ベン再び
翌朝、ライラにテイラーを任せて、ハーディーと一緒に出かけた。まずはニュウニュウに、ミラキュラス全員でキャルダモナに行く許可を得なければ。人混みをかき分けて街外れに向かう。昨夜、カインから「戦える者は戦う、戦えない者はヴァジリに避難する」という方針が示されたせいか、前日ほど不安に満ちた、ざわざわとした雰囲気ではなかった。難民たちはみな大人しく、修道士たちから配給の食事をもらうために列を作っている。どこから手に入れたのか、桶を手に水を汲みに行く人の姿もたくさん見かけた。
「この雰囲気では、ヘイシュリグの市場にはもう食糧はないな」
俺は周囲を見回しながら言った。仮にあったとしても、難民に配るために修道院がすべて買い占めているだろう。
『ニュウニュウ殿がおられるのは、山中なのでござろう? ならばついでに、芋を掘ってくればいいのでござる』
ハーディーが呑気なことを言っている。街を出て、2人でてくてくと山道を歩き、シャインに教えてもらった山小屋に着いた。小屋とはいうものの、丸太で造られた2階建ての立派な建物だ。手前に馬車が停まっていて、木槌をトンカンいわせながらそれをメンテナンスしている男がいた。
ん……。その背中、見覚えがあるぞ? 男が振り向いた。
「あ! ベンじゃねえか!」
「よう、クリス」
屈託のない笑みを浮かべて手を上げたのは、他でもないベンだった。クーメンで別れたきりになっていたが、生きていたのか。
「『よう、クリス』じゃねえよ。お前、なんでこんなところにいるんだよ」
ベンは、最後に会った時と同じ軍服姿だった。軍隊は今、忙しいはずなのではないか。カインの指揮のもと、立て直しを図っている真っ最中のはずだが。
「ああ、実は、ある人に雇われて、冒険者に復帰することになったんだ。よろしくな」
ものすごく不器用なウインクをする。やめろ。気持ち悪い。
「復帰ってどういうことだよ。軍隊はどうしたんだ。ちゃんと除隊してきたのか?」
そうだ。コミュ障のベンのことだから、何も言わずに抜けてきた可能性がある。
「俺は何もしていないが、俺を雇ってくれた人が手続きはしてくれているはずだ」
ベンはぬけぬけと言った。やはり自分では何もしていなかった。呆れて言葉も出ない。まさか、ベンの雇い主ってニュウニュウじゃないだろうな? もしそうならば、こいつと一緒にキャルダモナに行くことになるぞ?
「おお、来たか、クリス」
山小屋の玄関が開いて、ニュウニュウが出てきた。パンゲアに行った時と同じ、ベージュのマントに同じ色のフワッとしたパンツ姿だった。マントの下のシャツの色が、深紅に変わっている。
「思った通り、ハーディーを連れてきたんだな」
ニュウニュウは俺たちのそばまで歩いてくると、ニコッと笑って手を差し出した。何となくそれを握り返す。ニュウニュウは続いてハーディーとも握手して「改めてよろしく」と言った。〝よろしく〟ってことは、ハーディーは一緒でもいいのだろうか。そんなことを考えていると、ニュウニュウの背後にベンがやってきて、直立不動の姿勢を取った。
「ニュウニュウ、そいつは……」
「おお、紹介しよう。今回の旅の仲間、ベンだ」
やっぱり……。天を仰いで、顔を覆った。
「お、なんや、クリス。その反応は?」
ニュウニュウは不思議そうな顔をした。
「あの、そいつは……」
「クリスとは古い友人であります!」
ベンは俺の言葉をさえぎって、軍隊仕込みらしい大きな声を上げた。
「ああ、そうなんや」
「いや、友じ……」
「かつて同じパーティーで、何度も苦楽とともにした仲間であります!」
