訪問者たち
明かり取りから入ってくる陽の光の角度からいって、そろそろ夕方になったのだろうなと思った頃、ニュウニュウがやってきた。聞き慣れたペタペタという足音がしたので、飛び起きて待っていたら、やはり小さな魔法使いだった。
「おう、クリス」
街角で会ったような、何食わぬ顔をして軽く手を上げた。隣のハーディーにも「よう」とか軽いあいさつをしている。
「『おう、クリス』じゃねえよ。早くここから出してくれ」
鉄格子にしがみついて頼んだ。本当はいきなり土下座して「早くここから出してください!」と懇願したい気持ちなのだけど、まだそこまでやらない気持ちの余裕はあった。
「それはできへん」
ニュウニュウは困った顔をして、あっさりと拒否した。
「なんで! 仲間だろ!」
鉄格子を握る手に力がこもる。ニュウニュウは下唇を突き出して、腰に手を当てた。
「クリスはロリアンドーロ復興のために万物の源を使いたいんやろ? でも、ウチはエドワードと同じく、ここを守るためにアレを使いたいんや」
腕組みをして、小さなため息をついた。そうか。言われてみれば、こいつもエドワードと同じくマリシャを守る立場の人間……いや、魔族なのだ。万物の源を手に入れれば、そのために使うのは当たり前だろう。
「そうか……。そうだな。それはわかったよ。だけど、これはないだろう。俺たちは一緒に冒険した仲間だ。それを牢屋にぶち込むなんて、酷いと思わないか?」
とりあえず、ここから出してもらわないことには話にならない。ニュウニュウはおそらくエドワードと同じくらい、ここでは権限を持っている。この子が「出せ」と言えば、出られるはずだ。
「まあ、同情はするわ」
ニュウニュウはうんうんとうなずいた。
「せやけど、理由があるからぶち込まれとるんやで。万物の源は今、アンの持ち物で、アレを自在に使いこなそうとしたら、アン不在は考えられへん。で、そのアンはロリアンドーロを取り戻すために、アレを使いたい。ウチらとは意見が真っ二つ」
ニュウニュウは両手の人差し指を突き合わせてから、それをスイッと離した。
「だから、とりあえずここでよく考えてもらおうってこっちゃ。どこに妥協点を見出すかやな。みんながみんな、自分のやりたいことばかり主張していたら、何一つ実現せえへん。そういうもんやろ?」
「そのために投獄するのかよ。城の人間は対話って言葉を知らないのか?」
イラッとする。こいつ、話のわかるやつだと思っていたけど、違うらしい。スタンスが完全にエドワードと一緒だ。俺たちの味方にはなってくれそうもない。
「その対話がうまくいかへんかったから、ここにおるんとちゃあうんか? まあ、あんたからもハーディー、ひいてはアンに協力するように、よう言い含めといてんか。不自由にならんように、たまに差し入れを持って来るさかい、よろしゅうやったってや」
ニュウニュウはアハハと笑うと、鉄格子を握りしめた俺の手をポンと叩いて去って行った。帰り際に隣のハーディーに「まあ、あまりごねなさんなや」と言い残して行った。
◇
その夜は思ったより簡単に寝付いてしまった。〝底なし〟、炎の神殿、クーメン、パンゲアと立て続けにクエストに挑んだ疲れが出たのか、硬い床の上でぐっすりと眠った。おかげで翌朝は、ものすごくスッキリと目が覚めた。地下牢は静かだ。斜め向かいの獣人は半分、影に隠れるようにしてごろごろしてばかり。ハーディーも観念したのか、何も言わずに静かにしている。
朝食はパンと一欠片のチーズと水だった。それぞれ木の皿と木のコップに入っている。飲み物が磁器やグラスに注がれていたら、それを割って武器にしてやろうと思っていたが、目論見は簡単に打ち砕かれてしまった。朝食が終わってしばらくすると、数人の修道士がやってきて、ハーディーを連れて行ってしまった。何か叫び出したい気持ちになるものの、俺は鉄格子にしがみついてそれを見送ることしかできなかった。
「シヒヒヒ……」
斜め向かいの獣人が、また声を殺して笑っている。俺がおろおろしているのが、そんなに楽しいのか。ムッとはするものの、いちいち噛みつく気にもなれない。ハーディーが連れて行かれてからしばらくして、シャインがやってきた。戦場とは違って、丈の長いベージュのワンピース姿で、長い髪を後頭部でくくっている。
「やあ、クリス。元気?」
誰が来たのか確認しようと鉄格子のそばまで出ていく元気が、その頃の俺にはまだあった。やってきたのがニュウニュウと同じく王都側の人間だったので、がっかりした。
「元気なわけないだろ。これが元気なように見えるか?」
ふてくされていることをはっきりと示すために、その場であぐらをかいて座り込む。シャインは「アハハ。そりゃそうだね。ごめんごめん」と言いながら、鉄格子を挟んで俺の向かい側にしゃがみ込んだ。
「ごめんね、こんなことになって。でも、エドワードもニュウニュウも、マリシャを守りたくて一生懸命なだけなんだ。そこはわかってやってほしいな」
耳元の髪をかき上げながら、ニコッと微笑んだ。マリシャの側近は、3人そろって本当に人懐っこく笑う。でも、そんな素敵な笑顔をしながら、主人のためなら人間相手でも容赦しない。とはいえ、3人のなかではシャインが一番、話が通じそうだ。俺はいろいろと聞いてみることにした。
「今、ハーディーを尋問しているんだろ?」
