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尋問

 エドワードを追って街の北部に入ると、公民館に修道士や軍人が集まっていた。公民館と言っても、神殿の集落で見た集会所のようなケチな建物ではない。天井の高い、白壁の立派な建物だ。外観は教会に見える。大勢が決して魔族は降伏し、人間に剣を突きつけられながら、そこに集められていた。


 長いことクーメンを拠点にしていたが、このあたりにはあまり足を踏み入れたことがなかった。高級住宅街だからだ。きれいに整備された道路の両脇には、白壁の家が建ち並んでいる。どの家にも小さな庭があった。今は、どこもかしこも無惨に踏み荒らされている。住民が大切に世話をしていたであろう花や木が、倒れたり散乱したりしていた。ドアや窓が開けっぱなしの家もあった。


 エドワードの姿が見えない。もう公民館に入ったのか。軍人や修道士が忙しく出入りしている玄関を通り抜けて、入っていく。内部も公民館というより教会だ。奥に女神の祭壇があって、もともとは礼拝用の長椅子がずらりと並んでいたのだろう。それを片隅に追いやって、広いスペースを確保していた。あちこちにたいまつが焚かれ、夜明けがまだにもかかわらず、昼のように明るい。そこに後ろ手に縛られた悪魔やオークやゴブリンたちが、ひざまずかされていた。


 ガン! パキン!


 「いやぁ!」「やめろ! やめてぇ!」


 硬いものが割れる音と、魔族の悲鳴が高い天井にこだましている。修道士たちが数人がかりで悪魔を押さえつけて、角を金槌で叩き割っていた。角を折られた悪魔は冷たい床に突っ伏して、体を震わせて涙を流している。敵とはいえ、見ていられない。俺はできるだけ悪魔たちを見ないようにして、エドワードを探した。


 いた。角を折っている修道士たちと一緒にいる。しゃがみ込んで、悪魔たちに何かを聞いている。


 寒気がして、思わず自分の体を抱き締めた。今までエドワードにゾッとしたことは一度や二度ではない。かわいい顔をした美少年のくせに、目的のためには手段を厭わない冷徹な面があることをよく知っている。それでも目の前で繰り広げられている光景をエドワードが主導していると思うと、とんでもないやつだと改めて肝が冷えた。


 すぐにそばに行く気になれなくて、ハーディーを促して長椅子の方へ行った。まずはアフリートを休ませないと。激しく嘔吐したダメージの回復が先だろう。誰か修道士に回復魔法をかけてもらうことも考えたが、みんな忙しそうで、それどころではなさそうだ。


 「アフリート、大丈夫か?」


 アフリートはヘロヘロになっていて座ることができなかったので、長椅子に横たえた。血の混じったよだれを垂らしながら小さな声でうなっているので、死んではいない。だが、呼びかけに応えない。


 『魔力の使いすぎではないかと思うのでござる。限界近くまで魔力を使って、こうなった人を見たことがあるのでござる』


 ハーディーが上着を脱いで、アフリートにかけた。


 「そういう時、どうやって回復するの?」


 魔術師ではないので、わからない。だが、ハーディーはロリアンドーロの元軍人だ。周囲には魔術師がいただろう。


 『とにかく休息でござる』


 ハーディーは腕を組んで、うなずいた。これが戦いの真っ最中でなくて助かった。左手の指にはめた指輪がたいまつの明かりを反射して、キラッと光る。こいつに助けられたのかもしれない。エリックは元気だろうか。この作戦に参加していなければいいが。


 アフリートはと見ると、呼吸が随分と落ち着いてきていた。まだ胸を大きく上下させてはいるが、苦しそうではない。目を閉じて、パッと見た感じでは眠っているようだ。


 「アフ、アフ」


 トントンと肩を叩いて呼びかけてみる。反応はない。しばらくすると、すやすやと寝息を立て始めた。アフリートも眠るんだな。それとも、テイラーの体がアフリートの魔法に耐えきれずに眠ってしまったのか。いずれにせよ、小康状態と見ていいだろう。


 『少し眠らせてあげた方がいいのでござる。クリス殿も、少し眠られてはどうか? 一睡もしていないのでござろう?』


 ハーディーが提案した。でも、眠っている場合ではない。準備しなければいけないことがあったし、確認しなければいけないこともあった。まずは朝飯だ。アフリートは目を覚ませば、間違いなく「腹が減った」と言うだろう。軍隊は緊急の食糧として乾パンを持ち歩いているが、激しく嘔吐した後なのだ。もっと消化のいいものを食べさせてやりたい。


 「いや、ちょっと用事がある。ハーディー、テイラーを見ていてくれ」


 『承知したのでござる』


 長椅子にハーディーとアフリートを残すと、エドワードのもとへと向かった。いつの間にか、シャインも合流している。


 「お前たちの指導者は誰だ」


 床に突っ伏して泣き崩れている悪魔に、エドワードが聞いていた。


 「だからぁ、戦死したってさっきから言っているじゃないですか! アフリート様の炎で、いの一番に焼かれちまったって!」


 悪魔は黒山羊の顔をしていた。角を2本とも折られて、ものすごく間の抜けた顔になっている。もうこうやって何人もの悪魔を尋問してきたのだろう。エドワードの目の下のくまに、濃い疲労の色がにじんでいた。