ベンはきっぱりと、だが、半分くらい嘘をついた。同じパーティーだったことは間違っていない。だが、何度も苦楽はともにしていない。ベンとクエストに行ったのは2度だけで、それも目的を達成できずに、途中で引き返してきたのに。
「おお、そうなんや。なら、話は早いな」
ニュウニュウは笑いながらうなずいている。
「いや、違う! 違う! 俺の話を聞け!」
「まあ、ここで立ち話もなんやし、なかに入らへんか?」
ニュウニュウに促されて、俺たちは山小屋に入った。入ったところは年季は入っているものの、暖炉がある洒落たリビングで、これまた年代もののソファが置いてある。ニュウニュウはそこに座るように俺たちに勧めた。ベンはスタスタと奥の方に行ってしまう。どこへ行ったのかと思ったら、しばらくして紅茶を淹れたカップを持って戻ってきた。
「小便じゃないだろうな?」
「失礼な。茶の淹れ方は軍隊で習った」
胸を張っているが、それって自慢げにいうことか? 普通、茶の淹れ方なんて、母親から教わらないか? 軍隊に行くまで茶の淹れ方も知らなかったと言っているようなもので、何だか情けなくなる。
「ニュウニュウ、なんでよりにもよって、こいつなんだ。ちゃんと採用試験とかしたのか? こいつは見てくれは立派だけど、とてつもなく鈍臭いやつなんだぞ」
俺はベンを指差して言った。ニュウニュウは紅茶をすすりながら「ああ、そうなん?」と平然とした顔をしている。
「いやぁ、前衛がもう一枚、要るかなと思ってな。軍隊はバイエルが戦死して今、めちゃくちゃな状態やから、どさくさに紛れて腕が立ちそうなのを引き抜いてきたんや」
あはははと笑っている。それを見たベンもウフフフと笑っている。
「ちょっと待てい!」
笑っとる場合か!
「でも、たまたま引き抜いてきたやつが、クリスの昔の仲間やったとはなぁ。いやあ、ウチもヒキが強いわ。息ピッタリやろ」
ニュウニュウはソファの後ろでビシッと立っているベンの腹を、ポンと叩いた。
「はい、ピッタリです。俺がリーダーで、クリスがルーキーでした」
ベンははっはっはと快活に笑った。そう、快活に。こいつ、少し無骨な感じはするけれど、品があるので、ニコニコしているとなかなかの好青年に見える。ニュウニュウもそれにコロッとだまされたのだろう。
「いや、お前、リーダーだっつーても、何にもやらなかったじゃねーか! いつもみんながお前のケツを拭いてたんだろうがよ!」
ブチギレそうになってしまう。いや、もうキレている。
そうなのだ。以前にも言ったと思うが、ベンは俺が最初に入ったパーティーのリーダーだった。他に2人、メンバーがいて、その一人がエドワード。もう一人、ウルリックという魔術師がいた。このウルリックというやつが音頭を取って結成したチームだったのだが、ウルリックは無責任なやつで、リーダーをベンに押し付けた。
ベンは目立ちたがり屋なくせに、極度のコミュ障だった。知らない人と話ができない。冒険者ギルドに行ってクエストをもらってくるのはリーダーの仕事なのに、受付の人に話しかけられないので、他の人がクエストをもらっているのをそばで聞いて、あたかもそれを自分がもらってきたクエストのように俺たちに吹聴した。それで冒険に出かけるわけだが、他の冒険者が引き受けたものを後から追いかけるわけだから、目的の場所まで行っても何もない。2度、そんなことを繰り返して、ベンのダメさ加減を嫌というほど思い知った俺たちは、解散した。
金遣いの荒さにもうんざりした。当時、俺たちは4人そろって金がなく、冒険の準備をするために土木作業のアルバイトをしていた。ところが、ベンは女遊びが大好きで、給料をもらうや否や娼館に行って使い切ってしまう。そして、悪びれた顔もせずに「金がない」と言うのだ。