わざとふくれっ面をしてみる。シャインは少し笑ってから、申し訳なさそうな顔をした。
「尋問っていうか、話を聞いているところだね。今後、どうすればみんなが納得する結果になるのかって」
「話を聞くではなくて、言う通りにさせるように説得しているんじゃないの?」
シャインはしゃがんだまま、困った顔をして腕組みをした。
「説得ねぇ。まあ、ハーディーから見れば、説得なんだろう」
俺はふくれっ面をやめて、身を乗り出した。シャインの気持ちが少し寄り添ってきたのを感じる。揺さぶりをかけるチャンスだ。
「万物の源には意志があって、誰の言うことでも聞くわけじゃない。基本的にアンの言うことしか聞かない。アンの機嫌を損ねたら、イースのために働いてくれなくなるぞ」
暗に〝ハーディーにひどいことをするな〟と言ったつもりだった。
「うん。それはわかってる。だから今こうして、話をしているところだよ」
シャインは穏やかに微笑んでうなずいた。
「だけど、その話がうまくまとまらなかったら、俺をダシに使って、アンを脅すつもりじゃないのか?」
そうだ。一番ありうるのは、それなのだ。俺を拷問にかけて、ハーディーに、ひいてはアンに言うことを聞かせるつもりだ。それこそ目をくり抜いたりして。
「ダシに使う? 脅す? そんなこと、しないよ」
シャインはゆっくりと首を振った。だけど、先ほどと違って目が笑っていない。
「シャイン、目がマジだぞ」
ツッコミながら、やはりそうなのかと確信した。こいつら、ハーディーと俺を拷問にかけてでも、言うことを聞かせるつもりだ。
「何言っているの、クリス。ここはお城だよ? そんな非人道的なことはしないよ」
シャインは立ち上がった。口ではそんなことを言っているが、なんなんだ、その悲しそうな微妙な微笑みは。
◇
夕刻になって、ハーディーが戻ってきた。何やらズルズルと足を引きずっている音がする。姿が見えないので物音から想像するしかないのだが、とにかく元気にスタスタと歩いている感じではない。
「ハーディー、無事か」
絶対に無事ではないという確信を抱きながら、そう声をかけざるを得なかった。返事はない。ギイッと鉄格子が開いて、ガチャンと扉が閉まり、カチリと鍵がかかる音がした。ドスッと腰を落とす。続いて深い深いため息が聞こえた。尋問がどんなものだったかわからないが、だいぶ絞られたのだろう。
ハーディーは牢屋に入れられた直後とは違って、ひと言も口を開かなかった。シーンとしたまま夕食が運ばれてくる。硬いパンに手をつけようとした時、斜め向かいの牢屋から獣人が声をかけてきた。
「おい、次はお前だぞ」
こちらを向いて、俺を指さしている。パンをちぎりかけていた手が、ピタリと止まる。そうか。まあ、そうだろうな。ハーディーを丸一日、締め上げたのだ。それでエドワードたちが成果を得たのならいいが、得ていなければ次は俺の番だ。そう思った瞬間、食欲がスッと消えた。
味も何もわからずに食べ終わった頃、2人の修道士がやってきて「出ろ」と言われた。大人しくついていく。隣の牢屋をチラリと見ると、ハーディーが壁にもたれかかってぐったりとしていた。少なくとも胸を切り裂かれたりはしていないようだが、食事に手をつけていない。よほど疲れているのだろう。連れて行かれたのは、エドワードの執務室だった。修道士はノックもせずにドアを開けて、俺に入るように促す。部屋に入ると待っていたのか、机の向こう側に座っていたエドワードが、身を乗り出してきた。
「ああ、夕食直後に悪いね。座って」
ニコッと笑って、机の手前側にある椅子を指し示す。その笑顔でハーディーにどんなプレッシャーをかけたのか? これから俺にどんな無理難題を押し付けようとするのか? 木製の簡素な椅子に腰をかける。座り心地が悪いというのは、こういうことをいうのだろう。尻がモゾモゾする。エドワードは俺が腰を下ろす間も惜しいといわんばかりに座り直して、肘をついて指先を合わせた。
「単刀直入に言おう。万物の源を思い通りに使いたい。ハーディーにアンに頼んでほしいと言ったら、無理だと言った。そこで、クリス。君からハーディーを説得してほしい」
真正面から俺の目をジッと見つめて、まるで何度も復唱したように一度も噛まずにスラスラと言った。口元には笑みをたたえているが、目元は笑っていない。髪の色を同じ瞳からは、なんの感情も読み取れなかった。それを見ていると、こいつはもしかして、俺が思っているほど賢くないのかもしれないと思えてきた。
「丸一日かけて、口説けなかったのか」
ハーディーにどんな酷いことを言ったのか問いただしてやろうかと思ったが、そんなことをしても時間の無駄なので、やめた。どうすればこの状況を打破できるのか。着地点は「協力する」と言って、恭順するふりをして解放を手に入れることだ。だが、それまでの間に、少しでもこちらにも有利な条件を引き出さないといけない。ただ、何が有利な条件なのか、どうやってそこまで導けばいいのか、頭の中がまだまとまっていなかった。
だから結局、時間稼ぎをすることにした。
「クリス、僕は時間稼ぎに付き合っている暇はないんだ。君が思う以上に急いでいるんだよ。僕が何を考えているのか、分かりやすく少し話してあげよう」
エドワードは立ち上がると、俺の方へと歩いてきた。




