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大先輩のアドバイス

 「やっぱり、やめておいた方がいいんじゃない? ねえ、クリス。どう思う?」


 首都のにぎやかな大通りを歩きながら、ライラは不安げな表情をした。今朝は白いシャツの上にカーキ色のジャケット、同じ色のロングスカートという出立ちだ。頭には同じくカーキ色の帽子をかぶっている。修道女姿はもちろんいいのだが、こういうカジュアルなスタイルもよく似合う。ベースがいいからな。


 ライラは休暇届を提出して即日、受理された。修道院の勤務システムがどうなっているのか知らないが、よく簡単に休暇が取れたものだと思う。「私が職場で強い立場だからよ」とよくわからない説明をしてくれたが、とにかくついてきてくれたのでよしとしておこう。


 馬車でヘイシュリグから首都に戻ってきて、城に預けっぱなしにしていたペッパーとチョコ、そしてエリックにもらった幌馬車を回収した。ペッパーとチョコは俺のことを覚えていて、厩舎に行くと馬房から顔を出して「ブルルッ」と鼻を鳴らした。


 「おお、俺のことを覚えていたか。よしよし、また冒険だ。よろしく頼むな」


 ペッパーが柔らかい鼻面を押し付けてくる。俺のパーティーはデレのないツンデレばかりしかいないが、ペッパーとチョコだけは俺に優しい。顔を抱いて、耳の後ろを撫でてやった。


 ニュウニュウが旅の準備をしている間に、ライラを連れてニーナに会いに行くことにした。実は、これもスティーブンさんの教えの一つだ。〝命懸けの冒険に行く前には、最愛の人に会いに行け〟。そのココロは、絶対に生きて帰るという決意が、より強くなるからだ。だから、俺は冒険に出る前には必ずライラに会いに行っていた。最初に行った時に、正直に「最愛の人に会えば、必ず生きて帰らなければと思うから」と理由を話したら「はぁ?! 何、それ!」と目をむいてビンタされた。


 そういうわけで今、ハーディーとコンティニュアスも一緒に盗賊ギルドへと向かっている。さっきからコンティニュアスは沿道の屋台や店が気になって仕方がないようで「あれはなんだ」「なんだか美味そうだ」と寄り道ばかりしている。


 「ねえ、やっぱりやめといた方がいいんじゃない? 私、ニーナに会ったら、冒険に行けなくなっちゃうかも……」


 さっきからライラは困った顔をして、同じことばかり言っている。


 「だから、さっきから説明しているけど、命懸けの冒険に出る前には、最愛の人に会っておかないといけないの。そうすれば〝絶対に生きて帰るんだ〟って思うでしょ?」


 何度も説明したことをもう一度、口にする。それでもライラは「えーっ」と不満げな顔をした。


 「俺は冒険に行く前、毎回のようにライラに会いに行ってたじゃん。それで俺は毎回、生きて帰ってきているでしょ。効果抜群なのでは証明済みだぜ」


 自分で言いながら、顔がじんわりと熱くなるのを感じる。暗に〝最愛の人はお前だぜ〟と言っているのだから、無理もない。しかし、ライラはそんな俺の気持ちなど全く無視して、ジロッとにらんだ。


 「クリスが毎回、生きて帰ってきているのは、冒険とは呼べない程度のことしかしてないからじゃないの?」


 グサッ。


 「いや、まあ、その通りなんだけど……」


 身も蓋もないこと言うな。ちょっと傷つく。ライラだから許すけど。とかなんとかやっているうちに、盗賊ギルドに到着した。ギルド兼養成所を通り抜けて、お屋敷へと歩を進める。コンティニュアスが「おお、立派な屋敷だな!」と感嘆の声を上げた。


 『ここがクリス殿の故郷でござるか?』


 ハーディーが聞いてきた。


 「うん。まあ、故郷っちゃ故郷だよ。生まれ育った家は別にあるんだけど、小さい頃から奉公して、盗賊としての全てを叩き込まれたのはここだ」


 『素敵なところでござるな』


 いつも通り庭はよく手入れされていて、午前の陽光を浴びて緑が輝いていた。ライラはハーディーと一緒にキョロキョロと周囲を見渡していたが、急に「あ!」と小さく叫んで走り出した。その先を見ると、小さな女の子が庭の一角にしゃがみ込んで、花を摘んでいる。灰色の髪、見覚えのあるカチューシャに、そこから飛び出した耳。ニーナだ。俺たちもライラを追った。


 「ニーナ!」


 ライラが声をかける前に、ニーナは立ち上がって振り向いた。摘んだ花を手にしたまま、ハッと驚いた顔をする。ライラは少し手前で立ち止まると、胸元に手を当てて、息を整えてひざまずいた。すうと大きく息を吸い込んで、ニコッと微笑むと両腕を広げた。


