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ダッチさん

 「ダッチさんは、俺たちを導いてくれる方だ。神の声を届けてくださる」


 獣人は、鼻息を荒くしながら話し始めた。待ってくれ。獣人にも神様がいるのか? だが、それをツッコむと、魔族の神話体系をイチから聞かなければならない。とても興味があるが、さすがにそこまで時間はない。


 「ふむふむ」


 惜しいなと思いながら、シャインと2人でうなずいた。


 「ダッチさんの導きの声に従って、俺たちは北へと逃れてきた。ダッチさんの言う通りにしていれば、間違いはないのだ」


 宗教的指導者と言ったところか。


 「なるほど」


 俺はとりあえず、相槌を打ち続けた。続きがあると思っていたが、獣人はそこで「わかっただろう?」というしたり顔をして、うなずいている。


 「えっ、で、そのダッチさんは、どこに住んでいるんだ? お前たちと一緒に、その、村というか、集落に住んでいるのか?」


 エドワードは、ボスの所在を知りたがっている。これをスムーズに聞き出せれば、もうお話は終了ということになる。


 「いや、いない。ダッチさんがどこにいるかは、ラルフさんしか知らない」


 獣人は大真面目な顔をして言った。また新しい名前が出てきた。ラルフって誰だ? いや、それ以前に、一緒に住んでいないのに、どうやって神の声を聞くんだ。ダッチは、巫女のような役割を果たしている魔族だと思っていたのだが、違うのか?


 「待ってくれ。それじゃあ、お前たちはどうやってダッチさんの言葉を聞くんだ?」


 「ラルフさんが伝えてくれるのだ。『ダッチさんがこう言っている』と」


 当然のような顔をして話している。妙な感じがした。神様がいて、その言葉を伝えるダッチなる魔族がいる。さらに、ダッチの言葉を伝えるラルフという魔族がいる。まわりくどくないか? 俺が不思議そうな顔をしたのか、獣人は続けて説明し始めた。


 「ダッチさんは生まれ変わりを繰り返していて、いろいろなことを知っている。そして、神の言葉を届けてくれるのだ。ラルフさんはダッチさんを保護している悪魔で、ダッチさんを通じて神の言葉を俺たちに伝えるのだ」


 「それってすごく面倒臭くない? どうして直接、ダッチさんから聞かないの?」


 しびれを切らしたシャインが、割り込んできた。獣人たちは急に別の人間に質問されて、目を丸くした。


 「だって、そりゃあ……。ダッチさんは生まれ変わりを繰り返していて、大切に守ってあげないといけないからさ。生まれ変わりが失敗したら、神の声を聞ける者がいなくなるからな。そういうものだろう?」


 そう言って肩をすくめる。どうやら、彼らにとってはそれが当たり前のことらしい。


 「その、ラルフさんってのはどこにいるの?」


 会話が途切れたので、ひと呼吸置いて聞いてみた。ラルフに会えれば、ダッチがどこにいるかもわかる。素直に教えてくれるだろうか。今度こそ、言わないのではないか。


 「ああ、パンゲアにいるぜ」


 あまりにも簡単に言ったので、ひっくり返りそうになった。


 「ラルフさんは、パンゲアのカジノのオーナーだ。聞いたことがないか? ラルフ〝夢幻卿〟マッティーノさ。有名人だぞ」


 いや、知らん。金持ちそうな名前だ。パンゲアのカジノだって? と言うことは、エリックは知っているのではないか?


 「その、お前たちは、そのラルフさんの指示で、ここまで攻めて来ているのか?」


 ようやく肝心なところまでたどり着いた。獣人は何か話しかけて一度、口をつぐんだ。そしてゴホンと咳払いして、話し始めた。


 「人間にとっては攻められているのかもしれないが、俺たちにとってみれば、新天地の開拓だ。俺たちの発祥の地である西域は、もう暑くて住めない。毎年、暑さが原因で何人もの仲間が死んでいる。人間を駆逐して新たな生活圏を確保しなければ、俺たちは死に絶えてしまう」


