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メイヘム、鳥を撃つ

 外は寒かった。目がシャキッと覚めたほどだ。火事を消化した後の、独特の焦げ臭い匂いがする。うっすらと霧が立ち込めていた。そのなかで早くも修道士や軍人たちが、瓦礫の撤去や死体の処理にあくせくと動いている。


 「鳥はなんでもいいのか?」


 メイヘムはキョロキョロと頭上を見回しながら言った。


 「いや、なんでもいいわけじゃない。キジとかヤマドリとか美味しい鳥の方がいいよ。ついてきて」


 言ったはいいが、こんな街中にはキジもヤマドリもいない。せいぜいキジバトか。公園に行けばいるのではないか。先に立って歩き始めた。メイヘムは杖を肩に担いで、素直についてくる。


 「あんた、タイタンさんに全然、遠慮しないんだな」


 前から気になっていることを聞いてみた。メイヘムは一瞬、キョトンとしたが、すぐに人懐っこい笑みを浮かべた。


 「あんただって、そうじゃん」


 俺を指差してハハッと笑う。初めて会った時は冷たい感じがする人だなと思ったが、笑うと朗らかで、そうでもない。夜明けの日差しの下でよく見ると、俺ほど若くない。30歳くらいだろうか。落ち着いた大人の女性といった感じだ。最近、似たような印象を受けた人がいたな……。そうだ。シャインと雰囲気が似ているんだ。


 「そりゃあ、私はあの人の秘書だからね。私がコントロールしないと、すぐに好き放題やりだすんだから。遠慮なんて、していられないよ」


 ふうん。やっぱり秘書なのか。ということは、普段からあのおっさんのそばにいるわけだな。


 「自分の雇い主を悪くいう気はないけど、あの人のそばにいて、疲れない?」


 ぶっちゃけた勢いで、素朴な疑問が口を突いて出た。言いながら「悪く言ってるじゃんか」と自分で自分にツッコむ。こいつがなんでもかんでもタイタンにチクるやつだったら、どうするんだ? 俺はクビだぞ? だけど、疲れてもうどうにでもなれという気分だった。


 「疲れるよ! でも、それで高い給料をもらっているんだからね。それに、比肩無双の大魔道士に物申せる立場にいるのは、むしろ楽しいものだよ、クリスくん」


 メイヘムは後頭部で手を組んで、ヘッヘッヘと悪戯っぽく笑った。ローブの下はレースの飾りがついた白いシャツだった。胸が薄い。貧乳なのだろう。ということは、色気ではなく実力でタイタンの側という立場を勝ち取ったわけだ。チラチラとメイヘムを観察して、そんなことを考えているうちに公園に着いた。なんと、魔族の生き残りがベンチに座ってガックリとうなだれている。こいつら、馬鹿なのか? 早く逃げないと、残党狩りの修道士たちに見つかってしまうぞ。


 「で、どれを捕まえたらいい?」


 メイヘムは魔族を完全に無視して、杖を構えて樹上の鳥を狙っている。木の上にはスズメが数羽止まっている。スズメも食べられないことはないが、食うところが少ない。


 「どうせなら、そこらの魔族を一匹、殺して持って帰らないか? その方が楽ちんだぞ」


 ベンチの魔族に杖を向けながら、恐ろしいことを言い出した。ここに至ってようやく人間が現れたことに気づいた魔族たちは、泡を食って立ち上がると、ふらつく足取りで逃げていく。


 「魔族を食べるの? 冗談だろ?」


 確かに肉はたくさん取れそうだが、オークやゴブリンを食うなんて想像できない。腹を壊す前に気持ち悪くなって吐く。絶対に。


 「冗談じゃないよ。意外と美味いぜ?」


 メイヘムは真面目な顔をして言った。


 「え! あんた、食ったことあるのか?」


 驚いて、小さく飛び上がってしまった。マジか?! 魔術師って人間離れしたところがあると思っていたが、まさか魔族を食うとは。


 「あるよ。オークもゴブリンも。悪魔も試しに口に入れたことはあるよ。一番、美味いのはオークかな。種類にもよるけど」


 メイヘムは逃げていくオークの背中に狙いを定めると、おどけて「ズドン!」と言った。まだ言葉が出てこない。俺も魔族を食べるということは、全く考えたことがないわけではない。だが、人間と同じように2本足で歩き、言葉を話し、時には語りかけてくる連中を、いかに敵だとはいえ、本気で食べようと思ってことはなかった。


 「まあ、あれだよ、クリス。これからもっともっと私たちが魔族に追いやられて、北限を越えて生活しなければならなくなったら、食糧をどうするかという問題は避けては通れないんだよ。手に入るのであれば、魔族だって食べないと。私たち魔術師は、そのための研究もしている」


 メイヘムはさくさくと土を踏みながら、公園の奥へと歩みを進めていく。時々、立ち止まって樹上を見つめて「あれはどうだ?」と聞いてくる。だけど、見つけているのは大概、カラスとかスズメとか美味しくない鳥ばかりだった。


 「あれだよ、あれ!」


 ムクドリを見つけた。あれも美味い。メイヘムは「よしっ」と言いながら杖を構えた。シュッ! 何かが飛んでいく音がした。ムクドリのそばの枝が揺れ、驚いて飛び去ってしまった。


 「ああ、外しちゃった……」


 メイヘムは帽子を脱いで、頭をポリポリとかいた。黒い髪を頭頂部でまとめて、くくっている。ボブカットだと思っていたら、実はロングだった。


 いや、そこじゃない。下手くそか!