 「ニーナ、おいで……」


 〝で〟を言い終わる前に、ニーナは花を手放して駆け出していた。ライラの胸に飛び込む。2人はぎゅっと強く抱きあった。


 「ああ、ニーナ! 会いたかった……!」


 ライラは堪えきれずに泣き出した。ポロポロと涙が赤く染まったほほを伝う。ニーナはライラにほおずりして、胸元に顔を埋めた。


 『よかった。ニーナ殿はライラ殿のことを、覚えてくれていたようでござる』


 ハーディーの声も弾んでいる。いや、そんなことよりだな。俺はさっきから驚いていた。ニーナに表情がある。神殿の集落から救出した時は全く感情が顔に出ない子だったのに、さっきは驚いた顔をしたし、今は満面の笑みというほどではないが、確かに笑っている。喜びの感情を表現している。


 「おお、クリス。来ていたのか」


 急に声をかけられて、驚いて振り向いた。全く気配を感じなかった。誰だ、こんなことを仕掛けてくるやつは。いや、ここでそんな悪戯をするのは、一人しかいない。


 「師匠。驚かさないでくださいよ」


 シャツの袖をまくって、ズボンに長靴という庭仕事スタイルのスティーブンさんがいた。花を切りに行っていたのか、手にした水桶にピンクと紫色のきれいな花が差してある。俺はハーディーとコンティニュアスをスティーブンさんに紹介した。ライラは前回、俺の嫁として紹介済みだ。


 『これは、世界に名だたる盗賊王にお会いできて、光栄でござる』


 「ハハッ、そんなに恐縮しなさんな! 見ての通り、ただのすけべぇなジジイだよ!」


 ハーディーの太い腕をポンポンと叩くと、スティーブンさんはまだひしと抱き合っているライラとニーナのそばに行った。


 「ニーナ、久しぶりにママに会えてよかったな」


 白いもちもちのほっぺたを、指でつつく。ニーナはニコッと笑うと「あーあ!」としゃべった。


 「わぁ! しゃべった!」


 ライラが驚いて目を丸くした。


 「ああ、ニーナは、たぶん中身がまだ赤ん坊なんだよ。昔、獣人に聞いたことがあるんだが、彼らの子供は人間より成熟した状態で生まれてくるらしい。だから、ニーナは人間ならば4、5歳くらいに見えるけど、中身はまだまだ赤ん坊なんだ」


 スティーブンさんは笑いながら、ニーナの頭を大きな手でぐりぐりと撫でた。「なぁ、ニーナ?」と言いながらチュッとキスする。ニーナはうれしそうにニヤニヤした。


 「預かっている間にどんどん成長しているぞ。体が大きくなっただけじゃない。感情を表現するようになったし、そのうちペラペラしゃべり始めるだろう」


 「そうなんですね!」


 ライラはニーナを抱っこし直すと「ほら、ママだよ。ママって言ってみ?」と聞いた。


 「あーあ!」


 ニーナはライラのほっぺたを小さな手でピタピタと触りながら、同じことを言った。しかし、これが〝ママ〟に聞こえたらしい。ライラは鼻息を荒くして「そうそう! もう一度、ママって言って!」と興奮している。


 「お前のおかげで、俺は半獣人のお爺ちゃんになった。こんな経験、そうそうできるもんじゃない。お礼を言わないとな」


 スティーブンさんはニコッと笑って、俺の肩をポンポンと叩いた。ちなみにスティーブンさんは未婚だけど、子供が3人いる。この前、来た時にギルドで会ったジョーイが次男だ。他に長男と三男がいる。全員、認知済みで養育費を出すのはもちろん、忙しく飛び回って育児に参加した。俺はそれに付き合わされて、小さい頃から盗賊ギルドに入り浸っていたジョーイの子守りをしたことがある。


 「いえ、そんな。むしろ預かってもらって、こちらとしては本当にありがたいです。何か問題は起こしていませんか? 噛み付いたり、家具を齧ったりしていませんか?」


 「ハハハ! そりゃあいろいろ悪戯はやらかしてくれるけど、どれもこれもかわいいもんだ! 気にするな」


 スティーブンさんは笑い飛ばすと、俺の背中に手を回して「それより朝飯はもう食ったのか? よかったら一緒に食べないか?」と聞いた。


 「すみません。もう食べて来ました」


 「そうか。じゃあ、せめてお茶だけでも付き合えよ。よければお前の仲間たちも」


 悪戯っぽい目つきで、俺たちを見回した。


   ◇


 スティーブンさんが食堂で遅い朝食を摂っている横で、お茶をご馳走になった。ライラとハーディーは庭でニーナと追いかけっこをして遊んでいる。くそっ、うらやましい。俺もニーナを抱っこして、あのモフモフを存分に吸いたいと思っていたのに、スティーブンさんに引っ張られてここに来てしまった。コンティニュアスは少し離れたところで優雅にコーヒーを飲みながら、ニーナが遊んでいる様子を楽しそうに見つめている。そう、スティーブンさんのお屋敷でお茶といえば、コーヒーだ。紅茶は明言しないと出てこない。


