな。さすがクリスが指名したメンバーや。見直したで」と背中を叩いている。気がつけば、背中にびっしょりと冷や汗をかいていた。ライラが怖すぎたせいもあるが、なんだか嫌な予感がした。少し怖がらせすぎではないのか?




