問題は山積みで
朝飯を食い終えると、タイタンは何食わぬ顔をして「じゃあ、よろしく頼んだぞ」と言い残し、メイヘムとキャルダモナに帰って行った。エドワードはまだ尋問を続けている。尋問が終わった魔族は軍人に連れられて、公民館から出て行った。行き先をあまり想像したくない。おそらく処刑だろう。やつらが人間を解体していた南の集落で。魔族を引っ立てていく軍人のなかに、ベンの姿があった。
眠っていないので、ヘトヘトだった。ハーディーにアフリートのお守りを頼んで、長椅子に腰掛けたまま少し目を閉じた。
「クリス、クリス!」
肩を揺さぶられて目が覚めた。見ると随分と日が高くなっている。エドワードだった。くまがますます濃くなっている。
「おお……。お疲れさん」
大あくびをして、腕を突き上げて伸びをする。あまり長時間ではなかったが、しっかり眠れたみたいだ。頭がスッキリしている。
「クリスもお疲れ様だったね。さあ、帰ろう。アフリートはどこ?」
エドワードはニコッと笑った。そういえばアフリートはどこへ行った。ハーディーもだ。姿が見当たらない。公民館を出ると、朝に比べて随分と片付いていた。日差しがあって、ポカポカと暖かい。公民館前の広場の向こうから、ちょうどハーディーとアフリートが帰ってくるところだった。アフリートはふわふわと浮かぶような不思議な歩き方をしていた。その後ろをハーディーが重たい足取りで追いかけている。
「おはよう、クリス。でも、もう昼過ぎだねえ」
アフリートは近寄ってくると、ニチャアと例の粘着質な笑みを浮かべた。
「どこに行っていたんだ?」
なんだか嫌な予感がする。
「処刑を見に行っていたんだねえ。ついでにちょっと生肉を食わせてもらった。おかげで元気ハツラツだねえ」
グフェフェと肩を揺さぶって笑った。やっぱり。ハーディーをジロッと見ると『いや、面目ござらん。あっという間の出来事だったので』と頭をかいて首をすくめている。魔族を処刑している現場に行って、オークか何か知らないけど、死んだばかりの魔族の肉を食べたのだろう。全く、懲りないやつだ。腹を壊しても知らないぞ?
「後始末はシャインに任せて、僕らは一度、イースに帰る。そこで態勢を立て直して、次はヴァジリに向かう」
エドワードは俺たちを見回して言った。当然、俺たちがついていくことが大前提のような口ぶりだった。それは困るな。タイタンからは早々にパンゲアに行けと言われている。
「ああ、そうなんだ。実は俺たち、雇い主からパンゲアに行けと言われているんだけど……」
キッパリと断りづらくて、エドワードの表情をうかがいながら、恐る恐る切り出す。エドワードはムッとするでもなく、平然とした顔で俺を見つめた。
「雇い主って、タイタン?」
「うん。そう」
「いくらで雇われているの?」
「前金じゃないんだ。後払い。でも、途中経過で30万マニーもらった」
正直に言うと、エドワードは眉をひそめた。
「クリスさぁ……」
腰に手を当てて、ため息をつく。何を言われるのかと、俺は身構えた。
「極めて評判の悪い魔術師と、友人である僕と、どっちを選ぶの? あっちについたところで、いくばくかのお金がもらえて普通にレベルが上がるだけだよ? 僕と一緒なら、人類を滅亡から救う大仕事ができるんだよ? どっちが大事?」
肩をすくめて、考えるまでもないという顔をする。わかっている。文句なしに後者の方が大切だ。だけど、俺はヤバい匂いのする雇い主であっても、最後に手のひらを返されるかもしれなくても、タイタンのクエストの方が魅力的だった。だって、パンゲアに行けるんだぞ? 万物の源という、人間ならばまずお目にかかったことがない宝をこの手にすることができるかもしれないんだぞ? 実際に、その半分を手に入れているわけだし。
