グラスは2つでお願いします
おっぱい談義に花を咲かせているうちに、ヘイシュリグに到着した。夕方で、日が暮れかけている。修道院の業務はまもなく終了だろう。馬車を修道院に停めて、裏口で待つことにした。ライラを含めて、大概の従業員はここを通って帰途につく。
「寒いな。なかに入った方がよくね?」
コンティニュアスは自分の体を抱いて、ブルブルと震えている。確かに寒い。刺すように冷たい風が吹いていて、体温を奪っていく。裏口は日陰なので、なおさら寒かった。
「いや、この寒いのがいいんだ。寒くて寒くて仕方がなくて、もう我慢できなくなった頃に待ち人が現れる。その瞬間は、たまらないぞ」
ニュウニュウが「アホなんか?」とはっきり口に出して、冷たい目で俺を見ている。なんとでも言え。他の人ならばともかく、これから会うのはライラなのだ。ライラと会うなら、このシチュエーションしかない。
そんな会話をしてひと呼吸する間もなく、裏口が開いてゾロゾロと修道士や修道女が出てきた。俺たちを見て、みんな「おや?」という顔はする。そりゃそうだろう。仮面の魔人に、異様な魔力を漂わせた魔法使いと道具がいるんだから。それでも、誰もとがめることなく通り過ぎていく。人の列が途切れた頃、ようやくライラが現れた。茶色いコートを着て、うつむき加減に歩いている。隣に背の高い、やせた中年の修道士が寄り添っていた。
「元気出しなよ。ほら、今晩、一緒に食事でも……」
男の声が聞こえて、頭の中がカーッと真っ白になるのを感じた。肌がピリピリするほど寒かったことも、忘れる。おいおい、おっさん。誰を口説いているんだ? ズカズカと2人に近寄ると、ライラの腕をグッとつかんで引き寄せた。
「ライラ」
「……! クリス!」
ライラはびっくりして目を丸くした。
「ん、なんだ、君は。ご婦人にいきなり失礼ではないか?」
男が間に割り込んでくる。もう一度、ライラを引き寄せて……というか、抱き寄せた。思えば、ライラに彼氏がいないのが不思議なのだ。性格に多少の難はあるが、それに目をつぶれるくらいの美人だ。言い寄ってくる男がいないはずがない。そもそも、俺自身が言い寄ったことがあるのだ。男は口元を歪めて、明らかに不愉快な顔をした。「君ねぇ……」と言いかけたところに、思い切り凄みを利かせて言葉をかぶせた。
「ライラは俺の女だ。手を出すんじゃねえ」
ライラの腰に手を回して、引き寄せる。おっぱいが俺の胸に当たっている。だが、今はそれを楽しんでいる余裕はない。この男を早く追っ払ってしまわないと。
「え? は? ライラ君、それ、本当なのかい?」
男は信じられないといった顔をした。ライラは「えっ?」と言って少し目を泳がせてから「え〜っと。そうであるような、ないような……」と中途半端な返事をしつつ、こっそりと俺の腕をかなり強烈につねった。「!!」。あまりの痛さに、思わず手を離す。ライラはスルリと俺の腕から抜け出した。そして、男の方に向き直る。
「あ、そうだ、そうだ! 思い出した! 今夜はこちらの方と、お食事に行く約束をしていたんです! あはは! すみません!」
コンティニュアスの肩をポンポンと叩きながら、見えすいた嘘を言う。目が泳いでいるぞ。
「こちら、フェンネルの商会の方で! 寄付のお話をすることになっていたんです! あはは! そう言うわけで、失礼します!」
ライラはコンティニュアスの腕を引くと、呆気に取られている男を残して、足早に歩き始めた。慌ててあとを追う。ニュウニュウが「嘘、下手すぎ」とつぶやいた。
俺たちは修道院から少し離れた宿舎街にある、小さな食堂に入った。カウンターに6人がけのテーブル席が2つ。木造の店内にはランプからオレンジ色の明かりが漏れ出して、落ち着いた雰囲気だ。カウンターに3人の客がいるが、みな静かに食事をしていた。初老のマスターと、その妻らしき女性が切り盛りしている。
「ああ、助かったよ。ありがとう」
テーブル席についてコートを脱ぐと、ライラは俺たちに向かってペコリと頭を下げた。
「誰、あの男?」
「ナンパ? ナンパなのか?」
「ライラはやっぱりモテモテだなぁ。フフッ」