 「その指導者じゃない。人間の居住地域に攻め込ませている、大元の大元がいるはずだ。そいつが誰だか、僕らは知りたいんだ」


 エドワードはしゃがみ込んで、黒山羊の耳元でささやいている。その表情には薄笑いが浮かんでいた。角を折られた悪魔は、折った相手に絶対服従だ。知っていれば、その名前を言わなければいけない。


 「だからぁ、そんな偉い人の名前は、俺たちは知らないんですよ! 死んだエルメスさんなら、知っていたかもしれないけど!」


 黒山羊はポロポロと涙をこぼして「お願いだから家に帰してください! 妻と子供が待っているんです!」と命乞いを始めた。悪魔は基本的に嘘つきだ。きっと嘘だろう。


 「うまくいっていないみたいだな」


 立ち上がったエドワードに声をかけた。エドワードは俺をチラッと見て、小さなため息をついた。


 「こんな前線部隊を叩いたところで、侵攻は終わらないんだ。人間の居住地域へ移住しようと、後ろから糸を引いているボスを倒さないと、いつまでも戦いは続くよ」


 今度はあからさまに大きなため息をつく。「さあ、次だ」とそばにいた修道士に声をかけると、まだ角を折られていない悪魔に近づいていく。修道士の手には金槌が握られており、それを見た悪魔は「ひ、ひいっ! 許して……!」と情けない悲鳴を上げた。


 「ここにいる悪魔たち、末端の兵隊だらけで、あまり詳しいことは知らないみたいね」


 いつの間にかシャインがそばに来ていた。エドワードの背中を見つめて、ため息をつく。エドワードもあんたも、本当にため息をつくのが好きだな。知らないのか? ため息をつくたびに、幸運は逃げていくんだぜ。


 「悪魔は知らないかもしれないけど、他の魔族なら知っているかもしれないぜ」


 シャインを促すと、フロアの反対側へと向かった。悪魔でひと固まり、獣人でひと固まり、オークで……と種族別に集められている。エドワードは先ほどから、悪魔ばかり尋問している。気持ちはわからないでもない。悪魔は魔族のなかで最も知性が高く、指導的な立場にいるはずだからだ。オークや獣人を尋問するのは、後回しにしても無理はない。


 俺は一人の獣人の前にしゃがみ込んだ。狼族だ。灰色の毛に黒い差し毛が混じっている。それを見て一瞬、ニーナを思い出した。今頃、元気にしているだろうか。いやいや、今はニーナのことを考えている場合ではない。その獣人は右耳の下に大きな傷があった。何度も実戦を経験した兵士と見ていい。


 「なんだよ。何も知らねえぞ」


 俺が口を開く前に、ボソッと言った。


 「なあ、ダッチさんって、誰なんだ?」


 そう聞くと、獣人は分かりやすく目を見開いた。周囲にいた獣人たちが互いに顔を見合わせて「えっ……」と驚きの声を漏らした。シャインが緊張した気配を感じる。


 「え……。なぜ、ダッチさんのことを知っているんだ?」


 獣人は明らかに戸惑っている。それほど重要な人物の名前らしい。


 俺は神殿の集落で聞いたその名前を、忘れたことがなかった。アフリートが集会場の前で獣人たちを焼き殺した時、そのうちの一人が「こんなことをして、ダッチさんが黙っていないぞ!」と叫んだのだ。誰だ? 会話の流れから想像するに、彼らのバックにいた魔族だ。獣人たちに、炎の神殿を見張らせていた魔族がいるのだ。


 獣人が知っていたのなら、獣人に聞けばいいと思っていた。同じ狼族ならば、なおさらいい。思った通り、こいつは知っている。ビンゴだ。


 「炎の神殿の集落で聞いたんだ」


 そういうと、獣人たちはまた分かりやすくざわめいた。「やはり、あれはアフリート様だったのか」「道理で叶わないはずだ」と口々にささやき始める。


 「人間、そんなことを聞いてどうするつもりだ? お前たちには関係のない話だ」


 獣人は牙をむいて、うなった。素直に誰だか教えてくれるつもりはないらしい。まあ、そうだろう。想定の範囲内だ。


 「まあ、そうかもしれない。だけど、なんだかあんたたちにとって、大事な人の名前っぽい感じだったからな。俺たちも知っておいた方が、いいんじゃないかと思ったのさ」


 できるだけ軽い調子で返した。本当は知りたくて知りたくてたまらなくて、締め上げてでも吐かせたいくらいだ。しかし、そんなことをすればもっと話してくれなくなる。俺の軽薄な態度に乗せられたのか、獣人たちは身を乗り出してきた。後ろ手に縛られたまま、膝立ちになって近寄ってくる。


 「そりゃあ、あのお方のことは、お前たちも知っておいた方がいいさ。偉大な方だからな。だが、知らずに死んだ方が、幸せかもしれないぞ。空を飛ぶ鳥のようにな」


 何やら詩的なことを言い始めた。獣人の習慣なのだろうか。まあ、それはどうでもいい。乗ってきてくれたのだ。さあ、話してもらおうじゃないか。


 「そんな偉大な方であるのならば、俺たち人間も知っておきたいよなぁ。な?」


 シャインを見上げると、瞳がキラキラ光っている。こいつも俺と一緒だ。好奇心が旺盛すぎて、死ぬタイプかもしれない。


 「そうね。ぜひ聞かせていただきたいわ」


 シャインはニッコリと笑ってうなずいた。

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