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魔道砲

 思った通り、耳飾りと指輪は魔法具庫に適当に放り込まれていた。長い間、身につけていたものなので、ひと目見てすぐにこれだとわかった。指輪がすぐ見つかったのはラッキーだった。わかる人が調べれば、人間が作った物ではないとわかっただろう。そうすれば、こんなところに適当に放り込まれたりはしていない。今頃、エドワードの部屋にあるはずだ。


 『聞こえるでござるか?』


 うん。この耳飾りで間違いない。いつものハーディーの声が聞こえる。キャリバンも倉庫で発見した。ここに放り込んだやつ、たぶん魔法具のことを全然、知らないんだろうな。キャリバンは普通の剣や槍が突っ込んである箱に、一緒に放り込まれていた。


 外でズーンという衝撃音がして、微かに地鳴りがあった。なんだろう。倉庫の外で「攻撃だ!」「配置につけ!」と緊迫した声が飛び交っている。


 『おそらく、魔道砲の音なのでござる』


 ハーディーが耳を澄ましながら言った。魔道砲。聞いたことがある。長さは人の背丈ほど、小脇に抱えられるほどの太さで、魔力を衝撃波として射出する武器だ。ロリアンドーロで盛んに作られて、イースにも配備された。ただ、魔術師でなければ使いこなせないので、あまり使われなかった。俺も実物を見たことはない。


 ズーン、ズーンと音は少し遠くで響いている。その度にビリビリと空気が震え、天井からパラパラと細かな木屑や石つぶが落ちてきた。


 「ハーディー、外に逃げた方がいいのか? それともここにこもっていた方がいい?」


 少し身を屈めながら聞く。


 『出た方がいいのでござる。着弾すれば建物が崩れるのでござる。まだ遠くで撃ち合っているようなので、すぐにはここには来ないとは思うのでござるが、馬やドラゴンに乗っている者が撃っているのであれば、いつここに当たるか、わからないのでござる』


 ハーディーはそう言いながら、倉庫から小走りで駆け出していく。俺も後に続く。


 『それに、早くライラ殿と合流しなければいけないのでござる』


 外に向かって走りながら、ハーディーはそう付け加えた。そうだ。ニュウニュウが面会に来なかったので、ライラがどうなったのか一切、わからない。まだ魔術師ギルドの部屋で寝込んでいるのであれば、連れ出さなければいけない。建物を出て庭を走り、城の裏手に回る。ここを突っ切れば魔術師ギルドの正面だ。城の敷地を出たところで、一気に視界が開けた。チラッと街の方を見て、俺の足はピタッと止まってしまった。


 「なんだ、これは……!」


 城は少し小高いところにあるので、イースの街並みが一望できる。俺たちのいる場所からは、街の北西部が見えた。街外れの城壁の内側で、煙と火の手が上がっている。家屋と家屋の間を人間なのか魔族なのかわからないが、何者かが走り回っているのが見えた。


 『城壁内に侵入されているのでござる!』


 ハーディーも少し驚いた声を上げた。そうだ。確かエドワードのプランでは、城壁外に押し寄せた魔族から魔力を吸い取って、攻撃するのではなかったか。すでに突破されているじゃないか。日が暮れかけた曇り空にパッ、パッ、パッと何発もオレンジ色の明るい光が舞い飛ぶ。それは鳥が飛ぶほどのスピードで弧を描くと、市街地に着弾した。ズーン!と腹に響く音がして、また空気がビリビリと震える。


 「あれが魔道砲か? すごい飛び道具だな……」


 『そうなのでござる。着弾した周囲をも巻き込んで、燃え上がるのでござる。それにしても数が多い。あれだけの砲数を持って来られては、いかにアフリート殿でも……』


 ハーディーは続きを言わなかった。『太刀打ちできない』と言いたかったのかもしれない。言えない気持ちはわかる。勝つ気満々で始めた戦いなのだ。機先を制されたくらいで、腰を引くわけにはいかない。と、頭上が急に熱くなった。なんだ?と思って仰ぎ見ると、城の尖塔から魔道砲の何倍もありそうなオレンジ色の光が、北西部の市街地に向かって飛び出したところだった。光は魔族軍が押し寄せてきているであろうあたりに落ちて、ドオン!とここにいても耳をつん裂くほどの爆音を立てた。


 これでは魔族も人間も関係なしで殺してしまうのではないか? 尖塔を見上げると、バルコニーにアフリートの姿があった。いつぞやの紫色のドレス姿だ。隣にエドワードがいる。アフリートがスッと手を上げると、上空にまたオレンジ色の球体が現れた。ニヤリと笑うと、再び北西部に向けてそれを放った。


 ドォーン!


 爆音の後に立ち上る噴煙で、町並みが一瞬、見えなくなる。いやいや、ちょっと待ってくれ! 着弾とともに家屋が吹き飛び、周辺にいた人間も魔族も関係なしに、燃え上がっている。確かにものすごい破壊力だが、これでは無差別殺人ではないか!


 「アハハハハ! 燃えろ、燃えろ!」


 アフリートの狂気じみた笑い声が、ここまで聞こえてくる。隣でエドワードが何か話しかけているが、聞く耳持たぬようだ。アフリートはエドワードの胸を小突くと、また上空にオレンジ色の球体を出現させた。今後はひときわ大きい。こんなのが着弾したら、家の2、3軒どころでは済まない。1ブロックほど消えてなくなるのではないか。


 シャーッ!