「うん、まあ、大切だと思うのは、エドワードの方だよ」
とりあえず、そう答えた。エドワードは「だろ?」と言ってニコッと笑う。
「だけど、俺とハーディーは、エドの仕事に乗る前から、タイタンさんにこの仕事を依頼されていたんだ。炎の神殿に行ったり、ここに来たりして遠回りしているけど、本来の仕事はパンゲアに行くことなんだ。先にもらった仕事を投げ出して、他の仕事にかかりっきりになるわけにはいかねえよ。エドワードも姫の側近である前に冒険者であるなら、そこんところはわかるだろう?」
エドワードの顔から、笑みがスッと消えた。気まずい沈黙が流れる。ハーディーが『エドワード殿、こちらの事情も汲んでいただきたいのでござる』と言葉を添えた。
「えっと……。クリスとハーディーは、ヴァジリには行かないってこと?」
ムッとした顔になる。
「うん。そうだ」
ここは引けないぞ。お前は人類を救っていろ。俺には俺の冒険がある。しばらくエドワードとにらみ合う。何を考えているのだろう。ますます目の下のくまが濃くなって、美少年がタチの悪いゴーストのような顔になっている。少し寝た方がいいのではないか? 判断力が鈍るぞ。
エドワードと俺は、ほぼ同時にアフリートを見た。そう、問題はこいつだ。エドワードはアフリートの力を必要としている。俺はテイラーを必要としている。
「アフリートは僕と一緒に来てくれるよね?」
エドワードは改めてニコッと人懐っこい笑みを浮かべた。
「テイラーは俺のパーティーのメンバーだぞ」
俺も負けずに言い返す。アフリートは急に2人から話を振られて目をパチクリさせていたが、やがてニチャアと面白そうに笑った。
「あたしは血肉ぅを食らわせてくれるんなら、どっちでもいいけどねえ。楽しい方につきたいねえ」
「わかった。3食、ステーキを用意しよう」
エドワードが即答した。俺を見て、ニヤッと笑う。くっ、こいつ! 金にモノを言わせてアフリートを取り込みに来やがった! 俺も同じことを言いたいところだが、さすがに冒険中に3食、ステーキは難しい。口から出まかせで同じことを言ってもいいのだが、いざできないとわかったとき、アフリートがどんな反応をするかと考えると、言えなかった。
「おお、いいねえ。じゃあ、エドワードに乗った」
アフリートはニヤニヤ笑うと「じゃあ、早速、昼飯に食わせてもらおうか」と言った。エドワードは「一度、お城に帰ってからだ。そうと決まれば早い方がいい。みんな、帰ろう」と有無を言わさず俺たちを追い立てた。
それからシャインにあいさつして馬車に飛び乗って、フェンネル経由で首都に帰った。怒涛の帰路だった。エドワードは一刻も早くヴァジリ行きの準備をしたくて「早く、早く」と俺たちを急き立てた。
「ヴァジリの膠着状態も、アフリートがいれば一気に解消できる。ヴァジリ、フェンネル、クーメンの防衛ラインを維持して、反転攻勢に出るんだ」
馬車の中で熱弁を奮っていたが、ほとんど耳に入ってこなかった。そんなことより、パンゲア行きのことで頭がいっぱいだった。楽しみでワクワクという気分ではない。不安でいっぱいなのだ。まず、現時点でメンバーが俺とハーディーしかいない。魔術師も修道士もいない。何かトラブルに遭遇してハーディーがアンになってしまったら、攻撃力はガタ落ちする。テイラーは魔力を感知できるし、一撃必殺の電撃もある。離脱となれば、痛恨だ。
帰りの馬車のなかで、エドワードが居眠りをしている時を見計らってアフリートを勧誘してみたが、感触はあまりよくなかった。
「なあ、3食ステーキは無理かもしれないけど、できるだけいいものは食べさせてやるよ。それに、テイラーは俺とハーディーと一緒にいた方が、安心するはずだから」
「そうかい? でも、どっちにつくかは、あたしが決めるんだねえ。楽しいと思った方に行くだけだよ」
