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蘇生

 タイタンは俺たちが必死になってテイラーを助けようとしているところを、上からのぞき込んだ。エドワードの背後から、俺の背後へとぐるっと位置を変える。「ふうむ」とうなって、ボソッと「こりゃ、助からんかもな」と言った。


 「うるさいな! 集中しているんだから、黙っててよ!」


 両手で印を結んで、魔法言葉で詠唱していたエドワードが一喝した。


 「われながらいい切り口だ。一刀両断とは、こういうことを言うんだろうな。だが、出血が多いな。肉体の回復が追いつかないだろう」


 タイタンは半笑いで、他人事のようにしゃべっている。こいつだ。こいつがテイラーを襲ったんだ。上空から風の刃で切ったのだ。アフリートを奪うために。


 「ハーディー、アンを呼べないか?」


 エドワードはまた詠唱を一時停止して、聞いた。ハーディーはテイラーの体を押さえたまま『無理でござる。仮に可能だとしても、この状況では出せないのでござる。危ないのでござる』と言った。


 「ん〜ッ。魂の固定はうまくいっているようだがのう。だが、魔力の問題ではないな。お前の技術の問題だ。蘇生と回復は同時にできないようだな?」


 タイタンはまたエドワードの背後に回って、その背中を靴の先っぽでツンツンとつつきながら、ニヤニヤと笑った。


 「見てないで手伝ってくれよ!」


 俺は思わず声を上げた。そうだ。テイラーを襲った張本人とはいえ、魔術師で、回復魔法が使えるのだ。めちゃくちゃなお願いだとは思うが、いま頼れるのはこいつしかいない。


 「手伝ってほしかったら、万物の源を出せ」


 タイタンは平然とそう言いながら、しゃがみ込むとハーディーの鎧の隙間にゴソゴソと手を差し込んだ。まだハーディーが持っていると思っているみたいだ。ハーディーがテイラーから手を離せないのをいいことに、好きなように襟元や腹の下から手を突っ込んでいる。


 「どこに持っている?」


 タイタンはハーディーに顔を寄せた。今、万物の源はエドワードが持っている。それを教えてやるべきか。エドワードも今、詠唱中で手が離せない。たぶん、マントの内ポケットに入れているのだろう。だが、万物の源を差し出して、本当に助けてくれるのか? ハーディーも同じことを考えていたのか、返事をするのに一瞬、躊躇した。


 とその時、頭上でドン!と衝撃音がした。上を見ると、城の尖塔にさらに2、3発と魔道砲が着弾したところだった。ガラガラと崩れたレンガが落ちてくる。俺たちの頭上にも破片がパラパラと落ちてきた。アフリートの攻撃が止まったことで、魔族軍が盛り返してきたのだ。ここに当たったということは、もうすぐそばまで来ている。


 「ちっ、もう来たか」


 タイタンも頭上を見上げて、舌打ちした。パッと手を上げて、スイッと空中に浮き上がる。「おい、お前たち。魔族どもに万物の源を渡すんじゃないぞ。また取り戻しにくるからな」と捨て台詞を残すと、スイーッと宙高く浮き上がって、飛び去ってしまった。


 ヤバいいい、取り残された!


 周囲には俺たち以外、人間はいない。かなり近いところで「おーっ!」と鬨の声が上がった。この野太さは、人間のものではない。魔族軍がいよいよ城に攻め込んでくるのだ。テイラーを見る。肌は灰色になって、気がつけば随分と冷たい。首から脇の下にかけて、バッサリと切り落とされた傷口がふさがっている感じがしない。手を離せば、またバラバラになりそうだ。死んでしまったのか? まさか、そんなはずはない。


 「エドワード、早くしろ!」


 印を組みながら、しゅうしゅうと魔法言葉で呪文を唱えているエドワードに怒鳴った。手が自由に使えるのならば、つかみかかって殴ってやりたい気分だ。俺の爪をはいだことは百歩譲ってまだいい。だけど、テイラーを使い倒した上に死なせたとあっては、たとえ友人でも許すわけにはいかなかった。


 「わかってる! だけど、魂を引き留めるので、精一杯なんだ……!」


 エドワードはうめくように言った。細いあごから、汗がポタポタと流れ落ちた。蘇生の魔法は、死ぬほど大きなダメージを受けた肉体に、魂を繋ぎ止めるものだ。つまり、肉体のダメージをまず回復させないと、いくら魂を繋ぎ止めたところで成功しない。この傷をふさいでくれる人がいないと、蘇生は完了しない。つまり、身動きできない。絶望的な気持ちでテイラーの首を見る。出血が止まった。止まったというか、体内の血が出切ってしまったのかもしれない。アフリートが着ていた紫色のドレスは、腹の下あたりまで血でどっぷりと濡れて、黒くなっていた。


 ああ、テイラー。まさか、こんなことになるなんて。こんなことになるなら、勧誘しなければよかった。あのままクーメンの公園で寝かせておいてやればよかった。さもなくばキュラの埋葬が終わった時点で、フェンネルに残していけばよかった。


 テイラー、本当にごめん。俺が冒険に連れ回したせいで、こんなところで命を落とすはめになるとは。だけど、俺はテイラーと一緒にいたかった。生意気で意地っ張りだけど、パーティーにいると空気が和んだ。ハーディーの娘として、そして俺の妹分として、欠かせないメンバーだった。ブーツを買ってやったこと、〝底なし〟を探検したこと、炎の神殿の集落を偵察に行ったこと。いろいろな場面が走馬灯のように思い出されて、涙がポロポロとこぼれた。


