魔法使いニュウニュウ
その夜は、例によって城の宿直室を借りた。アフリートは王国の大切な客人ということで、客間を割り当てられた。寝る前にハーディーと2階にあるその部屋を見にいってみると、ものすごく広くて豪華だった。天蓋っていうの? ベッドに屋根がついている。深紅のふかふかの絨毯が敷いてあって、壁には大きな姿見があった。中年の侍女が2人、待機している。
「アフリート、一人で寂しくない?」
ローブのまま、早くもベッドでだらしなく横たわっているアフリートに声をかけた。テイラーなら十中八九、この状況を嫌がるだろう。怖がりで寂しがり屋だからだ。
「寂しい? なぜだい?」
仰向けにひっくり返っていたアリフートは、横を向いて体勢を変えた。眠たいのか、目がトロンとしている。
「いや、テイラーなら確実に『寂しい』っていうと思ったから……」
俺が口籠もっていると、ハーディーがのしのしとベッドに近づいて腰掛けた。アフリートの帽子を取って、ベッドサイドにあった椅子にポンと投げて引っ掛けた。
『アフリート殿、風呂には入られたか?』
髪を撫でながら聞く。
「風呂? なんだい、それは?」
もう目を閉じている。ハーディーが頭を撫でているうちに、すうすうと寝息を立てて眠ってしまった。
『随分と疲れているようでござる』
ハーディーはアフリートのローブを脱がせると、これも椅子にかけた。布団をかぶせて、ポンポンと上から叩く。しばらく仮面の顔を向けて、アフリートの寝顔を見つめていた。
「……行こうか」
ハーディーを促して、部屋を出た。明日にもアフリートを置いて、パンゲアに出発しなければならない。少なくとも、行く準備は始めないと。それを思うと不安で寂しくて、心が沈んだ。ハーディーも俺と同じ気持ちなのか、寝室に行くまで無言だった。部屋に入る前に『では、また明日なのでござる』と言っただけだった。
翌朝、顔を洗っているとハーディーがやってきた。2人で食堂に行って朝飯を食べる。焼きたてのパンにベーコンが入ったオムレツ、ソーセージ、野菜のスープ。これが200マニーで食べられるのだから、城で働いている人は恵まれている。安くて美味しい。だけど、心からそれを楽しめなかった。
『クリス殿、出発前にテイラー殿に声はかけるのでござろう?』
ハーディーが聞いてくる。
「もちろん」
パンを頬張りながら、うなずいた。
寝室に戻って荷造りをする。足りない物資はまた城から持ち出していいのだろうか? それに、アフリートを置いていくのなら、代わりの魔術師を紹介してほしい。いろいろエドワードに聞かなければならない。近くにいた衛兵に「エドワードはどこ?」と聞くと「会議じゃないですか?」と言う。教えられた部屋に行ってみると、いない。そこにいた人に同じことを聞くと「次の会議に行った」という。そんなことを4、5回繰り返し、ええい、なんて会議の多いやつなんだとキレそうになった頃、ようやく廊下を気忙しそうに歩いているエドワードを発見した。両手に分厚い冊子を抱えている。
「エドワード!」
ここで逃したら、もう会えないかもしれない。俺は大声で呼び止めた。エドワードはチラッと振り返ると「おはよう、クリス!」と言って、そのままスタスタと立ち去ろうとする。あわてて追いかけて、並びかけた。
「やっと見つけたぞ」
歩くのが早い。そして、歩きながら書類に目を通している。「立て続けに会議があってね」とエドワードは書類に目を向けたまま、ポツリと答えた。
「エドワード、俺たちはこれからパンゲアに行く。アフリートは残していってやるから、その代わりの魔法使いを貸してくれ」
肩が触れるほど近くに寄って、耳元で言った。中途半端な言い方をしたら、聞き流されそうだったからだ。エドワードは少しスピードを緩めると、眉を歪めて露骨に困った顔をした。そして、やっとチラッと俺のことを見た。
「魔術師ねえ。お城にも貸せるほど魔術師はいないよ」
「お城にいないのなら、ギルドからでもいい。口を利いてくれよ。身元がしっかりしていて、そこそこ腕が立つやつを紹介してくれ」