アフリートはふふんと鼻を鳴らした。今のところ、魔族を虐殺する方が楽しいらしい。万物の源は、かつて自分が苦労して魔王を倒して奪い取ったものなので「あんなものは二度と見たくない」とこぼした。コンティニュアスはずっと球体のまま、ハーディーのリュックにしまってある。
「でも、クリスがあたしを世界の果てに連れてってくれるというのなら、話は別だよ」
首都に戻るまで、2度も同じことを言われた。それは神殿から首都に戻る間にも聞いた。アフリートには行きたいところがある。魔族の神話に登場する「世界の果て」だ。文字通り、ずっとずっと遠くにあって、他に例えるものがないほど美しいのだそうだ。魔族は死ぬと魂となって、そこに行くらしい。
俺も、興味はそそられた。なにしろ魔族の秘境なのだ。もちろん人間は誰も行ったことがない。だが、どれくらい遠いんだ? 馬車で行けるのか? 「ずっとずっと遠く」だけでは、何がなんだかわからない。人間ではなく魔族の尺度なので、もしかしたら何百年も旅をしないと、たどり着けないかもしれない。軽々しく「よし、じゃあ一緒に行こう!」とは言い出せなかった。
とかなんとかやっているうちに、首都に帰ってきた。エドワードはアフリートを巡る一件で腹を立てているかなと思っていたが、何もなかったかのようにお城の施設を使って休んでいくように勧めてくれた。いきなり俺たちを食堂に連れて行き、シェフに頼んでアフリートのために牛肉のステーキを焼かせた。
「美味い! 美味い!」
アフリートは口いっぱいに肉をほお張って、ご満悦だった。エドワードはそれを満足げに眺めながら「毎回、それを食べさせてあげるから、一緒にヴァジリに行こうねえ」と口説いた。アフリートは「わかった。交渉成立だ」とエドワードとガッチリ握手をした。くそっ、食い物で釣りやがった。口を挟むことができない。
「ハーディー、どうしよう……」
広い浴場の天井を仰いで、うなった。一度に20人ほどは入れそうな、大きな風呂場だ。浴槽も広い。久しぶりにたっぷりのお湯に浸かって体はめちゃくちゃ気持ちいいのだが、胸の内は全く落ち着かなかった。
『テイラー殿がいかに発展途上の魔術師とはいえ、彼女抜きでパンゲアに行くのは想像できないのでござる。少なくとも、拙者とクリス殿だけでは人手が足りないのでござる』
隣でハーディーもうなっている。頭の上にタオルを乗せて、仮面の隙間を掃除していた。なぜそんな外れない仮面をつけたのか。設計したタイタンの精神を疑う。
「テイラーと離れ離れになるのは、心配だなあ……」
それだ。アフリートは人間側の最終兵器なので、エドワードや軍は全力で守ってくれるだろう。だけど、その場に自分がいられないのは、やはり不安だった。
『まあ、エドワード殿がしっかり保護してくださるとは思うのでござるが……』
ハーディーは、耳の辺りをゴシゴシとタオルでこすりながら言った。
もう、どうしようもないのか。アフリートがエドワードについていくと決めた以上、テイラーの離脱は避けられない。でも、考えようによっては、戦場とはいえ、部隊でしっかり守られている方が、テイラーにとってはパンゲアに行くよりも安全かもしれない。
「とりあえず、メンバーを探さないといけないなぁ。魔術師と修道士だなぁ……。うーん」
修道士は心当たりがなくはない。ライラだ。おそらくヘイシュリグでニーナのことばかり考えて、ハラハラしながら日々を送っているだろう。来いよといえば、喜んで修道院を飛び出してくるように思えた。問題は魔術師だ。テイラーくらいのパワーがある魔術師が必要だ。パンゲアに行くのだから、タイタンやメイヘムのように空を飛べる、それも俺たちを連れて飛べるくらいの魔法の使い手でなければいけない。
俺は顔を覆った。問題山積だ。