 『テイラー殿! テイラー殿! しっかりするのでござる!』


 ハーディーが叫んでいる。やめろ、ハーディー。もう無理だ。テイラーの体に触れているから、わかっているだろう。テイラーはどんどん冷たくなっていく。もうこの肉体に、魂を繋ぎ止めることはできない。「うおぉ〜」と割と近くで、また鬨の声が上がった。このままここでテイラーの蘇生に執着していたら、俺たちまで死んでしまう。だけど、テイラーを置いて逃げ出すわけにはいかなかった。仮に冷たくなっていても、連れて行かないと。


 顔を上げると、ハーディーの背後にいつの間にか誰かが立っていた。見慣れた人物のはずなのに、その場に絶対に登場しないと思っていたので、誰だかわからなかった。お、いい女だな……。こんな状況でなければ、見惚れてしまうくらい、いい女だ。


 「ハーディー、変わってちょうだい」


 ライラだった。白い長袖のシャツに、黒いスラックス。つい先日まで伏せっていた時とは一転して、血色のいい顔をしている。


 「ライラ」


 思わぬ人の登場に、声がうわずった。ライラはスタスタと近寄ってくると、ハーディーを優しく押し退けた。テイラーの上に覆いかぶさる。上目遣いに「クリスはしっかり押さえておいて」と言うと、俺の返事を待たずにテイラーと唇を合わせた。


 えっ、ちょっと待って! 何やってるの?


 ライラはテイラーのあごをつかむと、ほぼディープキスといっていい勢いでテイラーの唇に吸いついた。これがこんな緊迫した場面でなければ、実にエロい光景だ。しかし、テイラーが死にかけていて、まもなくここに魔族が攻めてくるという切迫した状況では、全く興奮しない。あ、違う。よく見ると、吸っているのではない。何か吹き込んでいるのだ。


 「頼むよ、ライラ」


 エドワードがささやいた。


 ウオォ〜!という魔族の声がどんどん近くなってくる。ハーディーは立ち上がるとキャリバンを構えた。


 『敵は拙者に任せるのでござる。3人はテイラー殿の蘇生に全力を注いでほしいのでござる』


 ハーディーが言い終わるのとほぼ同時に、庭の木立の間から2匹の悪魔と3匹のオークが出てきた。全員、剣と鎧で武装している。


 「女王を捕らえろ!」


 悪魔の一人が剣を掲げて叫んだ。ハーディーはそちらに向かって駆け出していく。


 「急げ、ライラ」


 エドワードは自分も詠唱を続けながら、ライラを急かした。ライラも汗だくになって、テイラーの口に「プーッ」と何かを注ぎ込んでいる。気がつけば、テイラーの首がグラグラしなくなっていた。肌の色も少しよくなった気がする。


 『拙者が相手でござる!』


 ハーディーはキャリバンを振り回して、魔族に襲いかかった。一撃で手近にいたオークを叩き切り、返す刀で悪魔たちを追い払う。


 「もうちょっと。頑張って、テイラー」


 ライラはテイラーの耳元でささやいて、また口づけをした。エドワードがマントの内ポケットから万物の源を取り出して、ライラの背中に置く。万物の源は以前に見た時よりも輝きを増して、宵闇が迫ってきた城の影でギラギラと光っていた。


 ごほっ!


 テイラーがむせて咳をした。ゴホゴホと続けて咳をして、その勢いで首の傷口からまた血が吹き出す。だが、さっきのように手を離せばバラバラになる感じではない。ライラのおかげで、体が繋がったようだ。


 「おお、やったぞ。よくやった、ライラ」


 エドワードは万物の源を取り上げて、その背中をポンと叩く。ライラは体を起こすと、汗だくの顔を空に向けてフーッと大きく息をついた。その股の下で、テイラーの胸が緩やかに上下し始めたのを、俺は見逃さなかった。


 やった。生き返ったぞ。


 信じられない。つい数分前には絶望的な状況だったのに。ライラは一体、何をしたんだ? そもそもライラは大丈夫なのか? 魔族になっていないのか? 


 「さあ、行きましょう。ここにいては危険だわ」


 ライラは俺の懸念をよそにスッと起き上がると、俺が着ていた修道士のローブを、有無をいわせずに脱がせた。ビリビリと引き裂いて、テイラーの上半身をグルグル巻きにする。


 「さあ、クリス。おぶってちょうだい。まだ傷口がしっかり固まってないから、激しく動かしたらダメよ。そっと運んでね」


 真剣な顔をして、なかなか難しい注文をしてくる。だが、やるしかない。俺はライラに手伝ってもらってテイラーを背負った。ピュンピュンと音がして、また頭上を魔道砲の弾が飛んでいく。今度は尖塔を通り越して、城の屋根に着弾した。ドゴーン!という衝撃音とともに、ガラガラと何かが崩れる音がする。


 「ここは危険だ。とりあえず城の正門前に出よう」


 エドワードはそういうと、先頭に立って走り出した。チラリと後ろを振り返る。ハーディーはまだ魔族と交戦中だ。「ハーディー、先に行くぞ!」。その背中に声をかけると、俺もライラと一緒にエドワードを追った。

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