黒い剣士カイン
ものすごい威圧感だった。ラルフもなかなかだったが、この人は悪魔ではない。ただの人間だ。人間がこんな気配を発することができるなんて、知らなかった。
身長はそれほど高くない。ハーディーより明らかに低い。シャインよりも少し小さいくらいだろう。だが、黒い鎧を着ているせいもあって、すごく大きく見えた。伸ばし放題の髪はボサボサに逆立って、獅子のたてがみのようだ。太い鼻に太いあご。あだ名は「ライオン」に違いない。何より目が印象的だった。
この人、絶対にいい人じゃない。仲良くなれそうにない。目を見ただけでそう感じる。大きなギョロリとした目。瞳が灰色に見えるのは、暗いせいだろうか。とにかく目つきが恐ろしいのだ。見た目は若いのに、すごく年老いた人のように見える。経験豊富で、何もかも見通しているような目つき。見すくめられるとはこういうことを言うのだろう。動けない。
「カイン、そちらの剣士がハーディーさんだ。マリシャを王都から連れてきてくれた。で、こちらが盗賊のクリスさん。ハーディーさんのバディだよ」
シャインは怖くないのだろうか? ニコニコといつも通り笑いながら、真っ黒で威圧感200%の男、カインに俺たちを紹介した。カインはニコリともせずに俺をジロッと見て、それからゆっくりとハーディーに目を移す。頭の先から足の先までゆっくりと時間をかけて見つめてから、これまたスローモーションのようにゆっくりと頭を下げた。
「妹を助けてくださって、ありがとうございます。ミスター・ハーディー」
頭を下げたまま言った。ハーディーはテイラーを抱いたまま、わかりやすく恐縮した。
『あ、いえいえ。拙者は何もしていないのでござる。エドワード殿に指示された通りに動いて、無我夢中で走っているうちに、ここに着いてしまっただけなのでござる』
カインはゆっくりと頭を上げた。真っ正面からハーディーを見つめる。なんだ、この間は? ハーディーは何か言われるのかと思って待っているのだが、カインが何も言わないので、困ってチラリと腕の中のテイラーに視線を落としたりした。
「結果的に」
変な沈黙が流れて、耐えきれなくなったシャインが割って入ろうとした時、ようやくカインが口を開いた。
「女王陛下も陛下も亡くなられて、妹はただ一人の王位継承者になった。その妹の命を助けてくださったのだから、あなたは単なる命の恩人ではなく、イースという国の恩人だ。こんな切迫した状態でなければ、時間をかけてその恩に報いないといけないのだが」
そこで途切れた。ハーディーはカインがまだ何か言うのではないかと、ひと息待った。しかし、何も言わない。なので『いやいや、そんな。拙者は……』とまた謙遜したところで、不意にカインが続きを話し始めた。
「あいにくそれはできない。どうか許してくれ」
また深々と頭を下げた。ハーディーは『いえいえ、そんな。お気になさらずに』とペコペコ頭を下げている。
変な人だ。見た目と雰囲気も人間離れしているが、コミュニケーションも少しおかしい。会話の間が独特だった。
「で、マリシャはどこだ?」
頭を上げると、唐突にシャインの方を向いて聞いた。急に矛先を向けられたシャインはちょっとびっくりしながらも「ああ、奥の客間にいるよ。一緒に行こう」と親指を立てた。
「では、また」
カインは軽く手を上げると、シャインと一緒に修道院の奥へを消えて行った。
「変な人だな」
『変わった方でござる』
「初めてしゃべっているところを見たけど、変ね」
「うぐぅ」
最後のはテイラーだ。起きていたのか。
とりあえず俺たちは、人でごった返している修道院から出た。修道院前の広場も似たようなものなのだが、空気が新鮮な分、屋内よりも閉塞感が少ない。修道士たちが噴水の前に足場を組んで、演台を作っていた。
「姫さまのスピーチ、聞いて行ったほうがいいかな?」
誰とはなしに聞いた。
「そりゃあ、国民としては聞いた方がいいんじゃないの? 一刻も早くうちに帰って、旅の準備をしたいところではあるけれど」
ライラがテイラーの髪を撫でながら言った。
「え? ちょっと待って。ライラも行くつもりなの?」
旅の準備。ここまでの流れから、キャルダモナ行きの旅であろう。これで何も関係ない旅の話だったら、怒るぞ。
「当たり前じゃない。クリス、あなた、私とテイラーを置いていくつもりだったでしょう。そうはいかないわよ。断られたってついていくんだから」
ライラは俺の鼻面に指を突きつけて、怖い顔をした。ぐっ、図星。正直、そのつもりだったのに、なぜバレているんだ?
