テイラーもパンゲアに行きたいぞ
アフリートの部屋に行くまでの間に、ニュウニュウは簡単に身の上を語ってくれた。若い女の子の姿をしているが、実はドラゴンであること。昔、親とはぐれて山でさまよっている時に、少女時代のマリシャ王女に助けられたこと。以来、姫の魔法部門のアドバイザーとして、イースの魔術師ギルドに住み着いている。タイタンの誘いを断ってイースに残り続けているのも、マリシャ王女のそばにいたいがためだ。
「というわけでぇ、今のイースの魔法使いギルドの長官は、ウチやってわけや!」
俺の前に回り込んで、ドヤ顔をする。
口調が変だった。打ち解けると、話し方がガラリと変わってしまった。何、それ? ドラゴンの言葉?と聞くと「ウチのおった洞窟の近くに住んどった人間は、こんなしゃべり方やった。それを最初に覚えたから、こんな感じなんや」と言う。額と目の下の紋様は、ドラゴン流の化粧らしい。「こう見えても、お年頃やからな!」なのだそうだ。
「あんたらの噂は聞いとったで。炎の神殿を攻略したっていうから、どんな凄いメンツなんやろかと思っていたら、いや〜、一人はタイタンはんのところの魔人やったとは。そらぁ、強いはずや」
ハーディーの尻を平手でピシャピシャと叩きながら、楽しそうに笑っている。見た目と中身のギャップが激しすぎて、見ているとクラクラしてくるが、基本的に明るくて開けっぴろげな性格のようだ。王女に仕えている連中はエドワードにしろシャインにしろ、似たような人間が多い。ニュウニュウは人間ではないが、それでも同じようなキャラクターではあるのだろう。
だが、城内で魔族を飼っているとは。いや、飼っているというのは失礼だな。雇用している? なんといえばいいのだろう。とにかく、王国の関係者に魔族がいるというのは、驚きだった。魔族は人間の敵ではないのか?
「あんたは普通の人間やしな! よう生きて帰ってきたな! 驚くわ!」
今度は俺の尻をピシャピシャと叩く。その話し方。ほめられているのか、馬鹿にされているのか、よくわからない。とかなんとかやっているうちに、アフリートの部屋の前についた。ドアをノックする。なかから「どうぞ」と侍女の声がした。ドアを開けて入ると、姿見の前にアフリートが立っていた。
『おお……』
ハーディーが感嘆の声を上げた。俺も思わず、息を飲んだ。
アフリートはドレス姿だった。白地にオレンジ色のラメが入ったロングドレスだ。肩どころか胸元まで大きく露出させ、腰からは大胆にスリットが入っている。テイラーであることを忘れるような、見事な脚線美がのぞいていた。頭には小さな銀色のティアラがついている。眼帯はそのままだ。今、着たばかりのようで、侍女2人が着付けを手伝っていた。アフリートに直接、触ると熱いのか、分厚い手袋を着けている。
「おお、どうだ? きれいだろう?」
アフリートは、部屋に入ってきた俺たちに気がついて、艶やかに微笑みながら話しかけてきた。その顔を見て2度、びっくりした。髪を切っていたからだ。鼻のあたりまで伸ばし放題に伸ばしていた前髪を切って、眉にかかるくらいにしている。暗い陰鬱な魔女という印象から、どこかの姫のように、ガラリとイメージが変わっていた。
「テイラー……。さ、散髪したんだな……」
ドレスをほめるのが先のような気がしたが、どうしてもそっちに目が行ってしまう。
「おお、そうだ。鬱陶しかったのでな。テイラーは火傷した顔を見せたくなくて、あんなふうに髪を伸ばしていたのだろうが、治ってしまえば、もう必要はない」
アフリートは前髪を触った。引っ張っても目にも届かない。火傷の跡だらけだったほっぺたは、今はツヤツヤとしている。そこに姿見から反射した光が当たって、体の中から輝いているように見えた。
『そのドレスは、どうしたのでござるか?』
ハーディーが聞いた。
「うん。ここで借りた。あたしは炎の女王だ。魔法使いじゃあ、ないからねえ。女王らしい格好をしようと思ったのさ」
アフリートは胸元に手を添えて、こっちを向く。アフリートはテイラーよりも大人っぽい。ドキッとする色気を漂わせていた。
『その格好で戦場に行くのでござるか? 少々、軽装すぎるのではござらぬか?』
ハーディーは何やら落ち着きなく、両手をもみ合わせている。こんな舞踏会に行くような服装で戦場に行くことを、心配しているのだろう。しかもその時、自分たちはそばにいないのだ。
「問題ないねえ。この前、久々に暴れたおかげで、どれくらい調整すればいいのか、わかったからねぇ。何、この子に傷はつけないよ。あたしもこの体は、気に入っているからねぇ」
アフリートはドレスのスカートをつまむと、ひらりひらりと右へ左へと回ってみせた。
「で、どうだ? 似合っているだろう?」
もう一度、聞いてくる。
「ああ、うん。似合うよ」
素直にうなずいた。お世辞でもなんでもない。本当にきれいだった。炎の女王という肩書きがしっくりとくる美しさだ。これがあのフケだらけで垢まみれだったテイラーとは思えない。火傷を治して散髪をしてドレスを着せれば、テイラーはこんなにもかわいいのだ。