 オレンジ色の光は、尻がかゆくなるような擦過音を残して市街地北西部に飛んでいく。それを迎撃するように魔道砲の弾が飛んでくるのだが、大きさが全く違う。アフリートの炎は楽々と魔道砲の弾を吸収して、着弾した。


 ドゴォーン!!


 体がビリビリと震えるほどの爆発音がして、黒い噴煙が巻き上がった。その下からはチラチラと蛇の舌のような火の手が上がり始めている。ドーナツのように外側から吸収して、内側から攻撃するのではなかったのか? これでは完全に市街地が戦場だ。勝っても負けても、俺たち人間の街に大ダメージが残ってしまう。


 「アハハハハ!」


 狂ったようなアフリートの笑い声が響く。くそっ、こんな虐殺を見ている場合ではない。早く動いて、ライラを連れ出しに行かないと。だけど、体が動かなかった。「やめろ、アフリート!」。ようやくエドワードの声が聞こえた。やはり、思惑とは違うことになっているようだ。


 「それ、それ! ほら、もう一丁!」


 アフリートは攻撃の手を止めようとしない。市街地北西部は、見る見るうちに火の海になった。モクモクと真っ黒な煙が方々から上がり、焦げ臭い匂いが鼻をつく。熱気がここまで漂ってきて、額に汗がにじみ始めた。魔道砲による反撃は数が減ってきて、確かに侵入した魔族軍に大ダメージを与えているようだ。しかし、これでは人間側の被害も甚大だ。


 すごい。これが限界突破したアフリートの力なのか。あっという間に王都の4分の1が焼け落ちた。彼女がその気になれば、全てを焼き尽くすのは時間の問題だろう。


 「アハハハ……。あ〜あ。もう終わりかい? だらしないねえ、最近の悪魔は。あれ? そこにいるのは、クリスとハーディーじゃないのかい?」


 頭の上から声をかけられて、仰ぎ見る。アフリートがバルコニーから身を乗り出して、こちらを見ていた。


 『アフリート殿、やりすぎなのでござる!』


 ハーディーが拳を振り上げて、声を上げた。珍しく怒っているみたいだ。


 「やりすぎも何も、一度、思う存分、焼き尽くしてみたかったんだ。ああ、楽しかったねえ。でも、まだ残っているみたいだよ。どうする? 近くに行って、目の前で焼き尽くしてやろうか?」


 隣のエドワードに話しかけているようだ。エドワードは「いや、もういい! もういいから!」と珍しく動揺した声を上げた。


 「よくはないねえ。よし、あの燃え盛っているところへ行ってみよう! クリス、ハーディー、お供しな!」


 アフリートはニコッと笑って、またバルコニーから身を乗り出した。やめてくれ。落っこちたらどうするんだ。アフリートはテイラーの体から出ればいいだけかもしれないけど、テイラーの体は壊れてしまう。ハラハラして見つめていた時、アフリートの背後、さっきまで何度もオレンジ色の光が現れていた上空が、ユラッと揺れた感じがした。


 いや、違う。感じじゃない。確かに揺れた。


 「危ない!」


 声を限りに絶叫したが、遅かった。ザクッと、よく切れるナイフをリンゴに差し込んだ時のような音がした。こっちに来る! ハーディーを押して飛び下がる。俺が立っていたあたりの地面が、土を散らして裂けた。これ、見たことがあるぞ。見えない刃、シェイドが使っていたやつだ。上を見る。目を大きく見開いたアフリートが、ゆらりとバルコニーから落ちてくるところだった。


 「テイラー!」


 あわてて立ち上がって抱き止めて、その重さでひっくり返って、そこで初めてアフリートが出血していることに気がついた。俺の左手が濡れている。ぬるぬるした感触、血だ。俺の隣で立ち上がったハーディーが、何かもう一つ、落ちてきたものを抱きとめた。


 『クリス殿、早くくっつけるのでござる! エドワード殿! エドワード殿!』


 珍しくハーディーが切迫した声を上げた。なんだ? くっつけるって何を? ハーディーが抱えているものを見る。それは、アフリートの胴体だった。首から上がない。俺は、自分が抱きとめたアフリートに目を移した。は? なんだ、これは? 頭しかないぞ。いや、正確には首と右腕がくっついている。首の左側から右の脇の下まで、ざっくりと切り取られていた。バルコニーで背後から切られたのだ。


 「うわぁ!」


 思わず悲鳴が出た。ハーディーは俺の腕の中からアフリートの頭と右腕を奪い取ると、自分が抱きとめた体の部分とピタリと合わせた。『エドワード殿!』。絶叫と同時にエドワードがバルコニーから魔法を使って飛び降りてくる。エドワードはアフリートのそばに膝をついた。


 「蘇生する。体が離れないように、しっかり押さえてて」


 珍しくエドワードも顔が引きつっていた。俺とハーディーは、頭側と体側からアフリートを抑えた。ものすごく鋭利な刃物で切られたようで、ピタリとくっつく。だが、切り口からは壊れた蛇口のように血が吹き出していて、それがあっという間に俺の手や膝を濡らした。


 ダメだ。テイラーが死んでしまう。


 目の端に、チラッと小さな炎が見えた。エドワードの背後に落ちている。アフリートの本体だ。テイラーが死にそうになったから、体から出てしまったんだ。そのそばに、音もなくフワリと降り立った者がいた。


 「うむ、こんなに簡単に手に入るとは。お前たち、少々油断しすぎなのではないか?」


 地面のアフリートをすいと手ですくい上げたのは、ひと目見れば忘れられないデカい鼻、趣味の悪いチョビ髭の悪人づら。われらが至高の魔術師、タイタンだった。

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