魔術師と魔法使い
部屋を出て、しばらく足を止めなかった。テイラーへの未練を振り切るように、ずんずんと歩いた。俺は、どこに行くつもりなのだろう? どこでもいい。とにかく、できるだけアフリートから、テイラーから離れたかった。
『クリス殿』
ハーディーが背後から声をかけてくる。ほとんど駆け足で階段を降りた。角を曲がり、広間へと向かう。とりあえず、どこか広いところがいい。できれば雑踏に消えてしまいたい気分だった。
『クリス殿』
「なんだよ」
イラッとする。放っておいてほしかった。広間に出て、足を止めて振り返る。ハーディーはすぐ背後にいたが、ニュウニュウはかなり遅れていた。そこで、自分がものすごい早足で歩いていたことに気づく。ニュウニュウはほとんど駆け足で追いついてきた。
『モヤモヤする気持ちは、わからないでもないのでござる。だが、あれはアフリート殿なのでござる。アフリート殿であるうちは、拙者どもでは如何ともし難いのでござる。そこは割り切らないと……』
「じゃあ、ハーディーは割り切れんのかよ!」
声を荒げてしまってから、しまったと思う。ハーディーを見ると、寂しそうな顔をしていた。いや、仮面なので表情は変わらないのだけど。でも、寂しそうに見えた。
『拙者は……』
「ごめん。でも、俺はハーディーみたいに大人じゃないんだ」
こんな気持ちでパンゲアに出発して大丈夫なのだろうか。わかっている。テイラーと別れるのが辛いのだ。そして、俺のパーティーを離れるのは、テイラー本人の意志でないとわかっているから、モヤモヤするのだ。なんだかエドワードにテイラーを獲られたみたいな気持ちもする。かわいがっていた妹が、知らない男のところに嫁に行く時って、こんな感情になるのかもしれない。
「あんたら、歩くの早いねん!」
ニュウニュウは息を切らせていた。杖にもたれかかって「ああ、しんど」とこぼす。
「どう? あれの代わりがほしいんだけど。見つかりそう?」
できるだけ平静を装って、聞いてみた。ニュウニュウは手のひらで顔をパタパタとあおいで、もう一度「ああ、しんど」と言ってから、杖でトンと床を叩いた。
「いや〜、さすがに魔族四天王の一人やな。えらい魔力やったわ。殺されるんとちゃうかと思った」
質問に答えずに、ブツブツとこぼしている。
「じゃあ、とりあえず酒場に行こっか」
俺はハーディーの言う通り、割り切ることにした。まだ胸の奥はモヤモヤしているが、いつまでも引きずっていても仕方がない。今回はテイラーと別行動なのだ。そうと決まれば、自分たちのやるべきことをテキパキとやっていかなければ。ハーディーを促して、歩き出そうとした。
「ちょい待ちや」
ニュウニュウが呼び止める。
「なんだよ」
足を止めた。ニュウニュウは仁王立ちして、怖い顔をして俺たちをにらんでいる。
「酒場に行って、どうするつもりや」
「だから、新しい魔術師を探すんだろ?」
何を言っているんだ。自分がそう言ったではないか。と、ニュウニュウは呆れたように「はぁ〜」とため息をついた。
「あのなぁ。あんなんの代わりが、イースの酒場におると思うか? 桁外れやぞ」
アフリートと会って、半端ではない魔力を感じたのだろう。だが、それはアフリートの力であって、テイラー本来の力ではない。アフリートほどの火力がある魔術師がそうそういないことくらい、俺にもわかる。だから、それは必要ない。テイラーくらいの魔術師がいればいいのだ。
「いや、あの寄生されていた子くらいの魔術師でいいんだよ。それなら、いるんじゃないの?」
アフリート級の魔術師を探すつもりなのだろうと、勝手に思っていた。ところが、ニュウニュウは改めて呆れた顔をして、首を横に振った。
「違う、違う。アフリートを取り除いたとしても、あの子は一級品や。テイラーって言ったかな? あんなん、そうそうおらへんって」
顔の前で手のひらを横に振っている。
「えっ、そうなの?」
確かにアフリートはテイラーのことを「純度が高い」と言っていたし、キュラの手紙には高い素質を秘めていると書いてあった。〝底なし〟をぶっ飛ばしたパワーは、この目で見た。だけど、俺はそこまで魔術師としてのテイラーを評価していなかった。パニックを起こして暴発するし、力を制御できないし。盗賊の俺から見ても、魔術師としては未熟だった。
「そうそう。代わりなんかおらん。せやから、ウチが行くわ。ウチが」
ニュウニュウは眉をキリリと引き締めて、自分を指差しながら「ウ・チ・が」ともう一度、言った。
「ああ、そう」
そうか、そうか。すぐに代わりの魔術師が見つかってよかった。マリシャ王女付きの魔術師なら、間違いないだろう。しかも、ドラゴンなのだ。いざとなれば全部、炎で吹っ飛ばしてくれるに違いない。じゃあ早速、ライラを誘いに行こうか……って
「ええ〜っ!!」
あまりに唐突な申し出すぎて、スルーしてしまった。やっとニュウニュウが何を言ったのか腑に落ちて、驚いて大きな声を上げた。