俺とニュウニュウとコンティニュアスが一斉に口を開く。ライラは少しムッとして「一人ずつにして」と言った。妻と思しきウエイトレスが注文を取りにくる。ライラは「おかみさん、とりあえずビールね。みんなは?」と俺たちに聞いた。
「え、お酒飲むの?」
「やけ酒か? やけ酒なのか?」
「お酒でストレスを解消するのはオススメしないぞ」
また俺とニュウニュウとコンティニュアスが一斉に口を開く。
「だからぁ、一人ずつにしろって言ってんだろうが!」
ライラは分厚い木のテーブルをバン!と手のひらで叩いた。おかみさんが目を丸くする。ライラは「あ……。すみません」と苦笑いしながら頭を下げた。俺たち4人もビールを頼んだ。ここに至ってようやく、ライラは以前のメンバーとは構成が違うことに気づいた。
「あれ! テイラーじゃない!」
目を細めて、ジロジロと見ている。ニュウニュウは呆れた顔をして「クリス、この姉ちゃん、目ぇ、見えとるんか?」と聞いた。目が悪いのだ。小柄だから、見間違えたのだろう。と、いうことにしておこう。それ以上、ツッコむと、ライラの天然っぷりをえぐることになってしまう。
「クリス、テイラーはどうしたのよ?」
ライラは明らかに、俺を責めている表情をして聞いた。
「エドワードと一緒だよ。で、こちらは代役のニュウニュウさん」
俺が紹介すると、ニュウニュウは笑顔でペコリと頭を下げた。
「初めまして……。ええと、だけどね。それ以前に。あなた、未成年でしょう? お酒飲んだら、ダメだよ。……?」
ライラの表情が、次第に怪訝なものに変わっていく。俺と違って魔力を探知できるのだ。ようやく自分が話しかけている相手が、ただの子供ではないことに気づいたようだった。
「あれ? あなた、普通の人間じゃないわね? えっ……?」
「やっと気がついたんか、姉ちゃん」
ニュウニュウはニヤニヤしている。
「ライラ、ニュウニュウはマリシャ王女付きの魔法使いだ。こう見えても御歳150歳近くなので、俺たちよりもずっとずっと年上なんだよ」
「そうやで。だから、ビール飲んでもええねんで」
ライラは目を丸くした。テーブルにジョッキが5つ、やってくる。おかみさんもニュウニュウの年齢が気になるのか、こちらをうかがっている気配がする。そんな様子を全く気にせず、コンティニュアスが「何か酒に合うつまみを適当に見繕って作ってくれ」と注文した。
「コニー、勝手に注文しないで。おかみさん、私はカツレツ定食ダブルにご飯テラ盛りね。あ、日替わりスープは豚汁に変更して」
ライラはピシャリと言い切ると、俺たちをぐるっと見回した。さあ、注文しろということなのだろう。それ以前にこの店、何を食わせてくれるんだ。テーブルの横の壁に黒板がかけてあって、メニューがびっしりと書き込まれている。トンカツ、ビフテキ、唐揚げ、シチューにオムレツ。なんでもありそうだ。
『拙者、スパゲティーボロネーゼがいいのでござる』
ハーディーがいうと、おかみさんは「ボロネーゼね、あいよ」と返事をした。魔法言葉がわかるのだ。へえ、さすがはヘイシュリグの住民だな。めいめい好きなものを注文して、俺は改めてライラとニュウニュウにお互いを紹介した。ニュウニュウは先ほどからライラの胸をガン見している。男だったら変態確定で引っ叩かれるぞ。
「で、さっきの男は誰なんだ?」
待ちきれないとばかりに口を開いたのは、コンティニュアスだった。ニュウニュウが「そうそう、それや、それ」と追随する。
「ああ、あれは上司。最近、言い寄ってくるのよ。嫁も子供もいるくせに、鬱陶しいったらありゃしない」
ライラはジョッキをグイッとあおった。飲んでいるところを見るのは初めてだが、なかなかの飲みっぷりだ。調子を合わせて少し口をつけてみる。よくこんな寒い時にビールなんか飲めるな。むしろホットココアがほしいくらいなのに。
「嫁も子供もいるんなら、不倫やないか」
ニュウニュウが眉毛を吊り上げる。
「そうそう。そうなんだけど。うちの職場って女子ばっかりでさ、なんか、全ての部下は自分の女みたいな顔をしているのよ。本当、嫌になっちゃう」
ライラが愚痴をこぼしている間に誰が頼んだのか、山盛りのフライドポテトがやってきた。コンティニュアスが「おお、ビールにはこれがなくっちゃな」と言いながら3、4本まとめてつまんで、口に運ぶ。横からニュウニュウも手を伸ばした。
