表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
75/169

テイラーもパンゲアに行きたいぞ

 アフリートの部屋に行くまでの間に、ニュウニュウは簡単に身の上を語ってくれた。若い女の子の姿をしているが、実はドラゴンであること。昔、親とはぐれて山でさまよっている時に、少女時代のマリシャ王女に助けられたこと。以来、姫の魔法部門のアドバイザーとして、イースの魔術師ギルドに住み着いている。タイタンの誘いを断ってイースに残り続けているのも、マリシャ王女のそばにいたいがためだ。


 「というわけでぇ、今のイースの魔法使いギルドの長官は、ウチやってわけや!」


 俺の前に回り込んで、ドヤ顔をする。


 口調が変だった。打ち解けると、話し方がガラリと変わってしまった。何、それ? ドラゴンの言葉?と聞くと「ウチのおった洞窟の近くに住んどった人間は、こんなしゃべり方やった。それを最初に覚えたから、こんな感じなんや」と言う。額と目の下の紋様は、ドラゴン流の化粧らしい。「こう見えても、お年頃やからな!」なのだそうだ。


 「あんたらの噂は聞いとったで。炎の神殿を攻略したっていうから、どんな凄いメンツなんやろかと思っていたら、いや〜、一人はタイタンはんのところの魔人やったとは。そらぁ、強いはずや」


 ハーディーの尻を平手でピシャピシャと叩きながら、楽しそうに笑っている。見た目と中身のギャップが激しすぎて、見ているとクラクラしてくるが、基本的に明るくて開けっぴろげな性格のようだ。王女に仕えている連中はエドワードにしろシャインにしろ、似たような人間が多い。ニュウニュウは人間ではないが、それでも同じようなキャラクターではあるのだろう。


 だが、城内で魔族を飼っているとは。いや、飼っているというのは失礼だな。雇用している? なんといえばいいのだろう。とにかく、王国の関係者に魔族がいるというのは、驚きだった。魔族は人間の敵ではないのか? 


 「あんたは普通の人間やしな! よう生きて帰ってきたな! 驚くわ!」


 今度は俺の尻をピシャピシャと叩く。その話し方。ほめられているのか、馬鹿にされているのか、よくわからない。とかなんとかやっているうちに、アフリートの部屋の前についた。ドアをノックする。なかから「どうぞ」と侍女の声がした。ドアを開けて入ると、姿見の前にアフリートが立っていた。


 『おお……』


 ハーディーが感嘆の声を上げた。俺も思わず、息を飲んだ。


 アフリートはドレス姿だった。白地にオレンジ色のラメが入ったロングドレスだ。肩どころか胸元まで大きく露出させ、腰からは大胆にスリットが入っている。テイラーであることを忘れるような、見事な脚線美がのぞいていた。頭には小さな銀色のティアラがついている。眼帯はそのままだ。今、着たばかりのようで、侍女2人が着付けを手伝っていた。アフリートに直接、触ると熱いのか、分厚い手袋を着けている。


 「おお、どうだ? きれいだろう?」


 アフリートは、部屋に入ってきた俺たちに気がついて、艶やかに微笑みながら話しかけてきた。その顔を見て2度、びっくりした。髪を切っていたからだ。鼻のあたりまで伸ばし放題に伸ばしていた前髪を切って、眉にかかるくらいにしている。暗い陰鬱な魔女という印象から、どこかの姫のように、ガラリとイメージが変わっていた。


 「テイラー……。さ、散髪したんだな……」


 ドレスをほめるのが先のような気がしたが、どうしてもそっちに目が行ってしまう。


 「おお、そうだ。鬱陶しかったのでな。テイラーは火傷した顔を見せたくなくて、あんなふうに髪を伸ばしていたのだろうが、治ってしまえば、もう必要はない」


 アフリートは前髪を触った。引っ張っても目にも届かない。火傷の跡だらけだったほっぺたは、今はツヤツヤとしている。そこに姿見から反射した光が当たって、体の中から輝いているように見えた。


 『そのドレスは、どうしたのでござるか?』


 ハーディーが聞いた。


 「うん。ここで借りた。あたしは炎の女王だ。魔法使いじゃあ、ないからねえ。女王らしい格好をしようと思ったのさ」


 アフリートは胸元に手を添えて、こっちを向く。アフリートはテイラーよりも大人っぽい。ドキッとする色気を漂わせていた。


 『その格好で戦場に行くのでござるか? 少々、軽装すぎるのではござらぬか?』


 ハーディーは何やら落ち着きなく、両手をもみ合わせている。こんな舞踏会に行くような服装で戦場に行くことを、心配しているのだろう。しかもその時、自分たちはそばにいないのだ。


 「問題ないねえ。この前、久々に暴れたおかげで、どれくらい調整すればいいのか、わかったからねぇ。何、この子に傷はつけないよ。あたしもこの体は、気に入っているからねぇ」


 アフリートはドレスのスカートをつまむと、ひらりひらりと右へ左へと回ってみせた。


 「で、どうだ? 似合っているだろう?」


 もう一度、聞いてくる。


 「ああ、うん。似合うよ」


 素直にうなずいた。お世辞でもなんでもない。本当にきれいだった。炎の女王という肩書きがしっくりとくる美しさだ。これがあのフケだらけで垢まみれだったテイラーとは思えない。火傷を治して散髪をしてドレスを着せれば、テイラーはこんなにもかわいいのだ。