 俺はパンゲアに行くことをスティーブンさんに明かした。かつてトライした大先輩から、何かアドバイスがもらえるかもしれないと思ったのだ。


 「ほほう、炎の神殿に続いてはパンゲアか。クリスも立派になったものだな」


 スティーブンさんはスクランブルエッグをパンに乗せて口に運びながら、実に楽しそうに笑った。


 「はい。タイタンさんに依頼されて……」


 「ハハッ、あのクソ魔術師! まだパンゲアに未練があるのか!」


 よく考えれば、師匠の昔の仲間から仕事を請け負っている。奇妙な縁を感じる。


 「師匠はパンゲアに一度は上陸しているんですよね? 何か気をつけた方がいいことはありますか?」


 目の前に置いてあるコーヒーカップから、湯気とともに、いい香りが立ち上ってくる。ここのコーヒーは、俺が奉公していた時からずっとブレンドが変わっていない。スッキリとして切れ味がいい。香りだけで頭がシャキッとする。


 「うーん、気をつけた方がいいことねぇ」


 スティーブンさんは口をもぐもぐさせながら、宙に目をさまよわせた。俺は師匠から貴重な言葉が出てくるはずだという確信を持って、緊張して待った。


 「まぁ、魔族だらけってことかな。相当な戦力がないと、すぐに追い返されちゃうだろうな。俺たちがそうだったから」


 「はい」


 「それくらいかな」


 「……。えっ?」


 肩透かしを食らったような気がして、言葉が出なかった。実際に足を運んだことがあるのだ。何かもっと「この侵入ルートで行け」とか「こんな魔法があればいい」とか、具体的な助言がもらえると思っていた。


 「えっ、それだけですか?」


 身を乗り出して聞いた。スティーブンさんは「うん、うん」とうなずきながら、今度はパンの上にベーコンを乗せて口に運んだ。


 「何かもっとこう、具体的な攻略法とか、ないんですか? 侵入経路だったり、上陸ルートだったり、いろいろあるじゃないですか」


 勢い込んで聞く。スティーブンさんは素の顔でもぐもぐしていたが、コーヒーをひと口飲むとゴホンと咳払いして、俺の方に体を向けた。


 「あのな、クリス」


 「はい」


 改めて何か役に立つ情報が出てくるのではないかと、少し緊張して姿勢を正す。


 「パンゲアの上には、城とは別に建物がある。円形で多彩な紋様が描かれた、宮殿のような建物だ。そこに近づこうとすると、大勢の魔物が出てくる。俺たちはそいつらに追っ払われたんだ」


 スティーブンさんは両手を広げて〝わかったか?〟と言いたげに首を傾げた。


 「はい。えっと。その建物に近づかなければいいんですか?」


 続きが聞きたくて、合いの手を入れる。


 「いや、それはわからん」


 もう一度、肩透かしを食らった気分になって、椅子からずり落ちそうになった。スティーブンさんは残ったパンを口に放り込むと、コーヒーで流し込んだ。カップをトンとテーブルに置いて、ふうと息をつく。


 「とにかく、俺たちのパンゲアでの冒険は、円形の建物に近づいて、山ほど出てきた魔族と激しい戦闘になり、命からがら逃げ帰ってきたというところで終わってるんだ。だから、それ以上、詳しいことはわからない。円形の建物に近づいていいのかどうかも、わからない。あれだけ魔族が侵入を拒もうとした建物なのだから、中にはとんでもないお宝があるのかもしれない」


 そこまで一気に話すと、真顔で俺をグイと指差した。何事かと思わず後退りする。


 「だから、続きはクリス、お前がやるんだ。盗賊王スティーブンの後を継いだ弟子がやるんだよ。歴史に名を残せ、クリス・ノーラン」


 名前を呼ばれて、衝撃が全身を貫いた。歴史に名を残す? 俺が? マジで?


 成功したところを思い描く。パンゲアから万物の源を回収して首都に帰還する。スティーブンさんだけではなくタイタン、マリシャをはじめとする王家の人々、エドワード、シャイン、そしてテイラーが俺たちを祝福している。英雄だ。盗賊王を飛び越して、英雄になる。つい最近まで全くうだつの上がらないチンケな冒険者だったのに、夢のようだ。隣にはライラがいる。俺の妻だ。ニッコリと微笑み合うと、熱いキスを……。


 「で、クリスよ。今、レベルいくつになったんだ? 認定してもらってないのなら、俺がやってやろうか?」


 輝かしい妄想から、スティーブンさんの言葉で現実に引き戻された。おっと、いかんいかん。これを取らぬ狸の皮算用って言うのだ。常に危機管理が必要な冒険者にとって、いい結果ばかりを思い描くのは禁物だぞ。


 「あ、はあ。今、20です」


 「炎の神殿をクリアして、クーメン奪還作戦に参加して、レベル20はないな。どれ、冒険者手帳を出してみろ。俺が直々にレベルをくれてやろうじゃないか」


 スティーブンさんはニヤリと笑って、大きな手を差し出した。

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