キャルダモナには、ハーディーだけを連れていくつもりだった。ニュウニュウはハーディーなら断らないだろう。優秀な前衛だし、体内にいるアンも強力な魔術師だ。だけど、ライラとテイラーは置いていくつもりだった。テイラー体調が万全ではないので、置いていく。そうなると、テイラーの面倒を見てくれる人が必要だ。その適任者には、ライラしかいないと思っていた。
「なんでわかるの?」
「だって、クリスは顔にすぐ出るもの」
ライラは腕を組んで、胸を張った。揺れない。だって、きょうのブラジャーは強力だからな。
「でも、テイラーは病み上がりというか、まだ負傷者だ。冒険には連れていけない。テイラーを残していくとなれば、誰か信頼できる人に任せたい。それはライラ、君しかいないよ」
こんなこと言っても、ついてくるんだろうな。言い出したら聞かない子だから。と思いつつ一応、自分の考えを述べてみた。ライラは腕を組むのをやめて腰に手を当てると、グイッと俺の方に身を乗り出した。
「今、この状態でバラバラになる方が、リスクが高いと思わない? 私たちに何かあったら、誰が助けてくれるの? エドワード? シャイン? あの人たちが助けてくれる? それならばたとえ冒険の途上でも、ハーディーと一緒にいた方が安全だわ」
もう一度、俺の鼻先に指を突きつける。「テイラーは道中で私が治療して、すぐに万全の体調に戻すわ。だから」。ライラはスッと体を起こすと、パチンと音を立てて、俺に向かって手を合わせた。
「お願い、一緒に行かせて!」
なるほど。なるほどな……。ハーディーの名前しか出なかったのは少々不満ではあるものの、確かにライラのいう通り、この緊急事態でバラバラになった方が、まずいかもしれない。信頼できる仲間と一緒に行動していた方が、安心だ。改めてライラの立場になって考えてみる。負傷したテイラーを抱えて、いつヘイシュリグが戦場になるかハラハラしながら過ごすのは、それはそれは不安だろう。
『クリス殿』
ハーディーが口を開いた。わかってる。わかってるよ、ハーディー。テイラーを見ると、起きて目だけ俺の方を見ていた。すがりつくような視線だ。何も言わなくてもわかる。また置いて行くのか?と言っている。テイラーとライラを置いていこうと考えていた自分を、恥ずかしく思った。そうだ。パンゲアに行った時、どれだけテイラーを置いてきたことを後悔した? 今後はライラも置いていくのか? 旅の仲間だぞ。
「ねえ、クリス」
俺は自分で思っている以上に、考え込んでいたようだ。ライラに声をかけられて、ハッと我に帰った。
「ああ、すまん……。そうだな。確かにみんなで一緒にいた方が安心だ」
決まりが悪くて、頭をポリポリとかきながら返事をする。ライラはパッと顔を明るくして「え! それじゃあ……」とピョンと小躍りした。
「うん。みんなで行こう。ニュウニュウには俺が頼んでみるよ。ダメとは言わせないさ。なにしろパンゲアにアタックしたメンバーなんだから」
話しているうちに、ライラがガバッと抱きついてきた。うおぉ、なんだ! さっきはビンタしたと思ったら、今度は熱烈なハグか!