 さっきから、ニュウニュウがアフリートの周囲を歩き回っている。興味津々の目で横から下から眺めていた。


 「お前は何者だい?」


 アフリートはくるくる回るのを止めると、尋ねた。声をかけられて、ニュウニュウはビクッと立ち止まった。


 「これはこれは炎の女王、アフリート様。私は魔法使いのニュウニュウと申します」


 おかしな言葉遣いを封印し、膝をつくと恭しくお辞儀をした。アフリートは「ふうん」とうなずいてジロジロとニュウニュウを見ていたが、不意にスッと近寄って髪を撫でた。ニュウニュウは体をこわばらせる。


 「お前、ヒトの姿をしているのに、ヒトではないねえ。魔族だね? しかも、あたしと同じだぁ」


 アフリートは顔をひきつらせているニュウニュウをのぞき込んで、楽しそうにグフェフェと笑った。


 「は、はい。炎の魔法使いなので……」


 さっきまでのルンルン気分はどこへやら、気圧されて完全に恐縮し切っている。アフリートはしばらくニュウニュウをジロジロと見ていたが、やがて興味を失ったのか、俺たちの方に向き直った。


 「で、なんの用事だい?」


 侍女たちに靴を履かせてもらいながら、聞いてきた。足元は赤いハイヒールだ。テイラーはもともと左膝が悪かった。そんな歩きにくそうな靴を履いて大丈夫なのだろうかと、心配になる。


 「ああ。俺たち、パンゲアに行くよ。テイラーにそれを伝えに来た」


 アフリートの背後で、ニュウニュウが冷や汗をかきながらため息をついている。アフリートはしばらく俺をじっと見つめていた。何を考えているのだろう。アフリートは基本的にニヤニヤしているのだが、こうして無表情になると、本当に感情が読み取れない。


 「ああ、そうかい」


 アフリートはそう言いながら、姿見の隣にある大きな鏡台の前に行った。侍女がスッと寄り添う。着付けが終わったので、次は化粧というわけか。鏡台の前の椅子に腰掛けた。


 『アフリート殿、テイラー殿と話をさせてほしいのでござる。拙者どもはテイラー殿に直接、伝えたいのでござる』


 ハーディーは鏡台に歩み寄ると、少し屈んでアフリートと目線を合わせて言った。


 「これから化粧をするんだ。後であたしから伝えておくよ」


 アフリートは面倒臭そうな顔をする。


 『そこをなんとか。すぐ終わるのでござる』


 ハーディーは大きな体を折って、頭を下げた。


 「しょうがないなぁ」


 アフリートがそう吐き捨てるや、表情が変化した。急にあどけない顔に変わる。


 「テイラー?」


 『テイラー殿?』


 ハーディーと同時に呼びかけた。テイラーは目をパチパチさせて俺とハーディーを見て、そして鏡に映った自分を見て「おおっ」と変な声を上げた。声も違う。テイラーだ。テイラーは今からまさに化粧をしようとしていた侍女を押し退けると、立ち上がって俺たちの前にやってきた。


 「クリス、ハーディー! テイラーもパンゲアに行きたいぞ!」


 はっきりと、そう言った。言った瞬間、また表情がガラリと変わった。大人っぽい、艶やかな笑みを浮かべたアフリートになる。


 「んふふ、それはダメだねえ。あたしはヴァシリに行くのさ。そっちの方が楽しそうだからねぇ。ステーキも食べさせてもらえるからねぇ」


 テイラーに戻って、あっという間にまたアフリートになって、言葉が出なかった。それでも、テイラーに戻った時に、テイラーが口にした言葉は、俺の心に深く突き刺さった。


 テイラーもパンゲアに行きたい


 キュラの手紙を読んで、テイラーが一人前の大人になるまで面倒を見てやろうと思っていた。だけど、アフリートに寄生されて、力を手に入れて、状況は変わってしまった。アフリートは、俺がコントロールできるものではない。エドワードやシャインに任せておいた方が、いいようにしてくれるのではないか。テイラーを手放すのは確かに辛いけど、俺の役目は終わったと思っていた。


 だけど、テイラーは、やはり俺たちと一緒に行きたいのだ。胸の奥から、熱いなにかが噴き上がってくる。耐えきれずに、拳を握って胸に強く押し当てた。アフリートは俺たちから離れると、改めて鏡台の前に座った。


 『アフリート殿……。どうか、テイラー殿を大切にしてあげてほしいのでござる……』


 ハーディーが必死で声を絞り出している。ハーディーも辛いのだ。「一緒に行きたい」というテイラーを置いて行くのが。俺は顔を上げて、真正面からアフリートを見つめた。


 「アフリート」


 声をかけると、アフリートは「何?」と小首を傾げて、振り返った。


 「アフリート、いつになるかわからないが、俺たちは絶対にテイラーを取り戻す。テイラーは俺たちの仲間だ」


 力を込めてにらみつけると、アフリートはキョトンとしてから、何がおかしいのかニヤニヤと笑い始めた。


 「勝手にどうぞ。この子よりいい体を持ってきてくれたら、いつでも返してやるよ」


 そういうと鏡の方を向いて、侍女に「さあ、始めておくれ」と言った。侍女たちはその顔に何かを塗り始める。アフリートはもう話は終わったと言わんばかりに、俺たちのことを見ようともしなかった。


 「ハーディー、ニュウニュウ、行こう」


 俺は2人に声をかけると、部屋を出た。背後でアフリートが「もう少し濃いめに塗ってくれないかねぇ」と侍女たちに指示を出している声が聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