新しい仲間を見つけるのは、大変なのだ。俺たちは今でこそ金に困っていないし、レベルも馬鹿にされない程度に上がっている。だけど、だからといってすぐにパンゲアまで一緒に行ってくれる魔術師が見つかるとは限らない。魔術師はクセの強いやつが多い。信頼できる人間なのか? 腕は確かなのか? 酒場でランダムに探して、ピッタリなやつに出会える確率はほとんどないと思っている。だからこそ、紹介してほしいのだ。エドワードの紹介なら、少なくとも大外れはない。
「クリスも無理を言うなあ」
エドワードは苦笑いをしながら、立ち止まった。大きな木製のドアの前だった。どうやら次はここで会議をするらしい。
「頼むよ、エド。俺たちの大事なテイラーを置いて行くんだぞ。見返りを要求するのは当たり前じゃないか」
言いながら、自分のことが嫌になった。本当はテイラーを置いていきたくない。どさくさに紛れて連れ出したい。だけど、アフリートはここに残ると言っている。それを無理やり連れていくのは、困難なことに思えた。エドワードはドアノブをつかんで一瞬、止まった。視線を宙に漂わせて「えっと」と考えごとをして、俺の方を向く。
「お城の裏に、魔術師ギルドがある。そこにニュウニュウという魔法使いがいるんだ。彼女に相談してみて」
「え? なんだって?」
おかしな聞きなれない名前が出てきて、思わず聞き返してしまった。エドワードはドアを開けると「ニュウニュウ!」と言って、部屋の中に消えてしまった。俺の目の前で、ドアがバタンと音を立てて閉まる。すぐにその向こうから、エドワードが何か話している声が聞こえ始めた。話の内容まではわからない。
『ニュウニュウでござる、クリス殿』
ハーディーが俺の肩を叩いた。
「わかってるよ。変な名前なので、聞き間違いじゃないのかなって思っただけだ」
少しムッとしながら、返事をした。
◇
城の裏口を出ると、目の前に2階建ての石造りの建物があった。城の裏という立地のせいか、壁面がやけにくすんで見える。これがイースの魔術師ギルド本部だ。もともとタイタンも、ここを拠点にしていた。だけど、手狭なため、キャルダモナに移転してしまった。ここに残っているのは王家から直接、仕事を請け負っている魔術師だけだ。噂ではタイタンが片っ端からキャルダモナに連れて行ってしまったため、ほとんど人が残っていないらしい。
「こんにちは!」
鉄枠で補強された重々しいドアをドンドンと叩いてみる。返答はない。トラップがあるわけではなさそうだったので、ドアを押してみた。スッと音もなく、それに見た目ほどの重量を感じることもなく、開いた。入ったところは、狭いロビーだった。右手に受付台があり、左右へと廊下が続いている。奥に2階に続く階段がある。いずれも深紅の絨毯が敷いてあった。誰もいない。受付台にはうっすらと埃が積もっている。絨毯も埃っぽく、こまめに掃除していないことをうかがわせた。
「ごめんください、誰かいませんか?」
大きな声を上げた。返事はない。
『クリス殿、1階には誰もいないのでござる。2階にどなたかいるようでござる』
ハーディーが天井を見上げて言った。確かにこのフロアには人の気配がない。「行ってみよう」。俺は先に立って、階段を上がった。
2階は上がった正面に3つの部屋があり、右奥は大きな窓がある広間になっていた。ざっと見渡しても、誰もいない。左の奥も部屋だった。ここには「長官室」と看板がかかっている。ハーディーに目配せすると、そちらへと向かった。ドアの向こうでガサゴソと何かをしている音がする。気配を隠すつもりは全くないらしい。俺はドアの前まで行くと、トントンとノックした。
「あ、は〜い。どうぞ〜」
む……。女の声だ。いや、女というより、女の子だな。少し間の抜けた、いかにも警戒心がなさそうな声だ。これがニュウニュウなのか? 本人ではないのではないか? 勝手にニュウニュウという人を、お婆さんだと思っていた。だって、お城お抱えの魔術師なんだろ? なら、年季が入った、物知りな婆さんのはずだ。そんな俺のイメージとは、かけ離れたかわいらしい声だった。いや、声だけで判断はできない。声は若くても、実際にはいい年齢のおばさんかもしれないしな。一瞬、警戒してからドアノブに手をかけた。ゆっくりと開ける。
反対側のサロンと同様、天井の高い部屋だった。正面の壁には一面に背の高い窓があって、陽の光が燦々と差し込んでいる。ただ、部屋のなかは、ぐちゃぐちゃだった。あちこちに本や何かの紙切れや、箱やらが無秩序に置かれている。そして、あっちこっちに杖やらローブやら帽子やらがかけてある。ひと目見ただけで整理整頓したくなる、そんな感じの部屋だった。