「修道士って神に仕える聖職者じゃないのか? 随分と風紀が乱れているんだな」
ライラを口説こうとしていた男の顔を思い出して、イラッとした。その勢いであまり飲めないビールをあおる。
「神に仕える聖職者、か。実態はそんなにきれいなものじゃないのよ」
ライラはジョッキを空けると「おかみさん、おかわり頂戴!」と声を上げた。振り向いて「クリスも飲むでしょ?」と聞く。くっ。なんとか1杯飲み干したばかりなのに。でも、好きな女の子に「飲むよね?」と誘われて断っては、男が廃るぜ。愛想笑いを浮かべてうなずくと、ライラは「おかわり2つ頂戴!」と言い直した。
ビールより先にハーディーのスパゲティーがやってきた。すごい量だ。麺が皿からあふれている。普通の食堂の軽く倍はあるだろう。
「ハーディー、それ大盛りか?」
驚いて聞いてしまう。
『いや……。間違えたのでござろうか。拙者、大盛りとはひと言も申しておらぬのでござるが……』
ハーディーもおろおろしている。
「それ、ここの普通サイズなのよ。マスターは元冒険者なの。だから、全てのメニューが基本的に大盛りなの」
そうなのか。黒板のメニューを見ると、どれもこれも値段は普通だ。めちゃくちゃお得な店じゃないか。なのに、どうしてこんなにお客が少ないんだ? 不思議に思っていると、2杯目のジョッキとライラのトンカツ定食がやってきた。
「げっ!」
思わず声が出てしまう。これもものすごい量だ。皿からはみ出しそうなトンカツが4枚積み上げられていて、米は炎の神殿もかくやと思うほど、高々と盛られている。驚いている俺を見て、ライラは得意げな顔をした。
「なんでこの店、こんなにお得なのに、こんなに空いているんだって顔してるわね」
トンカツにドボドボとソースをかけながら、図星なことを言う。俺は素直にうなずいた。
「修道士はね、基本的に冒険者という人種が嫌いなのよ。だから、この店には修道院がらみの人はあまり来ないの。空いているのはそのせい。こんなに美味しいのにね」
ライラはフォークを取り上げてトンカツをオン・ザ・ライスして、ガツガツとかきこんだ。口いっぱいに頬張って「ん〜、美味しい!」と喜悦の表情を浮かべると、カウンターの向こうで料理をしているマスターに「マスター、今日も最高!」と声をかけた。マスターは禿頭をキラリと輝かせて、うれしそうに微笑む。
「修道士があまり来ないから、私の隠れ家なの」
見る見るうちに皿の上のトンカツを平らげていく。冒険中に一緒に食事をしたが、大食いという印象は全くなかった。やけ食いなのか、それともこれが本来の姿なのか。どっちにせよ、知らなかったライラの姿に圧倒された。俺が頼んだビーフシチューとパンがテーブルにやってきたが、しばらく食べるのを忘れてライラの食べっぷりに見入ったほどだった。
そんな俺の隣で、コンティニュアスとニュウニュウはハイペースでジョッキを空けていた。さっきからフライドポテトとかポテトサラダとか、フィッシュフライとか酒の肴になりそうなものばかり頼んでいる。
「旦那、もっと飲め!」
「おっさん、まさかもう終わりとちゃうやろな! 夜は長いんやでぇ!」
『勘弁してほしいのでござる。拙者が飲み食いしたものは、アン様の体内にも入ってしまうのでござる。アン様は、お酒はちょっとまずいのでござる』
ハーディーが一生懸命断っているのに、コンティニュアスは「前から一度、とことん飲み明かしてみたかったんだ!」とグラスに……なんだ、それ。いつの間にビールからウイスキーに変わっているんだ?
『あ〜、勘弁してほしいのでござる』
「勘弁とか言いながら、飲んどるやないか!」
「旦那、いい飲みっぷりだ!」
ヤバいな。めちゃくちゃになってきた。さっさと要件を伝えて、了解を取ってしまわないと。俺は改めてライラの方を向いた。
「ライラ、実は……」
「わかってる。冒険でしょ」
ライラはトンカツの最後のひと切れを口に運ぶと、3杯目のビールで流し込んだ。そして「おかみさん、私もウイスキーにして! グラス2つ持ってきて!」とカウンターに向かって言った。
ちょっと待ってくれ。グラス2つって、どういうこと? 俺もお付き合いしなきゃいけないのか?




