酒宴
ライラはコンティニュアスの目の前にあったボトルを取り上げると、グラスにドボドボと注いだ。氷も何にもなし。ドのつくストレートのウイスキーをグラスに半分くらい入れて、俺の前にもドンと置く。
「じゃあ、とりあえず乾杯」
急にニコッと笑って、自分のグラスを掲げた。つられて俺も手にする。カチンと軽く合わせて、ライラはそのままグイッとあおった。ヤベぇ。ライラの目が据わっているぞ。こんなに呑み助だったとは知らなかったな。付き合っているふりをして、少し口をつける。うっ、キツい……。途端に口内と鼻腔に強烈なアルコール臭が広がる。匂いだけで二日酔いになりそうだ。
「ねえ、なぜ修道士が冒険者を嫌っているか、知ってる?」
ライラはテーブルに頬杖をついて急に真顔になると、そんなことを聞いてきた。
「えっ。いや……。知らない」
そもそも修道士が冒険者を嫌っているということ自体、ついさっき知った。ライラはドロンとした目つきで、しばらく俺を見つめていた。グラスに口をつけて「飲みなさいよ」とジトッとした目で勧めてくる。仕方がないので、なんとか少し流し込んだ。焼け付くような冷たい刺激が、喉から胃へと広がっていく。
「冒険者は、女神様を冒涜するからよ」
ライラはポツリとつぶやいた。
「どういうこと? 冒涜しているつもりはないけど」
ウイスキーが胃袋で発火している。カーッと熱くなって、クラクラしてきた。ただでさえライラに付き合って、ビールを2杯飲んでいるのだ。それが俺が酔わない限度だった。これ以上、アルコールを体に入れるのはまずい。
「ないとは思うわよ、私も。でも、冒険者は結果的に女神様を冒涜しているの。だって、冒険者があちこち足を運んだ結果、女神様は水の精霊シャナと判明したのよ。私たちが崇拝している神様は、魔族の仲間だってわかったのよ。そんなこと、知らなくてもよかったのに。冒涜だわ」
なるほど。言わんとするところはわかる。確かに教会が崇め奉っている女神シャナは、アフリートやベヒーモスと並ぶ魔族四天王の一人だ。教会が創設された頃には、そうだとは誰も知らなかった。教会ができて、人間の間に女神信仰が広まったのちに、冒険者たちが各地で魔族と交流して判明したのだ。自分たちの女神様が、自分たちを害する魔族の仲間だったなんて、教会の連中にしてみれば信じたくなかっただろう。
「だから修道士は、冒険者が嫌いなの。愛する女神様を汚したんだから」
ライラはグラスをテーブルに置くと、身を乗り出してコンティニュアスの前にあった皿からフライドポテトを数本、取り上げた。腰を下ろしながら1本、口に放り込む。そんなことを言っているが、ライラは冒険者が嫌いではないのだろう。炎の神殿に行った時にはノリノリだったし、俺たちとの付き合いを止めようともしない。なぜ、こんな話を始めたのか。立場的にホイホイと冒険についていけない…とでも言いたいのか。それとも。
「だけど、そんな教会も、中身は腐ってるのよ。クリスもさっき見たでしょ?」
フライドポテトを取り皿に乗せると「食べる?」と差し出してきた。ありがたいが、早くも二日酔いが始まって、とても何か腹に入れられる状態ではない。俺は冷や汗をかきながら、顔の前で手を横に振った。テーブルの向こうでは、ニュウニュウとコンティニュアスがハーディーに飲ませている。なんだかハーディーがヤバそうな雰囲気だ。断るのを諦めたのか、注がれるがままに飲んで、フラフラしている。
「それで結局、一緒に行くの? 行かないの?」
愚痴ばかりが続いて疲れてきたので、単刀直入に聞いた。これだけ酒に付き合っているんだ。そろそろ答えてくれ。酔いが回ってきて、早く目を閉じて横になりたい。だが、その前にイエスかノーか聞かないと。
「クリス、何、聞いてたの?」
ライラはムッとした顔をした。「お酒、足りないんじゃないの? 飲んで、飲んで」と急かすので、仕方なくまたひと口飲む。またカーッとした強い刺激が喉を駆け抜けて、俺は思わず強く目を閉じた。