さっきから、ニュウニュウがアフリートの周囲を歩き回っている。興味津々の目で横から下から眺めていた。
「お前は何者だい?」
アフリートはくるくる回るのを止めると、尋ねた。声をかけられて、ニュウニュウはビクッと立ち止まった。
「これはこれは炎の女王、アフリート様。私は魔法使いのニュウニュウと申します」
おかしな言葉遣いを封印し、膝をつくと恭しくお辞儀をした。アフリートは「ふうん」とうなずいてジロジロとニュウニュウを見ていたが、不意にスッと近寄って髪を撫でた。ニュウニュウは体をこわばらせる。
「お前、ヒトの姿をしているのに、ヒトではないねえ。魔族だね? しかも、あたしと同じだぁ」
アフリートは顔をひきつらせているニュウニュウをのぞき込んで、楽しそうにグフェフェと笑った。
「は、はい。炎の魔法使いなので……」
さっきまでのルンルン気分はどこへやら、気圧されて完全に恐縮し切っている。アフリートはしばらくニュウニュウをジロジロと見ていたが、やがて興味を失ったのか、俺たちの方に向き直った。
「で、なんの用事だい?」
侍女たちに靴を履かせてもらいながら、聞いてきた。足元は赤いハイヒールだ。テイラーはもともと左膝が悪かった。そんな歩きにくそうな靴を履いて大丈夫なのだろうかと、心配になる。
「ああ。俺たち、パンゲアに行くよ。テイラーにそれを伝えに来た」
アフリートの背後で、ニュウニュウが冷や汗をかきながらため息をついている。アフリートはしばらく俺をじっと見つめていた。何を考えているのだろう。アフリートは基本的にニヤニヤしているのだが、こうして無表情になると、本当に感情が読み取れない。
「ああ、そうかい」
アフリートはそう言いながら、姿見の隣にある大きな鏡台の前に行った。侍女がスッと寄り添う。着付けが終わったので、次は化粧というわけか。鏡台の前の椅子に腰掛けた。
『アフリート殿、テイラー殿と話をさせてほしいのでござる。拙者どもはテイラー殿に直接、伝えたいのでござる』
ハーディーは鏡台に歩み寄ると、少し屈んでアフリートと目線を合わせて言った。
「これから化粧をするんだ。後であたしから伝えておくよ」
アフリートは面倒臭そうな顔をする。
『そこをなんとか。すぐ終わるのでござる』
ハーディーは大きな体を折って、頭を下げた。
「しょうがないなぁ」
アフリートがそう吐き捨てるや、表情が変化した。急にあどけない顔に変わる。
「テイラー?」
『テイラー殿?』
ハーディーと同時に呼びかけた。テイラーは目をパチパチさせて俺とハーディーを見て、そして鏡に映った自分を見て「おおっ」と変な声を上げた。声も違う。テイラーだ。テイラーは今からまさに化粧をしようとしていた侍女を押し退けると、立ち上がって俺たちの前にやってきた。
「クリス、ハーディー! テイラーもパンゲアに行きたいぞ!」
はっきりと、そう言った。言った瞬間、また表情がガラリと変わった。大人っぽい、艶やかな笑みを浮かべたアフリートになる。
「んふふ、それはダメだねえ。あたしはヴァシリに行くのさ。そっちの方が楽しそうだからねぇ。ステーキも食べさせてもらえるからねぇ」
テイラーに戻って、あっという間にまたアフリートになって、言葉が出なかった。それでも、テイラーに戻った時に、テイラーが口にした言葉は、俺の心に深く突き刺さった。
テイラーもパンゲアに行きたい
キュラの手紙を読んで、テイラーが一人前の大人になるまで面倒を見てやろうと思っていた。だけど、アフリートに寄生されて、力を手に入れて、状況は変わってしまった。アフリートは、俺がコントロールできるものではない。エドワードやシャインに任せておいた方が、いいようにしてくれるのではないか。テイラーを手放すのは確かに辛いけど、俺の役目は終わったと思っていた。
だけど、テイラーは、やはり俺たちと一緒に行きたいのだ。胸の奥から、熱いなにかが噴き上がってくる。耐えきれずに、拳を握って胸に強く押し当てた。アフリートは俺たちから離れると、改めて鏡台の前に座った。
『アフリート殿……。どうか、テイラー殿を大切にしてあげてほしいのでござる……』
ハーディーが必死で声を絞り出している。ハーディーも辛いのだ。「一緒に行きたい」というテイラーを置いて行くのが。俺は顔を上げて、真正面からアフリートを見つめた。
「アフリート」
声をかけると、アフリートは「何?」と小首を傾げて、振り返った。
「アフリート、いつになるかわからないが、俺たちは絶対にテイラーを取り戻す。テイラーは俺たちの仲間だ」
力を込めてにらみつけると、アフリートはキョトンとしてから、何がおかしいのかニヤニヤと笑い始めた。
「勝手にどうぞ。この子よりいい体を持ってきてくれたら、いつでも返してやるよ」
そういうと鏡の方を向いて、侍女に「さあ、始めておくれ」と言った。侍女たちはその顔に何かを塗り始める。アフリートはもう話は終わったと言わんばかりに、俺たちのことを見ようともしなかった。
「ハーディー、ニュウニュウ、行こう」
俺は2人に声をかけると、部屋を出た。背後でアフリートが「もう少し濃いめに塗ってくれないかねぇ」と侍女たちに指示を出している声が聞こえた。




