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演説

 マリシャは随分と長い間、頭を下げていた。こういうスピーチをする前には台本を作るものだと思うのだが、それの通りであるならば、芝居がかっている。いや、台本通りではないのだろう。その証拠に、シャインがマリシャの肩を優しく叩いて、続きを話すように促している。聴衆も「どうしたんだ?」と少しざわめき始めた。


 ようやくマリシャは顔を上げた。早くも涙がポロポロとこぼれて、両ほほを濡らしている。それを手の甲で拭うと、続けた。


 「こんな事態になって、国民の安全を守る王家の人間として、責任を感じています。謝って済むことではないと重々、承知はしています。だけど、だけど……」


 声が震える。一度、強く歯を食いしばってから「本当に、すみませんでした……!」と絞り出して、また深々と頭を下げた。


 水を打ったようなとは、こういうことをいうのだろう。こんなにたくさんの人が詰めかけているのに一瞬、シーンと静まり返った。どこかで虫がたいまつに飛び込んだのか、ジジッと焼け落ちる音がした。


 「あ、謝って済むことか!」


 演台の向こう側から、男の怒声が上がった。


 「そうだ! 俺の子供は悪魔にさらわれちまった!」


 別の男の声が上がる。これをきっかけに、あちこちから声が上がり始めた。


 「私の子供を返して!」

 「俺のおっかあを返せ!」


 声だけではない。あちこちで拳も振り上げている。なかには小石や紙屑を、演台に向かって投げつける者まで現れた。マリシャがおろおろして立ちすくんでいる前に、シャインが立ち塞がっている。修道士ら教会関係者がなだめに行くが、逆にもみ合いになって騒動はどんどん広がった。


 無理もない。マリシャは王女とはいえ、まだ18歳だ。世継ぎとして生まれ、英才教育を受けて育ち、同じ年頃の女の子よりはいろいろ世間を知っている。だけど、こんなことになるなんて想像したこともないだろう。混乱しているこれだけ多くの人間をまとめるには、経験もカリスマ性も足りない。


 「鎮まれ! 鎮まれい!」


 マリシャを守りながら、シャインが大声を上げた。だが、一度、火がついた大衆の怒りは簡単には収まらなかった。「家族を殺されたのは王女が頼りないせいだ!」「代わりの王を立てろ!」とあちこちでマリシャを非難する声が上がっている。その一方で「これは姫さまのせいではない」「今こそ我々が恩に報いるときだ」という声も上がり、王家批判派と擁護派に分かれて喧嘩が始まった。演台ではシャインが何か一生懸命しゃべっているものの、喧騒で聞き取れない。


 後ろから肘を小突かれたので振り返ると、ライラが呆れた顔をしていた。


 「帰ろっか」


 ボソッと言った。


 「え、帰るの?」


 まだマリシャの話は終わっていないと思うのだが。


 「だって、こんな状態でまともな話なんて、もうできないでしょ。帰ろうよ。疲れちゃった」


 ライラは目を伏せて、前髪をかき上げた。なんだ、マリシャを攻撃している民衆にプリプリ怒り出すかと思っていたのに、意外とドライなんだな。


 『しかし、このまま放って帰るのは、気が引けるのでござる』


 ハーディーがつぶやいた。そうだな。俺もそうだ。演台ではまだマリシャとシャインが騒動を収められず、うろたえている。その隣ではカインが無表情なまま突っ立っていた。助けてやりたいのは山々だが、この状態を収められるほどの力や話術は、俺にはない。残念ながら。


 「姫さま、かわいそうだな」


 誰とはなしにつぶやいた。謝罪したことは、彼女の今の偽らざる本心だろう。魔族軍を王都に入れてしまい、戦場にしてしまったのはエドワードかもしれない。だけど、そのエドワードを雇って、好きなようにさせていたのはマリシャなのだ。


 「同情はするし、助けてあげたいとは思うけど、話が大きすぎて、私たちにはどうしようもないわ。それよりも明日、いや、今夜からどうやって生き延びていくか、それを考えた方がいいんじゃないかしら」


 ライラは小さくため息をついた。俺たちの周囲でもやれ「王家が頼りないから魔族にやられた」だの「姫さまを責めるな」だの言い争いが始まり、小競り合いも始まった。もう限界かもしれない。巻き込まれないうちに帰ろうか。そう思った時だった。


 「みんな、話を聞け! 聞いてくれ!」


 ひときわよく通る男の声が、広場に響いた。演台の前に、いつの間にか背の高い男が立っている。緩くウェーブのかかったブラウンの長髪、広い肩幅。まさか、あれは……。


 「みんな、聞け! 聞いてくれ!」


 男は手にしたメガホンを使って声を張り上げた。本当によく通る声だ。おかげで、徐々に演台を中心に静かになった。そして、みんな演台を見つめて「あれは」「まさか、あの人は」と指差した。


 「よし、ようやく落ち着いたな」


 演台の前に立ったのは、他でもないわが師匠、盗賊王スティーブンだった。「盗賊王だ」「スティーブンさんがなぜここに?」。まだ周囲はざわざわしているが、もう小競り合いはしていない。みんな突然、演台に登場した伝説の冒険者に注目している。


 「みんな、聞いてくれ!」


 スティーブンさんは両腕を広げた。背が高くて手足も長いので、腕を広げるととても大きな人に見える。スティーブンさんはスーッと胸いっぱいに息を吸い込んでメガホンを構えると、改めて声を張り上げた。