 そばにいた他の獣人たちが、しきりにうなずいている。なかには小さく「そうだ」とつぶやいた者さえいた。


 「ラルフさんの指示ではない。ラルフさんを通じて、ダッチさんがそう言ったのだ。『北へ向かえ、救いはそこにある』と」


 シャインが立ち上がった。もう十分ということなのだろう。パンゲアにいるラルフを捕まえて、ダッチの居場所を吐かせて、ダッチを殺せばこいつらの指導者はいなくなる。侵攻は一時的にでも、止まるはずだ。シャインは俺をチラリと見て、エドワードの方に足早に歩いて行った。


 「なあ、こんなにたくさん、質問に答えたんだ。もちろん解放してくれるんだろう?」


 獣人が聞いてきた。さっきからやけに素直にしゃべるなと思っていたら、そういうことだったのか。


 「残念ながら、俺にその権限はない」


 できるだけ申し訳なさそうな顔をして、立ち上がった。獣人たちは「なんだって?」と驚きの表情を見せる。


 「知りたいことを教えてくれて、ありがとうよ。解放してくれるかどうかは、さっきの金髪の姉ちゃんに聞いてくれ。じゃあな」


 スタスタとその場を立ち去る。背後から「おい、ちょっと待ってくれ!」「家に帰してくれ!」と声が上がるが、無視した。おそらくエドワードは許さないだろう。お互いさまだ。お前たちも人間を捕まえて、吊るして解体したではないか。


 ハーディーとアフリートのもとへ戻ろうと目を上げると、人が増えていた。ハーディーの隣に2人、何者かが座っている。2人とも魔術師の三角帽をかぶっていた。1人は見覚えがあるシルエットだ。タイタンだな。近寄ってみると、その通りだった。隣にいるのは、タイタンを城まで追ってきた女だ。名前は確か、メイヘムと言ったか。


 「おお、見ておったぞ」


 近づくと、タイタンは帽子のつばを上げて、ニヤリと笑った。なぜ、こんなところにいるのだろう。何かヘマをしたかな?とここ数日のことを思い出しながら「見ておったって、何がですか」と聞いた。


 「アフリートのことに決まっておろうが! いや、素晴らしい! 素晴らしい力だ! 噂には聞いていたが、実に素晴らしい!」


 タイタンは身を乗り出すと、目を爛々と輝かせた。アフリートの頭側に座って、左手で頭を撫でている。アフリートはまだ眠っているのか、動かない。ハーディーはアフリートの足側で、決まりが悪そうに座っていた。


 「見ていたんですか? アフリートを見ておくのは、俺たちの仕事じゃなかったんですか?」


 あの戦場のどこかで見ていたのだろうか。


 「そのつもりだったが、やはり自分の目で見ておきたくなってな。上空からしっかりと見させてもらったぞ。いやぁ、よかった。これはほしい。ワシのものにしたい」


 メイヘムが、面白くなさそうな顔をして上を指差しながら「空から見ていたんだよ」と言った。なるほど。この2人は空を飛べる。炎が飛び交う危険な地上から離れて、文字通り高みの見物を決め込んでいたというわけだ。タイタンはよくいえば愛おしげ、悪くいえばいやらしくアフリートの髪を撫でている。ええい、汚らしい。触るな。その手をはねのけたい衝動を、懸命に押し殺す。


 「アフリートは寄生する相手を選びます。『くれ』と言われて、『どうぞ』と言うわけにはいきませんよ」


 言い放ってから、何を言っているんだと自分にツッコんだ。いいじゃないか。いいアイデアだ。アフリートをタイタンにもらってもらうのだ。そうすれば、テイラーを取り戻すことができる。


 「なに、ワシに寄生する必要はない。この娘ごといただく」


 やっぱりな。タイタンはアフリートをいやらしい目つきで見つめながら、思った通りのことを言った。ハーディーが膝の上に置いた拳をキュッと握るのが見えた。俺も同じ気持ちだ。そうはさせるか。テイラーは俺のパーティーのメンバーなんだ。