「ありがとう、クリス! それでこそ、ミラキュラスのリーダーよ!」
珍しく俺にほおずりしてくる。一緒に行けることが、そんなにうれしいのか。でも、こんなに喜んでくれて、何よりもパンゲアであれだけこっぴどいダメージを受けながら、それでもまだ俺のことをリーダーとして扱ってくれることが、うれしかった。ライラのおっぱいが温かい。背中越しにハーディーがうなずいているのが見える。その腕の中で、テイラーがニヤニヤしていた。
「そういえば、さっきのことなんだけど」
ライラが体を離したタイミングで、俺はおっぱいつかみの件を釈明しようとした。ライラは「さっきのこと?」と不思議そうな顔をした。
「おっぱい触ったこと」
ここはニヤニヤしたり、茶化したりしてはいけない場面だ。紳士として、できるだけ真面目に「おっぱい」と発音しなければいけない。と、スティーブンさんは言っていた。
「ああ。あのことね」
ライラはフッと笑った。怒っていないみたいだ。
「ライラがカッカしていたので、ちょっと頭を冷やしてほしくてやったんだ。あれはその、セクハラとかではなくて、盗賊ギルドに伝わるれっきとした秘技で……」
一生懸命説明し始めた時、「おおーっ」というどよめきが起こった。俺の話を聞いていたライラも、何事かと声の方を見る。ちょっと待って。最後まで説明させてくれ。
「姫だ!」
「姫さまだ!」
あちこちから声が上がる。ライラも「見て、マリシャ姫よ!」と指差した。もう俺の話は聞いていない。くそっ、どうして俺が大事な話をしようとするときに限って、いつもそれより大事なことが起きるんだ? ライラが指差した方を見る。俺は背が低いのでよく見えないが、演台に向かってたくさんのたいまつが掲げられているところを見ると、そこをマリシャが歩いているのだろう。
しばらくすると、壇上にマリシャが上がる姿が見えた。グレーのワンピースに白いセーターを着ている。俺のレベルを上げてくれたとき、好奇心でキラキラと輝いていた瞳は、明らかにくすんでいた。そりゃそうだろう。目の前で両親を殺されて、自分の家から追い出されたのだ。明るくて、みんなを巻き込むパワーを感じさせた姿はそこにはなかった。まるで周囲が全て敵であるかのように、恐る恐る演台へと歩を進める。その両脇をシャインとカインが守っていた。
マリシャが演台にたどり着くと、シャインは演台から一歩ほど前に出た。広場の視線が集中して、ざわめきが一瞬、スッと収まった絶妙なタイミングで、シャインは大声を上げた。
「イースの国民よ、今からマリシャ王女が皆にお話をされる! 知っての通り、女王陛下と陛下は亡くなられた! 王女の言葉は、国の言葉であり、巫女の言葉である! 心して聞くように!」
シャインはマリシャに視線を向け、うなずいてから、隣へ歩み寄った。寄り添って、肩を抱く。その姿は、両親を失って傷心の妹を支える姉のようだった。誰も反感は抱かないだろう。シャインが耳元で何かささやくと、マリシャはこくり、こくりとうなずいて顔を上げた。
広場はシーンと静まり返る。こんなに人で埋め尽くされているのに、たいまつが燃えるパチパチという音がやけに大きく聞こえるくらい、静かになった。
「み、みなさん」
マリシャの声が広場に響いた。シャインが魔法を使ったのか、大きく聞こえる。ゴクリと唾を飲んだ音まで聞こえた。
シーン。これ、何人くらいいるのかな。1000人や2000人ではきかないだろう。王都から逃げ延びてきたイースの国民全員が、姫の次の言葉に集中していた。
「ごめんなさい……!」
マリシャは自信なさげにそう絞り出すと、演台に突っ伏す勢いで頭を下げた。