 「いま、みんな家族を失い、家を失い、絶望の淵にいるのだろう。違うか?」


 スティーブンさんが拳を握ると、あちこちから「そうだ」「その通りだ」と声が上がる。


 「怒り、悲しみ、打ちひしがれているのだろう。違うか?」


 そうだ! そうだ! スティーブンさんの煽り方は絶妙だ。あっという間に同意の大合唱になった。スティーブンさんは広場を見回して満足げにうなずくと、サッと手を上げた。盗賊王が何か言う。みな一斉に口を閉じた。


 「だが、それこそ魔族どもの思う壺だ!」


 広場をもう一度、見回しながら、声を張り上げる。聴衆はその迫力に、静まり返った。


 「魔族、特に悪魔は、人間の怒りや悲しみが大好物だ! 怒り、悲しみ、いがみ合っているところに、悪魔はつけ込む!」


 熱弁を振るう70歳超の老人の背中を、マリシャとシャインが呆然と見つめている。カインは相変わらず無表情で突っ立ったままだ。この人、何のためにここにいるのだろう?


 「だから今こそ、我々は団結し、助け合わなければならない!」


 スティーブンさんは拳を握ると、もう一度、腕を広げてグワシッと自らを抱きしめた。目を閉じて、口も閉ざす。聴衆たちはお互いに顔を見合わせて「団結?」「助け合う?」とつぶやきあった。沈黙が長いので、また広場はざわざわし始めた。そのタイミングで、スティーブンさんは目を開けた。くるりと振り返ると、スタスタとマリシャのそばに歩いていく。ポカンとしている王女の肩を抱いて、演台の前まで連れ出した。


 「みんな、今、我々が応援して、支えてやらなければならないのは、誰だ?」


 マリシャの肩を右腕で抱いたまま、左腕を伸ばして聞いた。そして、マリシャの顔をのぞき込むと「突然、両親を失った、我らの姫君ではないのか?」と叫んだ。広場はまたざわめいた。「おお、そうか」「言われてみればそうだ」「だが、応援とか一体、何の話だ?」。スティーブンさんは不敵な笑みを浮かべながら、みなが口々に言い合うのを見つめていた。ひとしきり群衆が話し終えるのを待って、改めて口を開いた。


 「今こそ姫を筆頭に、団結しなければいけない時だ!」


 スティーブンさんはマリシャを離すと、その前に恭しくひざまずいた。手を取ってその甲に軽くキスをして、頭を垂れた。我が師匠ながら、なんと芝居がかったことよ。呆れつつも、思わず笑ってしまう。呆気に取られているマリシャの前で、スティーブンさんは立ち上がった。背が高いので、姫さまの顔はその胸のあたりになる。スティーブンさんは大きな手のひらでマリシャの顔を包み込むと、額に優しくキスをした。広場のあちこちから「おおっ」と何だかよくわからないどよめきが起こった。


 「この盗賊王スティーブン、老骨に鞭打って姫の斥候となりましょう」


 一歩下がると、胸に手を当てて深々とお辞儀をする。そしてサッと顔を上げると、ポカンとしているマリシャを残して、スタスタと演台から降りてしまった。途中でカインの肩をポンと叩いて。


 それが合図だったように、カインは演台の前に進み出た。手には槍を持っている。それを夜空に高々と掲げると、床をドン!と打ち鳴らした。再びざわついていた聴衆は、大砲のようなその音に驚いてシーンとなった。


 「今しがた、みなが聞いたように、今は生き延びるために、団結する時だ!」


 カインの声はよく通る。先ほどのマリシャとは違って、言葉に自信と信念がみなぎっている。これが伝説の冒険者の血筋なのか。


 「親を失いし子よ、子を失いし親よ! 英雄ルーカスの子、黒騎士カインとともに剣を取れ! 老人や子供、戦えない者は明日の朝一番でヴァジリに移動する!」


 カインの口から具体的な今後の方針が出たことで、広場全体にホッと安心した空気が流れた。なんだ、最初からこの人が話せばよかったんじゃないのか? スティーブンさんはどこだろう。演台の近くを探すと、大勢の人に囲まれて握手攻めにあっていた。さすがは俺の師匠だ。バラバラだったここにいる人の心を、とりあえず同じ方に向けたのだから。


 自分がやったわけではないのに、俺はなんだか得意げな気分になった。演台ではまだカインが話している。王都から追いかけてくるかもしれない魔族軍に対抗するために、ここで態勢を立て直す、そのために兵士を募集するという話をしていた。何も用事がなければ参加してやってもいいが、俺にはキャルダモナに行くというクエストがある。


 「帰ろうか」


 俺はみんなを振り返って言った。


 「え、いいの? お師匠さまに何か言わなくてもいいの?」


 ライラが少し驚いた顔をしている。確かに今すぐ駆け寄って「さすがですね!」と言ってあげたい気分ではあるが、あれだけもみくちゃにされていては、近づくことすら難しい。そんなことより、テイラーの目がトロンとしている。そろそろ休ませてやらないと。


 「いや、いいよ。帰ろう」


 俺はみんなを促すと、広場を離れた。周囲の人々もぞろぞろと離れていく。でも、どこに行くというのだ。彼らが戻るところは、自分の家ではないどこかの路上なのに。


 ライラの部屋に戻ると、食べるものがもうなかった。テイラーは途中でハーディーの腕の中で眠ってしまったので、俺たちも水を飲んで眠ることにした。夜が明ければ、冒険に行く準備をしないといけない。その前に、食糧を調達しなければ。ニュウニュウに会って、みんなを連れていく許可も得ないとな。途中でスティーブンさんにも会えればいいけど。やるべきことは山積みだった。窓から差し込んでくる月明かりを見ながら頭の中を整理しているうちに、眠ってしまった。

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