「酔っ払って潰れる前に、ライラの答えが聞きてぇんだ」
体に力が入らなくなってきた。指先がしびれて、厚ぼったく感じる。酔いがそこまで回ってきたらしい。
「ああ、行くわよ。行く、行く。もう冒険でもしてないと、やってられないわ」
ライラはグイッとグラスをあおると、ドン!と音を立ててテーブルに置いた。カウンターにいた他の客が帰っていく気配がする。もう客は俺たちだけだ。気がつくと、いつの間にかマスターがそばに来ていた。手に持っていた皿をテーブルに置く。チーズの盛り合わせが乗っていた。
「ライラ、荒れているなぁ。何かあったのか?」
マスターはニコニコしながら腰に手を当てて、ライラの赤くなった顔をのぞき込んだ。
「マスターぁ! 私、もう教会、嫌いぃ!」
ライラは突然、甘えた声を上げると、座ったままマスターに抱きついた。マスターは「おやおや、ホッホッホ」と笑いながら、ライラの頭を撫でている。おーい、ちょっと待ってくれ。そのおっさんの役割、俺がやるから。立ちあがろうとしたが、足がふらついて立てない。
「もうやだぁ! でも、冒険者になるのも嫌だぁ!」
ライラはマスターの太鼓腹に顔を押し付けて、声を上げて泣き出した。
「クリシュがライリャを泣かせちょるぞ!」
ニュウニュウの呂律が回っていない。
「あーあーあ、あーあーあー、泣ーかせたー、泣ーかせたー」
コンティニュアスが手を叩いて喜んでいる。クソッ、ムカつくな、この酔っ払いどもめ。ライラは、かなり修道院勤めにストレスが溜まっているのだろう。自分が信じる宗教に全てを捧げている一方で、その宗教を運営する組織は、ライラが理想とするほど清廉潔白ではない。
ガタンと椅子を蹴倒して、ハーディーが立ち上がった。ここに至ってようやく、ハーディーの胸が服を押し上げて膨らみ始めていることに気がついた。『うっ、うぐっ』とうめいている。
「お、ヤバっ。ヤバいぞ!」
テーブルをつかんで、立ち上がった。いや、立ち上がってどうなるわけでもないのだけど、このままではアンが飛び出してきてしまう。血というか体液が飛び散って、大変なことになる。前回、お城で出てきた時にはエドワードが魔法で掃除してくれたけど、今回、あれが使えるやつはいるのか? いなければ全員で大掃除だ。
「ああ、なんだぁ?」
ニュウニュウもハーディーの異常に気がついた。しかし、何が起きるのか知らないせいか、緊迫感は全くない。面白そうにヘラヘラしながら見つめているだけだ。コンティニュアスに至っては「よっ、姫様のおな〜り〜!」と囃し立てている。
『ぐあああぁ!』
よろめく足で一歩、踏み出したところで、ハーディーは断末魔のような叫び声を上げた。パチン!と上着のボタンが弾け飛んで、一気に胸が膨らむ。見る見るうちにボン!という破裂音とともに上半身が弾ける。ドス黒い血が、周囲に大量に飛び散った。
「うわぁ、なんだ、これ!」
ニュウニュウの叫び声が聞こえる。顔面に血飛沫を豪快に浴びて、前が見えない。俺は顔についた血糊を拭いた。見るとテーブルの上はもちろん、天井や壁にも血が盛大に飛び散っている。ハーディーから飛び出してきたアンの顔にも、少し血がついていた。振り返るとマスターがライラに抱きつかれたまま、頭から血をかぶって唖然としている。
「す、すみません。掃除しますんで」
とりあえずペコペコ頭を下げる。
「おお、心配すんな。そりゃ!」
ニュウニュウは右手の指を宙に突き上げると「きれいになぁれ!」と言いながら、くるりと回した。見る間にモップで拭き取ったかのように、血糊が消えていく。
「お、すげえ」
エドワードと同じ『拭き掃除の魔法』だろうか。とにかく、ニュウニュウが掃除の魔法を使えてよかった。酔っ払ってベロベロの状態で雑巾掛けすることになっていたら、大変だっただろう。背後でマスターが「こりゃすごい」とつぶやいている声が聞こえる。
「わらわのグラスはどこじゃ?」
唐突にアンが言った。何? わらわ? アン、どうしちゃったの?