「えっ、あんたが一緒に行ってくれるの?」
「あんた言うな! ウチの名前はニュウニュウや!」
そばに近づいてきて、下から俺をにらむ。
「えっ、ちょっと待って。ニュウニュウは姫様付きの魔術師なんだよね? お城を空けて大丈夫なの? てゆうか、ニュウニュウがいなくなったら、ここには魔術師がいなくなっちゃうんじゃないの?」
次々に疑問がわいてくる。
「城には今、エドワードがおるから大丈夫や。確かにウチが出かけたら首都に魔法使いはおらんようになるけど、エドワードとかも魔法は使えるしな。大丈夫なんとちゃう? 知らんけど」
……。
確かにエドワードは魔法が使える。魔術師はいなくなるが、魔法が使える人間がいなくなるわけではない。
「そうか。大丈夫なら、それでいいんだけど……。本当にいいの?」
念押しで聞いてみた。ニュウニュウは目を細めて、ニヤッと笑った。
「ええで、ええで。それに、パンゲアに行くんやろ? ウチ、行ったことないねん。一度、行きたいなぁと思っとったんや。かのザ・レジェンドが逃げ帰ってきた奇跡の大地やろ? 行ってみたいなぁ、うん」
実に楽しそうにニヤニヤしている。こいつ、俺と同じく、骨の髄まで冒険者なのかもしれない。何はともあれ、魔術師が決まってよかった。内心、ホッと胸をなで下ろした。
「そうか……。ところで、ニュウニュウは飛行魔法は使えるの? 単独じゃないぜ。パーティーのメンバーを一緒に連れて飛べるくらいのやつだ」
そうそう。これを確認しておかないと。ニュウニュウはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、満面の笑みを浮かべた。
「クリス、ウチをなんやと思うてるんや? こう見えてもドラゴンなんやで? そんなん4、5人くらい連れて空を飛ぶなんて、ちょちょいのちょいやがな!」
鼻を高々と突き上げて、ひっくり返るんじゃないかと思うほど反り返っている。
「そうか、そうか。なら、バッチリだな。よろしく頼むよ。新しい魔術師さん」
手を差し出すと、ニュウニュウはなぜかそれをチラッと見て、急に不機嫌な顔をした。
「仲間になるこの際やから言っとくけど、さっきから魔術師、魔術師言うとるけど、それ、やめてくれへんかな。ウチは魔術師とちゃうねん。魔法使いやねん」
「えっ、なんで?」
「魔法使いギルド」ではなく「魔術師ギルド」というので、魔法を使う人の本来の呼び方は「魔術師」だと思っていた。「魔法使い」というのは、魔術師をやわらかく表現したものというのが、俺の理解だった。
「魔法使いと魔術師は、いろいろと違うねん。わかりやすい違いを一つ挙げれば、魔法使いは生まれながら魔法が使える人のこと。魔術師は生まれてから魔法を学んで、使えるようになった人のこと。人間は圧倒的に魔術師が多いねん。でも、どっちがすごいんかといえば、魔法使いやねん」
「ああ、そうなんだ……」
それは知らなかったな。
「せやから、ウチのことは〝魔法使いニュウニュウ〟って呼んでや」
ニュウニュウは胸を張った。
『魔法使いニュウニュウ殿』
ハーディーが恭しく呼びかけると、ふうんと自慢げに鼻を鳴らして「なんや!」とドヤ顔をした。
「わかった、わかった。じゃあ、魔術師はもういいや。次は修道士を探しに行こう」
スタスタと歩き出そうとすると、ニュウニュウが「待たんかい!」と怒った顔をして俺を指差している。
「なんだよ」
「魔術師ちゃう言うてるやろ! 魔法使いや! ちゃんと敬意を払わんかい!」
プンスカ怒り始めたが、ちびっ子なので、全く怖くない。ただ、ヘソを曲げられるのは嫌だった。
「わかりましたよ、魔法使いニュウニュウ様」
「おう、そうや。わかればええねん。で、修道士はどうすんねん。エドワードの代わりも、そうそうおらへんぞ」
俺はハーディーと顔を見合わせた。
『修道士は、あてがあるのでござる。エドワード殿とはタイプが違うのでござるが、負けないくらい優秀なのでござる』
ハーディーが俺の代わりに言った。
「おお、そうか。そりゃよかった。じゃあ早速、その彼を誘いに行こう。すぐに来てくれるやろか?」
ニュウニュウは俺のそばに小走りでやってきた。うん、とりあえず軽装でヘイシュリグに行こう。もしかしたら、ライラがパンゲア行きを断るかもしれない。そうすれば改めて首都に戻ってきて、修道士を探さないといけない。パンゲア行きの荷造りをするのは、修道士が誰か確定してからでも遅くない。
もしライラがOKしてくれれば、俺は出発前にニーナに会わせたいと思っていた。愛おしい人と会っておけば、必ず生きて帰るというモチベーションになる。
「ニュウニュウ、その人はヘイシュリグにいるんだ。もしかしたら泊まりになるかもしれない。宿泊の準備だけして行こう」
最大の課題だったテイラーの穴は埋まった。ライラが再加入してくれれば、最低限の編成は整う。だが、それで大丈夫なのか? 舞台はあのパンゲアだぞ。気分はまだパッと晴れなかった。