というベンの悪行の数々をニュウニュウに全部、ぶちまけてやった。ニュウニュウは目を丸くして聞き終えると、後ろにいるベンの方を向いて「ホンマ?」と聞いた。
「一部、真実の部分もありますが、一部、真実でない部分もあります!」
ベンはキリリと顔を引き締めた。
「真実でないって何だよ! 全部、真実だっつーの!」
「チーム名はカイザーベルクでした」
「そんなチーム名じゃなかった! てゆうか、チーム名なんてなかったし!」
こいつと一緒にいると、頭がおかしくなりそうだ。隣のハーディーがさっきからニヤニヤしている気がするのだが、気のせいか? ニュウニュウは目をぱちくりとさせてから、「でも、今回はリーダーじゃないしな。それに金遣いが荒くて女好きということと、剣士としての腕前は関係ないやろ?」と言った。
「まあ、確かに……」
そう。ベンの唯一の救いは、剣の腕が立つということなのだ。どこぞのいい家の生まれで、幼少期から剣を習っていたので、そこらの剣士よりよほど強い。俺が見てきた感じでは、イアソン級と言っていいと思う。
「パンゲアに行った時に思ったんやけど、ハーディーがアンになってしもうたら、前衛がおらんようになるやろ? せやから、もう一枚、前衛が要るねん。これから探すとなったらまた時間が必要やし、今回はちょっとこいつで勘弁したってくれへんか」
ニュウニュウは親指を立ててベンを指し示した。「くれへんか」と言っているが「納得しろ」の意味だろう。反論の余地はなさそうだった。
嫌だなあ。ライラとテイラーが一緒なんだぞ? ベンは朝から晩まで、ライラをじろじろといやらしい目つきで見ることは間違いない。今からライラに頭を下げて、テイラーと一緒にヴァジリに行ってもらおうか。キャルダモナに行くのは、俺とハーディーだけということにして。
『ニュウニュウ殿、拙者以外にライラ殿とテイラー殿も同行したいのでござるが、構わないでござろうか?』
迷っている間に、ハーディーが切り出してしまった。ニュウニュウは少し目を丸くしてから「そうやろ? そういうと思っとった。もちろん歓迎や」とニヤリと笑った。
「クリスを勧誘したら、もれなくライラがついてくると思っとったんや。これで修道士を探す手間も省けたっちゅうこっちゃ!」
手を叩いて喜んでいる。俺は横目でハーディーをにらんだ。ハーディーは「何か?」みたいな顔をしている。ベンがどれだけ女好きか知らないんだ。ライラは当然、いやらしい視線の対象になるとして、テイラーにまでそれを向けたらどうする?
「よっしゃ、よっしゃ。話がまとまったところで、メシにせえへんか? クリスとハーディーは朝飯は食ったか? どうせヘイシュリグには、もう食糧はないんやろ?」
ニュウニュウがパチンを指を鳴らすと、またベンがいそいそと奥へと消えていく。どうやらキッチンがあるようだ。しばらくすると、豚肉を焼く香ばしい匂いが漂ってきた。ハーディーが『拙者、何か悪いことを言ったのでござるか?』と聞いてくるが、あまりにも腹が減って、どうでもよくなってしまった。
出てきたのは分厚い豚のステーキが乗った黒パンだった。何かの鳥と芋を煮たスープがついている。
「うおぉ、すげえ! いただきます!」
久しぶりの温かい食事に、我を忘れてがっついた。豚は山豚だ。脂身が甘い。あふれ出る肉汁で口いっぱいになり、それが唾液と混ざり合って口の中が洪水のようだ。噛み締めるたびに鼻腔を吹き抜ける肉の香りが、さらに食欲をかき立てた。
「う、うめぇ!」
不覚にも涙が出てきた。
「ベンが獲ってきた山豚だ。街中には食糧はなくても、山にはまだ、食えるものはたくさんあるんやでぇ」
ニュウニュウの背後で、ベンがニッコリと笑っている。くそっ、ムカつく。ちょっと食糧を獲ってきたからって、いい気になるなよ。