 「その子、俺の仲間なんで」


 冷たく言い放ってみたが、タイタンは全く応えた様子はない。俺を横目でチラッと見ると「では、お前のパーティーを抜けて、ワシのもとへ来るように説得せい。成功したら報酬は弾む」と言って、ニヤリと笑った。


 「総帥、そんなことされたら困ります。ただでさえ大忙しなんですから。こんな子を手元に置いたら、絶対に他の仕事そっちのけで、この子で遊び尽くすんでしょう?」


 メイヘムは、ジトッとした目でタイタンとにらんだ。タイタンは無視して「おお、よちよち」と言いながらアフリートの頭を撫でている。メイヘムは立ち上がると、タイタンの顔面が変形するくらい、そのほほをひねり上げた。


 「あ痛たたた!」


 「聞いてんのか、コラ! おっさん!」


 前に会った時も思ったが、このメイヘムって人、タイタン相手に全く物おじしないな。部下のはずだが、どっちがトップなのかわからなくなる。そんなことより、窓の外が白んできた。夜が明ける。早くテイラーに朝飯を作ってやらないと。ゴチャゴチャ言い争っているのが、なんだか面倒になってきた。


 「あ〜、もしもし。あの、いいですか」


 タイタンとメイヘムに割って入った。「なんじゃ?」。タイタンは渡りに船とばかりに、目をパチパチさせて俺を見る。


 「あの、とりあえず言われたことはやります。やるんで、その代わりといっちゃなんですけど、ちょっと手伝ってくれませんか?」


 緊張が解けてきたのか、急激に眠たくなってきた。だが、まだだ。まだ眠るわけにはいかない。


 「なんじゃ。何を手伝えというんじゃ」


 タイタンはメイヘムを押しのけて、身を乗り出した。メイヘムは顔を歪めて、露骨に「ちっ」と舌打ちをする。


 「朝飯にするんで、鳥を捕まえてくれませんか。あ、殺しても全然、構いません。どうせ絞めるんで」


 俺の言葉を聞いて、タイタンは目を丸くした。固まっている。同じようにメイヘムも呆気に取られていたが、しばらくしてニヤリと笑った。


 「えっ。その、お前は、このワシに、鳥を獲ってこいと言っているのか? この大陸随一、比肩無双の大魔道士、誇り高き魔術師ギルドの総帥、タイタンに?」


 タイタンは言葉を一つずつ区切りながら、意味がわからないという顔をしている。


 「そーです。俺が獲りに行ってもいいんですけど、もう疲れたんで。天下無双の大魔道士様なら、魔法でちょちょいのちょいでしょ。金さえ渡していれば部下が働くと思ったら、大間違いなんスよ。たまには優しさも見せてくださいよ」


 朝飯用に鳥を捕まえに行きたい、ヘトヘトなので魔法でなんとかしてほしいとお願いするつもりだったのに、あまりに疲れていて、勢いに任せてすごく失礼なことを言ってしまった。激怒して解雇の流れではないのか。「ふざけるな!」と怒鳴られることを覚悟したその時、メイヘムが耐えられないといった感じで「ぷーっ!」と吹き出した。見ると、ハーディーもプルプルと震えている。


 「いや、あの。比肩無双の、大魔道士な」


 タイタンは俺に気圧されて、呆気に取られている。目を丸くしたまま、隣でゲラゲラ笑っているメイヘムを見た。


 「じゃあ、メイヘム。お前、行ってくれ」


 太い指で、公民館の玄関を指差す。メイヘムは急に笑うのを止めると「はぁ?! なんで私が?!」とムッとした。


 「いや、だって。飛んで帰るんだし、ワシだって魔力を無駄遣いしたくないし」


 タイタンは子供みたいに口を尖らせた。メイヘムは「むむむ」とうなると「ええい、仕方ないね!」と俺の方を向いた。


 「そうと決まればさっさと行こう。ええっと、え〜……」


 「クリスです」


 「そうそう。クリス、クリス」


 メイヘムは俺の肩にポンと手を置くと、スタスタと玄関に向かって歩き出す。朝の冷気が流れ込んでくる。ハーディーの上着だけでアフリートは大丈夫だろうか。そんなことを考えながら、メイヘムを追った。

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