「え? グラス?」
突然、アンが登場して、みんな呆気に取られていて返事しないので、俺が答えた。
「そうじゃ。酒宴の場であろう? わらわにグラスがないなど、失礼じゃ」
見ると、ムッとした顔をしている。これまでほとんど感情が表に出ているところを見たことがなかったので、新鮮だ。だけど、わらわって? アン、そんな言葉遣いだったっけ?
「グラス、グラス!」
アンは駄々っ子のように手を差し出した。コンティニュアスがあわてて「どうぞ」と俺のグラスをつかみ上げて握らせる。まだ半分以上、ストレートのウイスキーが入っている。アンは中身をチラッを見ると、そのままグビグビと飲み干した。そして、ふう〜と息をつく。
「これ、コニー」
グラスをコンティニュアスに差し出した。コンティニュアスは「ははっ」と畏まりながら、そこにウイスキーを注ぐ。
「そこな小さきおなご」
アンはニュウニュウを指差した。ニュウニュウは左右を見回してから「え、ウチ?」と自分を指差す。ちっさい女なんか、他におらんだろうが。
「何か余興をせい。わらわは退屈じゃ。そうじゃ、踊れ。踊ってみせよ」
ここに至って、俺はアンが酔っ払っていることに気づいた。そういえば、ハーディーが食べているものは、自分もわかると言っていた。つまり、ハーディーが食べたものは、アンの体の中にも入っているのだ。となると酒を飲めば当然、アンも飲んでいるというわけで……。さっきからしゃべり方がおかしいのも、そのせいか!
「ええっと、踊り。踊り?」
アンの姫オーラに気圧されて、ニュウニュウは立ち上がるとテーブルのそばで何やら体をくねくねと動かし始めた。それに合わせて、コンティニュアスがテーブルをリズミカルに叩く。
「ああ、よき、よき。うん、クリスも踊れ。いや、わらわと踊ろう」
アンは立ち上がると、のしのしと俺の方にやってきた。ハーディーの胸から生えているので、歩いている時はハーディーの下半身が動く。着ぐるみを上半身だけ脱いで、歩いているような感じだ。遠目から見れば化け物以外の何者でもない。だが、頭上から神々しいアンの姫オーラが降り注いでくるので、それを忘れてしまう。俺は必死に手を伸ばして、アンの手を取った。アンはニッコリと笑うと、俺をくるくると回し始めた。
うげっ、酔いが回る……。
「ライラも踊れ。ああ、楽しや」
アンは右手でグラスを持ち、左手で俺の手を取ったまま踊った。うわぁ、怖い! ハーディーの足元がフラフラしている。ひっくり返ったりしないでくれよ。
「ああ、それそれ! はぁ、それそれ!」
コンティニュアスが変なかけ声をかけながら、テーブルをポコポコと叩いている。うわぁ、すごい勢いで酔いが回ってきた。店内がグルグル回っている。
「クリス、もっと飲め! 夜は長い!」
ハーディーが飲みたがらない理由がわかったぞ。アンはめちゃくちゃ酒癖が悪いんだ。ケラケラと笑って踊りながら、俺の口にウイスキーのボトルをねじ込んでくる。ライラに「クリス、大丈夫?」と声をかけられたあたりまで覚えているのだが、踊っているうちに俺は意識を失った。真っ黒な泥がぐおんぐおんと頭の中で渦を巻いて、窒息しそうだった。