 「えっ、魔法って必ず当たるものじゃないんですか?」


 また別の意味で驚いてしまう。アフリートの火球は、ほぼ狙ったところに当たっているように見えた。マリアンヌもそうだったし、魔術師の攻撃って自動照準で、見えている相手にならほぼ確実に当たるものだと思っていた。


 「えっ! そんなことないよ!」


 メイヘムは困った顔をして、言い返した。


 「そんな簡単に当たるものじゃないの! 特に私の魔法は水だから、あんな小さな標的に当てるのは難しいんだよ!」


 顔を赤くして、必死に言い訳している。なんだ、そうなのか。それでは弓矢と一緒ではないか。魔法の方があっさりと捕まえられると思って頼んだのだが、そうではなかった。


 「でも、やるから! 見てて!」


 メイヘムはムキになって鳥を獲ろうとするのだが、下手だった。全然、当たらない。この人、本当に大魔道士タイタンの秘書なのか? 鈍臭いにも程がある。


 「ムキー! 当たりなさいよ、もう!」


 杖を振り回しながら、飛び去っていく鳥に向かって叫んでいる。早くしてくれ。俺はメイヘムが四苦八苦している間に、万が一のことを考えて持ってきた弓でキジバトを一羽、撃った。自分でやった方が早かった。


 「メイヘムさん、もういいですよ。帰りますよ」


 樹上に向けてプシュプシュと何かを発射しているメイヘムに声をかける。「まだ! もう少しだから! ちょっと待って!」。なかなかしつこい。まあ、そんな性格でないと、タイタンの秘書は務まらないのだろう。


 ようやくカラスを一羽、撃ち落としてドヤ顔をしているメイヘムを連れて、近くの焼け落ちた建物に入る。焼け跡を探すと、簡単に鍋が見つかった。キジバトの羽をむしってさばき、火を起こして芋と一緒に煮る。キジバトからじわっと脂がにじみ出して、いい香りがする。


 「お、美味そうじゃん。私のカラスはどうするの?」


 メイヘムが俺の手元をのぞき込む。カラスは臭みが強いので、テイラーには食わせられない。血抜きをしてさばくと、香草をしっかりもみ込んで直火で焼いた。本当なら油で揚げて臭みを和らげたいところだが、そんな大量の油が見つからなかったし、時間もないので仕方がない。


 キジバトと芋のスープと、カラスの香草焼きを持って公民館に戻ると、アフリートが目を覚ましていた。俺の顔を見るなり「クリス、お腹が空いた」と言う。


 「だろうと思って、朝飯を作ってきたぞ。ほら、ゆっくり食うんだ。……いや、俺が食べさせてやろう」


 器を渡してしまうと、一気に食べてまた吐いてしまうかもしれない。アフリートからお椀を取り上げると、少しずつすくって口に入れてやった。アフリートは大人しく言うことを聞いている。


 「クリス、もっと血肉ぅな感じがいいな」


 もぐもぐしながら、文句を言っている。


 「血肉ぅじゃねえよ。血をガブガブ飲んで、お腹が悲鳴を上げたんだ。今はこういう消化にいいものを食べろ」


 スプーンで鶏肉をほぐして、差し出す。アフリートは少し不満そうな顔をしながらも、口をアーンと開けた。


 「ふうん、大人しいな。これならワシでも手懐けられるかもしれん」


 タイタンはカラスをかじりながら、そんなことをつぶやいた。


 「俺かハーディーでなきゃ、こうはいかないですよ」


 ジロリとにらむと、タイタンは感心したように「ふうん」と鼻を鳴らした。その向こうでメイヘムが「カラスって思っていたより、美味いな……」とつぶやいている。


 「それはそうと、アフリートのことはよくわかったから、お前たちは改めて万物の源を探しに行ってくれ」


 タイタンはカラスを食べ終えると、肉を刺していた串をポイッと床に投げ捨てた。俺の方を向いて「アフリートの動向はワシが逐一、チェックしておくから心配するな」と言う。


 「えっ、ちょっと待ってください。俺とハーディーだけで行けってことですか?」


 思わず聞き返した。


 「そうだ。お前たち以外に誰がいる?」


 タイタンは当然のことのように言った。


 「いやいや、だってこの前、別の誰かを行かせる手配をしたって言っていたじゃないですか」


 確かそんなことを言っていた記憶がある。


 「ああ、確かにしたが、やつらが最後まで成し遂げられるとは思っていない。万物の源を手にすることができるのは、ワシが作った魔人アハガティしかおらん」


 アッサリと言い切った。


 「えっ、でも、テイラーは……?」


 そうだ。テイラー抜きの冒険など、考えられなかった。行き先はパンゲアだ。テイラーを連れて行くことは、アフリートを連れて行くということになる。多少、魔族がいたところで、この火力があれば対抗できる。


 「そんなもの!」


 タイタンは大袈裟に天を仰いで、片手で顔を覆った。そして、俺をジロリとにらむ。


 「あの眼鏡の小僧が、アフリートを手放してくれると思うか? あいつは魔族と戦うためにアフリートを手に入れたんだぞ? この一戦だけで終わるわけがないだろうが!」


 太い指を俺の鼻先に突きつけて、グイグイと迫ってくる。えっ、そうなのか? エドワードはアフリートを使って魔族に手痛い思いをさせると言っていたけど、これで十分ではないのか?


 「あたしはどっちでもいいけどねえ。この体は魔力の量がやっぱり足りないから、いつも血肉ぅを腹一杯に食べさせてくれるところなら、どこにでも行くんだけどねえ」


 アフリートはニヤニヤしている。タイタンは「ワシのところに来たら3食、牛のステーキを食わせてやるが、どうだ?」と熱心に誘い始めた。それをメイヘムが怖い顔をしてにらんでいる。


 俺はハーディーと顔を見合わせた。ハーディーも少し困った顔をしている。いや、例によって仮面なので表情はない。だけど、困った気配を漂わせていた。

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