中央にどっしりとした机があった。スティーブンさんの仕事部屋にあるような、並んで2、3人がものを書けそうな大きな机だ。足に細かい彫刻が施してあって、高価なものに見える。声の主はどこだ? 見当たらない。部屋に入って探そうと思ったその時、机の裏側から小さな人影がひょこっと出てきた。
小さな女の子だった。テイラーよりも、さらに背が低い。身長だけなら7歳か8歳くらいと言ってもいい。だが、近寄ってくると、そんな年齢ではないことがわかった。だって、顔つきがそうなんだもの。もっと人生経験を積んだような……そう、それこそ俺よりも年上のような雰囲気を漂わせていた。
丸顔にくるっと大きな目。真っ白な肌にツヤツヤの黒髪を長く伸ばして、耳の後ろで2つに結んでいる。目の下と額に何か緑と赤の塗料で紋様を描いていた。上下ともベージュのダボッとした上着に、わたりの広いズボン姿。山の中で出会っていれば、キノコの妖精か何かと間違えたかもしれない。
「何か?」
女の子は八重歯をのぞかせて、ニコッと笑った。背後でハーディーが緊張する気配がした。そうだ。おかしい。人気のない魔術師ギルドの本館に、たった一人残っている。見た感じ、秘書とも思えない。只者ではない。
「あ、あの……。俺たち、エドワードに言われて、ここにニュウニュウさんという方を訪ねてきたのですが……」
いつでも動けるように、少し腰を落とし気味にしながら聞いた。
「ああ、ニュウニュウは私です」
女の子……ニュウニュウはお腹の前で手のひらをそろえると、ペコリと頭を下げた。
「え! 君が?!」
驚いて思わず声を上げてしまう。ニュウニュウはおもしろそうに「はい、よく言われます〜」と言って笑った。そして俺たちの方にペタペタと歩いてくる。そう、ペタペタという感じなのだ。なんだかガチョウとかアヒルとか、そういう水鳥の類を想像させる。
「ああ、君たちが神殿に行ってきたという、例の人たちなんだね。ほほう、なるほど」
ニュウニュウは俺とハーディーの周囲をぐるぐると歩き回った。俺たちが炎の神殿をクリアしてきたことを知っているみたいだ。
「あの、実はですね……」
俺はこれからパンゲアに行きたいのだが、パーティーに魔術師がいないので、誰か紹介してくれないかと簡単に伝えた。
「ん? 神殿に行ったパーティーには、魔法使いがいたと聞いているけど……」
ニュウニュウは腕を組んで、不審な顔をする。えっ、俺たちのことを知っているのか? テイラーのことを説明するのが面倒だから、簡潔に伝えたのだが、知っているならば話は別だ。俺はテイラーがアフリートに寄生されたこと、アフリートがエドワードと行くことを決めたので、魔術師がいなくなったことを説明した。
「ほほう、なるほど、なるほど。要するに、そのテイラーちゃんって子の代わりになる魔法使いが、ほしいっちゅうわけやな?」
ニュウニュウはポンと手を打った。
「そうです」
チュウワケヤナって、どこの言葉だよ。ニュウニュウはゴホンと咳払いすると、机の向こうに行って杖をマントを持ってきた。
「まず第一に、今ここには私しかいない。誰か出してほしいと言われても、無理だ」
マントを着込みながら言う。
「なので、とりあえず、そのテイラーちゃんとやらを見に行こう。テイラーちゃんを見て、どれくらいのレベルなのかを判断して、彼女の代わりになりそうな魔法使いを、探してあげよう。街の酒場で」
なんだ、結局、酒場に行くのか。もしかしたら王国お抱えの腕利き魔術師をポンと貸してもらえるのではないかという淡い希望が霧散して、俺は少しガッカリした。
「何、そんなにガッカリした顔をするな。私はこう見えても、マリシャ王女付きの魔法使いなんだ。顔は利くぞ」
ニュウニュウは杖でポンと俺の尻を叩いた。
「えっ? その若さで?」
ニュウニュウに促されて、部屋を出る。何、この人も王女の側近なのか? エドワードといいニュウニュウといい、王女直属の家臣は若い連中ばかりじゃないか。
「若いもんか。私はこう見えても、もうすぐ150歳なんだよ。まあ、魔族としてはまだまだ若造なんだけど」
「え、150歳なの?!」
『魔族なのでござるか?!』
俺とハーディーは、同時に驚いて声を上げた。




